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石川ひとみ まちぶせ 歌詞

まちぶせ カバー

のデビュー・シングルとしてに発売された。 」と語っているが、彼自身は元々ユーミンの歌謡曲らしくない作風が好みだったので、この歌謡曲風な「まちぶせ」が気に入らず、「メロディに大分抵抗してアレンジしたような気がします。 いろいろ被せてしまえ、みたいな(笑)」とアレンジを振り返っている。 一方、詞に関しては「の歌ですよね(笑)。 メロディはともかく、詞は彼女でなければ書けない世界」と高く評価もしている。 収録曲 [ ]• Side A: まちぶせ 作詞・作曲:荒井由実、編曲:松任谷正隆 の映画『』(監督:)では、原作であるの小説での「」()と差し替えられる形で使用されている。 Side B: 少しだけ片想い 作詞・作曲:荒井由実、編曲: こちらはで、原曲は荒井由実のアルバム『』に収録されている。 参加ミュージシャン [ ]• ドラム:• ベース:• エレキギター:• アコースティックギター:• キーボード:• パーカッション:• コーラス:シンガーズ・スリー,ザ・ムギフミ 石川ひとみのシングル [ ] 「 まちぶせ」 の 初出アルバム『』 懐かしきリフレイン リリース 時間 3分36秒 (作詞・作曲) チャート最高順位• 週間6位()• 1981年度年間33位(オリコン)• 1981年度年間10位(ザ・トップテン)• 1981年度年間21位(ザ・ベストテン)• 3位()• 2位() シングル 年表 (1981年) まちぶせ (1981年) (1981年) 収録アルバム 『 』 セシルの部屋 1 まちぶせ 2 ためらい 3 石川ひとみによる「 まちぶせ」は、に11枚目のシングルとして発売された。 また、同年10月に発売された次作のシングル「」も三木聖子のカバーである。 で石川のシングルでは唯一10位以内にランクし(最高6位 ・同年年間ランキング33位)、また『』でもランクインした(最高3位・9週連続ベストテン入り、ザ・ベストテン同年年間ランキング21位)。 さらに同年暮れの『』にもこの曲で初出場を果たした。 収録曲 [ ]• まちぶせ(3分36秒) 作詞・作曲:荒井由実/編曲:松任谷正隆• 懐かしきリフレイン(3分32秒) 作詞:/作曲:/編曲: 「まちぶせ」までの石川ひとみ [ ] NHK人形劇『』の主役としての活躍やバラエティー系テレビ番組出演はあったものの、のデビュー以来、歌手としての石川ひとみは鳴かず飛ばずであった。 「まちぶせ」までに10枚のシングルを発売しているが、での最高位は2枚目「」の42位であり、うち3枚は100位以内へのランキング入りすらしなかった。 そのため本人も、今後について考え悩んでいたという。 三木聖子のカバーのこの歌をシングルとして歌うことになったときには、「この歌だったら、これが私の歌手生活のピリオドになっても悔いはないな」と思ったという。 18歳で上京しデビューしたとき「最低4年は頑張ろう」と考えたその4年目、またちょうど10枚目のシングルでもあり 、「この曲で歌手としては一区切りつけるつもりだった」という。 シングル制作の経緯 [ ] ディレクターのは、前作「」でのノスタルジックなサウンドの完成度に自信を持ち、次のシングルとして同じ路線上にある「懐かしきリフレイン」を制作した。 ところが、綿密なディレクションにもかかわらず、完成したトラックはシングル曲としてのインパクトが弱く感じられ、採用を躊躇してしまう(結局「まちぶせ」のB面に収録される)。 打開策を模索すべく、過去にから発売されたアイドルのシングルを研究する中で、石川と同じ事務所に所属していた三木のシングル曲「まちぶせ」のカバーを発案した。 デビュー前にに在籍中、講師から本曲を課題曲として与えられ毎日歌っていたという 石川は、仮歌を録音時に「この歌大好きだったんですよー、これシングルになりませんかねぇ」と発言し、いつになく積極的な石川の発言に自信を深めた長岡は、シングル発売を本格的に進めた。 過去に小ヒットに終わった楽曲のカバーについて、社内の制作会議など周囲から多くの反対意見を受けたものの、各方面への度重なる説得を経て、発売にこぎつけた。 三木の時と同じくアレンジは松任谷正隆が担当し、「前回と同じようにやりたい」とのディレクターの要望から、同様のアレンジが組まれた。 歌入れ時の様子を石川は、「詞の内容が自分の経験そのままで思い入れは強かったです。 録音中もなんか違うんですよ、背中のあたりが。 その感覚は後にも先にもこのときだけでしたね」と後に語っている。 チャート成績 [ ] ランキングが上がり出したのは、発売後2ヶ月以上経ってからのことだった。 じわじわとランキングが上昇し、8月3日付けでようやくトップテン入り(9位)を果たす。 その間、7月21日には本曲をタイトル曲としたアルバム『』が発売され、石川のオリジナル・アルバムでは最大のセールスを記録している。 シングルはその後、最高位6位を記録し、11月過ぎまでランクインが続いており、3-4ヶ月おきにシングルカットする当時のアイドルの曲としては異例のロングヒットとなった。 の歌番組『』に本曲が初登場したのは、シングル発売から3ヶ月後の7月16日放送「今週のスポットライト」(22位)であった。 その後8月6日にベストテン入りし、8月27日と9月10日に最高位3位を記録した。 ベストテン入り合計9週、1981年年間ランキング21位であった。 本曲のヒットにより、石川ひとみは歌手としても有名になり、『』出場も果たす。 そのときの石川は豪華なドレスで「まちぶせ」を歌いながら、感動の涙が止まらない様子であり、歌い終わると駆け寄ってきた先輩歌手たちに肩を抱かれていた。 荒井由実のセルフカバー・シングル [ ] 「 まちぶせ」 の 初出アルバム『』 リリース 時間 7分2秒 チャート最高順位• 週間5位() シングル 年表 () まちぶせ (1996年) (1996年) ミュージックビデオ - 収録アルバム 『 』 Called Game 9 まちぶせ 10 松任谷由実が再び荒井由実名義で発表した28枚目のシングルで、にからリリースされた(TODT-3810)。 三木、石川の時と同じく松任谷正隆がアレンジを担当したが、前2作とは異なり、風のアレンジになっている。 28枚目のオリジナルアルバム『』に、album versionを収録している。 元々東芝EMIの若年スタッフがダメ元で企画した「荒井由実コンサート」(1996年8月13日 - 15日)の一環として発表された。 シングル発売の旨は「KATHMANDU PILGRIM」ツアーの最終日(1996年6月23日)に突然発表された。 本人曰く「あれは今までの活動サイクルを変える折り返しだった」。 1996年に系で放送された番組『』のエンディングテーマに使用された。 の登場週数は12週、チャート最高順位は週間5位、累計37. 2万枚のセールスを記録した。 収録曲 [ ]• まちぶせ Single Version. まちぶせ(オリジナル・カラオケ) 作詞・作曲:荒井由実 編曲:松任谷正隆 参加ミュージシャン [ ]• エレクトリック・ギター:松原正樹• コーラス:松任谷由実 その他のカバー [ ]• まちぶせ• - 1996年、シングル「」に収録• - 2003年、アルバム『KAYOMANIA』に収録(フランス語)• - 2005年、アルバム『インスピ・復刻盤2』に収録• - 2006年、アルバム『名曲集』に収録• - 2007年、カバーアルバム『』に収録• - 2009年、アルバム『the covers of my color』に収録• - 2009年、アルバム『』に収録• - 2012年、アルバム『アイドルKAY』に収録• - 2012年、シングル『Zero-Shaft Princess Vocal Collection 03』に収録• - 2014年、アルバム『Lady 〜Tiara Love Song Covers〜』に収録• - 2014年、シングル『あの頃のヒットソングを アイドルが歌ってみたら みんな元気になった! 』に収録• - 2015年、アルバム『宇野美香子? 昭和ポップスを歌う』に収録• - 2016年、カバーアルバム『』に収録• 脚注 [ ]• 「あの人はいま '70年代アイドル篇」『』2011年8月20・27日合併号、 188頁。 朝日新聞 be on Saturday: p. 2017年10月21日• 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p. Smart FLASH 光文社 2016年9月23日• 「名曲お宝音楽祭」 2019年4月6日放送• 外部リンク [ ]• 松任谷由実オフィシャルサイトによる紹介ページ•

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石川ひとみ

まちぶせ カバー

そのような経緯を考慮して、三木聖子のオリジナルから紹介していきましょう。 イントロから歌への入りが、石川ひとみ版とはずいぶん違いますが、これはアレンジャー松任谷正隆の曲解釈の変化があるのではないか、と思います。 これについては、後のページで、取り上げてみたい。 三木聖子版は、スタッカートを多用して、歯切れの良い歌い方にしていますね。 歌詞内容を考えて、重くならないようにサラリと歌わせたいという意図が前面に出ている感じがします。 バック演奏は後に紹介しますが、そうそうたるメンバーで、やはり切れの良いサウンド作りをしていますから、思わず手拍子を入れたくなるノリの良い曲に仕上がっています。 それで、やはり三木聖子自身の体験を歌にしたものだけに、さびの部分では思い入れが込められて肉感を感じるリアリティーが醸し出されていると思う。 ただ、三木聖子の声質はやや細く、素人っぽさが残る歌い方だという印象かな。 次に石川ひとみ版ですが、YouTube で一番人気の動画は、どうも私のイメージにはちょっと合わない感じがするな。 あれだけを取り上げれば、大変すばらしいのだけれど、『右向け右』から『秘密の森』まで通してみると、あれだけ別世界のような印象がある。 多分、プロモーションビデオとして、徹底的に計算し尽くされてできた映像なのだろうね。 『右向け右』や『秋が燃える』、『ミスファイン』、『夢番地』、さらには『ひとりじめ』以降の曲も含めて、随所に見られる石川ひとみの素顔みたいなものが、どこにも見られない。 大変良くできたプロモーション・ビデオで、舞台の上の虚構たるアイドルを演じきっている、という趣があります。 はっきりとそのような趣旨でつくられた『くるみ割り人形』のプロモーション・ビデオと比べてみると、はっきりするでしょう。 これまでの石川ひとみのプロモーションと比較してみますと、前年にデビューして一気にアイドルの頂点に駆け上がっていく松田聖子を相当に研究して、ひとみ流アイドル像を作り上げた、という感じだね。 ・哀しい歌を笑顔であっけらかんと歌うスタイルを改め、しっとりと丁寧に、指先の隅々まで神経が行き届くようにことばの隅々まで心を配って歌い上げる。 ・歌詞の持つストーカー的印象を打ち消すために、思い入れを込めすぎないさわやかを感じさせる歌い方と、マイクを両手で握りしめるアイドルスタイルの保持。 ・「ふ・た・り」で、左肩をちょっとすくめる可愛い仕草、言うまでもなく聖子流ですけど、石川ひとみはコケットリーな表情はつくらずにサラリとやってるな。 ・最後に満面のひとみスマイルを見せるところをぐっと抑えて、歌全体のコーポレイト・アイデンティティーを保持した。 これはスタジオでの撮影で、舞台のように観客を前にしていないせいかもしれないけどね。 チューリップの妖精イメージです。 太めだった身体も、やったね!というくらい締まって、ドレスに細くきれいな足が映えます。 ウエストは折れそうなくらい締まって、肩や二の腕の肉も落ちて、ビジュアル的に完璧に仕上げてきています。 ということで、歌の方は石川ひとみの歌唱力が遺憾なく発揮されていることは言うまでもない。 歌手石川ひとみならばこうなる、という『まちぶせ』を創り上げています。 三木聖子版では何が足りなかったのか、という検討と、松田聖子の成功要因を、石川ひとみというポテンシャルのより大きな器に投入してつくりあげた、というところでしょうか。 それが功を奏して、多くの萌えファンを獲得しているのですから、プロモーション的には大成功です。 ファンに夢を見させてくれる、すてきな映像だよね。 でも、私のイメージとしてはこれとか、ザ・ベストテンの歌が、シックリくるかな。 観客を前にすると、笑顔がこぼれて素顔のひっちゃんになる。 よりナチュラルな石川ひとみだな。 『まちぶせ』誕生のエピソード 三木聖子は1957年生まれで、石川ひとみよりも2歳年上のナベプロの先輩で、レコード会社も同じキャニオンレコードです。 彼女は早々に引退してしまいましたので、このような名曲が埋もれかかっていた、という事情もあります。 この曲を石川ひとみが歌ったことで、80年代を代表する名曲の一つとして記録されることになる。 担当プロデューサーの長岡和弘は、この歌をレコディングする時、予算の関係で三木聖子版のカラオケを再度使おうとしたが、それは保存されていなくて新しくレコーディングしたそうです。 事務所移転の際に、原盤を廃棄してしまったとか。 再びアレンジを担当した松任谷正隆は、前のヴァージョンでは十分に納得してない所がありリメイクに意欲を燃やしたという。 バックは三木聖子版、石川ひとみ版とも同じメンバーで、松任谷正隆がかつてメンバーだった「ティン・パン・アレー」+後藤次利(ベース)という構成です。 鈴木 茂 ギター 林 立夫 (ドラム) 松任谷正隆(キーボード) 後藤次利(ベース) このメンバーはベーシスト細野晴臣の仲間たちですね。 「ティン・パン・アレー」で松任谷正隆と組んでいたわけです。 「はっぴいえんど」 細野晴臣 ベース、ボーカル 大瀧詠一 ギター、ボーカル 松本 隆 ドラム 鈴木 茂 ギター、ボーカル 「ティン・パン・アレー」 Tin Pan Alley 細野晴臣(ベース) 鈴木 茂 ギター 林 立夫 (ドラム) 松任谷正隆(キーボード) 佐藤 博 (キーボード)... 松任谷の後任... からなる音楽ユニット。 「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」 細野晴臣 (ベース) 高橋幸宏 (ヴォーカル、ドラムス) 坂本龍一 (キーボード) 「ティン・パン・アレー」はバンドと言うよりも、他のアーティストの楽曲作り(演奏&プロデュース)をするプロジェクトチームといった方がよい。 本来であれば細野晴臣がベースをやるはずですが、1976年はソロアルバム『泰安洋行』制作前後であり、1981年というとYMOの活動が大ブームを起こしており、あまりに多忙なため不参加。 代役は沢田研二『TOKIO』で第22回日本レコード大賞編曲賞を受賞している後藤次利で、不足はない。 あの清楚なアイドル木之内みどりが、仕事を放り出してロサンゼルスまで追っかけていった人です。 というわけで、『まちぶせ』はこの超豪華メンバーでリリースした渾身の一曲ですから、ヒットしないわけがない、という感じがするね。 三木聖子の時にヒットしなかったじゃないかと言われそうですが、繊細な歌い方の彼女の歌と、じっくり聞かせるこの曲の性格とが相まってジワジワとファンを拡大するような広がり方を見せていた、ということのようです。 しかし三木は『三枚の写真』をリリースした後、TV局のディレクターと結婚して、引退してしまう。 彼女は石川ひとみが『まちぶせ』をカバーバージョンでリリースした時期、株式会社ステージプロダクション・アザールというところで仕事をしていました。 ご主人が芸能イベントの企画・制作をやる会社を始めるということで、ナベプロつながりのこの会社で勉強させてもらっていたのです。 このアザールは、あの伝説的な「さよならコンサート」(キャンディーズ)をプロデュースした企画・制作会社で、社長の杉山俊雄が三木聖子を引き受けて企画・制作のノウハウを学ばせていたそうです。 杉山は1979年から1980年にかけて石川ひとみ「ほほえみコンサート」をプロデュースした舞台演出家です。 舞台の現場で、ファンの反応をつぶさにチェックしてきたひとですから、どうすればファンに喜ばれるかということに精通していた人だね。 彼は大変面倒見が良い人と言われる人で、1979年ごろ歌に行き詰まって悩み抜いていた石川ひとみのグチを心ゆくまで聞いて、公私共に石川ひとみがお世話になった。 同じ年代の人では一緒に暗くなってしまうが、社会の荒波にもまれてきた年上の人はそうならないからいい、と石川ひとみは語っています。 石川ひとみはこの杉山を「頼れるお兄さん、という感じの人」とインタビューなどで答えていました。 当時、石川ひとみは21歳、杉山33歳。 石川ひとみは、この杉山から、彼の下で仕事をしている先輩の三木聖子のことは聞いていたはずです。 石川ひとみが『まちぶせ』という曲を知った、一つのきっかけになったと、私は推測していますけどね。 三木聖子と石川ひとみは、浅からぬ因縁があった、と。 石川ひとみの『まちぶせ』プロデュースには、間接的にですが三木聖子がからんでいると言って良いでしょう。 三木聖子は自分が捨てた夢を、同じナベプロの後輩である石川ひとみが実現していくプロセスを関係者の一人として見続けていたはず...。 アザールの主な業務は石川ひとみの舞台関連の仕事であり、三木聖子はこの小さな会社のスタッフですから、当然ながら石川ひとみ『まちぶせ』プロモーションの一翼を、後方支援とはいえ、関わったものと思われます。 決して無縁ではないと思う。

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石川ひとみ まちぶせ 歌詞

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のデビュー・シングルとしてに発売された。 」と語っているが、彼自身は元々ユーミンの歌謡曲らしくない作風が好みだったので、この歌謡曲風な「まちぶせ」が気に入らず、「メロディに大分抵抗してアレンジしたような気がします。 いろいろ被せてしまえ、みたいな(笑)」とアレンジを振り返っている。 一方、詞に関しては「の歌ですよね(笑)。 メロディはともかく、詞は彼女でなければ書けない世界」と高く評価もしている。 収録曲 [ ]• Side A: まちぶせ 作詞・作曲:荒井由実、編曲:松任谷正隆 の映画『』(監督:)では、原作であるの小説での「」()と差し替えられる形で使用されている。 Side B: 少しだけ片想い 作詞・作曲:荒井由実、編曲: こちらはで、原曲は荒井由実のアルバム『』に収録されている。 参加ミュージシャン [ ]• ドラム:• ベース:• エレキギター:• アコースティックギター:• キーボード:• パーカッション:• コーラス:シンガーズ・スリー,ザ・ムギフミ 石川ひとみのシングル [ ] 「 まちぶせ」 の 初出アルバム『』 懐かしきリフレイン リリース 時間 3分36秒 (作詞・作曲) チャート最高順位• 週間6位()• 1981年度年間33位(オリコン)• 1981年度年間10位(ザ・トップテン)• 1981年度年間21位(ザ・ベストテン)• 3位()• 2位() シングル 年表 (1981年) まちぶせ (1981年) (1981年) 収録アルバム 『 』 セシルの部屋 1 まちぶせ 2 ためらい 3 石川ひとみによる「 まちぶせ」は、に11枚目のシングルとして発売された。 また、同年10月に発売された次作のシングル「」も三木聖子のカバーである。 で石川のシングルでは唯一10位以内にランクし(最高6位 ・同年年間ランキング33位)、また『』でもランクインした(最高3位・9週連続ベストテン入り、ザ・ベストテン同年年間ランキング21位)。 さらに同年暮れの『』にもこの曲で初出場を果たした。 収録曲 [ ]• まちぶせ(3分36秒) 作詞・作曲:荒井由実/編曲:松任谷正隆• 懐かしきリフレイン(3分32秒) 作詞:/作曲:/編曲: 「まちぶせ」までの石川ひとみ [ ] NHK人形劇『』の主役としての活躍やバラエティー系テレビ番組出演はあったものの、のデビュー以来、歌手としての石川ひとみは鳴かず飛ばずであった。 「まちぶせ」までに10枚のシングルを発売しているが、での最高位は2枚目「」の42位であり、うち3枚は100位以内へのランキング入りすらしなかった。 そのため本人も、今後について考え悩んでいたという。 三木聖子のカバーのこの歌をシングルとして歌うことになったときには、「この歌だったら、これが私の歌手生活のピリオドになっても悔いはないな」と思ったという。 18歳で上京しデビューしたとき「最低4年は頑張ろう」と考えたその4年目、またちょうど10枚目のシングルでもあり 、「この曲で歌手としては一区切りつけるつもりだった」という。 シングル制作の経緯 [ ] ディレクターのは、前作「」でのノスタルジックなサウンドの完成度に自信を持ち、次のシングルとして同じ路線上にある「懐かしきリフレイン」を制作した。 ところが、綿密なディレクションにもかかわらず、完成したトラックはシングル曲としてのインパクトが弱く感じられ、採用を躊躇してしまう(結局「まちぶせ」のB面に収録される)。 打開策を模索すべく、過去にから発売されたアイドルのシングルを研究する中で、石川と同じ事務所に所属していた三木のシングル曲「まちぶせ」のカバーを発案した。 デビュー前にに在籍中、講師から本曲を課題曲として与えられ毎日歌っていたという 石川は、仮歌を録音時に「この歌大好きだったんですよー、これシングルになりませんかねぇ」と発言し、いつになく積極的な石川の発言に自信を深めた長岡は、シングル発売を本格的に進めた。 過去に小ヒットに終わった楽曲のカバーについて、社内の制作会議など周囲から多くの反対意見を受けたものの、各方面への度重なる説得を経て、発売にこぎつけた。 三木の時と同じくアレンジは松任谷正隆が担当し、「前回と同じようにやりたい」とのディレクターの要望から、同様のアレンジが組まれた。 歌入れ時の様子を石川は、「詞の内容が自分の経験そのままで思い入れは強かったです。 録音中もなんか違うんですよ、背中のあたりが。 その感覚は後にも先にもこのときだけでしたね」と後に語っている。 チャート成績 [ ] ランキングが上がり出したのは、発売後2ヶ月以上経ってからのことだった。 じわじわとランキングが上昇し、8月3日付けでようやくトップテン入り(9位)を果たす。 その間、7月21日には本曲をタイトル曲としたアルバム『』が発売され、石川のオリジナル・アルバムでは最大のセールスを記録している。 シングルはその後、最高位6位を記録し、11月過ぎまでランクインが続いており、3-4ヶ月おきにシングルカットする当時のアイドルの曲としては異例のロングヒットとなった。 の歌番組『』に本曲が初登場したのは、シングル発売から3ヶ月後の7月16日放送「今週のスポットライト」(22位)であった。 その後8月6日にベストテン入りし、8月27日と9月10日に最高位3位を記録した。 ベストテン入り合計9週、1981年年間ランキング21位であった。 本曲のヒットにより、石川ひとみは歌手としても有名になり、『』出場も果たす。 そのときの石川は豪華なドレスで「まちぶせ」を歌いながら、感動の涙が止まらない様子であり、歌い終わると駆け寄ってきた先輩歌手たちに肩を抱かれていた。 荒井由実のセルフカバー・シングル [ ] 「 まちぶせ」 の 初出アルバム『』 リリース 時間 7分2秒 チャート最高順位• 週間5位() シングル 年表 () まちぶせ (1996年) (1996年) ミュージックビデオ - 収録アルバム 『 』 Called Game 9 まちぶせ 10 松任谷由実が再び荒井由実名義で発表した28枚目のシングルで、にからリリースされた(TODT-3810)。 三木、石川の時と同じく松任谷正隆がアレンジを担当したが、前2作とは異なり、風のアレンジになっている。 28枚目のオリジナルアルバム『』に、album versionを収録している。 元々東芝EMIの若年スタッフがダメ元で企画した「荒井由実コンサート」(1996年8月13日 - 15日)の一環として発表された。 シングル発売の旨は「KATHMANDU PILGRIM」ツアーの最終日(1996年6月23日)に突然発表された。 本人曰く「あれは今までの活動サイクルを変える折り返しだった」。 1996年に系で放送された番組『』のエンディングテーマに使用された。 の登場週数は12週、チャート最高順位は週間5位、累計37. 2万枚のセールスを記録した。 収録曲 [ ]• まちぶせ Single Version. まちぶせ(オリジナル・カラオケ) 作詞・作曲:荒井由実 編曲:松任谷正隆 参加ミュージシャン [ ]• エレクトリック・ギター:松原正樹• コーラス:松任谷由実 その他のカバー [ ]• まちぶせ• - 1996年、シングル「」に収録• - 2003年、アルバム『KAYOMANIA』に収録(フランス語)• - 2005年、アルバム『インスピ・復刻盤2』に収録• - 2006年、アルバム『名曲集』に収録• - 2007年、カバーアルバム『』に収録• - 2009年、アルバム『the covers of my color』に収録• - 2009年、アルバム『』に収録• - 2012年、アルバム『アイドルKAY』に収録• - 2012年、シングル『Zero-Shaft Princess Vocal Collection 03』に収録• - 2014年、アルバム『Lady 〜Tiara Love Song Covers〜』に収録• - 2014年、シングル『あの頃のヒットソングを アイドルが歌ってみたら みんな元気になった! 』に収録• - 2015年、アルバム『宇野美香子? 昭和ポップスを歌う』に収録• - 2016年、カバーアルバム『』に収録• 脚注 [ ]• 「あの人はいま '70年代アイドル篇」『』2011年8月20・27日合併号、 188頁。 朝日新聞 be on Saturday: p. 2017年10月21日• 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p. Smart FLASH 光文社 2016年9月23日• 「名曲お宝音楽祭」 2019年4月6日放送• 外部リンク [ ]• 松任谷由実オフィシャルサイトによる紹介ページ•

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