カメハメハ 大王 右手。 童謡・唱歌 南の島のハメハメハ大王 歌詞

ハワイといえばこの人!カメハメハ大王像が左手に持っているのは何か・・・?

カメハメハ 大王 右手

目次一覧 (クリックすると詳細へジャンプします)• カメハメハ大王とは? そもそもカメハメハ大王とはいったいどのような人物なのでしょう。 その名前は知っていてもよくわからないという方も多いのではないでしょうか。 カメハメハ大王とは、ハワイ諸島を統一し、ハワイ王国初代国王の座についたカメハメハ1世のことで、ハワイの歴史を語る上でなくてはならない人物です。 ハワイ語で「孤独な人」という意味を持つ「カメハメハ」。 ハワイ島北部ノースコハラのカパアウで生まれたカメハメハ大王は、5歳になるまで人里離れた山の中に隠されて育てられました。 そんな生い立ちからそのような名前が付けられたのかもしれません。 その後、両親と暮らしたのち叔父のもとで戦士として必要な知識や武術を身につけていきます。 成長したカメハメハは身長が2メートル。 優れた戦士で民衆のリーダーでもありました。 白人から手に入れた武器で武力を増大し、マウイ島、モロカイ島、ラナイ島をつぎつぎと支配していきます。 そして1795年、ヌアヌの戦いでオアフ軍に勝利をおさめ、とうとうオアフ島を統治下においたのです。 さらにカウアイ島とニイハウ島も移譲され1810年にハワイ諸島全てが統一され、カメハメハは初代国王となりました。 外交感覚にも優れていて、西洋諸国と友好関係を維持しながらハワイの独立とその伝統的な文化を守ってきました。 ハワイを統一した後のカメハメハは、戦いを嫌い平和を愛したのだそうです。 カメハメハ大王像は何体ある? カメハメハ大王像は、左手に平和の象徴である槍を持ち、右手はハワイの繁栄を表し掲げられています。 オリジナルは一番メジャーなホノルルにある像ではなく、ハワイ島北部のカパアウにあります。 それ以外にもハワイ島のヒロ、アメリカ本土、と何と計4体もあるのです。 オリジナル像とホノルルの像 キャプテン・クックがハワイ諸島を発見してから100周年を記念して、1878年にカメハメハ像が建立されることになりました。 イタリアで完成されたその像は1883年に船に積み込まれ、ホノルルに贈られる予定だったのですが、フォーク諸島海域でその船が沈没してしまい、像も海の底へ。 急遽新しい像を作り直し、像はその年のうちにホノルルにあるハワイ最高裁判所の前に設置されました。 ところが、その後奇跡的にオリジナルの像が見つかり、海底から引き揚げらました。 これが1912年にカメハメハ生誕の地であるカパアウに設置されたのです。 カパアウの地方裁判所の前に立つカメハメハ大王像は、オリジナルにもかかわらずあまり知られていません。 ですが鮮やかな黄色のガウンをまとう像は一見の価値ありです。 像の後ろにあるノース・コハラ・シビックセンターでは、写真などが展示されていてハワイ島移民の歴史を知ることができます。 ヒロ 最も新しいカメハメハ大王像が、ヒロ湾を見守るようにして1997年にワイロアパークに建てられた像です。 元々はカウアイ島に建てられるはずだったこの像、その歴史的背景から設置に際して島民の抗議が殺到しました。 そこで移動されたのが、カメハメハ大王と関係が深いハワイ島、中でもカメハメハ大王が初めて政権を設立したヒロだったというわけです。 ヒロはホノルルに次いで第2の都市であることも決め手の一つとなりました。 高さが約4. 2メートル、4つの像の中で最も高いものとなっています。 こちらの像が顔立ちは一番整っていると評判ですので、見比べてみるのも楽しいですね。 <ナハストーン> ヒロの市立図書館の前にあるナハストーン。 かつて偉大なカフナ(神官)が、「持ち上げた者はハワイの偉大な王になる」との予言をした大きな石です。 カメハメハは14歳にしてこのナハストーンを公衆の面前で持ち上げて見せたのだそうです。 ヒロに行かれるならぜひ実際に見てその大きさを実感してください。 アメリカ本土 4体目のカメハメハ大王像は、ハワイ島ではなくアメリカ本土にあります。 ハワイがアメリカ領からハワイ州になったことを記念して1959年に作られ、ワシントンの国会議事堂内に設置されています。 5トン以上もの重量はカメハメハ大王像の中でも最重量を誇ります。

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ハワイ島カメハメハ大王像(ヒロ&カパアウ)

カメハメハ 大王 右手

オアフの観光スポット、ヌウアヌ・パリ展望台。 カメハメハ大王がオアフ軍を追い詰め、何百という戦士を崖下に落とした戦場でもある ハワイ島北部のカパアウで首長の甥として生まれたカメハメハ一世。 島や地域ごとに首長が仕切り、戦いが絶えなかった当時のハワイで、西洋人から英語を学び、そして入手した大砲などの火器と戦術を使って、1792年にハワイ島を統一。 1794年までにマウイ、モロカイ、ラナイ島を手中に収めました。 1795年にはオアフ島に侵攻し、ヌウアヌ・パリの戦いで圧勝。 同年ハワイ王国を建国後、カウアイ、ニイハウ島を戦うことなく支配して、1810年ハワイ全島統一を成し遂げたのです。 その後王国は、1893年の崩壊まで約100年間王政を維持。 優れた外交能力を持ったカメハメハ一世が在位した24年間は、西洋諸国とも良好な関係を保ち、最も平和な時代だったといいます。 カメハメハ大王像は、全部で4体ある! ハワイ島カイルア・コナには、大王が住んでいたと言われる草葺きの家が復元されている 最後に、大王にまつわる話をもう1つ。 晩年をハワイ島カイルア・コナで過ごし、その地で亡くなったカメハメハ一世ですが、偉大な王の骨には強力なマナ(霊力)が宿っていると言われていたため、そのパワーを悪用されないよう、遺骨は親近者によって密かに葬られたそうです。 今でも遺骨の安置場所は明らかになっておらず、謎に包まれたままです。 1ブロック海側のサウスキング通りまで徒歩約5分。 ほか13番・19番でも。 ハワイ州最高裁判所内 TEL:808-539-4999 開館時間:月~金曜8:00~16:00 料金:入場無料 Save Save Save.

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ハワイ州に3つあるキングカメハメハの銅像には違いがある?

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もくじ• あれ?歌詞はハメハメハ大王?カメハメハ大王? Google検索したら、ハメハメハ大王としか出てこない。 えー 記憶ではどうしてもカメハメハな気がする。 カメハメハで習った気がする。 ドラゴンボールで上書きされた?いやいやいや。 昔からハメハメハだった? 納得できずに調べてみました。 それでもやっぱり作曲当時からハメハメハ この曲の正式名称は「南の島のハメハメハ大王」。 旧題では「ハメハメハ大王」。 1976年にNHK『みんなのうた』に採用されました。 というわけで、 作曲当時からハメハメハ大王が正解でした! やっぱりかめはめ波のイメージで上書きされてしまったようです。 カメハメハ大王はハワイの実在の王様。 作曲者の伊藤アキラさんがカメハメハ、という響きを気に入って、ちょっともじってハメハメハ大王と名付けたらしいです。 ハメハメハ大王はカメハメハ大王の友達、という裏設定があるそうです。 南の島のハメハメハ大王の歌詞は結構ヒドイ JASRACとかかわりたくないので、歌詞が気になる方は「南の島のハメハメハ大王 歌詞」で検索してください。 いっぱい出てきます。 1番はロマンティックで素敵だけど、2番以降はどう聞いてもディスってるようにしか聞こえない・・・ 奥さんは基本的に寝てるし、子供は学校嫌いだし、名前つける意味ない社会に聞こえるし。 これは実名でカメハメハ大王にしたら国際問題になりかねないですね。 歌詞がうろ覚えだったダンナは 「雨が降っても風が吹いてもお休みなんだぜーうらやましすぎるだろ。 だから発展しないんだけど。 」 とか申しておりました。 社会制度的に雨が降ったり風が吹いたら休みだと思ってたんですね。 偏見にもほどがある。 この歌、「南の島」への偏見イメージを強めちゃったのではないでしょうか。 南の島の人たち、こんなんじゃないよ! カメハメハ大王ってどんな人? カメハメハ大王はハワイを作った王様です。 1810年に初めてハワイ諸島を統一。 初代国王になりました。 ほんとに偉大。 Wikipediaによれば、カメハメハは、ハワイの言葉でカ・メハメハ、 孤独な人、静かな人の意味。 なんだか「南の島のハメハメハ大王」のイメージとは違いすぎますね。 古い文献ではハメハメハと書かれているものもあるとのこと。 カメハメハ大王像の実際のモデルは別人 切り絵を作ったときには「カメハメハ大王」だと思い込んでいたので「カメハメハ大王」と検索して出てきたカメハメハ大王像の写真を参考にしました。 ハワイ島にも3体あり、ミニチュア増はおみやげ用としても人気があるそうで、以前にも見たことがあったんです。 でもこの像、ただのイケメンをモデルにしたものなんだとか! 像を立てた当時の王様、第7代ハワイ国王デイヴィッド・カラカウアが「宮廷の中から選んだ、特に見た目が美しい男性」をモデルにして作らせたんだそうです。 今やあんなに有名なのに。 まとめ 南の島の大王の歌の正式名称は、 昔から 南の島のハメハメハ大王でした。 カメハメハ大王は、ハワイを統一した実在の人物。 カメハメハ大王の名前に インスパイアされて生まれたのがハメハメハ大王の歌です。 全然関係ないですが、私が幼稚園の頃、友達から「ハワイで泳いだ」と聞いてハワイって名前のプールがあるんだと思い込んでいました。 子どもってとんでもない勘違いしますね。 お子様には遠い南の国のおはなしなんだよ、と教えてあげてください。

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