寄ら ば 大樹 の かげ。 「寄らば大樹の陰」とは?意味・読み方・類語・英語【使い方や例文】

「寄らば大樹の陰」は通用しない時代、将来強く生きられるのはどんな子どもたち?

寄ら ば 大樹 の かげ

「寄らば大樹の陰」の意味とは? 「寄らば大樹の陰」とは強いものに頼ること 「寄らば大樹の陰」は「よらばたいじゅのかげ」と読みます。 ことわざを直訳すればそばに寄るのは大きな樹木の陰がよいという内容で、「影」と書くのは誤りです。 「陰」には日陰や物陰あるいは隠すという意味があり、大樹のそばに寄ってその陰に隠れると、自分の姿は見えなくなります。 また、大樹の陰にいれば安全に風雨をしのげます。 つまり「寄らば大樹の陰」は、大きな組織や力があるもののそばにいると、小さなものも安泰でいられるということをたとえています。 「寄らば大樹の陰」は頼る相手を選べということ 「寄らば大樹の陰」に含まれている「寄らば」には、「もし寄りかかるとするなら」という仮定の意味があります。 現在では「寄らば」と「寄れば」は同じ意味で用いられることが多くなっていますが、本来は「寄ら+ば」は未然形で仮定条件、「寄れ+ば」は已然形であるため確定条件となるのです。 したがって「寄らば大樹の陰」には、「もし寄り掛かるとするなら大樹がおすすめ」という意味もあるため、頼るなら大きくて強いものを選びなさいということをいっていることわざとなります。 先に紹介した意味では、「寄らば」を「寄れば」的に解釈しており、大樹に寄り掛かっているとまずは安心というような、確定的な意味合いで使われているのです。 「寄らば大樹の陰」の類語 「寄らば大樹の陰」の類語は「箸と主とは太いがよい」 「寄らば大樹の陰」の類語としては、「箸と主(しゅう)とは太いがよい」を挙げることができます。 細い箸は折れやすくてすぐに使い物にならなくなるため太いものがよく、主(主人のこと)も強くて頼りがいがあるほうがよいということを断言していることわざです。 「犬になるなら大家の犬になれ」も類語 「寄らば大樹の陰」の類語には、「犬になるなら大家(おおや)の犬になれ」もあります。 この場合の犬は飼い犬のことを、大家は家主のことを指しており、どうぜなら大家の家に飼われる犬になることを勧めていることわざです。 大家を台所や庄屋といいかえたことわざもあり、いずれも権力や財力があるところで飼われる犬になれといっています。 なお、台所とは金銭管理の権限を持っている人物や部署のことです。 「長いものには巻かれろ」も処世術として有名なことわざ 「長いものには巻かれろ」も「寄らば大樹の陰」の類語です。 長いものとは力を持ったもののたとえで、権力者に対しては、抵抗せずに従ったほうがよいという意味で、処世術としてよく知られたことわざのひとつとなっています。 同じ意味合いで「泣く子と地頭には勝てぬ」ということわざもあります。 聞き分けがなかったり聞く耳を持たなかったりなど、道理が通じないものには勝てないというあきらめを表しており、無駄に争わず退散したほうが利口という意味です。 「寄らば大樹の陰」の対義語 対義語は「鶏口となるも牛後となるなかれ(鶏口牛後)」 強いものに頼ることを勧める「寄らば大樹の陰」とは反対の意味になる、自らが主導権を握ることを表したことわざとして、「鶏口となるも牛後となるなかれ」があります。 「鶏口牛後」のように四字熟語の形で使われることもあることわざです。 「鶏口」とは鶏のくちばしを小さな組織の首長に、「牛後」とは牛の尻を大きな組織の末端をたとえたもので、大きな組織の末端として使われるのではなく、小さな組織のトップとなることを勧めています。 つまり「鶏口となるも牛後となるなかれ」とは、大きな団体の末尾という立場に甘んじるのではなく小さな団体を率いる位置に立とう、という意味として使われます。 「鯛の尾より鰯の頭」も「寄らば大樹の陰」の対義語 「鶏口となるも牛後となるなかれ」と同じ意味を持っている「鯛の尾より鰯の頭」も、「寄らば大樹の陰」の対義語です。 「鯛の尾より鰯」では、魚の王者である鯛の尻尾より軽く見られている鰯の頭のほうがよいということで、大きくて強い組織の末端ではなく、小さくて弱い組織であってもその中の頭となったほうがよいという意味です。 「寄らば大樹の陰」を使った例文 「寄らば大樹の陰」を使った例文を紹介します。 「寄らば大樹の陰」のつもりで就職した会社だったが、入社そうそうに買収されてしまった。 彼は自分の実績が「寄らば大樹の陰」の恩恵であることに気づかないまま、独立を決めたようだ。 自分自身の冒険を嫌う性格から、「寄らば大樹の陰」の選択は正解だったと思う。 まとめ 「寄らば大樹の陰」の意味と類語・対義語のほか、例文も紹介しました。 処世術にはさまざまなものがありますが、身の丈や状況に合ったものを選択すればよいのです。 しかし「寄らば大樹の陰」を選択したなら、自らも大樹の構成員であることを忘れないことが大切です。 大樹の発展繁栄に貢献できるよう務めることが、自らの成長と安泰にもつながります。

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「寄らば大樹の陰」とは?意味・読み方・類語・英語【使い方や例文】

寄ら ば 大樹 の かげ

一流大学に入って一流企業の正社員になれたら人生安泰。 こういった従来の成功パターンが確実に終焉を迎えている近年、新しい生き方や働き方をめざす若者も多く出てきています。 こういう新しい変化の時代に生きるお子さまの将来のために、今から保護者が知っておきたいことは何なのか、お子さまが身につけておきたい力とは何なのか? 若者のキャリア教育を専門に研究している法政大学の児美川孝一郎教授にお話を伺いました。 大勢ではありませんが、必ずしも大企業志向ではない子がけっこうい ます。 例えば数年前に卒業したぼくのゼミ生に、旅行業界志望で、在学中に「旅行業務取扱管理者」の資格を取得していた女子学生がいました。 彼女は就活を始めると業界 最大手の企業A社と、各段に規模の小さなB社から内定をもらい、小さなB社の方を選びました。 理由を聞くと、大手のA企業に行っても、自分が何をやるのかわから ないし、いつになったら一人前になれるのか見通しが立たない。 自分は早く一人前のいろんな知識を身につけて働きたい。 そのためにはおもしろい事業をやっている 小さい会社で、1年目からバシバシ使われたほうがいい、と答えてくれました。 別のケースでは、ベトナムのホーチミンにある日本人3人だけでやっているITベンチャー企業に就職した男子学生。 在学中に現地の会社に何回か見学に行っており 、卒業後そこに就職しようと決意したようです。 その会社は法政大学の卒業生つながりだったのですが、小さなベンチャー企業だし、急成長しているとはいえ、すぐ に潰れる可能性だってあるでしょう。 でも本人は、一生そこにいることにそもそも興味をもっていないように見えました。 それより海外で自分のITやビジネス、そして英語のスキルをつけられることに期待していたのです。 20代後半から30歳ぐらいまでの間にその会社があってくれればそれでいい。 自分に力がついたら、人脈もできるし、起業するかもしれないし、あらためて日本で大きい企業へ転職をめざすかもしれないし、といったキャリアデザインが自分の中でできていたのです。 そういう彼らには、いまだ「寄らば大樹の陰」的思考の学生より、今の時代を生きる力があるとぼくは見ています。 彼らは要するに、「早く、やりたい仕事をやりたい」という志向を強くもっています。 小さい会社なら、ハードだけどやりたい仕事が早くできるでしょう。 そしてそういう思い切った選択ができるのは、自分のことを自分でやる、自分の人生を引き受けるというマインドをもっていればこそなんです。 こうした変化が起きている中、子どもの将来をサポートするために、今の中学生の保護者が知っておきたいことは何ですか? 大前提として、時代と社会が自分たちの新卒時代とはまるで変わってしまったことにしっかり気づいてほしいということです。 そのためには自分たちの同世代や上の 世代を見ていてもだめで、30代や20代の下の世代がどうやって働いているのか、保護者が率先して時代や社会に対するアンテナを立てて現状を客観的によく知ってお くことが必要です。 子どもの進学先や就職先などを考えるとき、たいていの人は、「自分たちの頃は~」と考えてしまうけれど、かつてこうだったという標準モデルが、今あてになると 思ってはいけないのです。 今の時代、これなら絶対安心とか、これなら子どもが幸せになれるというルートはないからです。 逆に言うと、お子さまの将来には、自分らしい仕事や生き方をする選択肢が、従来と比べて格段に広がっているといえます。 従来の標準モデルが通用した時代なら 、せっかく大企業に入ったのにそこから逸脱した選択をしようものなら、周囲から相当な変わりものだと見られたことでしょう。 でも今は違います。 自分がちゃんと 準備していれば、その選択を誰も変だとは言わないし、転職も当然のことと見なされます。 自分らしい働き方をつねに自分で選んでいける時代になっているのです。 もしも子どもの将来のために保護者にできる役割があるとすれば、お子さまの自分で選んだ自分らしい生き方を、後押ししてあげることだと思います。 自分から学んで行動する力が大事。 たとえ失敗しても「いい経験をしたね」と言ってあげたい 子どもの自分らしい生き方を後押ししてあげるというのは、具体的にどんな関わり方になるでしょうか? その前に、中学生が今後自分らしい生き方を選択していくために、今から身につけてほしい力を説明させてください。 基礎的な学力の他に、大きく2つあるとぼくは 考えています。 1つ目は「自分から学んだり行動したりする力」。 2つ目は「自分の人生を自分で引き受けていくマインド」です。 1つ目の「自分から学んだり行動したりする力」が必要だと痛感する理由は、最近の大学生が企業の面接で「指示待ち人間はいらない」といつも言われてくるからで す。 今の時代は、言われたことだけきちんとこなすタイプではなく、自分から問題を見つけて解決していくタイプを、多くの企業が求めているようです。 でも、「言 われたことはちゃんとやるけれど、自分からは何もやってみない」という指示待ちのパターンは、中学生ぐらいにすでに作られてしまいます。 だからこそ、中学生のうちから、自分から何かに興味をもって学んだり、疑問をもって調べたり、もっと詳しい人に会いにいく、などの自主的な行動が習慣になったら、この先ずいぶん強いでしょう。 そのために保護者がやれることは、今のうちに安全な失敗をたくさん経験させてあげることです。 具体的には子どもが自分から何かをやりたがったとき、「それはち ょっと無理なんじゃない?」「あなたにはまだ早いんじゃない?」と言うのを我慢して、失敗するだろうなあと思っても挑戦させてあげるのです。 自分から挑戦してみたことは、とてもいい学びや力になります。 たとえうまくいかなくても、子ども時代の失敗なんて、本人が恥ずかしいと思う程度のことです。 もし落ち込んでいたら「いい経験をしたね」と保護者が心から言ってあげるといいと思います。 実は、小学校時代から、「まだ早いんじゃない?」「それはちょっと……」とか言われて、やりたいことを何度も止められてしまった子どもは、中学生になると、もう自分から何かやりたいとは言わなくなっていることもあります。 それでもまだ自分からやりたいということがあるかもしれない。 そういうときを大事にしてあげた いですね。 子ども時代に自主的に何かに挑戦して安全な失敗も挫折もしていない人は、いざ社会に出ようとして失敗したとき、ものすごく打たれ弱いです。 会社からなかなか内 定をもらえず、「就職うつ」になる大学生もこのタイプなんです。 それに失敗も挫折もしていない子どもは、達成体験も自信も得られません。 達成感や自信はちょっと無理そうなことに自分からチャレンジしてこそ得られるものです。 できて当然のことばかりできても、得られません。 また、保護者自身が、自分で考えて行動する姿や、失敗してもいいから難しいことに挑戦する姿を見せることは、子どもにとてもよい影響を与えます。 例えばニュー スを見て自分の意見を子どもに話して会話したり、趣味や仕事、地域の活動などで難しいことに挑戦している、等身大の姿を見せたりすると、子どもには大きな励みになります。 保護者もカンペキではない。 保護者だって勉強するし、失敗もするし、挑戦もする。 まだまだ発展途上の一人の人間だと気づくことで、子どもは自分も やってみよう! という勇気を得ます。 自分の人生を自分で引き受けるマインドがあればどんな時代が来ても強く生きられる 二つ目にお子さんにつけてほしい力、「自分の人生を自分で引き受けていくマインド」についてですが、今どきの大学生たちと話すと、自分の人生を他人事みたいに 生きている学生が本当に多いと感じます。 自分の就活や将来のことを話しているのに、「~らしいです」などと他人事のように言う学生がいます。 自分の人生なのに、誰かがなんとかしてくれると思っているふうなんです。 「なんとなく親が言うからそうなのかな~」「周りの人間がそうだからそうなのかな~」といった他人任せのスタンスで何事も生きていくと、いざ就活や社会に出てから、自分自身の意見や決断を急に求められ、ものすごく困るのがお子さんなのです。 また、長い人生には失敗や挫折はつきもの。 目の前の困難なことを乗り越えなくてはならないのは必ず自分です。 決して保護者や教師、周りの人が代わってくれません。 この「自分の人生を自分で引き受けていくマインド」は、中学生のうちから、ちょっと背伸びしてもっていていいと思います。 お子さまが何かを決めるとき、保護者や教師の意見を聞くのはもちろんかまいません。 だけど最終的に決めるのも、責任をもつのも自分だ、という自覚を少しずつ育てていきたいものです。 そのために保護者にできることは、お子さまが中学生になったら、必要な持ち物を判断するとき、服装を決めるとき、ものを買うとき、習い事を決めるときなど、日常の些細なことからでかまわないので、「それぐらい自分で決めていいのよ」とときどき突き放すことだと私は思います。 また、求められてもいないのに先回りして余計な意見やアドバイスを押し付けないよう気をつけて、求められたときだけ真剣にアドバイスする、というスタンスも非常に必要だと思います。 理屈でわかってはいても、いざ自分の子どもを目の前にすると上手な距離感を取るのはなかなか難しい、というのもわかりますけれどもね。 かまいすぎは、放任よりもっと悪いかもしれない——。 素直でいい子だけど、精神的に自立していない大学生たちを見て、ときどき感じます。 好きなことをやっていいよ、あなたの自主性に任せるよ、と口では言いながら、実際は自分の価値観で余計なアドバイスをして、子どもの自主性を奪っていないかどうか。 大人自身も、何かに興味をもち、学んだり挑戦したりすることを忘れていないかどうか、ちょっと振り返ってみる必要があるのかもしれません。 プロフィール.

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寄らば大樹の翳り

寄ら ば 大樹 の かげ

しかし、中小企業よりは、大企業のほうが、社員の定着率がはるかに高い。 いつの時代も、新卒や中途の採用試験では、中小企業よりも大企業にエントリーする人が多い。 今回は、私がこれまでの取材経験で感じ取ったことをもとに考えてみたい。 ちなみに今回は、大企業の「賃金」「労働条件」「福利厚生」などは、あえて省くようにした。 中小企業の社員と比べると、特に基礎学力や意識などが相対的に高い。 プライドも高く、競争で勝ちたいという情熱を持った人も多い。 意識の高い人が多数並ぶのが、大企業の大きな魅力だ。 高いレベルの人の間でし烈な競走があるからこそ、ハイレベルな人になる。 仕事を早く覚え、高い業績を残す人材になるためには、レベルの高い社員がたくさんいる中にいないといけない。 レベルの低い人が多数いる中で、優秀な人は生まれえない。 多少、抜きん出たレベルになったところで、周囲のレベルが低いから、「優秀」とは言えない。 部下が育つか否かは、上司の力や経験、意識しだいだ。 大企業の場合、中小企業よりは、管理職の部下への指導や助言、コーチングなどは全般的に水準が高い。 中小企業の場合、社員の定着率が低く、社員間でし烈な競争があまりない。 競争があったとしても、レベルが高い人たちの競争とは言い難い。 これでは、レベルの低い人までもが、キャリアを積むと管理職になってしまう可能性がある。 レベルの低い人は権限を持ったとしても、部下への育成ができない。 そもそも、自分が一定のレベルに達していない。 こういう会社に入ったところで、多くの人が伸び悩むことになる。 評価をする上司のレベルも全般的に高い。 労働組合や人事部もあり、「人事評価は客観的にならなければいけない」という空気や文化が社内にある。 それが十分とは言い難いかもしれないが、中小企業の人事評価よりは、はるかにマトモである。 大きな傾向として、優秀な人は認められやすく、競争で負けた人は認められないようになっていく。 こういう環境も、大企業の魅力である。 中小企業よりは人材の淘汰が正確に、確実に進んでいる。

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