山口県 サッカー。 レノファ山口FC

山口少年サッカー応援団

山口県 サッカー

概要 [ ] 1949年創設の「 山口県サッカー教員団」を起源とし、にクラブチーム化して発足した。 クラブ名称の「レノファ」は、「renovation(維新)」の頭文字「レノ」と「fight(戦う)」や「fine(元気)」の「ファ」を合わせて作られた造語である。 「山口県民に愛され、山口県民へ感動・勇気・元気を与える山口県民による真の地元クラブを創造する」ことをチーム理念としている。 運営母体は2006年から2010年までは任意団体「 レノファ山口FC」、2011年から2013年は「 山口アスレチッククラブ」 YAC 、2014年以降は「 レノファ山口」である。 なおトップチームの運営から離れたYACは toto を活用したサッカー教室を行っている。 ホームタウンは、Jリーグ準加盟時は「山口市を中心とする山口県全県」であった が、Jリーグへの正式入会を前にした2014年9月に、ホームゲームを開催している下関市と練習場のある山陽小野田市をホームタウンの中心となる自治体に追加。 さらに「Jリーグ加盟に向けたクラブを取り巻く環境の拡大」をテーマに、主催試合を開催する山口市と下関市の県内2大都市を結ぶ、山陽小野田市と宇部市を重点的なホームタウン活動地域と位置付け 、宇部市の承諾が得られたことから、2015年7月に宇部市もホームタウンの中心となる自治体に追加している。 2016年9月に防府市と周南市をホームタウンの中心となる自治体に追加 し、さらに2016年シーズンオフに美祢市など県内各自治体に対してホームタウンへの協力要請を行い、2017年3月21日付で県内全19市町がホームタウンとして登録された。 クラブエンブレムは2013年3月に一新されたもので、一般公募約30点の中から在住のウェブデザイナーである斉藤寛和がデザインしたものが採用された。 山口市のシンボルの一つである()のシルエットをバックに、中心のサッカーボールには()の紋章(一文字に三つ星)をアレンジした模様が描かれ、外枠はをイメージした形となっている。 チームカラーは山口県を代表する色の一つでもあるオレンジ。 2016年1月30日に発表された。 歴史 [ ] 前史 [ ] に創設された山口県内の教員を中心に「 山口県サッカー教員団」(山口教員団、山口KFC)として発足。 のに中国地区代表として初出場を果たす。 にに昇格、FWの活躍もあって・には(地域決勝)に進出する(いずれも1次ラウンド敗退)などの成績を収めた。 1997年に中国リーグで最下位となりへ降格したが、2000年に中国リーグへ復帰。 2003年にも再度県リーグに降格したが、2005年に中国リーグへ復帰している。 2006年 - 2013年(中国リーグ) [ ] 、山口県サッカー協会が山口教員団を母体とする、山口県からJリーグ参入を目指すクラブの創設を発表。 2011年の(おいでませ! 山口国体)での優勝と、2015年からのJ1昇格を目標に掲げた。 GM兼監督にはクラブOBの宮成隆が就任することになり、4月にとして「 レノファ山口FC」が発足した。 を無敗で制し、山口教員団時代を通じて初優勝。 では1次ラウンドグループCで・・を下して決勝ラウンドへ進出するが、・・相手に1得点も挙げられず4位となり、 JFL 昇格を逃す。 チームスローガン:「 粘り勝つ! 常昇」 元のら経験者を中心に11名を補強。 では連覇は逃したが、優勝したが出場を辞退したため、繰り上げで2年連続で地域決勝に進出。 1次ラウンドグループCでにPK戦で勝利し、に勝利するも松本山雅FCに敗れてグループ2位となり敗退。 ではを下して初勝利を上げ、Jリーグ勢との対戦を実現させた(に敗戦)。 宮成はこの年限りで監督を退任、教職を辞して総監督・GMに専念することとなった。 J1元コーチのを新監督に迎え、で2年ぶりに優勝。 に3年連続で出場を果たすが、1次ラウンドグループAで・に連敗しこの時点でグループ敗退が決定。 には意地を見せたものの、結局グループ最下位で終了。 チームスローガン:「 GO for All」 、本格的にJリーグ入りを目指すべく、運営母体となる(NPO法人)山口アスレチック・クラブを設立。 同日より運営を同団体に移管した。 チーム発足時の目標の一つに挙げた山口国体では、初戦で鹿児島県代表()に4-2で破れ一回戦敗退に終わる。 ではに次ぐ2位となり地域決勝進出を逃す。 月岡はこの年で監督を退任。 監督に山口県出身で代表のが就任。 では4位にとどまり、でも2回戦敗退でJFL昇格を逃すなど低迷。 河村はこの年で監督を退任し、宮成の後任としてGMに就任した。 には山口市にアンテナショップをオープン。 グッズ販売や展示を行う。 チームスローガン:「 異体同心」 監督には前年までレノファでプレーし、2012年限りで現役を引退したが就任。 J3創設が発表されたことを受け、クラブはJ3入りに向けて大きく舵を切ることになる。 にJリーグ準加盟申請が受理され 、にとして承認された。 また、には財務面の強化を目的として運営母体をNPO山口アスレチック・クラブからレノファ山口に移管 、社長にGMの河村孝が就任した。 は、デッツォーラ島根に次ぐ3位の成績。 で初優勝したことでへの出場権を獲得したが、地域決勝は1次ラウンド3位の成績で敗退した。 なお、地域決勝を制したが地域リーグ勢で唯一J3入会が承認され、レノファは「J3入会審査に及ばず」との結論でJ3入会は成らなかったが、J3入会希望と並行してJFLのチーム数減に伴う入会希望申請も行っており、のJFL理事会で、入会希望申請チーム枠の1つとして2014年度からのJFL入会が承認された。 2014年(JFL) [ ] 前年監督の中山元気が所持するではJFLの監督に就任できないことから監督を退任(U-18監督兼トップチームコーチに転出)、後任としてJ1のユースチーム監督で、トップチーム監督代行の経験もあるが就任した。 一方、15選手が契約満了等により退団。 新戦力としてJFL・からGK、JFL・からFW、J3からFWとMFをいずれも完全移籍で、からMF、J3からFWをいずれも期限付き移籍でそれぞれ獲得。 大卒のGK()、DF()、DF()、FW三橋隼斗()と高卒のDF()の5名が新加入となった。 また、開幕後にJFL・を退団したDFとJ3町田を退団したDFが共に完全移籍で、からMFが期限付き移籍でそれぞれ加入した。 また、夏の移籍時期にからMFが新加入、からMF、からMF、からDF・FW・MFが期限付き移籍でそれぞれ加入する一方で、MFが退団し、MF福原康太が山口県リーグ1部・に、MF田村隆生が中国リーグ・に期限付き移籍した。 ファーストステージは7勝5敗1分けで6位にとどまるものの、セカンドステージは第2節からの6連勝を含む9勝2敗2分けでに次ぐ2位。 年間順位で・佐川印刷京都・に次ぐ4位となり、平均観客数も2297人で来季J3の昇格基準である「JFL年間4位以内、且つ内で2位以内、平均観客数が原則2,000人以上」の条件をクリア 、11月19日のJリーグ理事会でJリーグ入会(J3参入)が決定した。 新加入のFW岸田はJFL得点王にも輝いた。 2015年(J3) [ ] チームスローガン:「 ALL for TEAM」 上野体制2年目。 契約満了等によりMF、GK寺田賢人、DF、MF、DF、MF坂本博、DF、MF、DF内山勇斗、FW、期限付き移籍中だったMF福原康太とMF田村隆生が退団。 また、期限付き移籍期間満了によりから加入していたMF(JFL・に完全移籍)、DF(熊本に復帰)、FW(熊本も退団)、から加入していたMF(福岡も退団)、から加入していたMF(引退)、から加入していたMF(に期限付き移籍)がいずれもチームを離れた。 加えて、GKがJFL・に、FW三橋隼斗がJFL・にそれぞれ完全移籍することになった。 これにより、中国リーグ時代からの選手はDF(2010年加入)とMF(2013年加入)の2名だけとなった。 一方、から期限付き加入中だった前年JFL得点王のFWが完全移籍加入、MFのからの期限付き移籍期間を延長、JFL・からDFとMF、からGK、町田からMFをそれぞれ完全移籍で、からMF(前年は熊本に期限付き移籍)、からMF、・からMFをそれぞれ期限付き移籍でそれぞれ獲得。 また、MF()、FW()、DF()、DF()、DF()、DF()、GK()の大卒7名が新加入となった。 開幕後、としてFW川口真史()が加入。 夏の移籍期間にはMFキム・ジョンソクが広島からの期限付き加入を終了し、DF古澤慶太と共に1部・に期限付き移籍した一方で、琉球からDFを完全移籍で、からDFを期限付き移籍で獲得した。 第1クール(第1節-第13節)を10勝2敗、第2クール(第14節-第26節)を10勝1分1敗とリーグを席巻する。 しかし、第3クール初戦の第27節・戦に敗れると2度の連敗を喫するなど調子を落とし(第38節までの11試合で5勝1分5敗)、2位の猛追もあって第36節終了時点には最大で12あった勝ち点差がなくなるという展開にもつれ込む。 2016年 -(J2) [ ] 2016年 チームスローガン:「 志 今から未来へ」 上野体制3年目。 新たにコーチとして元コーチのが就任。 契約満了等により、DF、DF(以上JFL・へ移籍)、DF(現役引退しアカデミーのスタッフに転身)、MF(1部・へ移籍)、DF(へ移籍)、DF(JFL・へ移籍)、MF(2部・へ移籍)、GKの8名が退団。 期限付き加入中だったMF(も契約満了)、MF(・に復帰)、DF(へ完全移籍)、MF(に復帰)が期限付き移籍満了となった。 また、期限付き移籍中だったDFは新たにJFL・への期限付き移籍となった。 戦力補強として、からDF、からMFとFW、からDF、JFL・からMF、からDF、からGK、Kリーグクラシック・からDF、元のMFをそれぞれ完全移籍で、からMF、横浜FMからDFをそれぞれ期限付き移籍で獲得。 また、DF()とMF()が新加入。 シーズン途中には出場機会のなかったDF福井諒司がへ、DF島川俊郎がへそれぞれ期限付き移籍する一方で、からMFをで、からFWを期限付き移籍で、 ()・ ()からアルゼンチン人のMFを完全移籍でそれぞれ獲得した。 J2に上がっても前年までの「攻撃的パスサッカー」を継続。 堅守速攻型の多いJ2では異色のチームスタイルでシーズン序盤はリーグを席捲し、アウェイで昇格候補のC大阪に逆転勝利するなど一時は3位にまで順位を上げる。 しかし得点力と裏腹に序盤から失点も多く、中盤以降他チームに攻撃パターンを研究されるようになってからは得点力も低下し、第28節以降の終盤15試合では2勝5分け8敗(うち無得点試合7試合、複数失点9試合)と大きく負け越し、J2初年度は12位で終えた。 シードチームとして出場したは2回戦でにPK戦の末勝利し、初めてJ1クラブから勝ち星を挙げた。 2017年 チームスローガン:「 志 心ひとつに」 上野体制4年目。 新たにGKコーチとして前GKコーチの、アシスタントコーチとして前コーチのが就任。 前シーズンリーグ戦全42試合出場のDFがに、MFがに、MFがに、40試合出場のMFがに、30試合出場のGKがに、29試合出場のFWがにそれぞれ完全移籍。 またDFもに完全移籍。 に期限付き移籍中だったDFがそのまま水戸に、に期限付き移籍中だったDFがに、JFL・に期限付き移籍中だったDFがそのまま東京武蔵野にそれぞれ完全移籍。 GKが現役引退。 MF、DF(に移籍)、MF(栃木に移籍)、FW(に移籍)、MF(に移籍)、MF(現役引退しのスクールコーチに転身)、DF(・に移籍)が契約満了により退団、期限付き加入中だったDF、MF(以上に完全移籍)、MF(京都に完全移籍)がいずれも期限付き移籍満了となった。 一方で、岡山から期限付き加入中だったFWが完全移籍加入。 徳島からDF、山形からDF、からMF、栃木からFWとGK、からMF、からDF、京都からMFをそれぞれ完全移籍で、からDF、京都からGK、C大阪からFW、からMF、からFWをそれぞれ期限付き移籍で獲得(小塚は2年ぶりの再加入)。 MF()とMF()が新加入。 6月にはU-18所属の松本蓮がクラブ初のとなった。 リーグ戦では前年のレギュラーメンバーのほとんどを失い、スタイルを継続してチームの立て直しを図ったが、前年終盤からの決定力不足やセットプレーからの失点などの課題が克服できず、15試合終了時点で6試合勝ち無しの2勝4分9敗の20位に低迷した5月23日に上野が退任。 アカデミーダイレクターのが暫定的に指揮を執った2試合を挟み、6月5日にはかつて・のDFとして活動し、直前まで・の指揮を執っていたのの監督就任を発表した。 監督交代を経た夏の移籍期間にはFW岡本英也が、DF香川勇気がに完全移籍した一方で、・からMF、 ()・ ()からFW、マジョールが直前まで指揮を執っていたアルマグロからDFという選手3名を獲得した。 さらに、9月2日の第31節・アウェイ京都戦を前にの負傷、山田元気の契約条件に伴う出場不可に伴い、登録GKが吉満大介のみになったことから、GKコーチの平井直人を2010年以来7年ぶりに選手登録(翌週に登録解除)。 併せてのGKを特別指定選手として登録した。 またFW米澤令衣はシーズン終了を待たずに9月に期限付き移籍終了・C大阪へ復帰となった。 マジョールは就任時点で最下位に沈んでいたチームに対し、主にCBだったDFをアンカー(守備的MF)で起用する などの試行錯誤を続け一時は20位まで浮上するも、試合中のシステム変更で逆にチーム内のバランスを崩して守備が崩壊する場面も目立ち 、の連勝もあり8月11日の第27節終了時に再び降格圏の21位に転落。 第39節終了時点で19位讃岐・20位熊本と勝点差6まで広げられていた。 しかし、第40節・アウェイ戦の後半で岸田和人・大石治寿の2トップに据えて逆転勝利を果たす と、この布陣で臨んだ最後の3試合を2勝1分けで勝ち点を積み上げ、20位でシーズンを終えた。 5連敗・3連敗がそれぞれ1度ずつあった一方で、連勝は2連勝が2回のみと波に乗れず、引き分けもわずか5試合(特にマジョール就任以降の引き分けは最終節の愛媛戦のみ)で、勝ち点を積み上げることができなかった。 シーズン終了後、「戦い方などを総合的に判断」との理由で、契約期間を1年残していたマジョールの解任が発表され(プリメーラB・ ()監督に就任)、コーチの、GKコーチの平井直人(GKコーチに就任)、フィジカルコーチのファクンド・ペラルタも契約満了となったほか、アシスタントコーチの御簾納将もトップチームコーチに転出し、コーチ陣が一新されることになった。 2018年 チームスローガン:「 蹴球維進2018」 新監督に前技術委員長で・コーチのが就任。 コーチにトップチームコーチの、GKコーチに育成GKコーチの、フィジカルコーチに・フィジカルコーチの、新設のテクニカルコーチにコーチのを招聘。 DF(に移籍)、MF( ()・ ()に移籍)、FW(・ ()に移籍)、DF( ()・に移籍)の外国籍選手4人が契約満了で退団。 DFが、DFがへ、MFがへ完全移籍した。 また、期限付き加入中だったMF(に完全移籍)とFW(に復帰)が期限付き移籍満了となった。 一方、から期限付き加入していたDFが完全移籍加入。 からDF、からDF、からMF、からMF、(昨季はに期限付き移籍)からGKをそれぞれ完全移籍で、(昨季後半はに期限付き移籍)からMF、からFW、からFW、からMFを期限付き移籍でそれぞれ獲得。 また、から期限付き加入しているGKの移籍期間を延長。 DF()、DF()、FW()が新加入。 U-18所属のMF糸井岬とGK岡本大知を2種登録。 シーズン開幕後に、ブラジル・・からDF、・からDFが新加入。 なお、DFミン・キョンジュンは4月に東海L・に期限付き移籍した。 6月には翌年加入内定のDF()を特別指定選手として登録した。 夏の移籍時期には東京VからMFを、さらにを退団したMFを完全移籍で、からMFを期限付き移籍で獲得したが、MF小野瀬康介がへ完全移籍。 また、DFジェルソン・ビエイラもインドSL・へ完全移籍した。 就任時「ゴールに向かっていくようなサッカーをしたい」とイメージを語った霜田は高木大輔・オナイウ阿道・を最前線に幅広く配置する3トップの布陣を敷き、その後にインサイドハーフ(攻撃的MF)を2名配置する の布陣を採用。 開幕戦の戦に勝利するとそこから3連勝を挙げてスタートダッシュに成功。 さらに第12節からは9試合負け無し(6勝3分)と好調を維持し、前半戦を2位で折り返す。 しかし、第19節で首位に立った後、リーグ前半戦全試合出場でチーム2位の10得点を挙げていた小野瀬の移籍などもあり得点力が低下、さらに第20節から12試合複数失点と守備のほころびが目立つようになり、14戦勝ち無し(7分7敗)と低迷し、順位を13位まで落とす。 そこで霜田は、第35節・横浜FC戦でDFを3枚にしてWBを配置して中盤を厚くし前線を2トップ気味に配置するの布陣に変更。 これが功を奏して15試合ぶりの勝ち星を挙げる と、そこからチーム状態は持ち直す。 上位との直接対決となった福岡・町田との対戦を共に落としたこともあり、第39節の時点でJ1参入プレーオフ進出への道は閉ざされたが 、J2参戦後最高順位となる8位でシーズンを終えた。 2019年 チームスローガン:「 ORANGE SOUL 山口を魂で染め上げろ」 霜田体制2年目。 U-18監督を務めていたがトップチームコーチに復帰。 FW(に移籍)、MF(・に移籍)、MF(に移籍)、MF(・に移籍)が契約満了で、MF(も退団)、MF(に復帰)、FW(に期限付き移籍)、MF(に期限付き移籍)が期限付き移籍期間満了でそれぞれ退団となった。 また、DFがへ、DFがJFL・へ、MFがへそれぞれ完全移籍、・に期限付き移籍中のDFが刈谷に完全移籍、GKがへ、GKがへ、DFがへそれぞれ期限付き移籍した。 一方、期限付き加入していたGK(から)とFW(から)がそれぞれ完全移籍加入。 からMF、からMF、・からDF、・からDFをそれぞれ完全移籍で、からFW、・からDFを期限付き移籍で、(前年はに期限付き移籍)からMF、C大阪からGK、からGK、広島からMFを育成型期限付き移籍でそれぞれ獲得。 DF()、DF()、DF()が新加入。 夏の移籍期間には、DFマルシーリオとの期限付き加入契約を解除し、DFが栃木に、チーム最古参だったMFがに、前半戦の主力だったFWがにそれぞれ完全移籍、DF田中貴大がJFL・に期限付き移籍した一方で、川崎からFW、からDFを期限付き移籍で、G大阪からMFを育成型期限付き移籍でそれぞれ獲得。 前年からの攻撃的サッカーのスタイルは維持するも、センターバックが楠本・菊池・ドストンと若手主体となり、守備面での連携がままならず自滅的な失点を重ね低迷。 15節終了時点で3勝3分け9敗の21位に沈む。 そこから6試合負けなし(4勝2分け)で15位まで浮上して前半戦を折り返すが、そこから調子を上げられず上位との勝ち点差が徐々に開き、第37節の鹿児島戦で引き分けたことでJ1昇格の可能性が消滅したが、次の千葉戦で勝利したことによりJ2残留を確定させた。 最終順位は15位。 天皇杯は3回戦でC大阪に敗戦。 2020年 チームスローガン:「 GO CRAZY ~昇格へ狂いたまえ~」 霜田体制3年目。 フィジカルコーチの(フィジカルコーチに就任)、アカデミーダイレクターで暫定監督の経験もある(監督に就任)、トレーナーの(コンディショニングコーチに就任)がそれぞれ退任。 コンディショニングコーチにT宮崎フィジカルコーチのを招聘。 チーム最年長のDFが現役引退。 に期限付き移籍中だったDFが契約満了で退団(・に移籍)。 期限付き加入中のMF(に復帰)、GK(に復帰)、FW(に復帰)、DF(に復帰)、GK(に期限付き移籍)、FWがそれぞれ期限付き移籍期間満了で退団。 全試合出場のキャプテン・MFがへ、FWがへ、DFがへ、DFがへ、MFが・へ、DFが・へそれぞれ完全移籍。 へ期限付き移籍中だったGKがに完全移籍したほか、同じく期限付き移籍中のGK(川崎)、DF()がそれぞれ期限付き移籍先に完全移籍。 FWがに期限付き移籍。 一方、からFW、からMF、からDF、・からDFを完全移籍で、からGK、(前年はに期限付き移籍)からFW、・からFW、(前年後半はに期限付き移籍)からFW、からDFを期限付き移籍で、柏からMFを育成型期限付き移籍でそれぞれ獲得したほか、を退団したDF、 ()・ ()を退団したMFが加入。 育成型期限付き加入中のMF(から)、MF(G大阪から)の移籍期間を延長。 DF()、FW()、DF()が新加入し、U-18のDFがクラブ初のトップチーム昇格。 チーム成績・歴代監督 [ ] 「」を参照 タイトル [ ] リーグ戦 [ ]• :1回• :2回• 2008年、2010年 カップ戦他 [ ]• :1回• :6回• 2007年、2009年、2010年、2011年、2013年、2015年• 野上杯争奪サッカー大会:1回• 2008年 個人 [ ]• 4月:• 2月・3月:• 2018年4月:• J3リーグ• 得点王• : 32得点• 日本フットボールリーグ• 得点王• :岸田和人 17得点• ベストイレブン• 2014年:、岸田和人• 中国サッカーリーグ• 得点王• 1980年、1982年、1986年:• 2009年:福原康太• アシスト王• 1981年:宮成隆• 1983年:辻野昌宏• 1989年:内田忠範• 2008年:、 スタジアム・練習場 [ ] ホームスタジアムは()で 、()でもホームゲームを行う。 2013年シーズンは(収容人員3,850人)を、2012年までは (山口市)や ()等も使用していた。 練習場は山口県立おのだサッカー交流公園 、(山口市) であり、下部組織はやまぐちサッカー交流広場や (山口市下小鯖)も使用する。 Jリーグ参入後は、天然芝グラウンドのあるおのだサッカー交流公園、山口きらら博記念公園、維新百年記念公園ラグビー・サッカー場、同補助競技場、(山口市)を使用する機会が増えている。 2016年シーズンまではに必要となる「優先利用できる天然芝の練習場」と「クラブハウス」を所持しておらず、ホームスタジアムの維新百年記念公園陸上競技場の収容可能人員も 14,850人とJ1ライセンスの規定値に届いていなかったが、レノファ山口FCでは常用練習場確保に向けて県や山陽小野田市と協議。 これに対し、山陽小野田市は2015年10月8日に市内の赤崎運動広場を芝生化して天然芝コート2面を新設し、レノファが優先利用できる練習場に充てることが可能になったことを報告。 クラブハウス機能については、同市が指定管理者の一員である山口県立おのだサッカー交流公園の交流施設(管理棟)を充てることを想定していた が、おのだサッカー交流公園の所有者であるが「一企業に対して県有施設を優先的に使用させることは出来ない」と同公園の活用に難色を示しているとの報道 もあって対応を再検討。 2016年6月17日に山口県知事や山口県議会議長が河村孝社長と会談した際、村岡知事は山陽小野田市がおのだサッカー交流公園内に新たにクラブハウスを整備し、県が公園内の天然芝グラウンド1面をレノファが優先利用できるグラウンドとして提供すること、維新百年記念公園陸上競技場の客席数を増設すること(サイドスタンドの立ち見席増設により15,115人収容を確保)で、レノファのJ1ライセンス基準充足を支援することを表明した。 これらの施設整備にめどが立ったことから、2016年9月28日発表されたクラブライセンスの審査結果では、J1ライセンスを取得することとなった。 GK 3rd チームカラー [ ]• Ltd. 2014年 - 2013年はパンツ パンツ (1st) (2nd) 2016年 - ユニフォームサプライの遍歴 [ ]• 2006年 - 2012年:• 2013年:• 2014年 - 現在: 歴代ユニフォーム [ ] FP 1st 「」も参照 クラブ設立時には育成組織(アカデミー)を持っていなかったが、2014年に現GMの河村孝が設立した独立系のユース・ジュニアユースクラブであるのU-18チームを移管して、レノファ山口FC U-18となった。 山口県ユースリーグに所属。 2015年にはレオーネ山口と本格的な提携を行い、同クラブが2015年4月1日以降「レノファ山口FCアカデミー」に名称変更して レノファ山口FCの下部組織の一つとなった。 サッカー以外には・の部門を有する。 運営はNPO法人レノファ山口スポーツクラブ。 2019年シーズンからU-18監督に元監督のが就任。 レディース [ ] に発足したレオーネ山口のレディースチームを前身とする。 永らくで活動しており、2012年にに昇格するも1年で降格。 にレディースチームの運営をレノファ山口FCアカデミーからレノファ山口本体に移管し、「レノファ山口FCレディース」として(なでしこリーグ)への参戦を本格的に目指す方針を明らかにした。 運営移行後の2016年シーズンは県リーグで優勝、中国女子サッカーリーグチャレンジ戦にも勝利し中国リーグへの再昇格を果たした。 、レディースチームは2019年度の中国女子サッカーリーグにて対戦を行わず、不戦敗とすると発表した(事実上の棄権)。 メディア [ ] テレビ• (『』内・毎週土曜 7:25頃 - 、および同局『』内・毎週月曜 18:30頃 - )• レノファTV(『』内・毎週木曜 6:15頃 - 、および同局『』内・毎週金曜 18:35頃 - )• レノファスクエア( 毎週土曜 2:12 - ) - 2016年春まで県内のケーブルテレビで放送。 のが出演と制作をすべて一人で行っている。 レノスマ! (テレビ山口『』内・毎週金曜 16:15頃 - ) ラジオ• RENOFA(『』内・17:45頃 - )• ジャンプアップ・レノファ! (山口放送『』内・毎週水曜 14:40頃 - 、および同局『』内・毎週金曜 9:05頃 - )• RIDE ON! RENOFA(『ゴジラヂ! 木曜日』内・18:15頃 - )• まるっとレノファ( 毎週木曜 15:00 - ) テーマソング [ ]• MIKKO「スタートライン~All For Team~」(クラブ公式テーマソング、2015年8月制定 このほか、『Fight for a renovation』 、『Orange』、『RENOFA SOUL』(yab「みんなのレノファ」主題歌)などがクラブ公認の「応援ソング」として試合会場等で用いられている。 脚注 [ ] 注記 [ ]• Jリーグ. 2015年4月8日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2016年2月16日 , 2016年3月3日閲覧。 日本プロサッカーリーグ. 2018年8月7日閲覧。 - レノファ山口FC公式サイト内• プレスリリース , 日本プロサッカーリーグ, 2013年8月20日 , の2013年8月23日時点におけるアーカイブ。 , 2014年1月28日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口, 2014年9月16日 , 2014年11月20日閲覧。 プレスリリース , 日本プロサッカーリーグ, 2015年8月21日 , 2015年7月24日閲覧。 山口新聞. 2016年9月24日. 2016年9月29日閲覧。 山口新聞. 2013年3月4日. 2014年2月20日閲覧。 山口新聞. 2016年1月31日. 2016年2月7日閲覧。 山口新聞. 2006年2月21日. 2014年1月26日閲覧。 山口新聞. 2008年10月27日. 2014年1月26日閲覧。 山口新聞. 2009年3月15日. 2015年11月26日閲覧。 山口新聞. 2011年4月12日. 2015年11月26日閲覧。 2011年7月10日. の2011年9月13日時点におけるアーカイブ。 2013年10月24日閲覧。 レノファ山口FC 2012年11月19日. 2014年1月26日閲覧。 (配信). 2012年12月4日. 2013年10月24日閲覧。 レノファ山口FC 2012年12月14日. 2014年1月26日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2013年6月13日 , 2013年6月13日閲覧。 (配信). 2012年11月5日. 2013年12月4日閲覧。 2013年12月4日. 2013年12月4日閲覧。 山口新聞. 2013年12月18日. 2014年1月26日閲覧。 レノファ山口FC 2014年11月9日. 2014年11月9日閲覧。 プレスリリース , 日本プロサッカーリーグ, 2014年11月19日 , 2019年8月6日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2015年2月14日 , 2015年12月11日閲覧。 川端暁彦の千態万状Jリーグ. 日本プロサッカーリーグ 2015年3月18日. 2015年11月25日閲覧。 舩木渉 2015年5月6日. フットボールチャンネル. カンゼン. 2015年11月25日閲覧。 2015年3月21日. 2015年11月25日閲覧。 スポーツニッポン. 2015年11月23日. 2015年11月25日閲覧。 日刊スポーツ. 2015年11月24日. 2015年11月28日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2016年2月1日 , 2016年2月1日閲覧。 浅田真樹 2016年5月18日. 2016年11月26日閲覧。 講談社. 2017年1月10日. 2017年2月3日閲覧。 山口新聞. 2017年5月24日. 2017年5月27日閲覧。 スポーツ報知. 2017年6月5日. 2017年6月5日閲覧。 BLOGOLA. 2017年6月28日. 2017年12月30日閲覧。 上田真之介 2017年9月10日. 2017年11月20日閲覧。 2017年11月6日. 2017年11月20日閲覧。 講談社. 2018年1月21日. 2018年1月21日閲覧。 飯尾篤史 2018年5月1日. スポーツナビ. 2018年7月28日閲覧。 ゲキサカ. 2018年9月30日. 2018年11月18日閲覧。 山口新聞. 2018年10月29日. 2018年11月18日閲覧。 講談社. 2019年1月20日. 2019年1月25日閲覧。 サッカーダイジェスト 2019年4月12日. 2019年11月7日閲覧。 山口新聞. 2019年10月28日. 2019年11月7日閲覧。 講談社. 2020年1月19日. 2020年1月21日閲覧。 共同通信. 2019年11月7日. 2019年11月7日閲覧。 山口新聞. 2015年10月8日. 2015年10月8日閲覧。 宇部日報. 2015年10月8日. 2015年10月8日閲覧。 2016年2月15日. 2016年2月17日閲覧。 山口新聞. 2016年6月18日. 2016年6月18日閲覧。 2016年9月28日. 2015年9月28日閲覧。 スポーツ報知. 2017年10月25日. 2018年1月9日閲覧。 日刊スポーツ. 2015年12月15日. 2015年12月23日閲覧。 - レオーネ山口公式サイト2014年3月10日• プレスリリース , レノファ山口FC, 2019年1月11日 , 2020年5月23日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2015年12月13日 , 2016年1月31日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2019年3月8日 , 2019年3月13日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2018年4月5日 , 2018年4月6日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2017年4月1日 , 2017年4月8日閲覧。 2015年12月9日. 2016年5月23日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2018年3月1日 , 2017年3月22日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2016年2月25日 , 2016年3月9日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2018年4月5日 , 2018年4月6日閲覧。 FMサンサンきらら. 2019年7月5日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2015年8月16日 , 2017年12月16日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2017年4月10日 , 2017年12月16日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• renofayamaguchi -•

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レノファ山口FC

山口県 サッカー

概要 [ ] 1949年創設の「 山口県サッカー教員団」を起源とし、にクラブチーム化して発足した。 クラブ名称の「レノファ」は、「renovation(維新)」の頭文字「レノ」と「fight(戦う)」や「fine(元気)」の「ファ」を合わせて作られた造語である。 「山口県民に愛され、山口県民へ感動・勇気・元気を与える山口県民による真の地元クラブを創造する」ことをチーム理念としている。 運営母体は2006年から2010年までは任意団体「 レノファ山口FC」、2011年から2013年は「 山口アスレチッククラブ」 YAC 、2014年以降は「 レノファ山口」である。 なおトップチームの運営から離れたYACは toto を活用したサッカー教室を行っている。 ホームタウンは、Jリーグ準加盟時は「山口市を中心とする山口県全県」であった が、Jリーグへの正式入会を前にした2014年9月に、ホームゲームを開催している下関市と練習場のある山陽小野田市をホームタウンの中心となる自治体に追加。 さらに「Jリーグ加盟に向けたクラブを取り巻く環境の拡大」をテーマに、主催試合を開催する山口市と下関市の県内2大都市を結ぶ、山陽小野田市と宇部市を重点的なホームタウン活動地域と位置付け 、宇部市の承諾が得られたことから、2015年7月に宇部市もホームタウンの中心となる自治体に追加している。 2016年9月に防府市と周南市をホームタウンの中心となる自治体に追加 し、さらに2016年シーズンオフに美祢市など県内各自治体に対してホームタウンへの協力要請を行い、2017年3月21日付で県内全19市町がホームタウンとして登録された。 クラブエンブレムは2013年3月に一新されたもので、一般公募約30点の中から在住のウェブデザイナーである斉藤寛和がデザインしたものが採用された。 山口市のシンボルの一つである()のシルエットをバックに、中心のサッカーボールには()の紋章(一文字に三つ星)をアレンジした模様が描かれ、外枠はをイメージした形となっている。 チームカラーは山口県を代表する色の一つでもあるオレンジ。 2016年1月30日に発表された。 歴史 [ ] 前史 [ ] に創設された山口県内の教員を中心に「 山口県サッカー教員団」(山口教員団、山口KFC)として発足。 のに中国地区代表として初出場を果たす。 にに昇格、FWの活躍もあって・には(地域決勝)に進出する(いずれも1次ラウンド敗退)などの成績を収めた。 1997年に中国リーグで最下位となりへ降格したが、2000年に中国リーグへ復帰。 2003年にも再度県リーグに降格したが、2005年に中国リーグへ復帰している。 2006年 - 2013年(中国リーグ) [ ] 、山口県サッカー協会が山口教員団を母体とする、山口県からJリーグ参入を目指すクラブの創設を発表。 2011年の(おいでませ! 山口国体)での優勝と、2015年からのJ1昇格を目標に掲げた。 GM兼監督にはクラブOBの宮成隆が就任することになり、4月にとして「 レノファ山口FC」が発足した。 を無敗で制し、山口教員団時代を通じて初優勝。 では1次ラウンドグループCで・・を下して決勝ラウンドへ進出するが、・・相手に1得点も挙げられず4位となり、 JFL 昇格を逃す。 チームスローガン:「 粘り勝つ! 常昇」 元のら経験者を中心に11名を補強。 では連覇は逃したが、優勝したが出場を辞退したため、繰り上げで2年連続で地域決勝に進出。 1次ラウンドグループCでにPK戦で勝利し、に勝利するも松本山雅FCに敗れてグループ2位となり敗退。 ではを下して初勝利を上げ、Jリーグ勢との対戦を実現させた(に敗戦)。 宮成はこの年限りで監督を退任、教職を辞して総監督・GMに専念することとなった。 J1元コーチのを新監督に迎え、で2年ぶりに優勝。 に3年連続で出場を果たすが、1次ラウンドグループAで・に連敗しこの時点でグループ敗退が決定。 には意地を見せたものの、結局グループ最下位で終了。 チームスローガン:「 GO for All」 、本格的にJリーグ入りを目指すべく、運営母体となる(NPO法人)山口アスレチック・クラブを設立。 同日より運営を同団体に移管した。 チーム発足時の目標の一つに挙げた山口国体では、初戦で鹿児島県代表()に4-2で破れ一回戦敗退に終わる。 ではに次ぐ2位となり地域決勝進出を逃す。 月岡はこの年で監督を退任。 監督に山口県出身で代表のが就任。 では4位にとどまり、でも2回戦敗退でJFL昇格を逃すなど低迷。 河村はこの年で監督を退任し、宮成の後任としてGMに就任した。 には山口市にアンテナショップをオープン。 グッズ販売や展示を行う。 チームスローガン:「 異体同心」 監督には前年までレノファでプレーし、2012年限りで現役を引退したが就任。 J3創設が発表されたことを受け、クラブはJ3入りに向けて大きく舵を切ることになる。 にJリーグ準加盟申請が受理され 、にとして承認された。 また、には財務面の強化を目的として運営母体をNPO山口アスレチック・クラブからレノファ山口に移管 、社長にGMの河村孝が就任した。 は、デッツォーラ島根に次ぐ3位の成績。 で初優勝したことでへの出場権を獲得したが、地域決勝は1次ラウンド3位の成績で敗退した。 なお、地域決勝を制したが地域リーグ勢で唯一J3入会が承認され、レノファは「J3入会審査に及ばず」との結論でJ3入会は成らなかったが、J3入会希望と並行してJFLのチーム数減に伴う入会希望申請も行っており、のJFL理事会で、入会希望申請チーム枠の1つとして2014年度からのJFL入会が承認された。 2014年(JFL) [ ] 前年監督の中山元気が所持するではJFLの監督に就任できないことから監督を退任(U-18監督兼トップチームコーチに転出)、後任としてJ1のユースチーム監督で、トップチーム監督代行の経験もあるが就任した。 一方、15選手が契約満了等により退団。 新戦力としてJFL・からGK、JFL・からFW、J3からFWとMFをいずれも完全移籍で、からMF、J3からFWをいずれも期限付き移籍でそれぞれ獲得。 大卒のGK()、DF()、DF()、FW三橋隼斗()と高卒のDF()の5名が新加入となった。 また、開幕後にJFL・を退団したDFとJ3町田を退団したDFが共に完全移籍で、からMFが期限付き移籍でそれぞれ加入した。 また、夏の移籍時期にからMFが新加入、からMF、からMF、からDF・FW・MFが期限付き移籍でそれぞれ加入する一方で、MFが退団し、MF福原康太が山口県リーグ1部・に、MF田村隆生が中国リーグ・に期限付き移籍した。 ファーストステージは7勝5敗1分けで6位にとどまるものの、セカンドステージは第2節からの6連勝を含む9勝2敗2分けでに次ぐ2位。 年間順位で・佐川印刷京都・に次ぐ4位となり、平均観客数も2297人で来季J3の昇格基準である「JFL年間4位以内、且つ内で2位以内、平均観客数が原則2,000人以上」の条件をクリア 、11月19日のJリーグ理事会でJリーグ入会(J3参入)が決定した。 新加入のFW岸田はJFL得点王にも輝いた。 2015年(J3) [ ] チームスローガン:「 ALL for TEAM」 上野体制2年目。 契約満了等によりMF、GK寺田賢人、DF、MF、DF、MF坂本博、DF、MF、DF内山勇斗、FW、期限付き移籍中だったMF福原康太とMF田村隆生が退団。 また、期限付き移籍期間満了によりから加入していたMF(JFL・に完全移籍)、DF(熊本に復帰)、FW(熊本も退団)、から加入していたMF(福岡も退団)、から加入していたMF(引退)、から加入していたMF(に期限付き移籍)がいずれもチームを離れた。 加えて、GKがJFL・に、FW三橋隼斗がJFL・にそれぞれ完全移籍することになった。 これにより、中国リーグ時代からの選手はDF(2010年加入)とMF(2013年加入)の2名だけとなった。 一方、から期限付き加入中だった前年JFL得点王のFWが完全移籍加入、MFのからの期限付き移籍期間を延長、JFL・からDFとMF、からGK、町田からMFをそれぞれ完全移籍で、からMF(前年は熊本に期限付き移籍)、からMF、・からMFをそれぞれ期限付き移籍でそれぞれ獲得。 また、MF()、FW()、DF()、DF()、DF()、DF()、GK()の大卒7名が新加入となった。 開幕後、としてFW川口真史()が加入。 夏の移籍期間にはMFキム・ジョンソクが広島からの期限付き加入を終了し、DF古澤慶太と共に1部・に期限付き移籍した一方で、琉球からDFを完全移籍で、からDFを期限付き移籍で獲得した。 第1クール(第1節-第13節)を10勝2敗、第2クール(第14節-第26節)を10勝1分1敗とリーグを席巻する。 しかし、第3クール初戦の第27節・戦に敗れると2度の連敗を喫するなど調子を落とし(第38節までの11試合で5勝1分5敗)、2位の猛追もあって第36節終了時点には最大で12あった勝ち点差がなくなるという展開にもつれ込む。 2016年 -(J2) [ ] 2016年 チームスローガン:「 志 今から未来へ」 上野体制3年目。 新たにコーチとして元コーチのが就任。 契約満了等により、DF、DF(以上JFL・へ移籍)、DF(現役引退しアカデミーのスタッフに転身)、MF(1部・へ移籍)、DF(へ移籍)、DF(JFL・へ移籍)、MF(2部・へ移籍)、GKの8名が退団。 期限付き加入中だったMF(も契約満了)、MF(・に復帰)、DF(へ完全移籍)、MF(に復帰)が期限付き移籍満了となった。 また、期限付き移籍中だったDFは新たにJFL・への期限付き移籍となった。 戦力補強として、からDF、からMFとFW、からDF、JFL・からMF、からDF、からGK、Kリーグクラシック・からDF、元のMFをそれぞれ完全移籍で、からMF、横浜FMからDFをそれぞれ期限付き移籍で獲得。 また、DF()とMF()が新加入。 シーズン途中には出場機会のなかったDF福井諒司がへ、DF島川俊郎がへそれぞれ期限付き移籍する一方で、からMFをで、からFWを期限付き移籍で、 ()・ ()からアルゼンチン人のMFを完全移籍でそれぞれ獲得した。 J2に上がっても前年までの「攻撃的パスサッカー」を継続。 堅守速攻型の多いJ2では異色のチームスタイルでシーズン序盤はリーグを席捲し、アウェイで昇格候補のC大阪に逆転勝利するなど一時は3位にまで順位を上げる。 しかし得点力と裏腹に序盤から失点も多く、中盤以降他チームに攻撃パターンを研究されるようになってからは得点力も低下し、第28節以降の終盤15試合では2勝5分け8敗(うち無得点試合7試合、複数失点9試合)と大きく負け越し、J2初年度は12位で終えた。 シードチームとして出場したは2回戦でにPK戦の末勝利し、初めてJ1クラブから勝ち星を挙げた。 2017年 チームスローガン:「 志 心ひとつに」 上野体制4年目。 新たにGKコーチとして前GKコーチの、アシスタントコーチとして前コーチのが就任。 前シーズンリーグ戦全42試合出場のDFがに、MFがに、MFがに、40試合出場のMFがに、30試合出場のGKがに、29試合出場のFWがにそれぞれ完全移籍。 またDFもに完全移籍。 に期限付き移籍中だったDFがそのまま水戸に、に期限付き移籍中だったDFがに、JFL・に期限付き移籍中だったDFがそのまま東京武蔵野にそれぞれ完全移籍。 GKが現役引退。 MF、DF(に移籍)、MF(栃木に移籍)、FW(に移籍)、MF(に移籍)、MF(現役引退しのスクールコーチに転身)、DF(・に移籍)が契約満了により退団、期限付き加入中だったDF、MF(以上に完全移籍)、MF(京都に完全移籍)がいずれも期限付き移籍満了となった。 一方で、岡山から期限付き加入中だったFWが完全移籍加入。 徳島からDF、山形からDF、からMF、栃木からFWとGK、からMF、からDF、京都からMFをそれぞれ完全移籍で、からDF、京都からGK、C大阪からFW、からMF、からFWをそれぞれ期限付き移籍で獲得(小塚は2年ぶりの再加入)。 MF()とMF()が新加入。 6月にはU-18所属の松本蓮がクラブ初のとなった。 リーグ戦では前年のレギュラーメンバーのほとんどを失い、スタイルを継続してチームの立て直しを図ったが、前年終盤からの決定力不足やセットプレーからの失点などの課題が克服できず、15試合終了時点で6試合勝ち無しの2勝4分9敗の20位に低迷した5月23日に上野が退任。 アカデミーダイレクターのが暫定的に指揮を執った2試合を挟み、6月5日にはかつて・のDFとして活動し、直前まで・の指揮を執っていたのの監督就任を発表した。 監督交代を経た夏の移籍期間にはFW岡本英也が、DF香川勇気がに完全移籍した一方で、・からMF、 ()・ ()からFW、マジョールが直前まで指揮を執っていたアルマグロからDFという選手3名を獲得した。 さらに、9月2日の第31節・アウェイ京都戦を前にの負傷、山田元気の契約条件に伴う出場不可に伴い、登録GKが吉満大介のみになったことから、GKコーチの平井直人を2010年以来7年ぶりに選手登録(翌週に登録解除)。 併せてのGKを特別指定選手として登録した。 またFW米澤令衣はシーズン終了を待たずに9月に期限付き移籍終了・C大阪へ復帰となった。 マジョールは就任時点で最下位に沈んでいたチームに対し、主にCBだったDFをアンカー(守備的MF)で起用する などの試行錯誤を続け一時は20位まで浮上するも、試合中のシステム変更で逆にチーム内のバランスを崩して守備が崩壊する場面も目立ち 、の連勝もあり8月11日の第27節終了時に再び降格圏の21位に転落。 第39節終了時点で19位讃岐・20位熊本と勝点差6まで広げられていた。 しかし、第40節・アウェイ戦の後半で岸田和人・大石治寿の2トップに据えて逆転勝利を果たす と、この布陣で臨んだ最後の3試合を2勝1分けで勝ち点を積み上げ、20位でシーズンを終えた。 5連敗・3連敗がそれぞれ1度ずつあった一方で、連勝は2連勝が2回のみと波に乗れず、引き分けもわずか5試合(特にマジョール就任以降の引き分けは最終節の愛媛戦のみ)で、勝ち点を積み上げることができなかった。 シーズン終了後、「戦い方などを総合的に判断」との理由で、契約期間を1年残していたマジョールの解任が発表され(プリメーラB・ ()監督に就任)、コーチの、GKコーチの平井直人(GKコーチに就任)、フィジカルコーチのファクンド・ペラルタも契約満了となったほか、アシスタントコーチの御簾納将もトップチームコーチに転出し、コーチ陣が一新されることになった。 2018年 チームスローガン:「 蹴球維進2018」 新監督に前技術委員長で・コーチのが就任。 コーチにトップチームコーチの、GKコーチに育成GKコーチの、フィジカルコーチに・フィジカルコーチの、新設のテクニカルコーチにコーチのを招聘。 DF(に移籍)、MF( ()・ ()に移籍)、FW(・ ()に移籍)、DF( ()・に移籍)の外国籍選手4人が契約満了で退団。 DFが、DFがへ、MFがへ完全移籍した。 また、期限付き加入中だったMF(に完全移籍)とFW(に復帰)が期限付き移籍満了となった。 一方、から期限付き加入していたDFが完全移籍加入。 からDF、からDF、からMF、からMF、(昨季はに期限付き移籍)からGKをそれぞれ完全移籍で、(昨季後半はに期限付き移籍)からMF、からFW、からFW、からMFを期限付き移籍でそれぞれ獲得。 また、から期限付き加入しているGKの移籍期間を延長。 DF()、DF()、FW()が新加入。 U-18所属のMF糸井岬とGK岡本大知を2種登録。 シーズン開幕後に、ブラジル・・からDF、・からDFが新加入。 なお、DFミン・キョンジュンは4月に東海L・に期限付き移籍した。 6月には翌年加入内定のDF()を特別指定選手として登録した。 夏の移籍時期には東京VからMFを、さらにを退団したMFを完全移籍で、からMFを期限付き移籍で獲得したが、MF小野瀬康介がへ完全移籍。 また、DFジェルソン・ビエイラもインドSL・へ完全移籍した。 就任時「ゴールに向かっていくようなサッカーをしたい」とイメージを語った霜田は高木大輔・オナイウ阿道・を最前線に幅広く配置する3トップの布陣を敷き、その後にインサイドハーフ(攻撃的MF)を2名配置する の布陣を採用。 開幕戦の戦に勝利するとそこから3連勝を挙げてスタートダッシュに成功。 さらに第12節からは9試合負け無し(6勝3分)と好調を維持し、前半戦を2位で折り返す。 しかし、第19節で首位に立った後、リーグ前半戦全試合出場でチーム2位の10得点を挙げていた小野瀬の移籍などもあり得点力が低下、さらに第20節から12試合複数失点と守備のほころびが目立つようになり、14戦勝ち無し(7分7敗)と低迷し、順位を13位まで落とす。 そこで霜田は、第35節・横浜FC戦でDFを3枚にしてWBを配置して中盤を厚くし前線を2トップ気味に配置するの布陣に変更。 これが功を奏して15試合ぶりの勝ち星を挙げる と、そこからチーム状態は持ち直す。 上位との直接対決となった福岡・町田との対戦を共に落としたこともあり、第39節の時点でJ1参入プレーオフ進出への道は閉ざされたが 、J2参戦後最高順位となる8位でシーズンを終えた。 2019年 チームスローガン:「 ORANGE SOUL 山口を魂で染め上げろ」 霜田体制2年目。 U-18監督を務めていたがトップチームコーチに復帰。 FW(に移籍)、MF(・に移籍)、MF(に移籍)、MF(・に移籍)が契約満了で、MF(も退団)、MF(に復帰)、FW(に期限付き移籍)、MF(に期限付き移籍)が期限付き移籍期間満了でそれぞれ退団となった。 また、DFがへ、DFがJFL・へ、MFがへそれぞれ完全移籍、・に期限付き移籍中のDFが刈谷に完全移籍、GKがへ、GKがへ、DFがへそれぞれ期限付き移籍した。 一方、期限付き加入していたGK(から)とFW(から)がそれぞれ完全移籍加入。 からMF、からMF、・からDF、・からDFをそれぞれ完全移籍で、からFW、・からDFを期限付き移籍で、(前年はに期限付き移籍)からMF、C大阪からGK、からGK、広島からMFを育成型期限付き移籍でそれぞれ獲得。 DF()、DF()、DF()が新加入。 夏の移籍期間には、DFマルシーリオとの期限付き加入契約を解除し、DFが栃木に、チーム最古参だったMFがに、前半戦の主力だったFWがにそれぞれ完全移籍、DF田中貴大がJFL・に期限付き移籍した一方で、川崎からFW、からDFを期限付き移籍で、G大阪からMFを育成型期限付き移籍でそれぞれ獲得。 前年からの攻撃的サッカーのスタイルは維持するも、センターバックが楠本・菊池・ドストンと若手主体となり、守備面での連携がままならず自滅的な失点を重ね低迷。 15節終了時点で3勝3分け9敗の21位に沈む。 そこから6試合負けなし(4勝2分け)で15位まで浮上して前半戦を折り返すが、そこから調子を上げられず上位との勝ち点差が徐々に開き、第37節の鹿児島戦で引き分けたことでJ1昇格の可能性が消滅したが、次の千葉戦で勝利したことによりJ2残留を確定させた。 最終順位は15位。 天皇杯は3回戦でC大阪に敗戦。 2020年 チームスローガン:「 GO CRAZY ~昇格へ狂いたまえ~」 霜田体制3年目。 フィジカルコーチの(フィジカルコーチに就任)、アカデミーダイレクターで暫定監督の経験もある(監督に就任)、トレーナーの(コンディショニングコーチに就任)がそれぞれ退任。 コンディショニングコーチにT宮崎フィジカルコーチのを招聘。 チーム最年長のDFが現役引退。 に期限付き移籍中だったDFが契約満了で退団(・に移籍)。 期限付き加入中のMF(に復帰)、GK(に復帰)、FW(に復帰)、DF(に復帰)、GK(に期限付き移籍)、FWがそれぞれ期限付き移籍期間満了で退団。 全試合出場のキャプテン・MFがへ、FWがへ、DFがへ、DFがへ、MFが・へ、DFが・へそれぞれ完全移籍。 へ期限付き移籍中だったGKがに完全移籍したほか、同じく期限付き移籍中のGK(川崎)、DF()がそれぞれ期限付き移籍先に完全移籍。 FWがに期限付き移籍。 一方、からFW、からMF、からDF、・からDFを完全移籍で、からGK、(前年はに期限付き移籍)からFW、・からFW、(前年後半はに期限付き移籍)からFW、からDFを期限付き移籍で、柏からMFを育成型期限付き移籍でそれぞれ獲得したほか、を退団したDF、 ()・ ()を退団したMFが加入。 育成型期限付き加入中のMF(から)、MF(G大阪から)の移籍期間を延長。 DF()、FW()、DF()が新加入し、U-18のDFがクラブ初のトップチーム昇格。 チーム成績・歴代監督 [ ] 「」を参照 タイトル [ ] リーグ戦 [ ]• :1回• :2回• 2008年、2010年 カップ戦他 [ ]• :1回• :6回• 2007年、2009年、2010年、2011年、2013年、2015年• 野上杯争奪サッカー大会:1回• 2008年 個人 [ ]• 4月:• 2月・3月:• 2018年4月:• J3リーグ• 得点王• : 32得点• 日本フットボールリーグ• 得点王• :岸田和人 17得点• ベストイレブン• 2014年:、岸田和人• 中国サッカーリーグ• 得点王• 1980年、1982年、1986年:• 2009年:福原康太• アシスト王• 1981年:宮成隆• 1983年:辻野昌宏• 1989年:内田忠範• 2008年:、 スタジアム・練習場 [ ] ホームスタジアムは()で 、()でもホームゲームを行う。 2013年シーズンは(収容人員3,850人)を、2012年までは (山口市)や ()等も使用していた。 練習場は山口県立おのだサッカー交流公園 、(山口市) であり、下部組織はやまぐちサッカー交流広場や (山口市下小鯖)も使用する。 Jリーグ参入後は、天然芝グラウンドのあるおのだサッカー交流公園、山口きらら博記念公園、維新百年記念公園ラグビー・サッカー場、同補助競技場、(山口市)を使用する機会が増えている。 2016年シーズンまではに必要となる「優先利用できる天然芝の練習場」と「クラブハウス」を所持しておらず、ホームスタジアムの維新百年記念公園陸上競技場の収容可能人員も 14,850人とJ1ライセンスの規定値に届いていなかったが、レノファ山口FCでは常用練習場確保に向けて県や山陽小野田市と協議。 これに対し、山陽小野田市は2015年10月8日に市内の赤崎運動広場を芝生化して天然芝コート2面を新設し、レノファが優先利用できる練習場に充てることが可能になったことを報告。 クラブハウス機能については、同市が指定管理者の一員である山口県立おのだサッカー交流公園の交流施設(管理棟)を充てることを想定していた が、おのだサッカー交流公園の所有者であるが「一企業に対して県有施設を優先的に使用させることは出来ない」と同公園の活用に難色を示しているとの報道 もあって対応を再検討。 2016年6月17日に山口県知事や山口県議会議長が河村孝社長と会談した際、村岡知事は山陽小野田市がおのだサッカー交流公園内に新たにクラブハウスを整備し、県が公園内の天然芝グラウンド1面をレノファが優先利用できるグラウンドとして提供すること、維新百年記念公園陸上競技場の客席数を増設すること(サイドスタンドの立ち見席増設により15,115人収容を確保)で、レノファのJ1ライセンス基準充足を支援することを表明した。 これらの施設整備にめどが立ったことから、2016年9月28日発表されたクラブライセンスの審査結果では、J1ライセンスを取得することとなった。 GK 3rd チームカラー [ ]• Ltd. 2014年 - 2013年はパンツ パンツ (1st) (2nd) 2016年 - ユニフォームサプライの遍歴 [ ]• 2006年 - 2012年:• 2013年:• 2014年 - 現在: 歴代ユニフォーム [ ] FP 1st 「」も参照 クラブ設立時には育成組織(アカデミー)を持っていなかったが、2014年に現GMの河村孝が設立した独立系のユース・ジュニアユースクラブであるのU-18チームを移管して、レノファ山口FC U-18となった。 山口県ユースリーグに所属。 2015年にはレオーネ山口と本格的な提携を行い、同クラブが2015年4月1日以降「レノファ山口FCアカデミー」に名称変更して レノファ山口FCの下部組織の一つとなった。 サッカー以外には・の部門を有する。 運営はNPO法人レノファ山口スポーツクラブ。 2019年シーズンからU-18監督に元監督のが就任。 レディース [ ] に発足したレオーネ山口のレディースチームを前身とする。 永らくで活動しており、2012年にに昇格するも1年で降格。 にレディースチームの運営をレノファ山口FCアカデミーからレノファ山口本体に移管し、「レノファ山口FCレディース」として(なでしこリーグ)への参戦を本格的に目指す方針を明らかにした。 運営移行後の2016年シーズンは県リーグで優勝、中国女子サッカーリーグチャレンジ戦にも勝利し中国リーグへの再昇格を果たした。 、レディースチームは2019年度の中国女子サッカーリーグにて対戦を行わず、不戦敗とすると発表した(事実上の棄権)。 メディア [ ] テレビ• (『』内・毎週土曜 7:25頃 - 、および同局『』内・毎週月曜 18:30頃 - )• レノファTV(『』内・毎週木曜 6:15頃 - 、および同局『』内・毎週金曜 18:35頃 - )• レノファスクエア( 毎週土曜 2:12 - ) - 2016年春まで県内のケーブルテレビで放送。 のが出演と制作をすべて一人で行っている。 レノスマ! (テレビ山口『』内・毎週金曜 16:15頃 - ) ラジオ• RENOFA(『』内・17:45頃 - )• ジャンプアップ・レノファ! (山口放送『』内・毎週水曜 14:40頃 - 、および同局『』内・毎週金曜 9:05頃 - )• RIDE ON! RENOFA(『ゴジラヂ! 木曜日』内・18:15頃 - )• まるっとレノファ( 毎週木曜 15:00 - ) テーマソング [ ]• MIKKO「スタートライン~All For Team~」(クラブ公式テーマソング、2015年8月制定 このほか、『Fight for a renovation』 、『Orange』、『RENOFA SOUL』(yab「みんなのレノファ」主題歌)などがクラブ公認の「応援ソング」として試合会場等で用いられている。 脚注 [ ] 注記 [ ]• Jリーグ. 2015年4月8日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2016年2月16日 , 2016年3月3日閲覧。 日本プロサッカーリーグ. 2018年8月7日閲覧。 - レノファ山口FC公式サイト内• プレスリリース , 日本プロサッカーリーグ, 2013年8月20日 , の2013年8月23日時点におけるアーカイブ。 , 2014年1月28日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口, 2014年9月16日 , 2014年11月20日閲覧。 プレスリリース , 日本プロサッカーリーグ, 2015年8月21日 , 2015年7月24日閲覧。 山口新聞. 2016年9月24日. 2016年9月29日閲覧。 山口新聞. 2013年3月4日. 2014年2月20日閲覧。 山口新聞. 2016年1月31日. 2016年2月7日閲覧。 山口新聞. 2006年2月21日. 2014年1月26日閲覧。 山口新聞. 2008年10月27日. 2014年1月26日閲覧。 山口新聞. 2009年3月15日. 2015年11月26日閲覧。 山口新聞. 2011年4月12日. 2015年11月26日閲覧。 2011年7月10日. の2011年9月13日時点におけるアーカイブ。 2013年10月24日閲覧。 レノファ山口FC 2012年11月19日. 2014年1月26日閲覧。 (配信). 2012年12月4日. 2013年10月24日閲覧。 レノファ山口FC 2012年12月14日. 2014年1月26日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2013年6月13日 , 2013年6月13日閲覧。 (配信). 2012年11月5日. 2013年12月4日閲覧。 2013年12月4日. 2013年12月4日閲覧。 山口新聞. 2013年12月18日. 2014年1月26日閲覧。 レノファ山口FC 2014年11月9日. 2014年11月9日閲覧。 プレスリリース , 日本プロサッカーリーグ, 2014年11月19日 , 2019年8月6日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2015年2月14日 , 2015年12月11日閲覧。 川端暁彦の千態万状Jリーグ. 日本プロサッカーリーグ 2015年3月18日. 2015年11月25日閲覧。 舩木渉 2015年5月6日. フットボールチャンネル. カンゼン. 2015年11月25日閲覧。 2015年3月21日. 2015年11月25日閲覧。 スポーツニッポン. 2015年11月23日. 2015年11月25日閲覧。 日刊スポーツ. 2015年11月24日. 2015年11月28日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2016年2月1日 , 2016年2月1日閲覧。 浅田真樹 2016年5月18日. 2016年11月26日閲覧。 講談社. 2017年1月10日. 2017年2月3日閲覧。 山口新聞. 2017年5月24日. 2017年5月27日閲覧。 スポーツ報知. 2017年6月5日. 2017年6月5日閲覧。 BLOGOLA. 2017年6月28日. 2017年12月30日閲覧。 上田真之介 2017年9月10日. 2017年11月20日閲覧。 2017年11月6日. 2017年11月20日閲覧。 講談社. 2018年1月21日. 2018年1月21日閲覧。 飯尾篤史 2018年5月1日. スポーツナビ. 2018年7月28日閲覧。 ゲキサカ. 2018年9月30日. 2018年11月18日閲覧。 山口新聞. 2018年10月29日. 2018年11月18日閲覧。 講談社. 2019年1月20日. 2019年1月25日閲覧。 サッカーダイジェスト 2019年4月12日. 2019年11月7日閲覧。 山口新聞. 2019年10月28日. 2019年11月7日閲覧。 講談社. 2020年1月19日. 2020年1月21日閲覧。 共同通信. 2019年11月7日. 2019年11月7日閲覧。 山口新聞. 2015年10月8日. 2015年10月8日閲覧。 宇部日報. 2015年10月8日. 2015年10月8日閲覧。 2016年2月15日. 2016年2月17日閲覧。 山口新聞. 2016年6月18日. 2016年6月18日閲覧。 2016年9月28日. 2015年9月28日閲覧。 スポーツ報知. 2017年10月25日. 2018年1月9日閲覧。 日刊スポーツ. 2015年12月15日. 2015年12月23日閲覧。 - レオーネ山口公式サイト2014年3月10日• プレスリリース , レノファ山口FC, 2019年1月11日 , 2020年5月23日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2015年12月13日 , 2016年1月31日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2019年3月8日 , 2019年3月13日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2018年4月5日 , 2018年4月6日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2017年4月1日 , 2017年4月8日閲覧。 2015年12月9日. 2016年5月23日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2018年3月1日 , 2017年3月22日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2016年2月25日 , 2016年3月9日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2018年4月5日 , 2018年4月6日閲覧。 FMサンサンきらら. 2019年7月5日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2015年8月16日 , 2017年12月16日閲覧。 プレスリリース , レノファ山口FC, 2017年4月10日 , 2017年12月16日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• renofayamaguchi -•

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SSS FC 堅守で3年連続決勝大会出場を勝ち取る! レノファ山口FC U-12 0-2 前半0-0、後半0-2 SSS FC JFA 第43回全日本U-12サッカー選手権大会山口県大会の決勝戦が、11月24日(日)、防府市陸上陸上競技場で行われました。 決勝戦は、今大会、多彩なパスワークで相手守備陣を突破し10得点のSSS FCと高い個人スキルでオープン攻撃を得意とする14得点のレノファ山口FC U-12の対戦となりました。 前半、レノファ山口FC U-12のロングキックでゲームが始まりました。 4分にはレノファ山口FC U-12 田近悠翔選手がシュートするなど、風上に立つレノファ山口FC U-12がボールを保持し優勢にゲームを進めます。 一方、SSS FCは粘り強い守備からボールを奪い、ロングボールで相手DFの裏を狙う攻撃でゴールをめざします。 両チームとも攻守の切り替えが速く、一進一退の攻防が続きましたが、お互いに得点を奪えず0-0で前半を終了しました。 後半、スタートから両チームとも持ち味を発揮し激しい攻防が続きますが、なかなか決定的なチャンスを生み出すことができません。 膠着状態が続いていた中、31分、縦パスのこぼれ球を拾ったSSS FC 石井大翔選手の豪快なミドルシュートが決まりSSS FCが待望の先制点を決めました。 その後、レノファ山口FC U-12も激しい攻撃を繰り返しますが、SSS FCは身体を張った粘り強い守備でゴールを死守します。 36分には、レノファ山口FC U-12がペナルティキックを得ましたが、SSS FCゴールキーパー河村大地選手が、素早い反応で好セーブをみせ得点を許しません。 このまま試合が終了かと思われた39分、SSS FC末繁拓己選手が右サイドを突破しゴール前に送った速いクロスボールにSSS FC川橋隼斗選手がスライディングで合わせ試合を決める2点目を奪いました。 そのまま試合は終了し、2-0でSSS FCが3年連続4回目の全国大会へ駒を進めました。 監督・選手コメント 小倉和彦 監督(SSS FC) 決勝戦では、SSSらしく気持ちのこもったプレーを選手たちが見せてくれました。 試合に出ている選手だけでなく、出ていない選手も声を出しチームを盛り上げてくれました。 チーム一丸で勝ち取った優勝です。 いつも支えて下さるサポーターの皆様の温かいご声援を胸に、全国大会でもSSSらしい戦いができるようにしっかりと準備をしていこう思います。 山村悠斗 選手(SSS FC) ここぞという場面で勝ちきる強さがSSSFCにはあると思います。 その自信は春のチビリン全国大会からスタートし、 僕たちが1つ1つ積み重ねてきたものの上に成り立っていると思います。 県大会では上手くいかなかったプレーもありましたが優勝という結果は僕たちの自信がもたらしたものだと思います。 全国大会では辛い時も楽しい時も共に頑張ってきた仲間と共に春ベスト8の悔しさを晴らしたいと思います。 石井大翔 選手(SSS FC) レノファ山口との決勝戦では、まずはしっかりと守備をし、風上となる後半で積極的にゴールを目指そうと話していました。 後半に入り徐々に流れが来ていた中で、仲間からのパスを上手くフリーで受けることができ、右足を振り抜いたシュートがゴールに吸い込まれた時は練習の成果が出たと思い、とても嬉しかったです。 全国大会でもSSSのサッカーを楽しみ、春のチビリンピックを超えるベスト4を目指したいです。 河村大地 選手(SSS FC) 県大会では毎試合チーム一丸となり、苦しい時でもみんなで声を出し戦いました。 そして決勝戦では仲間を信じて戦い抜き 全国大会への切符を勝ち取ることができました。 全国大会では1試合1試合大切にし、どんな状況でも最後のホイッスルが鳴るまでみんなで声を掛け合いたいと思います。 チーム関わる方々に感謝し、悔いの残らないプレーをしたいです。

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