広島 サッカー スタジアム。 広島市 サッカースタジアム建設 個人寄附金募集へのご協力のお願い

サッカー場は広場西寄り 広島市方針、東寄りから配置変更

広島 サッカー スタジアム

概要 [ ] 広島はからサッカーが盛んな土地であった。 現・ 開校4年後の(明治41年)に行われた運動会で初めて広島でサッカーが行われ 、(大正8年)後の捕虜収容所にいた人捕虜と広島高師で初の国際試合が行われた記録が残っている。 (昭和35年)全広島対戦から5度にわたり、(旧広島市民球場)でサッカーが行われたこともある。 この状況にサッカースタジアム建設構想が挙がり、1950年代以降数度にわたり具体化していったものの、広島は水系下流のに形成された狭い平野という地理的要因、地元財界の財政的要因、神社仏閣の他にと広島特有の多様なコントロールポイントがある都市計画的要因もあり、なかなか進まないでいる。 一方で2013年10月中国新聞による電話世論調査では、賛成38. 候補地一覧 [ ] 以下は候補地として上がった場所。 太字は、最終的に候補地として絞られていた箇所。 中央公園自由・芝生広場• ・出島地区(出島)• 出島東第2野積み場• メッセ・コンベンション等交流施設用地• 跡地()• (大塚)• 本部跡地(中区)• 周辺(西区商工センター)• 河口() 略歴 [ ]• 1992年 - 広島広域公園陸上競技場竣工• 2003年4月 - スタジアム推進プロジェクト設立• 2006年6月以降 - スタジアム推進プロジェクト事実上休止• 2009年10月 - スタジアム推進プロジェクト再立ち上げ、数年後事実上休止• 2011年1月 - 建設要望署名活動開始• 2012年8月 - 県サッカー協会・サンフレッチェ広島・同球団後援会は建設要望書を県および市に提出• 2013年1月 - 37万0579件の建設要望署名を県および市に提出• 2013年6月 - 県・市・商工会議所・県サッカー協会により建設協議会設置• 2014年3月 - 建設協議会より、建設候補地を「旧市民球場跡地」と「広島みなと公園」の2案にまとめる答申が提出される• 2015年7月 - 県・市・商工会議所のトップ会談で「広島みなと公園」を優位とする認識で一致• 2016年3月 - サンフレッチェ広島が「旧市民球場跡地」に建設する独自のスタジアム建設案を公表• 2018年9月 - 建設候補地に「中央公園自由・芝生広場」を加えることで再調整を開始• 2019年2月 - 県・市・商工会議所・サンフレのトップ会談で候補地を「中央公園自由・芝生広場」に絞り込む方針で一致 経緯 [ ] マッカーサースタジアム構想 [ ] 1974年。 戦後この付近はと呼ばれるスラム街が広がっており、1970年代以降の再開発により・が整備された。 の下側の区画にスタジアム建設計画が立てられていた。 その左下が。 、からの復興の最中、(昭和24年)制定され、広島市中心部に建設が計画された。 この中で市長は平和公園構想の他に、のからに挟まれた一帯をあるいはとする構想を持っていた。 1951年、グループが計画した当初の平和公園計画にもこの構想が盛り込まれており、その中で球技広場 を現在の付近(右写真参照)に配置し、その北側の現在中央公園がある場所には陸上競技場を配置する計画が立てられた。 なお、戦後一時期まで紙屋町交差点から広島城までのはGHQのにちなみマッカーサー道路と呼ばれ、その上端に計画されたスタジアム構想(陸上競技場のほうであり球技広場ではない)のことを「マッカーサースタジアム」構想とも呼ばれていた。 同時期に全国大会で台頭し始めた 現、以下サンフレ も決まったグラウンドを持っておらず、交通の便の良さからをメインに市内高校グラウンドを転々とした。 (昭和32年)決勝・東洋工業対中大クラブはこの国泰寺高校で行われた。 (昭和40年)、(JSL)が開幕してからも市内高校グラウンドで公式戦を開催する状況は続き、国際試合や国内主要大会も(昭和42年)まで5度も広島市民球場で開催された。 この状況にサッカースタジアムの建設論議されるようになり、浜井構想の場所も候補地の1つとしていた。 しかし、当時のJSLは集客が見込めないこと、構想を持っていた浜井が(昭和43年)に急逝したこともあり、実現には至らず、結局を主に使うことになった。 1970年代以降、の影響により広島経済の地盤沈下が進みサッカー界にも影響して停滞していった ため、その後建設論議は再燃することはなかった。 広島ビッグアーチでの現状 [ ] (平成4年)、のメイン会場およびサンフレのホームスタジアムとして、(広島ビッグアーチ 2013年よりにより「スタジアム広島」)が建設された。 建設当時は日本に5万人入る競技場が少なかったこともあり脚光を浴びたが、次第に問題点が浮かび上がった。 広域公園前駅 立地・交通アクセスの問題• 来場者の半数が自家用車利用だが、広島ビッグアーチ自体の駐車スペースは限られている。 これまでは周辺の空き地を利用した臨時駐車場を設けていたが、の開発が進むにしたがい、そのスペースの確保も難しくなってきている。 公共交通の利用を促しているが駐車場が無料ということもあり、試合終了後交通渋滞が発生する。 (アストラムライン)は市内中心部からまで開通しているものの、当初計画であった環状化にはほど遠く、現時点でピストン輸送と同じ状況であるため輸送量に限界がある。 一方で広域公園からへの延伸は考えられているものの、2015年度の最終判断で決定したとして予定通り進んだとしても開業は2028年以降になることが判明している。 一時はサンフレ側も公式戦開催を敬遠していたほどであった。 このうちトイレに関しては予算化され、平成30年度の洋式化改修工事で充足した。 スタジアム推進プロジェクト [ ] の日本開催が決定し、(平成5年)1月、その開催地として広島市は立候補した。 日韓共同開催になった場合でも当時は5万人収容できるスタジアムが国内に少なかったこと、更には会長がから立ち直ったこの地を平和のシンボルとしてW杯でアピール するべく候補地に強く推薦した こともあり、当地での開催は確実視されていた。 しかし、ビッグアーチを当時のFIFA規則に満たすスタジアムに改修する場合、バックスタンドへの屋根の架設 と座席改修工事には約150億円が必要とされ、さらに共催に変更されたことで開催試合数が最小の3試合となる可能性が高くなったことから、市は費用対効果を鑑み再検討することになった。 結果、(平成8年)市長は正式に見送ると発表、広島市は開催地から外されることになった。 これには会長をはじめとする広島出身のサッカー関係者が悔しがり、市はマスコミから激しいバッシングを受けた。 (平成14年)W杯開催地から外れた代わりにのキャンプ地として誘致しようとした が、財政面の問題からまたも逃してしまう。 同年末のサンフレJ2降格も重なって、県サッカー関係者の中で何か起爆剤を欲していた。 道路左の土地が広島港五日市地区埋立地。 2014年現在も開発されていない。 (平成15年)2月、広島市長選にてサッカースタジアム建設を公約 に掲げていた が市長に再選されると建設の動きが急加速し、県知事、県サッカー協会会長、会頭、サンフレ社長もこれに同調した。 同年、関係者9団体 で「スタジアム推進プロジェクト」を発足、J2降格の責任を取って現場から離れたが事務局長に就任した。 経済波及効果も考慮に入れ 、収容2万人・観客席は屋根付き・工事費は100億円以内での建設を目指して、10ヵ所ほどあった候補地から次に挙げる5案に絞り込まれた。 キャンパス跡地に新設案 広島市街地中心部()辺りからで約15分位気軽に足を運びやすい場所、広大な土地で法的なしばりもない最適の場所、ときわめて評価の高い地であった。 しかし、国有地であるため買い取りには約200億円もかかるため断念した。 2013年、官民学一体での再開発が最終決定している。 広島スタジアム改修案 これには関係者の反対にあい、またの問題 、近くにがあるためにの問題 、などから断念した。 なお西飛行場が廃止され広島ヘリポートとして運用する事になったため航空法による制限が無くなったことから、後に改めて候補地として検討されている。 (河口)に新設案 広い駐車場が確保でき騒音問題が起きないとして、最有力候補地として挙げられていたが、や土地を所有する県の財政難から、計画保留扱い 、のち候補地からは完全に外れている。 改修案 他案件と比べ掛かる費用が少ないため現実的には最も実現の可能性が高く、実際具体案も示された。 しかし本格的スタジアムを建設するまでのつなぎで改修するのは「二重投資になる」という理由により、この案は頓挫した。 広島市民球場跡地に新設案 下記に詳細を記載。 広島市民球場活用 [ ] はT字橋()の右下付近にあり、に近接していることがわかる。 の本拠地がMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島に移転するのを機に、市は民間に向けて跡地利用の提案募集を行い、さまざまな専門家で構成する委員がそれを判定する「広島市民球場跡地利用検討会議」を設置した。 その中でサッカー関係者としては念願であり、野球ファン含めたそのほかの市民には「戦後の広島復興の象徴としての市民球場」を保存・活用できる、財界や地元商店街もある程度の集客が見込めるとして、提案に挙がったのがサッカースタジアムにすることだった。 一方でこの地はであるに近接しており、新たに大型施設を建設することによりに登録されるのではないかと一部で懸念されていた。 (平成18年)4月、原爆ドーム(高さ約25m)からわずか200m先に高さ45mのマンション建設が発覚、これに建設反対運動が活発化したことにより、周辺の景観保全への意識が高まることとなった。 結果、同年広島市民球場跡地利用検討会議第3回にて、スタジアム案がすべて「閉鎖された空間が新たに出現し、大規模施設によってとが分断される計画であるため望ましくない」と評価され、没案となった。 その後、財政的な問題や他の大型公共工事計画などにより後回しとなり、スタジアム推進プロジェクトは事実上止まっている状況となった。 (平成19年)1月、今西は事務局長を退任した。 ただ球場跡地利用も決定したわけではなかった。 そもそも民意を反映することが目的であるはずの検討会議が委員を選抜する段階から不透明であること、その後に決定した優秀案では集客力が不足すること、球場の保存・活用の可能性が薄いこと、など不満が続出した。 (平成20年)9月、市が球場整備の基本方針のたたき台をまとめ、意見を募った。 これに対し、折り鶴保存・展示施設建設の是非および球場の保存・活用が盛り込まれていないことに市民が再検討を要望し、解体反対署名を集めたり、独自でシンポジウムを開いた。 その中でサッカースタジアムに改修する案を再び話し合われるようになった。 これに県サッカー協会も動き、(平成21年)市に対し跡地にスタジアムを建設する要望書を提出したが、市は「サッカー専用では年に約20試合しかできず、難しい」と否定的な見解を示した。 なおこの跡地開発は以降も二転三転しており、そのたびにサッカースタジアム建設候補地として挙がる状況である。 START FOR 夢スタジアム HIROSHIMA [ ] 2009年4月、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が開場。 次はサッカースタジアム建設を、という声がサポーターのみならず政財界の中でも挙がる様になった。 同年10月、この流れを受けて2006年以降止まっていたスタジアム推進プロジェクトが再立ち上げした。 前回検討時と経済状況や土地行政などが変わったこともあり、一度白紙に戻して改めて検討しなおすこととなった。 2011年1月から、県サッカー協会を中心に建設要望のための署名活動を開始した。 2012年8月、県サッカー協会(会長)・サンフレ(社長)・サンフレ後援会(会長、兼県体育協会会長)の3者は連名で、県(知事)・市(市長)に対し、スタジアム建設要望書を提出した。 また同3団体は「START FOR 夢スタジアム HIROSHIMA」をキャッチフレーズに、全国的な署名活動やシンポジウム開催など積極的な広報活動を開始した。 これら活発な活動開始の背景には、でのサンフレ優勝に加え、2013年から始まる「」に対応しなければならなくなったことが大きい。 なお、『スタジアム建設に関する署名』は2013年1月21日現在で37万0579件集まり、同日に県および市に提出、更に署名を募っている。 これらを受けて、湯崎県知事 ・松井市長および広島商工会議所会頭(兼会長) は、サッカースタジアム建設に向けて前向きな発言をし論議を進めることを約束した。 2013年3月現在で、実質的に候補地として絞られつつあるのは以下の3地区。 西区 上記の広島スタジアム改修案に加え、廃港に伴いその跡地も候補地となった。 ただ交通アクセスの問題から、のちに没案となった。 中区敷地内(旧市民球場も含む) 上記の旧市民球場跡地に加え、その北側の中央公園芝生広場も候補地として挙がっている。 南区 2012年8月、広島は県および市に対して建設要望書を提出した。 この中で、(・)およびに加え路線バスと交通網が発達していることに加え、土地開発が未発達なため駐車場が確保できることから、宇品出島地区を候補地として、また商業施設との複合施設化したスタジアムの建設を提案した。 その後、県サッカー協会とサンフレッチェ、サンフレッチェ後援会は旧広島市民球場跡地をサッカースタジアム建設のための候補地として建設の実現に取り組むこと を表明している。 サッカースタジアム検討協議会 [ ] 2013年6月、県・市・広島商工会議所・県サッカー協会の4者は具体的に進めるため協議会を設置し、有識者による検討委員を置き、翌2014年3月に最終報告書をまとめる方針となった。 検討委員会での協議は長引き都合18回も会合を重ね、2014年11月最終的に絞り込めないとして「旧市民球場跡地」と「広島みなと公園」の2案にまとめ 、上記4者に提出された。 一時は中央公園の広場と旧市民球場跡地が一体で「中区広島中央公園敷地内」として候補にされていたものの、その敷地内の「中央公園自由広場・芝生広場」は立地上東西に長く、の理想方向である南北方向への拡張が難しく、さらに市営住宅等の周辺住民への騒音などの悪影響も考えられ、中央公園の広場は候補地から外され「中区広島中央公園敷地内」は部分除外した「旧市民球場跡地」として候補地にされた。 さらなる混沌 [ ] 検討協議会(2015年1月解散)の答申を受ける形で、県・市・商議所は「作業部会」を設け(ここにサッカー協会及びサンフレは加わっていない )、旧市民球場跡地と広島みなと公園の比較検討を行う。 2015年7月、広島県知事、広島市長、広島商工会議所会頭(代表取締役会長)によるトップ会談が行われ、「検証結果から旧市民球場跡地は、多機能化・複合開発、スタジアムの規模に課題がある。 広島みなと公園が優位と考える」(湯崎知事)との認識で一致し、「最終判断にはさらに詳しい調査を行い、宇品地区を中心とする物流拠点の交通対策などを検討する必要がある」とした上で年度内にも結論を出す方向性が固まったと報じられる。 具体的には、3万人規模のスタジアム を旧市民球場跡地に建設しようとすると、周辺の高さ制限の関係から地盤の掘り込みが必要になり、結果的に旧市民球場跡地では約260億円、広島みなと公園では約180億円の建設費用となり、広島みなと公園に作った方がコスト的に優位である、とするものであった。 この動きに対し、広島みなと公園周辺の物流業者でつくる広島みなと振興会が「(サッカースタジアムが建設されることで試合開催日に広島港周辺で渋滞がひどくなることで)物流が滞り、港湾運送事業だけでなく県内経済に重要な影響が出る」などとして強く反発した。 一方、県・市・商議所の動きに対し、サンフレの代表取締役会長(代表取締役社長)は2016年3月3日に記者会見を開き、旧市民球場跡地への独自のスタジアム建設案「Hiroshima Peace Memorial Stadium」(ヒロシマ・ピース・メモリアル・スタジアム、仮称)を発表する。 旧市民球場跡地にサンフレが当初より主張していた「2万5000人規模」のサッカースタジアムを建設するというもので、これにより「作業部会」が想定していた地盤の掘り込みが不要となることから建設費用は広島みなと公園の180億円(インフラ整備費を含まず)に対して140億円にまで押さえ込むことが可能になってコスト面で逆転するというものであり、加えて旧市民球場跡地に建設する場合はエディオンと久保会長個人が建設費のうち30億円を拠出し、残りは寄付金とtotoの助成金を充当した上で「スタジアム建設のための公募債を発行し償還原資はサンフレが負担する 」または「建設主体となる(SPC)が金融機関とエディオンから建設資金の借り入れを行う」ことで県・市の負担を実質無くすことが出来るスキームを想定していること、仮にサッカースタジアム建設予定地が広島みなと公園に決まった場合、サンフレはスタジアム使用料や観客の輸送コスト負担 などで供用開始後2年でに陥る として 広島みなと公園のスタジアムを本拠地として使う予定がないことを明言した。 この発表を受けて、県・市・商議所は2016年3月29日、「この案(サンフレ案)はこれまで作業部会が検討している内容とは収容人数等の前提が異なり、また、整備費の起訴となる仕様の内容等が示されていない」「(作業部会がサンフレッチェ広島へ)依頼した確認事項へのご回答をいただいていないなど、現状では確認作業、意見交換ができていない」とサンフレッチェの対応を批判した上で、年度内にも開催するとしていた県・市・商議所による結論を出すための三者トップ会談を延期し、結論の判断を先送りすることを発表した。 サンフレ側は事態の打開に向け、県・市・商議所にサンフレを加えた4者での公開トップ会談を開催して大まかな方向性を定めるべきだとしており、トップ会談の必要性については4者で認識が一致しているが、県・市・商議所はトップ会談の前に事務レベルでの意見のすりあわせが必要だとして、サンフレと三者の考え方の隔たりがなかなか埋まらなかった。 中央公園案の再浮上、基本方針策定 [ ] 膠着状態の打開に向けて深山商議所会頭が調整を行った結果、サンフレのスタジアム案発表から5ヶ月経過した2016年8月10日にようやく県・市・商議所・サンフレによる4者トップ会談が実現(ただし非公開で行われた)。 会談後に記者会見した深山会頭は、県・市・商議所が優位と位置づけた『みなと公園案』とサンフレの推す『旧市民球場跡地案』では「4者が納得する結論を得るのは難しい」とした上で、両案にこだわらず、検討委員会で示された他の候補地を含めて再検討することで4者が一致したと説明した。 久保会長は「旧市民球場跡地がベストとの考えは変わらない」と主張しつつ「まちづくり全体を考え、広島にとっていいと理解できれば、協力したい」とある程度歩み寄る姿勢をみせた。 その後、9月14日に行われた2回目の4者トップ会談の席で、検討協議会で一旦候補地から除外された中央公園自由・芝生広場を「第3の候補地」として加えることを深山会頭が提案。 湯崎知事はこの案に同調し、久保会長も従前からの主張は変えないながらも、利便性の高い市中心部にあることから容認する意向を示した。 一方で松井市長は、検討協議会で中央公園が候補地から除外された要因の一つである「基町住宅への悪影響」について「隣接する団地の住民の理解や協力を得ることが必要。 騒音や観客、車の導線など検討しないとならない」と指摘した。 一方、当の基町地区住民からは中央公園への建設に反対する要望書が提出される など不透明な情勢が続いていたが、2019年2月6日、3回目の4者トップ会談で、建設候補地を中央公園自由・芝生広場に一本化する方向で認識が一致 、同年5月30日には県・市・商議所の3者トップ会談で、中央公園自由・芝生広場をサッカースタジアムの建設地とする「サッカースタジアム建設の基本方針」をとりまとめた。 基本方針 では、広島市長・広島県知事・広島県商工会議所会頭を構成員とし、サンフレッチェ広島会長をオブザーバーとする「サッカースタジアム建設推進会議」を設置した上で、広島市が建設と管理運営の主体となることを想定。 「中央公園広場とが一体となった平和発信の拠点となることを目指す」こととし、周辺への環境対策として、全周囲を囲む屋根への防音壁の設置、指向性の高いスピーカー等の採用、周辺道路の混雑対策などを検討するとしている。 概算額で190億円と見込まれる建設費については、企業や個人からの寄付金、国の交付金、市債などを充当(サンフレの示した「Hiroshima Peace Memorial Stadium」の資金スキームに準拠)するとし、2019年度中の基本計画の策定、2023年度までの完成、2024年の開業を目指すとした。 中央公園サッカースタジアム(仮称) [ ] 中央公園サッカースタジアム(仮称) 施設情報 所在地 広島県広島市中区基町15 広場内 所有者 広島市 設計者 ・・JV(基本計画策定支援) 使用チーム、大会 収容能力 30,000人(予定) アクセス 広島電鉄 徒歩約10分 ・ 徒歩約10分 JR 徒歩約15分 徒歩約10分 基本方針の策定を受け、広島市は市民アンケートや、学識経験者らで構成される「サッカースタジアムについて意見を聴く会」 を開催し、2020年3月30日にサッカースタジアム建設推進会において基本計画はを策定公表した。 基本計画では、以下の内容が想定されている。 スタジアムの配置についてスタジアム基準の「南北方向」を前提とし、中央公園の回遊性や地下埋設物の影響 を考慮し、当初想定されていた計画よりも西寄り、に近い側に配置する。 サッカーのみならずラグビーにも対応した施設とすることとし、芝は天然芝あるいはを採用する。 メインスタンドを西側、ホームゴール裏席を南側に配置することを想定し、全面2層式とした上で、全観客席を屋根で覆い、騒音や照明の影響をできるだけ抑える計画とする。 スタジアム全周を囲むコンコースやVIPラウンジを配置する。 駐車場は附置義務台数を確保し、試合非開催時には一般向けの有料駐車場として活用する。 災害時の防災機能を想定し、備蓄倉庫スペースを確保するとともに、耐震性貯水槽を活用する。 観客らの動線はスタジアム南側からのアクセスが主になることを想定し、横からを跨いでスタジアム(コンコース)に直結するを整備する。 建設及び管理運営の主体は広島市とした上で、スタジアムの設計・施工一体型発注(DB方式)により建設することを想定。 管理運営にを念頭に置いており、設計・施工・運営一括(DBOO方式)による発注も視野に入れるとしている。 今後は令和2年度 2020年度 に設計・施工の発注準備、事業者選定を行い、令和2年度 2020年度 ~令和5年度 に基本・実施設計、建設工事、開業準備を行うとのスケジュールとしている。 概算事業費は当初の想定より膨らみ、約230億から270億円(ペデストリアンデッキの整備及び埋蔵文化財発掘調査費を含む)と想定されている。 脚注 [ ] [] 出典 [ ]• 賀川サッカーライブラリ. 2012年9月25日閲覧。 広島市. 2010年2月14日閲覧。 2008年7月13日. 2009年2月8日閲覧。 中国新聞 2013年10月17日. 2013年10月17日閲覧。 1999年6月22日. 2015年5月10日閲覧。 中国新聞経済メールマガジン 2006年12月1日. 2015年5月10日閲覧。 の片言隻句 2009年1月14日. 2009年2月8日閲覧。 中国新聞 2012年8月24日. 2012年8月24日閲覧。 六川亨 2012年5月18日. 超ワールドサッカー. 2014年11月28日閲覧。 広島市公式 2013年4月5日. 2013年5月21日閲覧。 プレスリリース , 広島市都市整備局緑化推進部緑政課, 2014年6月17日 , 2014年8月12日閲覧。 サンフレッチェ広島公式 2009年1月. 2009年2月8日閲覧。 中国新聞 2014年4月23日• 中国新聞 1998年1月3日. 2004年8月4日時点の [ ]よりアーカイブ。 2009年2月8日閲覧。 1997年1月3日. 2012年1月12日閲覧。 スポーツニッポン. 2010年5月14日. の2010年5月17日時点におけるアーカイブ。 2010年5月21日閲覧。 中国新聞 2009年10月28日. 2012年1月12日閲覧。 メールマガジン、 2002年2月2日. 2009年2月8日閲覧。 中国新聞 Internet Archive 2002年1月5日. 2002年4月26日時点のよりアーカイブ。 2009年8月15日閲覧。 Eタウンメールマガジン、中国放送 2003年3月22日. 2009年2月8日閲覧。 中国新聞 Internet Archive 2003年5月2日. 2003年8月18日時点のよりアーカイブ。 2009年8月15日閲覧。 財団法人ひろぎん経済研究所 2005年. 2009年2月8日閲覧。 2006年5月8日. 2009年2月8日閲覧。 広島市公式 2006年5月21日. 2009年2月8日閲覧。 中国新聞 2009年10月29日. 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C, 2016年4月15日 , 2016年4月29日閲覧。 読売新聞. 2016年3月30日. 2016年4月8日閲覧。 サンフレッチェ広島 2016年3月3日. 2016年4月8日閲覧。 - 広島市2016年2月16日公表資料• プレスリリース , サンフレッチェ広島, 2016年3月23日 , 2016年4月8日閲覧。 産経新聞(産経West). 2016年3月4日. 2016年4月7日閲覧。 毎日新聞. 2016年3月30日. 2016年4月8日閲覧。 フットボールチャンネル. 2016年3月30日. 2016年4月7日閲覧。 日本経済新聞. 2016年8月10日. 2016年8月12日閲覧。 読売新聞(広島版). 2016年8月10日. 2016年8月12日閲覧。 読売新聞広島版. 2016年9月14日. 2016年9月16日閲覧。 日本経済新聞. 2016年9月14日. 2016年9月16日閲覧。 日本経済新聞. 2018年2月15日. 2019年6月1日閲覧。 山陽新聞. 2019年2月6日. 2019年2月7日閲覧。 中国新聞. 2019年5月30日. 2019年6月1日閲覧。 広島市公式サイト 2019年5月30日. 2019年6月1日閲覧。 広島市 サッカースタジアム建設の推進. 2020年5月9日閲覧。 広島市公式サイト 2020年3月30日. 2020-4-201閲覧。 補足 [ ]• 野球場兼サッカー・ラグビー場として考えられていた。 (J1・J2ライセンス)においては、観客席の3分の1以上の屋根を敷設することをB等級、全体にかけることをC等級として求めているが、現状Eスタ広島にはメインスタンドしか屋根がない。 その後発足したにおいて、広島が開催候補地に「含まれていない」ことが海外各国記者で話題となる ほど、海外向けのアピールは2010年現在でも抜群であった。 これは2002年W杯開催時でのFIFAの規則で、スタジアムの観客席の4分の3以上に屋根が取り付けられていることが条件とされていた。 なお秋葉は市長当選後、公約を濁す発言をしている。 県・市・広島商工会議所・広島・県体育協会・市スポーツ協会・県サッカー協会・サンフレ球団・サンフレ後援会の9団体• 2万人屋根つきサッカースタジアムに改修しようとした場合、隣接するを解体しなければならないため、陸上競技関係者だけではなく野球関係者からも反発が予想された。 スタンドに屋根をつけようとすると航空法による高さ制限にひっかかる。 現在の席数7,500席からJリーグ規定の15,000席に増設、建設費10億円のうち、第一球技場を所有する広島市からはピッチと照明費2億円を負担してもらい、(平成17年)シーズン中にオープンということで進められていた。 ただし検討協議会の時点でも、県・市・商工会議所は結論を「広島みなと公園」にするよう露骨な議論誘導をしようとしていたと報じられている。 協議会の議事録も残されていないという。 「3万人規模」はの出場するの開催出来る最低限のスペックとして想定されたものだという。 ただし、サンフレはこの点についてに確認を行い、25000人収容でも30000人収容でもスタジアム基準の「クラスA」相当(25000-40000人規模、男子日本(フル)代表戦は不可だが日本代表の出場しない国際Aマッチならびに・戦は開催可能)として変わりはないことを確認している。 ちなみにこれは建設の際に県や市が取り入れたスキームに倣ったものである。 学識経験者委員に桂田隆行()、(教授)、(教授、元サッカー選手)。 他に元サンフレの・など。 広場東側は広島城に近接しており、近世武家屋敷跡などの埋蔵文化財が発見される可能性があるとしている。 参考資料 [ ]• 松本佳世子. 日本サポーター協会. 2014年11月24日閲覧。 松本佳世子. 日本サポーター協会. 2014年11月24日閲覧。 鈴木康浩 2013年3月14日. フットボールチャンネル. 2014年11月24日閲覧。 鈴木康浩 2013年3月14日. フットボールチャンネル. 2014年11月24日閲覧。 ひろスポ! 2014年11月18日. 2014年11月24日閲覧。 2014年11月24日閲覧。 広島市. 2014年11月24日閲覧。 インタビュー()• 中国放送 2006年1月28日. 2014年11月24日閲覧。 中国放送 2007年2月11日. 2014年11月24日閲覧。 PDF Report. 日本サッカー協会. 2010-03-31. 2014年11月28日閲覧。. PDF Report. サンフレッチェ広島. 2013-08-20. 2014年11月28日閲覧。. 関連項目 [ ]• 主なサッカースタジアム構想• 外部リンク [ ]• - 広島市市民局文化スポーツ部スポーツ振興課• - 広島県都市圏魅力づくり推進課• - 広島県サッカー協会• - サンフレッチェ広島 この項目は、に関連した です。

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広島市が「サッカースタジアム建設基金」への個人寄付募集を開始 内覧会招待やネームプレートなど特典も : ドメサカブログ

広島 サッカー スタジアム

広島市中心部の中央公園自由・芝生広場(中区)へのサッカースタジアム建設を巡り、市がスタジアム本体を広場西寄りに建設する方針を固めたことが28日、分かった。 これまでは東寄りに配置するイメージ図を公表していたが、平和記念公園など周辺の観光施設へのアクセスや、広場隣に住む基町地区の住民からの要望を考慮した。 市と広島県、広島商工会議所の3者が30日にまとめる基本計画の素案に盛り込む見通し。 関係者によると、周辺の平和記念公園や旧市民球場跡地、広島城などへの回遊性を重視。 広場南側の城南通りや東側の国道54号に歩道橋を新たに整備することで、スタジアムを含めて観光客に一帯を巡ってもらう想定という。 また広場東寄りは、地中に広島城の出入り口だった「西御門(にしのごもん)」などの跡が残っている可能性がある。 スタジアムを建設する場合、発掘調査などのために建設スケジュールが大幅に延びる公算が大きいことも踏まえた。 市が建設候補地を選定中の2017年12月に公表したイメージでは、スタジアムの配置は広島城に近い広場東寄りだった。 当時の想定ではスタジアムの高さは最大45メートル。 住民からは北側にある基町小や幼稚園、保育園への圧迫感を訴える意見が強く、市営基町アパートへの騒音や試合前後に観客が住宅地へ入り込むことへの懸念の声もあった。 市と県、広島商議所の3者が協議を重ね、J1サンフレッチェ広島との調整も経て配置の変更で一致した。 (以下略、全文はリンク先で) 以前はこの辺の位置に建てる計画でしたが、これを西寄りに変更するということです。 基町住宅地区にとってはスタジアムが近づくことになりますが、東側の小学校・幼稚園・保育園に近いよりは良いということなのかもしれません。 また、元町住宅地域の西側に位置する一部の低層市営住宅は2025年度までに取り壊されることが決定しています。 中央公園の東側はがっつり広島城の遺構(昔の建築跡、遺跡)を含んでいると考えられており、昨年10月から12月にかけて試掘調査が行われました。 調査の結果は公表されていませんが、西寄りに移すことで遺構エリアを避けることができます。 西寄りになっても特にデメリットはなさそうなので、あとはスケジュールに影響が出なければよいですね。 ツイッターの反応 中国新聞、広島新サッカースタジアム広場西寄りに変更。 観光の回遊性や騒音配慮。 広島新サッカースタジアム — T イーネッ!カープ&サンフレ! pastabarpiano スタジアムが中央公園の西側になるのは賛成かな。 北側に保育園があって将来的にも敷地の拡張が難しいのでは?と思ってた。 但し、現状だと東側よりさらに南北に狭いし、広島城とアリーナ巻き込んでペデトリアンデッキを作るには遠くなるなという感想。 あと庭園どうするんだろ。 — 母熊mamabear 2oseznos サッカー場は広場西寄り 広島市方針、東寄りから配置変更 芝生の方に建設するということだな これは広島市にしては珍しい賢明な判断w 上の古いアパートも取り壊してスペースをもっと確保する狙いもあるんじゃなかろうか?— Noric 0n9o2r8i 中央公園の西側って芝生のとこだけど、まあ広島城の遺構もなさそうだし、いいんじゃないかな。 東側は広場とかにしてみんでお祭りとかできたらいいね。 こないだ島根ふるさとフェア行くのに紙屋町から歩いた時、平地じゃなぁ歩きやすいなぁそごうからこんなに近いんじゃあ!言いながら行ったのホンマ幸せだったよ。 Eスタまで行くのたいぎかったしな・・・。 net 中央公園サカスタは当初の東側から西寄りに変更と報道出たな。 18 ID:ntGDYYNkd. net 東寄りになると、敷地の制限がかなり緩和されるから 設計の幅が広がるね。 net 川沿いに見えるスタジアムとか素敵やん• 13,233• 727• 866• 995• 1,254• 924• 1,196• 954• 1,063• 427• 668• 852• 951• 1,044• 1,153• 929• 1,156• 823• 464• 9,595• 574• 573• 371• 700• 328• 747• 733• 342• 671• 577• 743• 344• 749• 668• 471• 268• 526• 446• 332• 775• 594• 107• 2,263• 126• 534• 112• 306• 470• 101• 1,118• 226• 1,897• 1,578 月別.

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広島のサッカースタジアムは中央公園広場で合意、建設・管理運営主体は広島市|新・公民連携最前線|PPPまちづくり

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令和元年5月30日に、広島市長、広島県知事、広島商工会議所会頭の3者による会談を開催し、「サッカースタジアム建設の基本方針」を策定しました。 令和元年5月 広島県、広島市、広島商工会議所 1 サッカースタジアム建設の基本的姿勢 サッカースタジアムは、広島の新たなシンボルとして広域的な集客効果を高めるなど、広島市ひいては広島県全体の活性化につながるものであり、さらに、サッカーを通じた国際交流が期待できる中で、その建設場所である中央公園広場と平和記念公園が一体となった平和発信の拠点となることを目指す。 また、サッカースタジアムは、サッカーのための施設にとどまらず、都心部の更なる活性化に寄与することが期待され、スタジアムが都心部の再生の起爆剤となるよう、スタンド下を活用した賑わい機能の導入を進めるなど多機能化・複合化を図り、年間を通じて人が集まるスタジアムとしていくとともに、若者を含む幅広い世代が楽しめるような施設とする。 さらに、旧広島市民球場跡地を含む中央公園全体の空間づくりなどを進めることで、平和記念公園から旧広島市民球場跡地、サッカースタジアム、広島城、ひいては紙屋町周辺に至る、中央公園全体を使った大きな周遊ルートの形成につなげ、この一帯が、中四国地方の発展を牽引する広島の新たな賑わいの拠点となるように取り組む。 2 広島県、広島市、広島商工会議所の連携 広島県、広島市及び広島商工会議所は、本基本方針に基づき、互いに力を合わせてサッカースタジアムの建設の推進及びこれと連携した賑わいの創出に取り組む。 3 建設場所 建設場所は、以下のような利点のある中央公園広場とし、具体的な配置場所については、今年度中に策定する基本計画において決定する。 「街なかスタジアム」としての都心の新たなシンボルとなるとともに、広島の顔である都心の求心力の向上が期待できる。 都心部に位置し、公共交通機関によるアクセス性に優れている。 敷地に余裕があることなどから、賑わい機能の導入により年間を通じて多くの人が訪れる魅力ある場所とすることが可能。 なお、当該建設予定地にあるモニュメント等の取扱いについては、現在の場所に配置することとなった背景等を十分に考慮する。 4 事業主体 中央公園広場は広島市の管理する都市公園の一部であることなどから、建設及び管理運営の主体は広島市とする。 5 規模 新スタジアムの集客需要予測の結果や広島広域公園陸上競技場での近年の集客実績を踏まえ、また、サッカーの国際試合を誘致する上での優位性の確保についても考慮し、観客席3万人規模とする。 スタジアム自体が防災拠点となるよう、備蓄倉庫等を整備するほか、近隣の方の避難場所や帰宅困難者一時滞留施設として活用することなどについて検討する。 騒音対策として、観客席を覆う屋根への防音壁の設置や防音性の高い扉・サッシ、音が広がりにくいスピーカーの採用などを検討する。 公共交通機関の利用を促し、自動車での来場を減らすため、スタジアム内の附置義務駐車場は、Jリーグの試合開催時等には一般観客用として使用しない。 タクシーや送迎車の停車による周辺道路の混雑を防ぐための対策を検討する。 生活道路における自動車・観客の通り抜けやゴミ捨て等を防ぐための対策を検討する。 サッカースタジアムは、その経済効果などから広島市ひいては広島県全体の活性化につながるものであり、また、平和記念公園と一体となって平和発信の拠点となるものであり、幅広く民間企業や個人から寄附金を募る。 また、国の交付金の最大限の活用や使用料収入等を償還財源とする市債の発行などにより資金の確保を図るとともに、広島県及び広島市が協力してその他の資金確保にも努める。 また、ふるさと納税制度を活用しサッカースタジアム建設資金に充てるための寄附を募るほか、サンフレッチェ広島等の協力も得ながら、個人からの寄附金の確保に努める。 サッカースタジアムは、サッカー場として十分な機能を有する施設とするとともに、年間を通じて利活用されるよう都心部の活性化にも寄与する賑わい機能を導入することとしていることから、それらの事業効果の最大化、設計・施工や管理運営の効率化が図れるような事業手法を検討する。 令和6年 2024年 の開業を目指し、以下のスケジュールで事業を推進していく。 令和元年度 2019年度 基本計画の策定、設計・施工の発注準備 令和2年度 2020年度 ~令和5年度 2023年度 基本設計、実施設計、建設工事、開業準備 基本計画策定時など事業の節目節目で建設に係る合意形成を図る場として、広島市長が、広島県知事及び広島商工会議所会頭を構成員とし、サンフレッチェ広島会長をオブザーバーとする「サッカースタジアム建設推進会議」を設置するとともに、具体的な検討を進めていくため、同会議に各組織の事務方職員を構成員とし、広島県サッカー協会職員をオブザーバーとする「作業部会」を設置する。 また、スタジアムの検討に当たっては、スタジアムが多くの人に愛され魅力あるものとなるよう、できるだけ多くの方々の意見を聴く必要があることから、基本計画の検討に当たってはサッカー関係者等のほか、広く県民・市民の意見を聴き、こうした意見の計画への反映に努める。 ダウンロード.

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