石川 啄木。 愛すべきゲス!石川啄木のエピソードが面白い

愛すべきゲス!石川啄木のエピソードが面白い

石川 啄木

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石川啄木(いしかわたくぼく)は、現在の岩手県盛岡市である、盛岡岩手県南岩手群に、長男として生まれました。 父は石川一禎(いってい)、母はカツです。 啄木は、ふつうより1年早い、 5歳で小学校に入学します。 すると、成績はいつもトップクラスで、とても頭のよい子に育ちます。 小学校も 首席で卒業し、12歳で 盛岡尋常中学校(現在の盛岡一高)に入ります。 ここで、啄木にとってキーマンとなる大親友、後に言語学者になる、 金田一京助(きんだいちきょうすけ)に出会います。 そして後に妻になる、 堀合節子とも出会いました。 金田一京助から、文学の面白さを教わると、すぐに文学青年となります。 また、節子との 淡い初恋に夢中にもなります。 文芸雑誌 「明星」を愛読し、 与謝野晶子の大ファンになった啄木は、 「将来は文学家になりたい!」と、夢を抱きました。 16歳の啄木は、短歌や評論を発表し始め、 文学と恋愛にどっぷりとハマります。 授業をサボって欠席が目立ち、挙句の果てにテスト中連続2回のカンニングがバレたことで、自主退学へと追い込まれました。 そしてプロの文学家を目指すべく、 与謝野晶子を訪ねて上京します。 が、なかなか就職先が見つからないために下宿代が払えずに、また 結核を患ってしまい、わずか半年で泣く泣く岩手へ帰ります。 上手く行かずに傷ついた啄木の心は、初恋相手の節子に癒やされます。 その後17歳で、雑誌 「明星」で短歌を発表すると、文学界から注目を浴びます。 19歳、デビュー作の 「あこがれ」を発表し、 天才詩人と言われました。 そして、ついに長年の恋を実らせ節子と結婚します。 が、その結婚式をドタキャン。 そのせいで、新郎不在で、節子と親族だけという奇妙な結婚式が行われました。 一家の大黒柱となった啄木は、文学家としてだけは食べていけずに、 小学校のアルバイト教師として働きます。 しかし、父・一禎のリストラなどもあり、石川家は常に貧困状態が続いていました。 しばらく貧困ながらも穏やかに暮らしていましたが、 啄木は新しい環境を求め、北海道へ行きます。 妻・節子は盛岡の実家へ、母・カツは盛岡に残り、妹は知人へ預けて、 家族離ればなれの生活が始まりました。 北海道では、商工会議所やアルバイト教師、そして新聞社と職を転々とします。 が、どれも長続きせずに、函館・札幌・釧路などを渡り歩きました。 なかでも、函館時代に知り合った歌人・ 宮崎郁雨(みやざきいくう)は、啄木を心身ともに支え続け、家族を北海道に呼び寄せる資金援助をしてくれました。 22歳、どうしても文学家として成功したい啄木は、 家族を宮崎郁雨に預け上京します。 上京後は、中学時代からの大親友の 金田一京助を頼りながら、いくつも小説を書きました。 しかし、評価されない苦悩の日々で、絶望のどん底を味わいながら、生活のために 朝日新聞社の校正係として働きはじめます。 このころ、離れて暮らしていた節子に日記を読まれては困るからと、 日記をローマ字で書きました。 借金、酒、女と、相当乱れた生活だったそうですね。 啄木の予想を反し、ローマ字くらい読めたのでは?といわれています。 で、宮崎郁雨の世話になったままで、肩身が狭いという家族を北海道から呼び寄せて、妻と子、そして父母と暮らしますが、相変わらずの貧困生活が続きました。 1910年、 「一握の砂」を出版し、ようやくプロの文学家としてわずかな収入を得ます。 しかし、生まれたばかりの長男が亡くなってしまうという不幸が襲います。 啄木は1日でも早く貧乏生活に別れを告げようと夜も働きますが、なかなか暮らしぶりがよくならず、 社会主義思想を抱くようになりました。 1911年12月、啄木は肺結核を患い、思うように働くことが出来なくなります。 新年を迎えるも、結核による発熱が続き、これまで書いていた日記も思うように書けない日々が続きました。 3月に母が結核で亡くなると、後を追うように1か月後、 26歳で啄木も亡くなりました。 有名な代表作品は? 有名な 代表作品はどんなものがあるのでしょうか。 石川啄木の作品は、短歌の「五・七・五・七・七」ではなく「三行書き」のスタイルで、詩のようなイメージを持たせた口語体の表現が特徴的です。 また描かれるテーマが貧困生活や故郷への想い、そして母への愛情が溢れ出ていることが人気の一つとなっています。 ちょっと紹介してみます。 『一握の砂(いちあくのすな)』1910年出版 全部で551首が収められ5部構成となっている啄木の処女作品で、特に次の短歌が有名です。 「はたらけど はたらけど猶(なお)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」 「たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず」 「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」 『悲しき玩具』1912年出版 次々と襲い掛かるトラブルに、ショックを隠さずに詠んだ、194首の歌と2つのエッセイが収められています。 この二つの歌は結核を患い闘病中に作られた、啄木の最期の2首といわれています。 「呼吸(いき)すれば 胸の中にて鳴る音あり 凩(こがらし)よりも さびしきその音」 「眼閉づれど 心にうかぶ何もなし さびしくもまた眼をあけるかな」 『雲は天才である』1919年出版「啄木全集第一巻小説編」に収録 啄木の処女小説。 自身の熱血教師時代の頃、そして大親友とのエピソードをテーマに、教育の理想像が描かれた強烈なインパクトを抱くとされる作品です。 このように、なんとも情緒のある詩ですよね。 現代でも人気があるというのが納得できてしまいます。 女遊びで借金まみれってほんと? 彼の 「ダメ人間」説について。 どうやら、 女遊びで借金まみれだったという説があるようですね。 ちょっとみてみましょう。 啄木は、家族と離れて生活しているときに ローマ字で日記を書いていたのです。 これは、自分の乱れた生活っぷりを、妻の節子に知られないようにということです。 その「ローマ字日記」に、彼のけっこうなダメ人間っぷりが綴られていたということなのです。 内容は、給与の前借りや、知り合いからお金を借りて女と遊ぶために吉原へと通ったこと、どうやって会社をサボるか?などが書かれています。 特に、大親友の金田一京助は、自分の持ち物を質屋に入れてまで啄木へお金を貸していました。 他にも約60人から借金をしていて、その総額は1372円。 現在の価値にすると1400万円くらいとされています。 その借金を全額踏み倒し、全てが女遊びとアルコールへと消えたのだそう。 1909年4月10日のローマ字日記の一部内容はこちらです。 「いくらかの金のある時、予は何のためろうことなく、かの、みだらな声に満ちた、狭い、きたない町に行った。 予は去年の秋から今までに、およそ十三、四回も行った。 そして十人ばかりの淫売婦を買った。 ミツ、マサ、キヨ、ミネ、ツユ、ハナ、アキ…名を忘れたのもある。 予の求めたのは暖かい、柔らかい、真っ白な身体だ。 身体も心もとろけるような楽しみだ。 」 4月15日の潔い日記はこちらです。 「予は節子以外の女を恋しいと思ったことはある。 他の女と寝てみたいと思ったこともある。 現に節子と寝ていながらそう思ったこともある。 しかしそれは節子と何の関係がある? 予は節子に不満足だったのではない。 人の欲望が単一でないだけだ。 」 だめですね。 「友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ」(一握の砂) 自分の甘さや弱さを平然と人前に晒けだせる人間性が、啄木の最大の魅力なのかも知れません。 このローマ字日記は、啄木が亡くなる数日前に妻・節子へ燃やして処分するように伝えました。 が、節子は啄木への愛着から捨てることが出来ずに、大親友の金田一京助に託したのです。 その結果、ダメ人間・啄木の姿が、後世に発覚することになってしまったのです。 ちなみに、妻の節子はお嬢様育ちだったことから、ローマ字くらい読めたのでは?と言われているそうです。 石川啄木をかんたんに語るポイントは、 ・望郷と漂白の天才といわれた明治時代の詩人 ・結婚式をドタキャンし、女遊びに明け暮れて借金だらけのダメ人間だった ・貧困生活でも一途に文学家の夢を追い続けた ・代表作品は、551首の歌集「一握の砂」 ・「ローマ字日記」は、あまりにも衝撃的で赤裸々過ぎた 最後まで読んでいただきありがとうございます^^.

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石川啄木のローマ字日記に子孫もドン引き!作品と素顔がギャップあり過ぎ!

石川 啄木

こころよい仕事 東京で一旗揚げようと、中学の先輩である金田一京助を頼り上京した天才歌人、石川啄木は創作をそっちのけで酒と女にうつつを抜かし万年金欠状態。 そんな折、二人は殺人事件の第一発見者となる。 被害者は荒川銅山の使用人の達吉。 容疑をかけられた二人だが啄木の推理でその場を逃れる。 見事な推理に京助は感心する。 その後、達吉の告発状と凶器が発見され、荒川銅山の大番頭の小栗が犯人として逮捕される。 しかし、啄木は引っかかるものを感じ、再び推理を始める…… ゲストキャラクター | 森 鴎外( CV. 諏訪部順一) 脚本:岸本 卓 絵コンテ:江崎慎平 演出:牧野友映 総作画監督:原 修一 作画監督: 原 修一 高橋瑞紀 宮永あずさ 橋本尚典 高塔奇譚 連日新聞を賑わす凌雲閣の幽霊目撃騒動。 浅草を仕切る六郎は、啄木に真相究明を依頼する。 京助と現場へ向かった啄木は旧友の元新聞記者・山岡と再会。 啄木は幽霊騒動に山岡が関わっていると見抜くが、山岡は「ノドノツキ」と言い残して去ってしまう。 一方、幽霊を映し出す仕掛けを作った幻燈師・松吉が殺されるという事件が起きる。 松吉は2か月前に起きた婦女暴行事件の第一発見者で、被害女性は死の間際に「ノドノツキ」という謎の言葉を遺していたという。 二つの事件の関連性は? ゲストキャラクター |山岡( CV. 大河元気) 脚本:岸本 卓 絵コンテ:木村 寛 牧野友映 演出:木村 寛 総作画監督:原 修一 作画監督: 大河内 忍 高橋敦子 三好和也 忍冬 (すいかずら) 人気役者の橘乙次郎が活人形「金銀花」にかみ殺されるという猟奇事件が話題となる。 ほどなくして乙次郎の後輩である泉若が自首したことで落着を見ていたが、泉若はミルクホールで働く季久と恋人同士だった。 吉井は、片思い中の季久から泉若の無実の証明を頼まれる。 そこに、京助と絶交中で金欠の啄木が割込み、二人で事件を調べることに。 季久に好かれたい一心の吉井は、「金銀花」でぼろ儲け中の傀儡館の館主が犯人とにらみ、啄木と一緒に傀儡館へと乗り込んでいくのだったが……。 ゲストキャラクター |傀儡館主( CV. 萩原朔美) 脚本:宮尾百合香 絵コンテ:伊藤達文 演出:臼井文明 総作画監督:山口飛鳥 作画監督: 浮村春菜 田中亜優 若きおとこ 血を吐いて倒れた啄木のもとに、女中の加世が依頼人の環を連れてくる。 一度は断った啄木だったが、環の死生観や中性的な魅力に惹かれて依頼を受けることに。 環は「蝙蝠男」として活躍した軽業師・鑑と深い関係だったが、鑑が事故死したことがきっかけとなり、彼の弟に脅迫されているというのだ。 一方、京助は死を匂わせる短歌を書いた啄木が心配でたまらなかったが、胡堂たちは啄木の冗談としか受け取らず、心配する素振りも見せない。 ゲストキャラクター |環( CV. 村中 知) 脚本:岸本 卓 絵コンテ:井出安軌 演出:木村 寛 牧野友映 総作画監督:原 修一 作画監督: Lee Seongjae An Hyojeong Lee se jong 幾山河 環を失った啄木は、歌を捨て社会を変えようと小説の執筆に励み、夏目漱石に見せるが評価してもらえない。 環の仇を討つべく園部を殺そうと何度も教会に足を運ぶが、殺すこともできない。 自暴自棄になった啄木は、京助から金を巻き上げ花街通いに勤しみ放蕩の限りを尽くす。 そんな啄木と、吉井や朔太郎たち文士仲間は衝突する。 心身が蝕まれ絶望していく啄木を前に、ふらりと現れた牧水。 牧水の歌を聞いて啄木が向かった先とは? そしてその時、京助は……。 ゲストキャラクター |夏目漱石( CV. 三木眞一郎) 脚本:岸本 卓 絵コンテ・演出:半田大貴 総作画監督:原 修一 作画監督: 山崎敦子 高橋敦子 竹島照子 三橋桜子 大河内 忍 山村俊了 鎌田 均 青野厚司 逢魔が刻 町内の商家で子供の行方不明事件が頻発するが、そのどれもが数日のうちに戻ってくるという。 だが依頼主の成田屋の子は既に1か月ものあいだ行方不明。 京助は、朔太郎や胡堂を巻き込み体調不良の啄木に代わって調査を進めていくことに。 そんななか突然、成田屋の子供が帰ってきた。 果たしてこれで一件落着なのか? 一方、環の死によって解決したかに思われていた告発状事件が再び起きる。 啄木は真犯人である告発者Xの解明に乗り出す。 ゲストキャラクター |成田屋嘉平( CV. 花輪英司) 脚本:岸本 卓 絵コンテ・演出:有冨興二 総作画監督:山口飛鳥 作画監督: Lee se jong Lee Seongjae Park Yeonghui Song Hyeonju 蒼空 体調の悪化が激しい啄木は、京助に教会で見かけた怪しい男の尾行を命じる。 告発状によって社会問題が明るみになっていった一連の事件には、告発者Xともいうべき真犯人がいると啄木は確信していた。 果たしてXとは誰なのか、そしてその真の目的とは? 一方、ミルクホールには、今日も文士たちと他愛も無い会話をするいつもの日常があった。 啄木がいて、京助がいて、皆がいる。 啄木は京助に、いつか飛行機に乗りたいのだと告げる。 それは叶うことのない夢なのだろうか……。 ゲストキャラクター |成瀬( CV.

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愛すべきゲス!石川啄木のエピソードが面白い

石川 啄木

どうも!コバヤシです。 岩手県は盛岡出身の歌人・石川啄木について書きたい。 若いころになかなか(金銭面で)苦労して、若くして亡くなったこの天才歌人は、知れば知るほど面白いのです。 石川啄木とは? 石川啄木は、岩手県盛岡市日戸出身の歌人です。 数々の歌集を世に出したものの、26歳の若さで亡くなりました。 その郷愁を誘う繊細な歌の数々はとても評価されていますね。 東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず はたらけどはたらけど 猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る 代表的な歌集『一握の砂』に収録されているこういった歌は教科書でみなさん習ったでしょうし、貧しいながらも親孝行の好青年といったイメージをお持ちの方も多いでしょう。 しかし、この石川啄木なかなかなエピソードをお持ちです。 それを知ると、みなさんのイメージはガラガラガラガラと崩れることでしょう。 知ってる人にはなんてことないことかも知れませんが(そんなことない)。 そこでちょっとその生涯をのぞいてみましょう。 石川啄木ゲス伝説 一般的に知られている石川啄木のゲスいエピソードを羅列していってみます。 中学校中退 成績悪い、カンニングはする、出席日数が足りないってんで自主退学して上京しました。 でもここで4歳年上の金田一京助と会って友人になったのは、啄木の生涯にとって良かったことですね。 家族を放置 金田一京助を頼って上京するも、小説を書いては評価されない日々を送っていますが、その間、家族は友達に預けっぱなしです。 「肩身が狭いよう」という家族からの手紙をもらうも、「自由な環境が無くなると小説書けない」とか言ってこれを無視します。 既婚者なのに独身を謳歌してた雰囲気です。 この辺の心境は『ローマ字日記』にもつづっていますね。 そうこうしてるウチに嫁姑問題が勃発。 奥さんは家を出てしまいます。 しかし啄木はこれを放置。 奥さんを呼び戻しに行ったのは啄木の友人だったそうです。 女遊び そうやって奥さんが大変なことになってるときに、啄木は何をしていたかと言うと「小説が全然評価されん。 おかしい」とか言いながら女遊びにいそしみます。 給料が出たら家族に仕送りもしないで女遊び、友達から借金して女遊び、給料を前借りして女遊び、仕事をサボって女遊び。 なんなのそのパワー。 『ローマ字日記』を読むとこの辺のことが書かれていて面白いです。 仕事をサボったことや、エッチな本のことや、どうやって女性とチョメチョメしてるかとかが赤裸々に書かれています。 借金 そんな生活なのでお金が全然足りません。 よしじゃあ働かなきゃ!とは啄木はなりません。 啄木は周りの人に「金貸してー金貸してー」とタカリまくります。 金田一京助なんかは、出張先にまで「金貸してー」という手紙をもらったりしてます。 一番お金を貸していた宮崎郁雨という人が、啄木の借金の全額を発表しましたが、それによると借金の総額は1372円50銭で、計63人から借りていたようです。 今の価値で換算すると1500万円くらい。 そのうちどれだけ返したんでしょうね。 強烈な一句 啄木はそれだけ周りに迷惑をかけて助けてもらってるのに、こんな歌を書いています。 一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと 屈辱だったんでしょう、「俺に頭をさげさせたやつはみんな死んだらええのに!」とか言っちゃってます。 なんてヤツだ! ちなみに、ぼくは啄木の歌の中ではこれが一番好きです(笑)。 しかし愛された啄木 啄木は肺結核を患い26歳で亡くなってしまいます。 やっぱり貧乏で薬も買えないくらいだったみたいですね。 それまでのことを考えたら「自業自得だ」とか「ザマミロ」とか言われてもおかしくないのに、たくさんの人が見舞いに訪れたり見舞金を送ったりしていますから、よっぽど魅力的な人物だったのでしょう。 最後に、もうひとつぼくの好きな啄木の歌を載せて終わりといたします。 友がみな我よりえらく見ゆる日よ 花を買い来て 妻としたしむ.

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