ディルレヴァンガー事件。 インターネット猫虐殺事件 松原潤

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ディルレヴァンガー事件

突然ですが、みなさんに質問です。 「 こげんた」と呼ばれる子猫を知っていますか? この子猫が「こげんた」と名付けられた子猫です。 綺麗でキリっとした成猫のような、落ち着いた印象を受ける顔つきですね。 今回はこの子猫、こげんたについてお話していこうと思います。 この記事を作成するのは正直かなり辛いものがありました。 泣きそうになりながらも自分の記憶を呼び起こし、情報をひたすら集め、そしてこの記事が完成しました。 そして本当にこの記事を公開すべきなのか、公開してもいいのか毎日悩みました。 この記事では自分の頭の中をそのまま記事にしています…基本的には語り口調で書いていますが、どうか最後まで見ていただけると嬉しいです。 こげんたとは? こげんた。 この猫の名前を知っている人は多いと思います…しかし、 ネット上でたまに見かける「こげんたって何?」という投稿に知らない人も増えたんだなーなんて俺は思いました。 でも考えてみれば当然かもしれません、 2002年頃のとても古い話です。 2002年当時の俺はまだ小学6年生でしたが、この記事を読む人の中にはその当時生まれていなかった人もいるかもしれません。 ただし…この話はただ単なる昔話ではないことを念頭に、ゆっくり事実を見つめてみてください。 2002年5月6日、事件が起こった 2002年5月6日…某掲示板の「ペット大嫌い板」というカテゴリーに突然立てられた、「おい!おまえら」というスレッド。 そのスレッドが事件の発端だった。 そのスレッドを立てた人物は捨て猫を拾ってきたらしい。 直後にその人物はこの子猫の画像をアップしている。 この子猫は近所のゴミ捨て場でお腹を空かせていたらしい。 捨て猫というくらいだから、きっと寂しかったに違いない。 人懐っこく甘えてきたのかもしれない。 餌を貰えて嬉しそうに舌を出す子猫。 その表情はとても幸せそうだ。 しかし、この子猫は… この直後、目を背けたくなるほど残酷に虐待され殺された。 突然すぎて訳が分からないと思う。 それくらい本当に突然、この子猫の命は残酷に奪われた。 たった一人の人間の、とても身勝手な理由で… 今回の記事の内容は本当に残酷な内容です、気分を悪くさせてしまうかもしれません。 それでも最後まで、目を背けずに最後まで読んでいただけると嬉しいです。 この事件は人の手によって粗末にされた動物虐待の歴史。 「こげんた」の話はその歴史のほんの一部分に過ぎません。 しかし、できる限り多くの人が知っておくべき事件だと俺は思いました。 読みづらいかもしれませんが、 この記事を読んで何かを感じ取っていただけると嬉しいです。 公開された残酷な動物虐待 「Dear,こげんた」 ママをさがして7こくらいのよるをすごした。。 ママはぼくがきらいになったのかな? ママはどこへいっちゃったんだろう。 すてられたの? おなかがすいてぺこぺこになった。 しかたがないからゴミすてばにいたんだ、 そしたら おにいちゃんがきて ぼくをいえにつれていった。 あたらしいおうちだとおもって、 とっても うれしかった。 おいしいごはんもくれたのに、、 なんで? なんでぼくのしっぽをきったの? なんでぼくのあしをきったの? ぼく いいこにしてたよね なんのために ぼくうまれたの? 引用元:Wikipedia 本の表紙をめくり始めてすぐ、その内容にとても胸を締め付けられた。 子猫を虐待死させる様子がネット掲示板で流されていたらしい… しかもその目を背けたくなるほどに残酷な虐待の様子も写真付きで。 更に衝撃的だったのは、 その様子を楽しみながら見ていた人も多かったという事実。 俺はとてもじゃないが本を読み進められなかった… これは大げさなんかじゃない、それほどまでに苦しい内容だった。 友人もほとんど読めなかったらしく、 「この一冊は重すぎる…」そう言っていた。 その日は「Dear,こげんた」を読むことができなかった、 読み進める勇気が無かった。 そして家に帰宅すると出迎えてくれる猫…普段は出迎えてくれたりしないのに、そんな日に限ってとても不思議に思えた。 きっとそうだ、 俺も動物を飼う一人として目を逸らしてはいけない。 知っておくべき事実だと感じた。 「こげんた」名前の由来は戒名だった それから数日間は寝つきが悪くて仕方なかった、実家では猫を飼っていたから余計に。 目の前を歩く猫を見るたびに、あの文章が走馬灯のように脳裏に焼き付いて離れなかった。 それでも正直、あの本を読む気はしなかった… 事件の詳細を知るのがとにかく苦しい。 それでもすぐ身近に、手にいつも握っていた携帯電話で気付けば調べていた…眠れなくなるほどに。 福岡猫虐待事件の詳細、そして殺された「こげんた」のこと。 こげんたは捨て猫だった。 事件が起こるその日まで、毎晩川の近くにあるゴミ捨て場で食べ物を探していたらしい。 食べ物が見つからず、お腹を空かせていた。 それでも生きようと必死だった…そこに誰かがやってきて、自分を優しく迎えてくれた。 また暖かい部屋で過ごせる…。 ご飯も食べさせてもらえる。 寂しかった、怖かった。 助けてくれて…本当にありがとう。 そう思っていたのかもしれない。 人の身勝手な理由で捨てられた猫。 人の身勝手な理由で奪われてしまった小さな命。 こげんたに訪れた不幸は、 最初から最後まで全部人のせいじゃないか。 産まれてすぐに無責任な人に捨てられ、人による 命の軽視と身勝手な理由で虐待され殺された。 そこに深い意味もなく、こげんたが何か悪さや危害を加えた訳ではない。 こげんたはただ、生きようと必死なだけだったのだ。 人の無責任と命の軽視によって奪われた小さな命。 こげんたを捨てた人か?…でもこげんたを捨てた人物の詳細は不明らしい。 その答えはなかなか見つけられなかったが、必至に探しているうちにとあるサイトに辿り着いた。 引用元: 探偵ファイル/スパイ日記/渡邉文男 突然飛び込んできた見出し。 なんだ?これ… 最初は訳が分からなかったが、すぐに察した… 福岡猫虐待事件に関する記録らしい。 そして開いてすぐにやたらと目に付いた「戒名」という文字。 少し嫌な予感がした。 今日は変なタイトルですいません。 殺された猫のお葬式をやることになったんで。 ちゃんとお坊さんも呼んで、四十九日と一緒にやります。 (この件でのお問い合わせは勘弁してください。 私達だけでやりますので) 猫の戒名はつけました。 こげんたと言います。 引用元: 探偵ファイル/スパイ日記/渡邉文男 渡邉文男さんという方のホームページに答えが記載されていた。 引用元:Wikipedia 関連事象 この人によりペット葬を手配し、僧侶により「こげんた」という戒名が付けられた。 こげんたには、この子猫には本当の名はあったのだろうか? 人の無責任によって捨てられ、 人の身勝手によって虐殺され、 憶測だけど…名前すら無かったのかもしれない。 そしてやっと与えられた名前は戒名だった。 こげんたは何のために生まれてきた? 俺が出会っていたならどんな名前を付けたんだろう? それとも本当の名前があったのだろうか? 考えれば考えるほど、言葉にならない何かが胸に突き刺さった。 こげんたが望んだ安堵と幸せは、この残酷な人間社会のどこに向かえば見つかったんだ? ディルレヴァンガーによる犯行の一部始終 ここまでに何度か見かけたこの名前…これが犯人「松原潤」が使用していたハンドルネームらしい。 正直、記事にするのも嫌気がさす。 こげんた事件はこの名前がきっかけとなり、後に 「ディルレヴァンガー事件」とも呼ばれることになる。 ディルレヴァンガーはナチスドイツの武装親衛隊の准将「オスカール・ディルレヴァンガー」に由来しているらしい。 ディルレヴァンガーを名乗るこの人物が自室のユニットバス内にこげんたを連れ込んだ。 そして缶詰を与え、その様子をネットにアップした後に こげんたを虐殺したのだ。 なぜそんな事をしたのか?…答えは簡単な事だった。 ただ目立ちたかった、注目を集めたかった… そのためだけに子猫を虐殺する様子をネットにアップした。 残虐非道な命の軽視。 ハサミで耳としっぽを切断された。 声が響かないように喉を裂かれた。 肛門に針金や割りばしを刺された。 熱湯をかけられ、 そして紐で吊るされ、 「私は敗北主義者です」 と書かれたCDRを首に吊るされネットに晒された。 その苦痛は辛いとか痛いなんてものではなかっただろう。 その時、こげんたが受けた虐待の恐怖は想像もつかない。 はっきり言ってしまえば想像したくもない。 ネットに虐待の様子をアップするために、その都度どうやって虐殺しようかと掲示板で集っていたらしい…つまり一瞬の出来事ではない。 危害を加えては写真を撮り、そして掲示板へアップしていた。 こげんたが受けた想像もつかないほどに残酷な苦痛と恐怖は4時間に及んだそうだ。 引用元:Wikipedia 反応 Wikipediaにその後の事件の詳細が記載されています。 その後、 犯人はネット上でリアルタイムに更新されるこげんたの虐待を観ていた人たち、そしてこの事件を知った方々の署名活動により有罪判決となっています。 ここではその後の内容、そしてこげんた事件の全容をあえて記載はしません。 この悲しい事件を、そして福岡猫虐待事件だけじゃない。 動物が好きならもっと関心を持って、自分の手で目を背けずに調べてみてほしい。 動物は可愛いだけじゃない。 ぬいぐるみや玩具ではない。 ここまで頑張って記事を書いてみたが、正直かなり精神的に辛くなってきた。 それくらいこの事件も、もちろん他の動物虐待事件も悲しく胸に突き刺さる。 知ってほしい動物虐待の現実と命の軽視 今回、俺が「こげんた」の記事を書こうと思った理由。 もう一度言うが、このような動物虐待事件は福岡猫虐待事件だけではない。 この事件を引き金にして多くの動物が残酷に命を奪われている。 その全ては紛れもなく人の身勝手な理由によるものだ。 この事件で特に注目してほしいこと。 ネット越しにこげんたの虐殺を楽しんでいた人が大勢いたという現実。 古い話だから関係ないなんてことは無い、今現在もそんな人間は数えきれないほど存在している。 また、そんな人もこの記事を読んでいるのかもしれない。 そのために俺に出来ることは少ないかもしれない…正直、俺も仕事に追われながら忙しい日々を送っている。 ただ一つ出来ることがあるとするなら、こうして下手くそな記事を書いてでも情報を発信し、皆に伝えていくこと。 今や当たり前のように動物と共存している人間社会だが、その背景にこのような悲しい歴史や事実もあることを忘れてはいけない。 [st-kaiwa1] ボクらは言葉や表情で人に感情を表現できない。 でも忘れないでほしいんだ。 「うれしい」「悲しい」「さみしい」「こわい」。 「痛い」「眠たい」「お腹すいた」「遊びたい」。 「ごめんね」「ありがとう」。 「幸せだよ」。 僕らも毎日、いろんなことを考えて、感じて生きている… ぬいぐるみ や おもちゃ じゃ無いんだ。 優しくしてもらえると「うれしい」。 いっぱい甘えて「幸せだよ」。 力いっぱい遊んで「元気だよ」。 言葉を持たない僕らは、そんな気持ちを行動で伝えるしかない。 その結果、毎日いっぱい迷惑掛けちゃうかもしれない…でもどうか許してほしい、多目に見てほしい。 悪気なんてどこにもないんだ。 これからもどうか、宜しくね。 キミに会えて、そしてキミに優しくして貰えて、 ボクは幸せだよ。 この記事はまた修正したり追記していくかもしれません。 最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。

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オスカール・ディルレヴァンガー

ディルレヴァンガー事件

ナチス・ドイツの武装親衛隊将官! 最終階級は 親衛隊上級大佐! ドクトル・ディルレヴァンガー 第36SS所属武装擲弾兵師団、通称 『戦う刑務所』という 史上最悪の部隊を率いた師団長である 汚れた戦争犯罪人であまりにも有名だが、その汚名凄まじいためか、戦争映画にほとんどでてこない凄いサイコな戦争犯罪人です。 日本では、以前記事を書いた福岡の動物虐待事件の犯人のハンドルネームに使われた事でちょっと有名かもしれません。。 実際のディルはもっと凄い真性の サディストで困ったヤツでした。。。 戦争犯罪を繰り返しては、上層部に泣きついては、コネで解決というような。。。 ダメッ子なかんじでした。。。 上層部では特にゴットロープ・ベルガーSS中将と仲が良かったみたいだ。。。 いろいろ助けてもらったりしてました。。。 第一次世界大戦には早くも従軍、 負傷しても頑張って、頑張って 少尉にまで昇進! 出来る子だったんですね。。。 戦後は義勇軍に所属。 そして SSに入隊します! 政治学の博士号も取得!しかしこのへんから、 サイコなディルの一面がちょこちょこ見られます!! なんと13歳の少女に性的暴行を加えた罪を問われ、取得したそれまでの全ての経歴と博士号をも失ってしまうのです。。。 刑務所から出たあとは強制収容所に勤務、ここでいろいろ後で癒着が目立つW ベルガーさんと知り合います。 『ディルレバンガーがSS内の地位を回復できるように』と ベルガーはSS内の補給本部長の地位を乱用してディルレヴァンガーを スペインのコンドル軍団に派遣! スペイン内戦での戦闘と負傷は少なからずディルレヴァンガーの 名誉を回復させることに成功!! わーいわーい! 1940年には《総統》の意志により、 銃を使った 密猟者で構成された部隊の編成が行われる。 その部隊長に選ばれたのはそうです、ベルガーとのコネがある、ディルレヴァンガーだ!! ヒムラーは更に 強制収容所の悪党・犯罪者、 SS内部の保護観察者(=危険人物)をも加えた。 「SS-Sonderkommando Dirlewanger ( SS特務部隊ディルレヴァンガー )」 結成である!! 創設時のディルレヴァンガーの階級はハウプトシュトゥルムフューラー(SS大尉)だったそうな。。。 武装SS(Wafen-schutz staffal)は創設当初、非常に厳しい採用基準だった。 最終的に90万という大所帯に増えた武装SSがそんな完璧超人ばかり集められたはずもなく。 結局、基準は一定の身長体重を満たしていればだいたいOKという処にまで引き下げられました。 なぜかって? 「人手不足」を補うためにです!人で不足は困るのよ。。。 ホント。。。 たからって、、、 密猟者と 犯罪者と 問題児の集まりって。。。。 覆面をした兵隊さん達、マジ怖いですね。。。 こんなのが襲ってきたら、もうダメですね。。。 なぜかわからないけど。。。。 ディルはこの残虐な仕事ぶりを認められ・・・ていきます。。。 親衛隊及び警察高級指導者(HSSPF)SS大将であった ヴィルヘルム・クリューガーとルブリン管区の親衛隊及び警察指導者 SSPF オデイロ・グロボチュニクの推挙を受け見事! SS少佐に昇進!!!する。 これは彼がホロコーストに関与していたことを意味しているらしい。 事実、ルブリン管区のユダヤ人収容所の防衛任務に一時的に従事してい事がわかっているらしい。。。。。 ヴィルヘルム・クリューガーも ポーランドにおけるホロコーストに深く関与した 結構レベルの高い極悪人である。 しかしこの極悪人にも『ディルレヴァンガーのポーランド民間人に対する虐待、ユダヤ人との性行為及び殺害』は少々やり過ぎに感じたらしく、 「この犯罪一味が一週間以内にこの地域から消え失せないなら、おれの手で奴らを監獄にぶち込んでやる!」と脅されました。 クリューガー怖いので、ディルレヴァンガーはソ連地区へ。 ディルレヴァンガー隊は何処にいても暴れ回ってくれるのでどこにいるのかすぐにわかったそうな。。。。 しかしいつも仲良し ベルガー君が彼の犯罪をことごとく握りつぶしてくれたのでした。。。 なぜって!!? ディルレヴァンガーは対パルチザン戦では明らかに有能だったからだよ!! サイコ野郎は、戦場ではニュータイプ並の力を発揮するんですね。。 すごいすごい。。。 お!こいつらもそう言う観点からみるとマジで有能そうだな!!! 長い戦いで徐々に本物の密猟者はいなくなっていき、犯罪者やウクライナ人傭兵が補填されていく。 1942年にはミンスク近郊でパルチザン掃討を行った。 部隊は犯罪を犯すと同時に戦果を挙げ、 第2級鉄十字章を授与される。 1943年にはペリク湖周辺でのパルチザン掃討作戦で 15000人のパルチザンの殺害を報告したが、捕獲したパルチザン側のライフルはわずかに1100梃であった。 多数の民間人殺害が推測されている。 だが ドイツ黄金十字章を授与されている。 もうメチャクチャですね。 15000人ー1100梃=13500人は民間人やん!! 虐殺のジェノサイド王子ディルですね・・・・・・ ディルレヴァンガー隊は知らぬの間に 旅団規模にまで拡大しちゃいまして、 気づいたら犯罪者や元ソ連軍兵士、ウクライナ人、民族ドイツ人の構成になってました。 《総統》と《親衛隊全国指導者(=ヒムラー)》のお墨付きだと、 略奪と虐殺と放火にはげんだのである。 ディルレヴァンガーは常々部下に 「もしお前たちが退却するか敗北すれば、この強化部隊から強制収容所へ逆戻りだ。 もし捕虜になればポーランド側はおまえたちを必ず射殺する」と言って聞かせていた。 実際に自分を怒らせた部下は 即射殺だったそうです。。。。。 恐怖によって統率されていた部隊だったのだ。 ディルレヴァンガー自身腕利きの護衛に常に身を守らせ、かなり恐ろしい司令官だったそうである。 とにかく旅団兵には今しかなく、 死に物狂いで戦ったそうな。。。 そして 暴れたそうな。。。 そしてディルレヴァンガーは SS上級大佐に昇進した。 そして部隊も旅団から 師団に!! 旅団は直後に起こったスロヴァキアの反乱鎮圧にも参加し、そこでも 暴行・略奪が相次いだ。 そして、サイコでサディストのWSのディルにもとうとう終わりがくるのです。。。 オーデル川付近で師団が戦闘中に ディルレバンガーが負傷し、後送されたため、自由フランス軍に降伏し、逮捕。 1945年6月7日、捕虜収容所で原因不明の死を遂げている。 ディルレヴァンガー生存説ってのがやっぱりあって、エジプトのナセル将軍の軍事顧問をしていたとかなんとか。。。。 すごいめちゃくちゃで最低なんだけど、この部隊、設定がなんか、アニメみたいで好きです。 できれば現実ではなくアニメならよかったのにね。 人死んじゃってるから。。。 戦争だから。。。 あんまり、変な事言うと、人格疑われちゃうので、このへんで。。。 おまけ: 平野耕太による日本の漫画作品。 20世紀末、英国では不可解な吸血鬼事件が頻発し、王立国教騎士団・通称「ヘルシング機関」がその対処にあたっていたが、ヘルシング本部が強襲されるなど多大な被害を受ける。 一方、犬猿の仲であるヴァチカン及びその直属「イスカリオテ機関」と紆余曲折を経て協力関係を持ち、事件の黒幕が南米に逃れたナチス残党による組織「ミレニアム」だと知る。 ブラジルでの戦闘を経て、「ミレニアム」の正体が先の大戦末期にヘルシング機関が潰した「少佐」と呼ばれる男の部隊であると分かる。 少佐は英国王室の会議で宣戦布告を行い、その場にいながら少佐から無視されたイスカリオテ機関は、英国とミレニアムを共に潰そうと画策する。 そして、ミレニアムは1,000人の吸血鬼部隊を率いて再び英国本土を強襲、これに乗じたヴァチカン教皇庁の第九次空中機動十字軍3,000人も加わり、ヘルシング機関を合わせた三つ巴の大戦争が始まる。

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オスカール・ディルレヴァンガーとは

ディルレヴァンガー事件

ディルレヴァンガー事件は2002年にインターネット上に猫を虐待した画像を公開した事件です。 「ディルレヴァンガー事件」はインターネット上で扱われる際に使われる名称であり「ディルレ事件」という略称も使われます。 メディアで報道された際には「インターネット猫虐待事件」と報道されましたが、他にも事件の後に虐待された猫につけられた名前から「こげんた事件・こげんたちゃん事件」と呼ばれたり、事件が発生した地名から「福岡猫虐待事件」とも呼ばれます。 ディルレヴァンガー事件で虐待された猫は遺体こそ見つかっていないものの、ネット上に上がった画像を獣医師などが分析したところ死亡しているという確認がとられました。 ディルレヴァンガー事件の詳細 ディルレヴァンガー事件の犯人である「松原潤」は、マンションの自室にあるユニットバス内で捕まえてきた野良猫に対して針金やハサミを使用した虐待行為を行いました。 当初は「良いキャリアを見つけた」という内容の投稿をしており、バスタブで缶詰を食べる猫の画像を公開したことから「キャリア」が猫を指していることが判明しました。 虐待の内容は、しっぽ・耳の切断、絞首などで掲示板内で公開された画像には生々しく、傷ついた猫が写し出されていました。 1枚目の缶詰を食べる猫の画像から枚数を重ねるごとに内容は悲惨で残酷な内容になり、最後の投稿となった7枚目の画像には猫の亡骸とされるものが写っていました。 事件に対する反応と逮捕 「ディルレヴァンガー事件」の犯人である「松原潤」が猫に対して行った虐待行為は、ネット上で多くの非難を受けました。 画像などが公開されてから数日中には、2ちゃんねるのユーザーによって画像の分析やログの解析がなされました。 その結果として警察への通報が相次ぎ犯人の「松原潤」は福岡県警によって書類送検されました。 犯人の松原潤は「猫は逃がした」と供述していましたが、獣医等の所見により虐待された猫が死亡している確認がなされたとされています。 さらに犯人への刑事訴追を求める署名活動も起こされたことから「ディルレヴァンガー事件」の社会的注目度の高さが窺えます。 また署名活動だけではなく、ネット上でもディルレヴァンガー事件を追及するwebサイトや犯人の個人情報が様々な場所で晒されました。 ネット掲示という多くの人が投稿内容を共有する場所で虐待内容を公開していたこともあり、犯人の供述に対する不信感は通常の事件に比べて非常に高いものでした。 中でも「酔っていて・かっとなって」「虐待に使用したハサミや針金は引っ越しのために購入した」という供述には疑念を向けざるを得ませんでした。 不信感の理由としては、ハサミが波板と呼ばれる木材専用のものであったことや、掲示板での書き込みが長時間に及んでおり酔っていたとは思えない事などが挙げられます。 ディルレバンガー事件で下った判決 ここでは犯人の行動を事件の流れと合わせて、まとめます。 事件の流れと合わせて考えることでディルレヴァンガー事件の内容についても再確認する事が出来ます。 1.犯人の松原潤氏は、2002年5月6日にネット掲示板「2ちゃんねる」の動物大嫌い板にて「おい!おまえら」と題したスレッドを作ります。 2.ハンドルネームで「ディルレヴァンガー」を名乗り、虐待方法を掲示板内のユーザーに募り、計7枚に及ぶ猫の虐待画像を掲示板内にて公開しました。 3.掲示板内での一連の行為に非難が殺到し、2ちゃんねる内のユーザーの画像分析、ログの解析が行われ、警察に通報が殺到しました。 4.獣医等の専門家の所見から公開された画像の猫が死亡しているという確認が取れた事もあり、急遽な対応がなされ犯人の松原潤氏が逮捕されました。 5.警察の尋問の際には「虐待画像の猫は逃がした」と主張していた松原潤氏は、逮捕後の取り調べで猫の殺害を認めました。 6.裁判では「懲役6か月・執行猶予3年」という判決が下りました。 しかし、この時には松原潤氏の個人情報がネットのいたるところで公開されており、社会的な制裁がなされていると判断し減刑処置を受けました。 以上がディルレヴァンガー事件の流れと犯人の行動になります。 犯人「松原潤」ってどんな人?.

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