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代々木八幡宮の神前式(結婚式)の口コミ評判【東京の神前式なび】

代々木八幡宮 結婚式

お祀りしている神さまは応神 おうじん 天皇=八幡=さま。 「厄除開運」の神さまとして有名で、全国で鎮守の神として祀られています。 こちらではそんな代々木八幡宮で挙げられる神前式について、プラン内容や魅力、口コミ評判を紹介します。 ぜひ参考にしてみてくださいね。 代々木八幡宮の神前式プラン• 挙式料:60,000円• 雅楽:有(生演奏、別途追加料金20,000円)• 参列人数:30~40名まで• 着付室:要問い合わせ• 参列者控室:要問い合わせ• カメラ持ち込み:要問い合わせ 代々木八幡宮の神前式の魅力!新郎新婦が気に入るポイント• 都会にありながら、閑静で落ち着いた雰囲気• 歴史を感じさせる、由緒ある神社• 手ごろな値段で本格的な神前式ができる• 1日2組の対応なのでバッティングする可能性がない• 神前式にふさわしい凛とした雰囲気が漂っています。 都会のど真ん中にありながら、豊かな緑に囲まれ、心地よい式を挙げられるでしょう。 アクセスは代田線「代々木公園駅」、小田急線「代々木八幡駅」の両方を利用でき、山手通りに入口があります。 駅から徒歩5分とアクセス抜群で、ゲストにとってもうれしいポイントです。 約10台分の駐車場もあり、車でのアクセスも問題ありません。 代々木八幡宮の神前式の特徴は、「参進の儀」の美しさ。 神職、新郎様、新郎様側親族、そして神職、新婦様、新婦様側親族の順に一列になって回廊を歩き、入場します。 その美しい光景は、一生の思い出になること間違いありません。 また、回廊には屋根があるため天候に左右されず、雨天でも滞りなく「参進の儀」を行えます。 周囲には緑が多いため夏でも涼しく、暖房も完備しているので冬場でも安心。 暑くて(寒くて)大変だった…なんて、ちょっと悲しい思い出になってしまうことがありません。 新郎新婦&ゲストの口コミ 代々木八幡宮で神前式を挙げた新郎新婦の口コミ 静かで趣のある神社が魅力でした 「派手さはありませんが、静かで趣のある雰囲気で、まさに大人の結婚式という感じ。 この雰囲気が気に入って、こちらで式を挙げることを決めました。 1日2組限定なので、せかせかすることなく、ゆっくり時間を楽しめたのもよかったです。 」 コストパフォーマンがよかった! 「ほかの神社は、挙式料に10~15万円ぐらいでしたが、こちらは6万円とリーズナブルでした!雅楽の生演奏も2万円でつけられて、コストパフォーマンスがよかったです。 対応してくれた方も感じのよい人で、式の作法なども事前に教えてくださり安心できました。 」 代々木八幡宮で神前式に参加したゲストの口コミ 心に響く式でした 「パワースポットというだけあり、土日は参拝客も多めですが、通常のウェディングでは決して味わえない雰囲気を堪能することができました。 アットホームな感じで新郎新婦とも距離が近く、門出を祝う雰囲気もグッとあがるように感じました。 」 大人の結婚式にはぴったりの由緒ある神社 「スタッフの方々が親切に対応してくれたのが印象的です。 都心からのアクセスは抜群ですが、駅からは少し歩くので、お年寄りや子連れの場合はタクシーを利用したほうがよさそうです。 」 代々木八幡宮のまとめ・総評 リーズナブルでシンプルな挙式ができると評判の代々木八幡宮。 1日2組の丁寧な挙式が魅力です。 ただ、11月の土日などは挙式を受け付けていないそうなので、希望の日取りは確認が必要です。 口コミではリーズナブルな費用感や落ち着いた雰囲気を評価する声が多くみられました。 新郎新婦とゲストとの距離感も近く、全員が満足する式を挙げられそうです。 代々木八幡宮の概要• 住所:東京都渋谷区代々木5-1-1• アクセス: 小田急線「代々木八幡駅」徒歩5分 東京メトロ千代田線「代々木公園駅」(代々木上原寄り出口)5分.

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神社の由来 鎌倉時代、二代将軍・源頼家の側近であった近藤三郎是茂 これもち の家来で荒井外記 げき 智明 ともあきら という方が、頼家公暗殺の後、名も宗祐 そうゆう と改めてこの代々木野に隠遁し、主君の菩提を弔って暮らしていましたが、時に建暦2年 1212年 8月15日夜、霊夢の中で八幡大神の託宣と宝珠の鏡を感得しました。 そこで同年9月23日、元八幡の地に小さな祠を建て、鶴岡八幡宮を勧請したのが創始とされています。 八幡さまは古くは朝廷や武家からの崇敬をあつめ、国家鎮護、破邪顕正の神と仰がれました。 その強いご神徳から「厄除開運」の神さまとして全国で鎮守の神として祀られました。 応神天皇さまの時代は、大陸文化が多く渡来したことから「産業・文化の発展と守護」の神、 またお母上である神功 じんぐう 皇后さまとの神話から安産・子育て・家内安全の神として「怨霊退散」「渡航安全 交通安全 」の神としてもあがめられています。 当社の別当寺であった福泉寺の文書によれば、 天保元年 1644 伝養律師という方が中興開山として天台宗に改め、次いで二世の僧が社殿、植林などの整備を行い、 三世の長秀法師の代に現在の場所へ奉遷したといわれています。 これは大和国岩掛城主・山田政秀の第六女、 紀州家側室・延寿院殿が甥であった長秀法師のために社地6000坪を始めとする数々の寄進をしたことで実現しました。 江戸時代からの稲荷社、天神社の末社に加え、旧代々木村にあった小さな神社が合祀され、 天祖社 天照大神 と白山社 白山大神 が八幡さまの配座に祀られることになりました。 代々木八幡宮がお祀りしている神さまは応神 おうじん 天皇=八幡=さまです。 八幡さまは古くは朝廷や武家からの崇敬をあつめ、国家鎮護、破邪顕正の神と仰がれました。 その強いご神徳から「厄除開運」の神さまとして全国で鎮守の神として祀られました。 応神天皇さまの時代は、大陸文化が多く渡来したことから「産業・文化の発展と守護」の神、 またお母上である神功 じんぐう 皇后さまとの神話から安産・子育て・家内安全の神として「怨霊退散」「渡航安全 交通安全 」の神としてもあがめられています。 【沿革】 当社は草創以来、社僧の手によって管理されてきました。 当社の別当寺であった福泉寺の文書によれば、 天保元年 1644 伝養律師という方が中興開山として天台宗に改め、次いで二世の僧が社殿、植林などの整備を行い、 三世の長秀法師の代に現在の場所へ奉遷したといわれています。 これは大和国岩掛城主・山田政秀の第六女、 紀州家側室・延寿院殿が甥であった長秀法師のために社地6000坪を始めとする数々の寄進をしたことで実現しました。 明治維新以降、神仏混淆が禁止され当社は村社に列せられました。 江戸時代からの稲荷社、天神社の末社に加え、旧代々木村にあった小さな神社が合祀され、 天祖社 天照大神 と白山社 白山大神 が八幡さまの配座に祀られることになりました。

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神社の由来 鎌倉時代、二代将軍・源頼家の側近であった近藤三郎是茂 これもち の家来で荒井外記 げき 智明 ともあきら という方が、頼家公暗殺の後、名も宗祐 そうゆう と改めてこの代々木野に隠遁し、主君の菩提を弔って暮らしていましたが、時に建暦2年 1212年 8月15日夜、霊夢の中で八幡大神の託宣と宝珠の鏡を感得しました。 そこで同年9月23日、元八幡の地に小さな祠を建て、鶴岡八幡宮を勧請したのが創始とされています。 八幡さまは古くは朝廷や武家からの崇敬をあつめ、国家鎮護、破邪顕正の神と仰がれました。 その強いご神徳から「厄除開運」の神さまとして全国で鎮守の神として祀られました。 応神天皇さまの時代は、大陸文化が多く渡来したことから「産業・文化の発展と守護」の神、 またお母上である神功 じんぐう 皇后さまとの神話から安産・子育て・家内安全の神として「怨霊退散」「渡航安全 交通安全 」の神としてもあがめられています。 当社の別当寺であった福泉寺の文書によれば、 天保元年 1644 伝養律師という方が中興開山として天台宗に改め、次いで二世の僧が社殿、植林などの整備を行い、 三世の長秀法師の代に現在の場所へ奉遷したといわれています。 これは大和国岩掛城主・山田政秀の第六女、 紀州家側室・延寿院殿が甥であった長秀法師のために社地6000坪を始めとする数々の寄進をしたことで実現しました。 江戸時代からの稲荷社、天神社の末社に加え、旧代々木村にあった小さな神社が合祀され、 天祖社 天照大神 と白山社 白山大神 が八幡さまの配座に祀られることになりました。 代々木八幡宮がお祀りしている神さまは応神 おうじん 天皇=八幡=さまです。 八幡さまは古くは朝廷や武家からの崇敬をあつめ、国家鎮護、破邪顕正の神と仰がれました。 その強いご神徳から「厄除開運」の神さまとして全国で鎮守の神として祀られました。 応神天皇さまの時代は、大陸文化が多く渡来したことから「産業・文化の発展と守護」の神、 またお母上である神功 じんぐう 皇后さまとの神話から安産・子育て・家内安全の神として「怨霊退散」「渡航安全 交通安全 」の神としてもあがめられています。 【沿革】 当社は草創以来、社僧の手によって管理されてきました。 当社の別当寺であった福泉寺の文書によれば、 天保元年 1644 伝養律師という方が中興開山として天台宗に改め、次いで二世の僧が社殿、植林などの整備を行い、 三世の長秀法師の代に現在の場所へ奉遷したといわれています。 これは大和国岩掛城主・山田政秀の第六女、 紀州家側室・延寿院殿が甥であった長秀法師のために社地6000坪を始めとする数々の寄進をしたことで実現しました。 明治維新以降、神仏混淆が禁止され当社は村社に列せられました。 江戸時代からの稲荷社、天神社の末社に加え、旧代々木村にあった小さな神社が合祀され、 天祖社 天照大神 と白山社 白山大神 が八幡さまの配座に祀られることになりました。

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