おーい お茶 俳句 大賞。 第2回芭蕉白河の関俳句賞【2020年8月31日締切】

第二十九回伊藤園お~いお茶新俳句大賞 受賞作品発表

おーい お茶 俳句 大賞

実はその想像だと違うんです。 何と 1966年に本庄正則と本庄八郎兄弟によって創業された企業なんですね。 その名も「 フロンティア製茶株式会社」と言う企業名なんです。 なんか昔の創業時の方が今っぽい感じですよね。 でもやはりそこはお茶の栽培が盛んな静岡県が創業の地だったんですね。 そして 1969年に 上野にあったお茶屋「伊藤園」から 屋号を受け継いで今の社名になったんですね。 あと、意外だと思ったのはおーいお茶が全体的に最初に開発して世に送り出したのかと思っていたら実は 1981年に缶入り烏龍茶を世界で初めて生産・販売した会社だったんですね。 そしてその後におーいお茶の元となる緑茶の「 缶入り煎茶」を発売します。 これが1985年に発売されたので烏龍茶が発売されてから4年後の事なんですね。 面白いデータでは、清涼飲料業界では5位となっているが茶葉製品と茶系飲料市場では最大手に位置しているお茶系に特化した企業なんですね。 今でこそ当たり前となってますが、これがなかなか当時は衝撃的な商品でした。 元々 世間の一般家庭では「お茶は温かいもの」「お茶は会社や家庭で飲むもの」のイメージ 常識 を払拭したからです。 そして1990年には世界初のペットボトル緑茶 この時は2Lのみ が発売され不動の人気商品となっていきました。 2004年にはサントリーが「伊右衛門」の緑茶を販売し、今でもライバルとして両者が切磋琢磨しながら売上を競っています。 おーいお茶は緑茶だけに留まっていません。 色々なラインナップがあります。 ラベルには「 おーいお茶新俳句大賞」が掲載されていますね。 これは凝っていて中々同じ俳句が載っているラベルに出会わないので、かなりの数を載せてるのかなと思いますのでこの企画の熱を感じますね。 そして、これがどの位の規模で実施されているかと言いますと… 1989年から開始され、 2020年でもう第31回目となります。 ほとんどおーいお茶の歴史と変わらないんですね。 最初は「高校生以下の部」「大学生の部」「一般の部」のみでしたが、回を追うごとに「小学生の部」「中学生の部」「高校生の部」「一般 40歳未満 の部」「一般 65歳未満 の部」「一般 65歳以上 の部」と年齢層別の区分けをしているんですね。 しかも審査員は「吉行和子」さんや「いとうせいこう」さんと言った有名人から、俳人の安西篤さん、黒田杏子さん、夏井いつきさん、作家の宮部みゆきさん、そして日本語学者の金田一秀穂さんなど名だたる方々が審査をしています。 応募総数も第1回は僅か41,373句だったのに対して、第28回は1,873,374句も応募がありました。 何と45倍以上にも増えているんですね。 このレベルまで来ると、それだけで名誉な賞である事には間違いありませんね。 選評 三日月の夜に魚釣りを楽しんでいるのか? それとも魚釣りをしている人を見ているのか? どちらにしても三日月と釣り人の背の位置が同じで時間が過ぎていくさまを「三日月をせもたれにして」と喩えたのが素晴らしい。 まるで童話の挿し絵の様な想像力ですね。 …こんな感じで一句ごとに作者の想いと審査員の感じた点について分かるのがとても興味深いですね。 この企画のいい所は一般公募で年代も幅広いので、様々な感性の俳句に触れられる事がとても良いなと思いますね。 まとめ いかがでしたか?あくまでも俳句のプロではなく、ルールも緩くしているので「新俳句」と称しているみたいですが、とても感心する内容が沢山ありました。 これを読んでからおーいお茶を飲む際には、是非ともラベルに載っている俳句を読む事を楽しんではどうでしょうか。 下のURLからアクセスしてみて過去の受賞作品を読むと新しい趣味が増えるかも知れませんね。

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第三十回伊藤園お~いお茶新俳句大賞の入賞作品発表!|株式会社伊藤園のプレスリリース

おーい お茶 俳句 大賞

1965年、日本広告写真家協会賞受賞後、1966年、写真集「ビートルズ東京」でメジャーデビュー。 写真に留まらず、映画制作、文芸、工芸、音楽プロデュース等、幅広く活躍。 1962年、「海程」入会。 1991年海程賞、2014年現代俳句協会賞受賞。 結社「海原」代表、現代俳句協会顧問、国際俳句交流協会副会長。 句集に「多摩蘭坂」「秋の道(あきのタオ)」、著書に「秀句の条件」「金子兜太」などがある。 1988年、処女小説「ノーライフキング」が三島由紀夫賞候補作となる。 俳優、小説家、タレント、作詞家、ラッパー、ベランダーとして幅広く活躍するクリエイター。 ハーバード大学客員研究員を経て杏林大学外国語学部教授。 「世界一受けたい授業」など、テレビ出演も多く、ことばに関わる情報をわかりやすく紹介している。 祖父は言語学者の金田一京助氏、父は国語学者の金田一春彦氏。 結社「藍生」の主宰。 日経俳壇選者。 夏草賞、現代俳句女流賞、俳人協会賞などを受賞。 2011年、句集「日光月光」で、蛇笏賞を受賞。 松山市在住。 俳句集団「いつき組」組長、藍生俳句会会員。 第8回俳壇賞受賞。 俳句甲子園の創設にも携わる。 松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」等選者。 2015年より初代俳都松山大使。 句集『伊月集 龍』、『おウチde俳句』『夏井いつきの俳句ことはじめ』等著書多数。 1987年、「我らが隣人の犯罪」で作家デビュー。 1999年、「理由」で直木賞を受賞。 推理小説だけでなく、時代小説でも人気作家となる。 現代の日本を代表する作家の一人。 作品のドラマ化、映画化多数。 1992年、ブローウェル国際ギター・コンクールで優勝など、数々のコンクールで受賞。 これまでに20タイトルのCDをリリース。 モントリオール世界映画祭審査員特別賞グランプリ受賞作「ふしぎな岬の物語」のメインテーマを演奏。 女優としてテレビ、映画、舞台で活躍。 2002年「折り梅」で毎日映画コンクール田中絹代賞を受賞。 1979年「愛の亡霊」、2014年「東京家族」で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。

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【俳句】伊藤園おーいお茶新俳句大賞の二次審査に通過しました。

おーい お茶 俳句 大賞

5kgくらいある太り気味の茶トラのオス猫を飼っていたのですが、ある日鼻水や目やにが出ていて熱もあったので、病院に連れて行きました。 診察台兼体重計に載せられ先生に診てもらっている猫の様を見て、俳句にしようと思いを巡らせていました。 また文化というものは、精神的にもゆとりや余裕が無いと生まれてこないものだなと考えている中で、猫のふくよかで恰幅の良い体を見ていて、余分なものだけど豊かなもの、という意味では文化的なものであるように感じ、日が近かったこともあり、「文化の日」という言葉を繋げました。 我が家で、ヘルスメーターの結果を一番気にしているのはお母さんかもしれません。 近頃メタボ腹の気になるお父さんや育ち盛りの子供たちのことなど、いろいろ考えて料理を工夫しなければならないからです。 そんな話題の夕食時、ふと見ると、猫のタマまでちゃっかりヘルスメーターに載っかってるじゃありませんか。 この句の新鮮さは、猫自らヘルスメーターに載ったことと、あえて体重計でなくヘルスメーターとカタカナ表記して、文化の日のイメージを浮かび上がらせた点にあるのでしょう。 しかもその言葉の軽快なリズムが、若々しい文化の体感を捉えています。 そこに作者独自の表現の工夫が見えているといえそうです。 (選評 安西 篤) 高校生である自分はいろいろな事を楽しみたいと考えています。 蒲公英は、咲いた後に綿毛を飛ばし、また別のところで花を咲かせるので、その姿がいろいろな所でいろいろな事を楽しみたいと考えている自分と重なると思い、そのことをこの俳句で表現しました。 金子兜太先生がいつも強調しておられたのは「自己表現」、自分のありのままをさらけだして書くことと、俳句としての切れでした。 この句は中七でいったん切れ、下五でさらに強く切れて一句全体を響かせます。 「なれ」という呼びかけを二度重ねて、これから飛び立とうする蒲公英に作者自身が呼びかけ、「今ここで」の出発の勢いをつけようとします。 自分の思いを真っ向からぶっつけていく句の勢いと、この二度重ねる切れのリズムが、金子兜太賞にふさわしいダイナミズムだと思いました。 たんぽぽが、自分の子孫を残すために綿毛で種を飛ばすことを知りました。 風に身を任せて飛んで行くなんて、とても怖くて不安だと思うし、仲間を増やすために、見知らぬ地に飛んでいくのが旅のようだと思い、この俳句を作りました。 さあそこでといわんばかりに、たんぽぽが旅に出るわけです。 まるで実社会に踏み出した新人社員か入学したばかりの新入生のようですね。 もちろん内心の緊張はあるのでしょうが、なんとなく頼もしげにもみえて来ます。 「おそれ知らずに」には、風に乗ってまっすぐに空へむかって飛んでいくいさぎよさがあります。 なんの疑いもためらいもなく、ひたすら自分を信じ、人々を信じ、世界を信じているような天真爛漫さが、おそれを知らぬ強みになっているのかも知れません。 思わず「よい旅を」と声をかけたくなりますね。 ある暑い日、家族と川へキャンプに行きました。 跳びはねる魚を見て「魚もつめたい川が気持ち良いのかな」と和やかな気持ちになった思い出を俳句にしました。 暑い日だ。 作者は川を見つめている。 川風がそよそよ吹けば、いくらか涼しい。 流れに近寄って指を浸してみると、ひんやりしている。 川は大きい存在だし観察の対象なので、定冠詞のtheも不定冠詞のaもつけないほうがいい。 ないほうが広がる印象だ。 少しすると魚が水面を割って現れる。 羽化途中の虫を狙ったのか。 そのうちもう一匹、はねて現れる。 この句はシンプルに景色を描いているようで、実は雄大ともいえる時間の流れと川の流れを含んでいる。 そのつぎのfishの登場、またつぎのfishの登場までも伝わるのだ。 (選評 アーサー・ビナード 日本語訳 星野 恒彦)• 今回は金子賞が誕生したこともあり刺激的でした。 ますます充実したコンクールになりました。 けれど、さらなる発展に結(つな)がるサムシングが必要だとも感じました。 ともあれ金子賞を始め、いい俳句が選ばれて安堵しています。 今年は「金子兜太賞」という新たな賞が制定され、この30年間根付いて来た兜太先生主導の自己表現が全面に出て来たように想います。 これを一つの伝統として本賞の中に生かしてゆきたいものです。 審査会においても、金子兜太賞の選出には、さ程の迷いもなく、すんなりと決まりました。 金子兜太賞は大賞に次ぐ位置づけとなります。 他の各賞選出は多少のバラツキはあったものの、大勢としては大きな紛れもなく決まりました。 やはり多様化の側面が見失われてはいなかったと思います。 今回も中学生の部に目を見張りました。 斬新さや、言葉選びへの熟慮があるのです。 まだ大人になりきらない、けれども子供とも言えない。 そんなあわいの年齢から来る精神の領域があるのでしょうか。 『中学生俳句』という独特な世界だけを集めてみたいくらいです。 もちろん他の部が劣ったわけではありません。 新しい味わいをもった作品が大変多く見受けられました。 ですから審査でも票が何度もバラけて、とても楽しく過ごせました。 俳句は作られるときと、読まれるときの二度、生まれるのではないか。 選句会は二度目の誕生に立ち会うことなのだ。 選考諸氏のさまざまな解釈によって、一見平凡に見える句が、あるときは深く掘り下がり、あるときは想定外の視界の拡がりを見せて、選考会はとても楽しく刺激的な時間になる。 この機会を作ってくださっている応募者の皆さんに感謝したい。 兜太先生は居られない。 しかし審査員全員の心の中に先生は生き続けておられる。 私達は積極的に見解を述べ合い、作品の評価を十分なディスカッションの中で決定してゆくことが出来ました。 心満たされる時間でした。 この国に俳句大会は無数にあり、私も数多くの大会の選者をつとめてきております。 これほど楽しく、充実した審査会は他にありません。 ところで、もしもこの審査会を公開で行えたなら…。 それは素晴らしい事件として、大歓迎されるでしょう。 好きな場所で気ままにくつろぐ猫の姿は、平和の日常の象徴です。 風に乗って舞う蒲公英の種は、自由と未来へ臨む勇気の象徴にぴったりです。 令和という新しい時代の最初の一歩に、素晴らしい文部科学大臣賞と金子兜太賞の受賞作を得たと思います。 その審査の場の一角にいることができて、今回もとても光栄であり、幸福でした。 早いもので5回目の参加となりました。 金子兜太先生の存在を常に感じておりましたので、もしかしたら9名での審査会だったのかもしれません。 力強いもの、肩の力を抜く大切さを感じさせてもらえるもの、ユーモアのあるもの、ひとひねりあるもの、哀しみが表れているもの…心に残った句は沢山あります。 そして今後のご発展をお祈り致します。 毎回、緊張した時間が続きます。 でも、それがとても楽しいのです。 一年の内の一日、俳句のことだけ考えている。 気持ちが新しく洗われます。 審査員の方々の発言も、私にとって刺激的です。 今回も、年令ばらばら、バラエティにとんだ作品が並びました。 選んだ句が墨で書かれて張り出されるとまた違った感じがするのが面白いです。 「俳句」という器は、巧みに言葉を操ろうとすると、はみ出てしまうことが多いので、技術を脇に置いて、まず事物そのもので組み立てる必要がある。 場合によっては原始的な作業になる。 そしてそこに、俳句の一種の「国際性」がひそんでいるとぼくは感じる。 母語で作るか外国語で作るか、上級か初級か、文法的に正しいか否か、そんなことなんかよりも、題材の事物と本気で格闘しているかどうかが問われるのだ。 今回の英語俳句には、いくつも輝かしい格闘の成果が見受けられて、選ぶ過程は実に楽しかった。 英語俳句の応募数が、去年より大幅に増え、2万5千余句になったのに驚きました。 54ヵ国に亘っていますが、中心は日本の中学・高校生です。 これは小学校の英語の教科化や目前の2020年が背景にあってのことでしょう。 英語で話す、書くを重視する方針が打ち出されましたから、英語俳句を作るのはよき演習になります。 募集期間の影響か、応募が冬の句に片よって多いのは残念。 夏など他の季節の句にもチャレンジしましょう。

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