ナスカ の 地上 絵 場所。 ナスカの地上絵の描き方拡大法とは?イッテQ手越画伯が謎を解明?│はてなQ&A

ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」観光情報!描かれた理由5説とは!?

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この記事の目次• ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」とは? 世界遺産の「ナスカの地上絵」は、ペルー共和国の乾燥地帯に描かれた地上絵で、古代ミステリーの1つといわれています。 この地上絵はペルーのどこにあって、いつ頃に描かれたのか?気になりますよね。 さらに大きさについても、現在解明されていることについて以下にご紹介したいと思います。 「ナスカの地上絵」はどこにある?大きさは? 「ナスカの地上絵」があるのは、南米・ペルー共和国のナスカ川とインヘニオ川に囲まれた一帯。 乾燥した盆地状の高原となっていて、その地表面に幾何学図形や動植物などを模した地上絵が描かれています。 大きさは地上絵の種類によって異なりますが、およそ 50~100メートルほど。 中でも最も大きなペリカンは、全長なんと285メートル!圧倒的なサイズで大地に広がります。 現在での定説では、発掘されたナスカ文化時代の土器などに地上絵と同じような動物などのデザインがされていたことから、ナスカ文化時代の人々が描いたといわれています。 ナスカの地上絵はいつ頃に描かれたのか? 「ナスカの地上絵」は、1939年6月22日に考古学者のポール・コソック博士によって植物が描かれた地上絵が発見されました。 しかし、描かれたのは今からおよそ1400~2200年も前のナスカ文化時代だとされています。 その後、ドイツの数学者であるマリア・ライヒェを中心としたチームが、地上絵の研究と保護活動を行うようになり、さまざまな謎が解明されていきました。 ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」は何で描かれている? ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」は、雨露に濡れ、太陽に照らされることを繰り返すことによって酸化した暗赤褐色の岩が多く転がる乾燥した地面の上に描がかれています。 その方法は、暗赤褐色の岩を幅1~2メートル、深さ20~30メートルまで取り除き、白い大地を露出させます。 さらにどのように描いたか、そしてなぜ消えないのかなども解明され、次のようなことが分かりました。 拡大法による描画 巨大な「ナスカの地上絵」は、 拡大法によって描き上げたといわれています。 拡大法とは、まずは原画を描き、デザインの中心点に杭を打ち、さらにもう1本の木の棒に紐を結んでぴんと張り拡大して描いていく方法。 しかしこの方法で描くには高度上空からでないと不可能といわれていたのですが、地上絵の端にあった杭や地上絵の縮図が発見されたことによって、拡大法によって描かれたという説が有力となりました。 ナスカの地上絵はなぜ消えない? およそ2000年以上も前に描かれた「ナスカの地上絵」が、現代まで消えずに残っているのは不思議ですよね? なぜ消えないのかというと、それには乾燥地帯ならではの気候が理由のひとつに挙がります。 ペルーのナスカの地上絵一帯の地域は、年間雨量が5ミリ程度。 乾燥しているため、雨風の影響が少ないことで現在まで自然の大地にそのままの状態で保存されているのです。 さらに付近一帯の中でも、ナスカ文化時代の人々は消えにくい場所を選んで描いていたということもその後の分析によって判明しました。 古代の人々の知恵と労力のおかげで、わたしたちも素晴らしい地上絵を観ることができているかと思うと、当時の人々の思いや歴史をより強く感じますよね。 「ナスカの地上絵」は何のために描かれた?有力な5つの説とは? なぜこんなにも巨大で、遥か古代から現在に至るまで鮮明にデザインが残っているのかなど、未だ謎が多い「ナスカの地上絵」。 一体、何のためにこんなに大きな地上絵をたくさん描いたのか不思議に思いますよね! ここからは、「ナスカの地上絵」が描かれた理由とされている 5つの説をご紹介します。 夏至や冬至、乾季や雨季などの季節にまつわる指標も直線によって表されているようで、農業が主流だった当時には重要な目安になるものだったようです。 そのことから、死者へのメッセージを送る意味で、地上絵を描いた説も有力。 また、葬儀の際に無事に太陽まで死者を送り届けられるようにとの死者への願いも込められていたのかもしれません。 これは、地上絵の線上を歩かせて絵を言い当てるという、言わばIQテストのようなもの。 高度なデザインを正確に答えることができた人には、より地位の高い管理職を与えられたといわれています。 たくさんの地上絵の中でも、クモは雨を象徴するものとされていたため、人や動物が生きていくにも農業を成り立たせるためにも雨が必要だったのでしょう。 鳥瞰図のように全体を目視できないにもかかわらずこのような巨大な地上絵を完成させたことは謎が多く、宇宙人によって描かれたという説も根強く言い伝えられています。 宇宙人説が最もロマンチックですよね。 「ナスカの地上絵」の種類 「ナスカの地上絵」の種類は数多く、今までに発見されたものでおよそ70種類ほどに及んでいます。 幾何学図形や動植物などをモチーフにしたデザインの地上絵が多く、以下のようなものが発見されています。 ハチドリ• ペリカン• コンドル• 宇宙飛行士• クジラ• トカゲ• オウム このほかにも、直線などの単純な模様のものを含めると全部でおよそ1万種類にも達するのです! ここからは、たくさんの地上絵の種類の中から観光客にも人気ものをご紹介したいと思います。 他の地上絵も同様、上空からでないと全貌がはっきり分からないほどの大きなものが人の手によって描かれているなんて神秘的で興味深いですよね。 しっぽが渦巻きになっているのが特徴的です。 全長は55メートルと小さい部類に入ります。 動物など身近なものがモチーフになっていたのですね。 描かれている線の幅も太く、一番太いところではおよそ60センチメートル!これほど巨大な地上絵を描ける技術が古代にあったということが本当にすごいことです。 「ナスカの地上絵」を見る方法<上空から・展望台・やぐら> ナスカの地上絵を実際に見たくなってきましたか?ここからは、巨大な「ナスカの地上絵」を現地でどのようにして見ることができるのかご紹介しましょう!空からが最もわかりやすいですが、地上からもお楽しみいただけます。 セスナに乗るには、リマ市内の「ナスカ」「ピスコ」「イカ」といった空港から運航しているセスナを利用しましょう!• 所要時間:30分~1時間• こちらから見える地上絵は、「木」と「手」です。 ゆっくりと地上絵を見たいという方におすすめ。 広大な自然の中で地平線まで続く景色と共に地上絵を眺めたい方におすすめです。 特に夕日が沈むサンセットの時間帯は、あたりが真っ赤に染まる絶景が楽しめます!展望台への入場は無料。 「ナスカの地上絵」への行き方 ここからは、「ナスカの地上絵」までの行き方について解説します!自力で観光する方法、ツアーに参加する方法、それぞれの詳細をご紹介するので、実際に訪れる方は是非参考にしてみてくださいね。 【セスナ機で上空から観光】• ビスコ空港:リマ市内から「パラカス」行きバス• イカ空港:リマ市内から「イカ」行きバス• ナスカ空港:リマ市内から「ナスカ」行きのバス• 乗車料金:約350円 【地上から観光】 セスナ機に乗らないという方は、 ナスカからクスコへ向かうバスで行くことができます。 その場合、およそ14時間という長旅になる覚悟をしておきましょう。 ほとんどのツアーは、宿泊先から現地まの送迎サービスが付いているので、初めて訪れるという方にも安心! ツアーには、「ナスカの地上絵」だけを訪れるプランや、周辺の観光スポットとの周遊ツアーも催行。 料金の相場は30,000円~となっています。 「ナスカの地上絵」 観光ベストシーズンは? 「ナスカの地上絵」を訪れるなら ベストシーズンは10~4月。 ペルーは季節が真逆の南半球。 北半球が夏である6~9月頃は冬のため朝晩は冷え込み、くもりの日も多くなります。 ですが、ナスカの地上絵は年間通して観光が可能です。 ですが、過去には慎重さを欠いた行動で地上絵を破損させた以下のような事件も起きています。 貴重な遺産の取り扱いには気を付け、見る際には地上絵も環境も荒らさないように注意しましょう!ナスカの地上絵を損傷させた場合、ペルーの法律で裁かれてしいます。 タイヤの跡が残ってしまうという事件が起きました。 幅およそ50メートル、距離にして100メートルほどの範囲でタイヤ痕が付いてしまい、3つの地上絵が破損してしまいました。 トラックの運転手は、進入禁止の標識に気づかなかったといい、意図的ではないとされ釈放されたのだとか。 この事件の後は再発を防ぐために監視活動が強化されるようになりました。 貴重な歴史遺産も巨大すぎると度々破壊されてしまうのだそう。 ラクガキ事件として問題になりました。 黄色い文字を並べたメッセージをドローンで空撮しましたが、その過程では周辺や地上絵が踏み荒らされ、足跡がたくさん残ってしまいました。 ナスカの地上絵に近く際、研究者は通常足跡をつけないよう専用の靴を履きますが、この時はその配慮も欠けていたようです。 地上絵の線自体が損傷しなかったことは幸いでしたが、修復にどれだけの労力が必要になるか、想像すればわかることですね。 2013年に放送されたフジテレビの番組で、ディレクターが地上絵の横に寝そべった映像が流れ、ペルーで大問題となりました。 この事件では、責任者だった現地のガイドもその後刑事告発される事態にまで至りました。 現在では地上絵の傷みが激しくなったこともあり、立ち入りを制限するようになっています。

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ナスカの地上絵/砂漠のオアシス・イカ

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世界の七不思議と聞いて、 ナスカの地上絵を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか? ナスカの地上絵が描かれた時代は、飛行機のない時代です。 巨大な地上絵が、いつ頃、どうやって、何のために描かれたのか、考えるだけでも不思議ですね。 実は、 ナスカの地上絵の書き方はある程度、解明されています。 拡大法という書き方が有力になっています。 この方法で地上絵が描けることも、すでに実証されています。 但し、 「何のために地上絵を描いたのか?」という最大の謎については諸説あり、どれも定説にはなっていません。 これが分からない限り、ナスカの地上絵の謎が解けたとは言えないのです。 当記事では 2ページにわたり、なぜ地上絵は消えずに残っているのか?という疑問から、 古代インカ人は気球で地上絵を見ていた!という奇説まで、ナスカの地上絵の謎について様々にご紹介します。 古代のミステリーに興味のある人は、ぜひ続きをお読みください! 日本もナスカの地上絵の調査・研究に貢献 ナスカの地上絵の場所は、南米ペルー共和国の首都リマから南に440キロほど離れた乾燥地帯にあります。 地上絵が描かれているナスカ台地は、東西約20km、南北約15kmもの広大な範囲に及んでいます。 このため近年になっても、 新しい地上絵が次々に発見されています。 初めてナスカの地上絵を発見したのは、アメリカ人の考古学者、ポール・コソック博士です。 1939年6月22日、ナスカ川とインヘニオ川の間にあるナスカ台地を、飛行機で飛んで発見しています。 その後、博士の助手であったドイツ人女性の マリア・ライヘ氏が、終生この地に住みついて、ナスカの地上絵の研究を受け継ぎました。 現在では2012年、 日本の山形大学が現地に「ナスカ研究所」を設立。 世界で唯一、現地の立ち入り調査を認められている研究チームとして、ナスカの地上絵の調査を続けています。 これは同じ日本人として嬉しいですね! 山形大学調査チームが、新たに発見した地上絵 実は、山形大学調査チームによって、ナスカの地上絵が新たに発見されています! ナスカ台地を撮影した人工衛星画像を、山形大学調査チームが精査してみたところ、新しい地上絵( 左の写真:全長約60m)が確認されたのです。 後脚があることから、 動物を描いた地上絵と推定されています。 さらに2015年には、ナスカ市街地近郊で発見した 24頭の動物の地上絵を発表しています。 まだまだ今後も、数多くの地上絵の発見が期待できそうですね! 写真: さらにナスカで新たな地上絵 2018年5月29日に入ってきたによると、南米ペルーの「ナスカの地上絵」の近くで考古学者らがドローンによる調査を行ったところ、 地上絵が新たに25個以上も見つかったそうです。 サルや女性の踊り子などが描かれており、ネットでも「 可愛すぎる!」と話題になっています。 何のために描かれたのか気になりますね。 場所は、地上絵が発見されたナスカ台地から、北に20キロ離れた町パルパのようです。 ナスカ文化の数百年前に栄えたパラカス文化のものと見られています。 ドローンならば気軽に調査ができるので、まだまだ新しい地上絵の発見がありそうですね! こちらはナスカ文明の時代の土器に描かれている絵です。 こちらも可愛いですね! 現代にも通じるセンスを感じます。 ナスカの地上絵の謎とは? ナスカの地上絵はいつ頃、どうやって、何のために描かれたのでしょうか? 以下、 ナスカの地上絵の謎について考察してみます! ナスカの地上絵はいつ頃、だれが描いたのか? ナスカの地上絵は、 紀元前1世紀~紀元後7世紀頃、ナスカ文化を築いた古代インカ人が描いたとされています。 推定される年代は、資料によって多少の前後が見られますが、こちらは前述したナスカ研究所の最新調査に基づく推定年代になるので、より正確と思われます。 ナスカの地上絵が描かれていた時代は、日本の時代で言うと、100以上の小国があったという 「倭(わ)」の時代(弥生時代の中頃)から、壬申の乱(672年)が起きた 飛鳥時代の終わり頃に当たります。 卑弥呼、応神天皇、蘇我馬子、聖徳太子などが生きていた時代、地球上で日本のほぼ反対側にある遠いナスカでは、せっせと地上絵が描かれていたわけです。 そんな昔に地上に描かれた絵が、今も残されているなんて不思議ですね。 ナスカの地上絵は、なぜ消えないのか? 古いのものでは2千年以上も前に描かれているのに、ナスカの地上絵は、なぜ消えないで今も残っているのでしょうか? その理由の一つは、 気候です。 この地帯は1万年以上にわたって 年間雨量がわずか5ミリという、雨がほとんど降らない乾燥地帯にあります。 雨風の影響をほとんど受けないので、現在もナスカの地上絵が残されているわけです。 また、山形大学の「ナスカ研究所」の調査によって、 消えにくい場所を選択して地上絵を描いていることも分かりました。 これは人工衛星画像および地形図等の分析により判明したそうです。 古代インカ人が、どのようにして「消えにくい場所」を選別したのか、それも不思議ですね。 長年の経験則なのか、あるいは独自の調査法を確立していたのでしょうか? しかし、ナスカの地上絵の保存について現在、 新たな問題が生まれています。 道路の建設による地上絵の寸断、車の走行による砂埃、ハイウェイを出て近道を抜けて走るトラック、4WD車の無謀な走行、車からポイ捨てされるゴミなどによって、地上絵の破壊が懸念されています。 自然作用による風化よりも、人間による破壊のほうが心配ですね。 ナスカの地上絵は、1994年に 世界遺産に登録されていますが、人類の偉大な遺産として、今後も千年、2千年と末永く保存していきたいものです。 地上絵の近くに開通された道路 地上絵のこんな近くに道路が開通しています。 地上絵があるとは知らずに道路を通してしまったために、一部が消えてしまった地上絵もあります。 車からポイ捨てされたゴミ 写真: 山形大学の研究チームが、調査の合間に15分ほどまわりのゴミを拾ってみたところ、あっという間にゴミ袋がいっぱいになってしまったそうです。 現地でのゴミ問題は深刻のようです。 ちなみに、地上絵を破壊しないよう、 特別な靴を履いているのがお分かりでしょうか? 調査においても、ナスカの地上絵の保全には細心の注意を払っています。 ナスカの地上絵の書き方は? ナスカの地上絵の大きさは、小さなもので20メートル程度、大きなものでは300メートル程もあります。 これらの絵は、地上から見ても何が描かれているのか、さっぱり分かりません。 絵の大きさにもよりますが、20メートルの高さ(ビルで5~7階の高さに相当)から見て、ようやく分かる程度なのだそうです。 地上からは見えない絵を、どのようにして書いたのか?という大きな疑問がありますね。 でも実は、ナスカの地上絵の書き方については、ほぼ解明されています。 ナスカ台地の表面は、小さな石で覆われています。 その下には白い地表が隠れているので、小石を取り除けば、白い大地が剥き出しになります。 これが線になって、上空から見ると絵になります。 その絵が余りにも巨大だという点が問題なわけですが、前述した地上絵の女性研究家マリア・ライヘ氏は、 杭とロープを使った拡大法で描いた可能性が高いと述べています。 これは縮小して描いた下絵をもとにして、その中心に基点を定め、そこから等倍に伸ばしていく方法です。 実際に500年頃の杭が発見されていることからも、拡大法が妥当な説と考えられています。 こちらは、ナスカの地上絵は、拡大法を使えば小学生でも描けるということを実践したみた動画です。 校庭に ジバニャンの地上絵が描かれています。 ナスカの地上絵の種類は? ナスカの地上絵は、よく知られているサルやハチドリ、クモなどの動物の種類を描いた絵が70点以上あります。 その他の種類として、図形などの幾何学模様が7百点あります。 単純な直線を書いた地上絵まで含めた全種類になると、 ナスカの地上絵は数千~1万点にも及ぶと言われています。 2012年より、日本の山形大学が現地にナスカ研究所を設立し、調査チームが次々に新たな地上絵を発見しているので、確認されている地上絵の数は今後も増え続けるでしょう。 これらの中には、「 宇宙飛行士」と呼ばれている地上絵や、 片手が4本指の「手」など、不可解な種類の地上絵も描かれています。 このため、ただでさえ謎を秘めたナスカの地上絵に、さらにミステリアスな要素が加わっています。 ナスカの地上絵:宇宙飛行士 「宇宙飛行士」と呼ばれる地上絵です。 こちらは平地ではなく、なぜか山の斜面に描かれています。 大きさは約40メートルです。 地上絵としては小さなほうですが、興味深い姿をしていますね。 ナスカの地上絵:4本指の片手 片手が4本指になっていますが、何の絵でしょうか? 体は鳥のようにも見えますが、よく分かりませんね。 約50メートルあります。 ナスカの地上絵は、宇宙人へのメッセージか? ナスカの地上絵の全体像を、ちゃんと確認するためには、セスナに乗らなければ分かりません。 このため、飛行機のない時代に、「 何のためにナスカの地上絵は描かれたのか?」ということが、最大の謎となります。 ナスカの地上絵の存在を有名にしたスイスの古代史研究家エーリッヒ・フォン・デニケンは、「 地上絵は、高度な文明を授けて去って行った宇宙人を呼び戻すために、その宇宙船の着陸跡を古代インカ人が真似て描いたもの」と、宇宙人の関与を指摘しています。 この見解は、もちろん、主流の研究者たちには受け入れられていません。 ただ、何のために描いたのか?と考えると、宇宙人の存在を持ち出したくなる気持ちも理解できます。 描いている本人たちさえ確認できない巨大な地上絵を、苦労して描く意味などないからです。 でも、ここに現代人の大きな思い込みがあるのかもしれません。 当時のナスカの人々は、 本当に地上絵を確認する方法を持っていなかったのでしょうか? 次ページでは、ナスカの人々は 気球に乗って地上絵を見ていた!という奇説をご紹介します。 あまり聞かれない話ですが、これは実際に検証もされているのです。

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ナスカの地上絵にトラック侵入、絶えない損傷

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[画像のクリックで拡大表示] 逮捕の理由が「文化遺産への攻撃」でなかったら、これほど大きなニュースになることもなかっただろう。 ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」がトラック侵入により損傷し、1月29日、40歳のペルー人トラック運転手ハイネル・ヘスス・フローレス・ビゴが逮捕された。 18輪のトレーラーを運転していた彼は、地上絵の上を約50mにわたり走行した。 (参考記事: ) フローレス容疑者は、南北米大陸を貫くパンアメリカンハイウェーを走行していた1月27日の夜、「機械的な問題」が発生したため、貼り出されていた掲示を無視して道を外れざるをえなかったと主張している。 アルゼンチンの新聞は、フローレスが料金の支払いを避けようとして道を外れた可能性があるとしているが、ペルーの裁判所の判事は、彼の行動が故意であったと考えるに足る証拠はないと判断した。 フローレスは現在保釈されているが、おそらく数日以内にペルー文化省が組織する聴聞会に出ることになる。 検察当局は、彼に禁錮9カ月と罰金5000ペルー・ソル(約17万円)を課したいとしている。 これは、ペルーの平均月収の約3. 5倍の金額だ。 年間降水量が25mmに満たない乾燥した砂漠では、長さ数kmの直線や、幾何学図形や、動物をかたどった図形は、2000年近く変わらずに存在し続けることができた。 (参考記事: ) 学者がナスカの地上絵に目を向けるようになったのは、商業飛行がさかんになった1930年代以降である。 地上絵が巨大すぎて、上空からしか全貌を確認できなかったからだ。 それ以来、地上絵の起源について、天文カレンダー説から戦いの儀式に関連した記念碑説まで、多くの仮説が提案されている。 (参考記事: ) 当初の目的がなんであれ、ナスカの地上絵は毎年数万人の観光客が訪れる、ペルーを代表する貴重な文化遺産である。 しかし、地上絵が損傷されたのは今回が初めてではない。 平穏を妨げる人々 2014年、温暖化対策を協議する大規模な国際会議が行われている期間中に、環境保護団体「グリーンピース」の活動家が地上絵のある平原に侵入し、再生可能エネルギーの導入を呼びかけるメッセージを設置した。 その際、立ち入り禁止区域にも多数の足跡をつけてしまったため、グリーンピースは世界中から非難を浴びた。 グリーンピースは謝罪しているが、その足跡は今後数百年にわたって繊細な環境に残ることになるかもしれない。 しかし、ナスカ-パルパ調査プロジェクトを率いる考古学者のヨニー・イスラ氏は、ペルーのラジオ番組に出演して、トラック運転手が起こした今回のような損傷は「日常茶飯事」だと語った。 地上絵の近くの道端からゴミを投げ捨てる人や、ソーシャルメディアに動画を投稿するために地上絵を踏むところを撮影する人もいるという。 ペルーの国営報道機関アンディーナによると、ペルー文化省は主要なエリアについては毎日監視を行っているが、イスラ氏は、ドローンなどを使って遺跡全体の監視を行うことを提案しているという。 ナスカの地上絵は現在、そこに近づきたがる観光客と、洪水が引き起こす泥流によって脅かされている。 ユネスコの公式な説明によると、「ナスカの地上絵は広大な土地を、高度に象徴的で儀式的で社会文化的な景色へと変え、それが今日まで残っている。 これらは世界に例を見ない、傑出した地上絵群である」とある。 (参考記事: ) 文=RACHEL BROWN/訳=三枝小夜子.

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