陸上 自衛隊。 陸上自衛隊:採用種目

陸上自衛隊

陸上 自衛隊

総説 [ ] 制服の着用 [ ] 制定の自衛隊法第33条 により、「、、、、、防衛大学校及び防衛医科大学校の学生、陸上自衛隊高等工科学校生徒その他その勤務の性質上制服を必要とする隊員の服制はで定める」こととされ、同年制定の自衛隊法施行規則第40号 別表第2~第4に定められている。 また、自衛官服装行規則(昭和32年防衛庁訓令4号) 第6条に「自衛官は、常時制服等を着用しなければならない」と定められており、次に掲げる場合には、制服等を着用しないことができるとされている。 営舎内又は船舶内に居住する、及び女子である陸曹長、海曹長又は空曹長以下の自衛官が、勤務することなく、営舎内又は船舶内の指定された宿舎又は居室にある場合、の施設に出入する場合及び自衛隊の施設外にある場合。 営舎内又は船舶内に居住する自衛官で前号に掲げる自衛官以外のものが、休暇を与えられて、自衛隊の施設外にある場合。 営舎外又は船舶外に居住する自衛官が、勤務することなく、自衛隊の施設に出入する場合及び自衛隊の施設外にある場合。 、情報、募集及び援護の関係の職務に従事する自衛官が、その職務を遂行するため必要とする場合。 医科幹部候補生、歯科幹部候補生、薬剤幹部候補生又は若しくは部外の機関において研究し若しくは教育を受けている自衛官が、実地修練、研修等を受けるに当たり、制服等を着用しないことを適当とする場合。 その他自衛官が制服等を着用しないことについて、又は部隊等の長がやむを得ない特別の理由があると認めた場合。 服装の種類 [ ] 現行の自衛官の服装の種類は以下の通り定められている。 常装 通常着用する服装。 第1種礼装 以下の場合において甲武装又は特殊服装をする場合を除き着用する。 ・その他への拝謁(拝えつ)、参賀等のために出入する場合。 公の儀式に参列席する場合。 外国の機関又は文官・武官(日本における)を公式に訪問する場合。 表彰される場合。 その他部隊等の長が儀礼上必要があると認め、礼装をすることを命じた場合。 幹部及びたるの第1種礼装甲は、防衛大臣が定める儀礼上特に必要な場合に着用する。 第2種礼装 公の招宴に出席する場合で儀礼上特に必要がある場合に着用する。 冠婚葬祭等私の儀式又は招宴にあたり、必要がある場合にもすることができる。 通常礼装 第1種礼装又は第2種礼装を着用する場合に於て着用する。 作業服装 作業、教育訓練等の場合において部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 甲武装 隊ごにあつて公の儀式に参列する場合又は警衛勤務等の場合において部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 乙武装 、国民保護等派遣、命令による、治安出動下令前に最高指揮官であるの承認を得て行う情報収集、要請による治安出動、自衛隊の施設等の、等に対する破壊措置、、地震防災派遣若しくはの場合又は教育訓練等の場合において部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 特別儀じょう服装 特別儀じょうを行う場合等にの隊員が着用する。 特別儀じょう演奏服装 特別儀じょうを行う場合等にの隊員が着用する。 通常演奏服装 音楽隊員が、国際的儀礼、自衛隊の儀式その他の場合において、陸上自衛官にあつてはが、海上自衛官にあつてはが、航空自衛官にあつてはが演奏のため特に必要があると認めて指示するときに着用する。 演奏略服装 音楽隊員が、音楽隊長が演奏のため必要と認めるときに着用する。 特殊服装 若しくはの乗員としてとう乗する場合又は防寒その他勤務上必要がある場合に着用する。 陸海空の各自衛隊幕僚長が必要に応じて制定する。 以上のに規定された制服の他に、日常勤務等の際に着用が認められる、簡易制服もある。 自衛隊初の女性将官であるの発案により、中の女性自衛官にはマタニティドレス型の制服が支給されることになった。 また陸自には、作業服上衣又は戦闘服上衣に、体育服装のズボン或は私物のとを履く、 ジャー戦と呼ばれる服装が多く見られる。 これは、作業服や戦闘服の下衣(ズボン)を着用した場合、半長靴を履かなければならないが、ジャージでは軽快で楽な運動靴を履くことが出来るからである。 制式のものではなく、各部隊長通達で課業後の服装として着用可とされているものだが、部隊や学校によっては着用を指定される場合もある。 陸・海・空自衛官が共通して用いるき章等 [ ] 防衛駐在官の飾緒(航空自衛隊 佐藤一郎2等空佐・平塚弘司1等空佐)• により定められている。 たる自衛官がその職務を行なうため必要がある場合において、礼装及び常装冬服、第1種夏服、第2種夏服に着装する。 制式:黄色の丸打ひもに金色の金属細線をかぶせたものを三つ編みにし、その両端に金色の金属製金具(陸上自衛官のものには桜花及び桜葉を、海上自衛官のものにはを、航空自衛官のものにはをつけたものとする。 )をつける。 着装法:上衣の右肩袖付上部に取付用の隠しボタンを作っておき、そこに飾緒の取付部を固定する。 飾緒の短い細ひもの輪に右腕を通し、飾緒の長い三つ編みひもは右肩後方から右脇下を経て上衣の前部に回し、飾緒の長い細ひもと短い三つ編みひもは直接上衣の前部に回す。 上衣の前部に回したひも類をまとめて、右えり裏側に取り付ける。 但し、第2種夏服上衣の場合は第2ボタンに、海上自衛隊第1種夏服の場合は第1ボタンに取り付ける 手前左は副官たる2等陸佐(陸上自衛隊)、手前右は副官たる3等海佐(海上自衛隊)• により定められた自衛官が、同第2条に定められた渉外事務等を行う際に着用する。 制式:白色の丸打ひもを三つ編みにし、両端に銀色の金属製金具(陸上自衛官であるのものには桜花及び桜葉を、海上自衛官である副官のものにはいかりを、航空自衛官である副官のものにはわしをつけたものとする。 )をつける。 着装法及び着装する服装はたる自衛官と同じ。 募集広報き章• に勤務する自衛官で、募集広報に従事することを命ぜられているものが着用する。 燻し銀色の金属製のもので、翼(航空自衛隊を象徴する)及び錨(海上自衛隊を象徴する)の中央に、桜星を桜葉で抱擁した物(陸上自衛隊を象徴する)を配したもので、桜星の中央には、金色の金属製の募という文字を配するもの。 予備自衛官き章• 職員章• 国家標識章• 国際貢献部隊章• 国際連合部隊章• 陸上自衛隊 [ ] 制服の変遷 [ ] 警察予備隊・保安隊時代 [ ] 保安官の冬季の制服。 1952年(昭和27年)10月15日。 保安士補以上は右胸に階級章を着用した 1950年(昭和25年)に、の制服が定められた。 当初の夏服はカーキ色の型であった。 冬服は米陸軍から貸与された アイクジャケット 、正式名称M-1944フィールドジャケットとそれをモデルとし国産化した短ジャケット上衣にワイシャツ、姿であった。 警察予備隊の徽章は、警察を表すの前面にの象徴であるをあしらい下部からで包むデザインである。 これは、陸上自衛隊において1970年(昭和45年)まで用いられた。 「 50式」 となった後の1953年(昭和28年)3月に冬服や夏服が改正された。 冬服は、短ジャケット型が第2種冬服となり、長ジャケット型の第1種冬服が制定された :p315。 58式1佐礼装用正帽 昭和35年(1960年) [ ] 第1種夏服が制定された。 58式冬服とはデザインが異なり腰部の背バンドが廃止され、グレーの上下で71式とほぼ同じデザインとなった。 「 60式」 昭和45年(1970年) [ ] 1970年(昭和45年)に冬服の改正がなされた :p315また、制帽章は幹部・曹士共通の物となった。 「 70式」 昭和46年(1971年) [ ] 1970年(昭和45年)改正に続き、翌1971年(昭和46年)男女夏服が全面改正された。 「 71式」 70式・71式制服 [ ] 常装 [ ] 冬服 シングル4つボタンの背広型で、襟はセミピークラペル。 生地は茶灰色のカルゼ織。 同色のネクタイ着用。 正帽のつばも茶色 :p315。 階級章は、は肩に、は上衣襟に、は左肩に付した。 また、従来の旭日に鳩の徽章を変更し、現行の桜星に桜葉のものとなった。 ネクタイと制帽は夏服冬服兼用。 70式将官、後期幹部帽章 第1種夏服 男子用は冬服と同形状で、冬服の色を薄くした淡茶灰色のもの。 ネクタイ着用。 女子用はシングル4つボタンの背広型だが、男子自衛官とは襟がテーラードカラーであり、胸ポケットの蓋が直線である等の違いがある。 色は白っぽいクリーム色で、茶灰色の肩章が付く。 第2種夏服 男子用は淡茶灰色の長袖シャツ型上衣に同色のスラックス。 ネクタイ着用 ネクタイは省略することができる)。 :私費で官給品と同じ物を購入し着用することが多い。 女子用は第1種夏服と同色の、開襟半袖のワンピースで、同様に茶灰色の肩章が付く。 第3種夏服 男子用は淡茶灰色の4ボタン半袖型上衣 ボタンは黒色足つきボタン に同色のスラックス。 前年制定の防暑服が採用された。 第2種夏服上衣同様、私費で官給品と同じ物を購入し着用することが多い。 :なお、同時期に海上自衛隊も半袖開襟シャツ型の制服を防暑衣から第3種夏服と改称している。 女子用は男子自衛官と同じもので、合わせが右前となる。 正帽 帽章 は、桜星を中心に桜葉および桜蕾を周辺に配したものである(星章に桜葉および桜蕾が配される意匠は旧陸軍のと同様)。 70式制定当初は陸士~将官まで同じ正帽であった。 帽体は冬制服と同じ茶灰色、前庇と顎紐は茶色で前庇は海上自衛隊の物より小さい。 顎紐は茶色の革製又は合成樹脂製、両端は帽の両側において金色の耳章各1個で留める。 また、幹部には尉官が顎紐がメタリック調黄土色系織装飾の顎紐、佐官用、将官用が前庇に金モールで桜花と桜葉の装飾が施され帽章は金モール製の礼装用正帽が制定された。 前庇はモール製の桜花と桜葉の装飾が施されるため海上自衛隊に近い大きさになっている。 その後昭和50年頃より将官は礼装用正帽が常装で着用されるようになり、陸士~1佐までが同じ正帽となった。 幹部用制帽については1986年に尉官・佐官共に将官同様に礼装用の正帽が常装で着用されるようになった。 幹部用耳章 平成3年(1991年) [ ] (平成3年)に常装が変更された。 の制服変更に変更内容は似ている。 ベースとなる色が、茶色系から緑色系に変更された :p315。 また、女性自衛官の制服が男性自衛官のそれに準じたものに改められた。 制式名「 91式」 91式制服 [ ] 常装 [ ] 冬服・第1種夏服 [ ] 制服に関しては隊員による私物品として購入可能、「官給品」に関しては完全貸与のため退職時は国庫に返納が義務づけられている。 尚、私物品の購入の際は身分証にて当該の階級を証明しなければならず、退職後に関しては確実な保管が義務づけられる。 91式に改正された当初は職種き章の制定がなく、暫くは70式と同様のき章装着であった。 簡易制服 ジャンパー・セーター が制定された。 それ以前は制式には無いものの私物MA-1型ジャンパーや作業外被を着用することがあったが服制に規定がないものの黙認されていた。 また、簡易制服制定は海上自衛隊、航空自衛隊についても同様に行われたが、ジャンパーは各自衛隊毎に色・デザインが異なり、セーターは基本形、肘・肩パッチの配置等は同じであるが陸上自衛隊はOD色でサークルネックである。 階級章は第2種、第3種夏服同様肩に乙種階級章を装着する。 正帽 曹~幹部用帽章 は、陸士および自衛官候補生は70式と同じ金色製だが、陸曹以上は金色モール製又は合成樹脂製で帽子の地質と同色の布製台地をつける。 冬服上衣と同じ地質。 円型で黒色の製又は製の前ひさし及びあごひもをつける。 前ひさしは、以下は黒色の革製又は合成樹脂製で、以上は更にその前縁に沿って金色製又は合成樹脂製の桜花桜葉模様(佐官は前縁部分のみ、将官はひさし部分全体)をつける。 あごひもは陸曹以下は黒色の革製又は合成樹脂製、准陸尉以上は金色合成樹脂製又は表面に金糸織平紐に縞織金線を付けたもの。 あごひもの両端は、帽の両側において金色の耳章各1個で留める。 耳章は70式と同様に陸曹以下は模様がない金色梨地で、准陸尉以上は桜星及び桜葉を浮き彫りにしたものである。 (旧陸軍でも軍帽の耳章に同様の階級による差異が存在した) 帽の腰回りには、生地と同色のなな子織の周章をつける。 天井の正面中央に一個のはと目をつけ帽章の付着位置とする。 同両側に各二個のはと目をつけ、通風口とする。 冬服の曹 冬服・第1種夏服の上衣は、同形状で4つの型である。 冬服が濃(サージ織)で、第1種夏服は淡緑色となる。。 以上は、両袖に縞織濃緑色の飾線をつける 陸将補以上になると飾線が著しく太い。 ポケットは、胸部左右の蓋及びボタン付き貼り付け型(襞付き)と、腰部左右の蓋付き隠し型がある。 襟は、セミピークラペルで、陸将及び陸将補を除きき章を下襟に付す。 陸曹の場合は、上襟にを付す。 陸士の階級章は、左腕(左肩上端から10センチメートル下方)に付ける。 は、陸曹・陸士とも左袖下端から10センチメートル上方に付ける。 は、同生地で、外側の端をそで付に縫い込み、又は着脱できるようにし 、襟側を隠しボタン1個で留める。 准陸尉以上は、肩章に階級章を付す。 は、濃緑色で、帽章と同じ模様(桜星を中心に桜葉及び桜蕾を周辺に配した模様)が入る。 但し、の場合、色は。 陸海空のネクタイの内、模様が入るのは陸上自衛官のもののみである。 常装には、短靴又は半長靴を履く。 なお、陸上自衛隊生徒は制度の改正により2010年度より、となり、制服も変更された。 現在の生徒の服制は、冬服は濃灰色でえんじ色の飾線を入れた詰襟で、2つポケット、前面ファスナー留めの短ジャケットの上下。 冬服のズボンはベルトではなくサスペンダー使用。 夏服1種上衣は冬服同様、2種上衣は白のスタンドカラーで襟にえんじ色の飾線のシャツ。 ワイシャツは2種上衣と同様で、長袖となる。 帽章は、馬、翼、桜及び若葉の組み合わせたものと独自のデザインのものになる。 制服着用時の靴下は黒。 夏服の(永島透1等陸佐、左から1番目) 第2種夏服は長袖ワイシャツ型(冬服・第1種夏服のワイシャツと兼用)、第3種夏服は襟は開襟型ではあるが最上部首元に第1ボタンがある半袖ワイシャツ型である。 通常は第1ボタンは掛けない。 71式では黒色足つきボタンの4ボタンであったが、91式では生地と同系色の4つ穴ボタンの6ボタンになりボタンのデザインも俗にいうミリタリーボタンに変わり円周にJGSDFと刻まれたものになった。 第2種・第3種夏服は、それまで上衣とズボンとの色が同一であったが、平成3年改正により色違いとなって、上衣はサンド・ベージュ色、ズボンは淡緑色となった。 また、71式同様、一番私物購入が多いい。 71式が生地等殆ど官給品と同じものであったのに対し、91式では高級素材を使用し、ノーアイロンの物や熱さ対策で風通しの良い薄い生地の物等もあり、幹部曹士共に好んで着用されている。 第2種・第3種夏服の階級章はそれまで冬服・第1種夏服と同一のものであったが、全く新しいタイプの階級章である乙種階級章が採用された。 これは、濃緑色の布製台地にによって階級を表示し、肩章に通す形のものである。 幹部は、甲種階級章(冬服などに着用されている。 )の意匠をそのまま金色刺繍で織り出したものが用いられ、陸士は甲種階級章にある桜星を省略したV線のみを赤色刺繍で織り出したものが用いられている。 陸曹については甲種階級章の意匠をそのまま乙階級章に採用すると不都合(のそれがのそれに、のそれがのそれに類似する虞がある。 )があるため、陸曹乙階級章の意匠は海曹と同様のV線の両端を扇状に結んだものを180度回転させて逆にし、陸士同様に桜星を省略し銀色刺繍で織り出したものが採用された。 桜星を省略しているため2士は甲種階級章の3士と同じになるため3士は横線1本とした。 そのためデザイン上は准尉と3士が同じであるため刺繍の色で区別する事となる。 その他、装着者の年齢で容易に区別できる。 これは航空自衛隊も同じで、甲階級章同様陸上と航空は全く同じデザインで配色だけ変えている。 ただし、少年工科学校は2010年(平成22年)3月に、海上・航空自衛隊生徒は2011年(平成23年)3月に廃止されたため、3士の階級も廃止され紛らわしい乙階級章も無くなった。 海上自衛隊は甲種階級章と全く同じデザインで曹士共に桜星の省略もなく織りだされている。 また、陸上・海上・航空共に女性自衛官の乙階級章は男性自衛官の物よりも小さい物となっている。 男性用は概ね縦が10cm、横が6cm位でこれに対して女性用は縦が9cm、横が5cm位である。 男女の体格差による着衣のバランスを考えた対応である。 同様に防衛記念章の装着規定(女性は横2個まで)もバランスを考慮したものである。 新型16式常装の統合幕僚長(陸将) 平成30年(2018年)3月27日からデザインが変更された新型の16式常装が導入される。 大きな変更点としてベースとなる色が緑系から紫紺系に変更され、曹士との違いを明確化するため幹部用には袖とパンツに金色(は金と銀 )の線が入る。 デザインにはやなど民間の有識者や企業代表 の意見、隊員へのアンケートも反映され、「強靱性」「使命感」「品格」をコンセプトとしたデザインに纏められた。 一式の価格が5万円ほど上昇したことや、生地の調達量と予算の都合により完全更新には10年ほどかかると予想されている。 このため初年度に調達した3万人分は(日本版)や新規採用者へ優先的に配布される予定であり、当面は新旧の制服が混合した状態となる。 16式制服 [ ] 常装 [ ] 冬服・第1種夏服 [ ] 第1種礼装 [ ] 91式第1種礼装乙の陸上幕僚長たる陸将(手袋欠) 以上の礼装には金色の礼装用を着用する。 陸海空のうち礼装に飾緒を着用するのは陸上自衛官のみである。 また准尉以上の自衛官は、に酷似した、金モールを編んだ礼装用肩章に銀色桜星で階級を示す。 台座が金モールのため桜星は常装用とは違い銀色となる。 逆に航空自衛隊では台座が銀モールになるため桜星は金色となる。 第1種礼装は甲と乙の2種類があるが、これも陸上自衛隊のみである。 第1種礼装甲は、第1種礼服に礼服用階級章及び礼装用(以上)、白手袋を着用する。 第1種礼服冬服は濃紺色で4つボタンのスーツ型。 上着の両上襟に金色モール製の桜花桜葉模様の襟飾りが付いている。 夏服は冬服と同型で白色の上下。 第1種礼装乙は、冬服又は第1種夏服に礼服用階級章及び礼装用飾緒(陸将補以上)、白手袋を着用する。 陸曹の特別儀じょう服装冬服(旧) の隊員が又はこれに準ずる賓客として待遇される者が日本国に到着し及び日本国を離去する際、、、の儀仗広場等において及びに準じて儀礼を行う場合、特別儀じょうを行う場合又はが指示する場合に着用する。 防衛大臣が指示する場合とは、例えば、経験者のに際して、防衛省令で葬儀における儀じょうが儀式における自衛隊の礼式として定められ、等といった式場での儀じょうを行うときに着用している。 平成29年度(2017年度)に 新型に改定された。 特別儀じょう服の改定は52年ぶりのことである。 当初は16式常装の関連服装として改正される予定だったが、先行して別途に検討されることになり、・(後に)より依頼を受けたのがデザイン監修し、史研究家の、がアドバイザーとして協力している。 新制服は詰襟型を採用し、色やデザインが全面的に改定されている。 徽章や飾緒等もより装飾的なものに改められたため、現行制服との共通点はほとんどない。 陸海空自衛隊を代表する部隊として、陸自のイメージカラーである緑色や、共通する意匠を排除したためとされる。 通常演奏服装第2種夏服 特殊服装 [ ] 陸上自衛隊では制定の(昭和43年2月28日陸上自衛隊達24-8)により、特殊服装として以下のものを定めている。 陸上自衛隊特殊服装 服装 着用基準 構成 防寒服装 防寒のため必要がある場合 防寒帽、防寒覆面又は防寒戦闘覆面、防寒外衣或いは防寒戦闘外衣又は防寒戦闘服白色上衣、防寒手袋又は防寒戦闘手袋、防寒手大袋、足首巻防寒靴用又は防寒戦闘足首巻、防寒・スキー兼用靴又は防寒戦闘靴、戦闘白色覆。 防暑服装 防暑の必要がある場合 防暑帽、防暑服、防暑靴。 戦闘服装一般用 出動や訓練において必要とする場合(を参照) 迷彩服上衣又は戦闘服一般用上衣、迷彩服ズボン又は戦闘服一般用ズボン、防寒戦闘外衣、鉄帽覆又は戦闘鉄帽覆、戦闘手袋一般用、戦闘靴一般用、戦闘帽。 戦闘服装航空用 航空機に搭乗することを任務とする自衛官が、航空機に搭乗する場合及び航空機の教育訓練に従事する場合。 それ以外の自衛官が航空機に搭乗する場合。 航空機の整備・誘導に従事する場合。 航空ヘルメット、航空マフラ一、航空服上衣、航空ズボン、航空手袋、航空靴、航空誘導服、航空誘導帽、航空整備帽、航空整備用長靴。 戦闘服装空挺用 空挺従事者が空挺降下又はこれに伴う教育訓練に従事する場合 空挺鉄帽又は88式鉄帽空挺用、空挺用中帽、帽覆又は戦闘鉄帽覆、空挺服上衣又は戦闘服空挺用上衣、空挺服ズボン又は戦闘服空挺ズボン、空挺マフラ一、空挺手袋又は戦闘手袋空挺用、空挺用半長靴又は戦闘靴空挺用。 戦闘服装装甲用 戦車、自走砲の乗員又は装甲車の操縦士が戦車、自走砲又は装甲車に搭乗する場合及びこれらの教育訓練に従事する場合。 それ以外の自衛官が戦車、自走砲又は装甲車に搭乗する場合で必要なとき。 戦車帽、防護めがね又は戦闘保護眼鏡、戦闘服装甲用上衣、戦闘服装甲用ズボン、戦車手袋又は戦闘手袋装甲用、戦車靴又は戦闘靴装甲用。 戦闘服装市街地用 の自衛官(配属予定も含む)が出動や訓練において従事する場合 戦闘服市街地用、防寒戦闘外衣市街地用、戦闘帽市街地用、戦闘覆市街地用、戦闘手袋市街地用、戦闘靴市街地用。 単車服装 師団偵察隊等偵察部隊の隊員が単車に乗車する場合及びこれらの教育訓練に従事する場合。 それ以外の自衛官が単車に乗車する場合で必要なとき。 オートバイヘルメット、保護めがね又は戦闘保護眼鏡、防じんえり巻、オートバイ服上衣、オートバイ服ズボン、オートバイ手袋又は戦闘手袋オートバイ用、腹帯、オートバイ靴。 施設服装 施設作業のため必要とする場合 地下足袋、ゲートル、特殊手袋又は作業手袋。 体育服装 体育訓練及び特別体育課程の教育訓練に従事する場合 運動帽、運動服上衣又は膚着等、運動ズボン又は運動パンツ、運動帯、運動靴。 消防服装 消火、防火又は救難作業を実施する場合及びこれらの教育訓練に従事する場合 防火用消防服(防火外とう、防火かぶと、防火手袋)又は耐熱用消防服(耐熱上衣、耐熱ズボン、耐熱かぶと、耐熱手袋、耐熱靴) 整備服装 整備、燃料取扱い、その他これらに準ずる作業のため必要な場合 整備帽、整備服、作業手袋。 調理服装調理用 炊事作業のため必要な場合 調理帽、調理服、調理用前掛け、調理用長靴。 調理服装配食用 炊事作業のため必要な場合 配食帽、配食服、配食用前掛け、配食用長靴。 衛生服装治療防疫用 診療、看護その他衛生業務のため必要な場合 診察衣、手術帽、手術衣、手術手袋、予防衣。 衛生服装看護用 診療、看護その他衛生業務のため必要な場合 看護帽、看護服(男子用・女子用)、白靴下(女子用)、白靴(男子用・女子用)、カーディガン(男子用・女子用)、エプロン(男子用・女子用)。 患者服装 自衛隊の医療施設に入院又は入室している患者に必要な場合 患者衣、上靴。 特殊勤務服装 警務、情報、募集及び援護の関係の職務に従事する場合において、部隊等の長が必要と認めるとき 一般用の背広服上下、防寒コート。 手前は 部隊章 [ ] :• 第1ヘリコプター団• システム通信団 の師団等標識(部隊章)のをお願いします。 ( 2020年3月) 全ての陸上自衛官は冬服及び第1種夏服の上衣並びにの、上部から30ミリメートル下の右腕に、部隊章を着用する。 部隊章は、形で、横幅60ミリメートル、最下部と最上部とは70ミリメートル、下部にの師団等標識、上部に型の扁平なの隊種標識、隊種標識の中央に隊号標識を付する。 平成29年度から戦闘服用の部隊章(ロービジョン)の調達も開始された。 平成30年3月に および 、 、 の部隊章が追加、同年7月に東部方面隊の部隊章の更新 がされている。 令和2年2月には・の部隊章の変更 、の部隊章のマイナーチェンジ が実施された。 ロービジョン化された陸上総隊の部隊章。 "Ground component Command"は、GCCと略されている。 陸上自衛官及び陸上自衛隊の自衛官候補生の部隊章に関する訓令(昭和30年陸上自衛隊訓令第25号) によれば、部隊章は次の3つの要素からなる。 師団等標識 陸上幕僚監部、(空挺団、水陸機動団、ヘリコプター団、システム通信団を除く)、各、各、各、、、、及び防衛大臣直轄部隊等毎に定められている。 ・については別個の図柄が定められていたが、方面については方面隊の図柄を使用する。 具体的な図柄は、陸上自衛隊の部隊章に関する達(昭和31年陸上自衛隊達第24-1号)によって定められている。 廃止されたにも師団等標識が設定されていた。 図柄については上記参照。 隊種標識 部隊のの色による。 大きさは、最も短い両端の高さが7ミリメートルで、最も高い中央の高さが12ミリメートル。 色は下表参照。 隊号標識 下表参照。 大きさは6ミリメートルである。 幹部候補生き章 服務指導准尉き章 服務指導准尉き章 陸上自衛隊の編制に関する訓令(昭和44年陸上自衛隊訓令第11号)に定める職務編制上 服務指導准尉に指定された者が主に着用し、(隊)(現在は先任上級曹長の職にある自衛官)又は先任陸曹の職務を命ぜられている陸上自衛官(方面総監又は防衛大臣直轄部隊若しくは機関の長がこれらに準ずる職務を行っていると認める陸上自衛官を含む。 )が主として着用する。 金色の金属製のもの又は緑色の布製台地に金糸で縫取りをしたものとし、桜星を中心にし、その両側にを模したものを配したもの。 中隊(隊)以外では連隊(群)若しくはそれに準ずる隊編成の本部に設置されている科(1科又は総務科)若しくは係に設置されている先任陸曹も同様のき章を着用する。 航空き章(陸上) 又はの技能証明を有する自衛官が着用する。 金色の金属製のもの又は緑色の布製台地に金糸で縫取りをしたものとし、の中央に桜花を配したものを中心にして、その両側に翼を配したものとする。 ただし、航法以外の航空業務に係わる航空従事者技能証明及び計器飛行証明に関する訓令(昭和30年防衛庁訓令第21号)第3条の規定による高級航空士、上級航空士又は航空士(以下「航空士」という。 )の航空従事者技能証明を有する者にあっては、燻し銀色の金属製のもの又は緑色の布製台地に銀糸で縫取りしたもの。 また、航空士の技能証明を有する者は、燻し銀色の金属製のものとし、桜花を中心にして、その両側に翼を配したものとする。 航空管制き章(陸上) 燻し銀色の金属製のもの又は緑色の布製台地に銀糸で縫取りをしたものとし、の管制室を中心に左右互い違いにを配したものを中心にして、その両側に翼を配したものとする。 レンジャーき章 レンジャーき章 昭和33年6月16日制定。 陸上自衛隊の教育訓練に関する訓令(昭和38年陸上自衛隊訓令第10号)第23条又は第33条の課程において、又は空挺レンジャーの教育訓練(同訓令の施行前に行われたこれに準ずる教育訓練を含む。 )を修了した自衛官及び同訓令第16条、第26条又は第42条の規定による集合教育において、レンジャーの教育訓練(同訓令の施行前に行われたこれに準ずる教育訓練を含む。 )を陸上幕僚長が定める期間受けた自衛官が着用する。 燻し銀色の金属製のもの又は黒色の布製台地に銀糸で縫取りをしたもの、戦闘服と同色の布地に黑糸で縫取りしたものとし、金剛石を中心にして、その両側にの葉を配したものとする レンジャーき章乙。 ただし、陸上幕僚長の定める者 幹部レンジャー課程修了者、及び教官適任者 にあっては、金色の金属製のもの又は緑色の布製台地に金糸で縫取りをしたものとする レンジャーき章甲 (不屈の闘志を表すと、栄誉を表すの組み合わせ)。 旧型のレンジャーき章 甲 においては、中心のダイヤモンドのみが金色であった。 自由降下き章 自由降下き章 空挺基本訓練課程を修了した者のうち自由降下課程を修了した者が着用する。 自由降下のフリーフォールのイニシャルであるFFが丸で囲まれ空挺き章のパラシュート上部中央にデザインされている。 (陸上) 陸上自衛隊の教育訓練に関する訓令(昭和38年陸上自衛隊訓令第15号)第26条又は第42条の規定による集合教育において、不発弾の処理に関する教育訓練を陸上幕僚長が定める期間受けた陸上自衛官及びこの者と同等以上の技能を有すると陸上幕僚長が認める陸上自衛官が着用する。 燻し銀色の金属製の桜星及び金色の金属製の弾丸を中心にして、その両側に燻し銀色の金属製の桜葉を配したもの又は緑色の布製台地に銀糸で縫取りをした桜星及び金糸で縫取りをした弾丸を中心にして、その両側に銀糸で縫取りをした桜葉を配したものとする。 体力き章 体力き章(陸海空共通) 体育訓練の種目等に関する訓令(昭和33年防衛庁訓令第82号)第3条の規定により実施される体力測定において、陸上幕僚長、海上幕僚長又は航空幕僚長が定める基準以上の成績を修めた陸上自衛官、海上自衛官及び航空自衛官が着用する。 燻し銀色の金属製のもの又は緑色の布製台地に銀糸で縫取りをしたものとし、表面が6面の星を模したものを中心にして、その両側に月桂樹の葉を配したものとする(海上自衛隊に於いては体力測定の他、水泳能力検定1級も取得した者は中心の星が金色の物を着用する)。 射撃き章 陸上自衛隊の教育訓練に関する訓令第53条第1項の規定により実施される射撃に関する技能検定において、陸上幕僚長が定める基準以上の成績を修めた陸上自衛官が着用する。 燻し銀色の金属製のものとし、桜花、標的及び照星を桜葉で抱擁したものとする。 ただし、陸上幕僚長の定める者にあっては、照星を金色とする。 格闘き章 陸上自衛隊の教育訓練に関する訓令第53条第1項の規定により実施される格闘に関する技能検定において、陸上幕僚長が定める基準以上の成績を修めた陸上自衛官が着用する。 燻し銀色の金属製のもの又は緑色の布製台地に銀糸で縫取りをしたものとし、盾と2先の2本を組み合わせたものを中心にして、両側に月桂樹の葉を配したものとする。 ただし、陸上幕僚長の定める者にあっては、盾と2先の剣2本を金色とする。 スキーき章 陸上自衛隊の教育訓練に関する訓令第53条第1項の規定により実施されるに関する技能検定において、陸上幕僚長が定める基準以上の成績を修めた陸上自衛官が着用する。 燻し銀色の金属製のもの又は緑色の布製台地に銀糸で縫取りをしたものとし、スキーとのを組み合わせたものを中心にして、両側に月桂樹の葉を配したものとする。 ただし、陸上幕僚長の定める者にあっては、雪の結晶を金色とする。 職種き章 整列しているのは第3種夏服の幹部。 艦上にあるのは作業服装。 2004年5月4日 制服の変遷 [ ] 海上警備隊・警備隊時代 [ ] 海上警備隊では当初、海上保安官の制服を流用していたが、新生海軍に相応しい制服が要望されたことにより検討が行われ、員長(士クラス)以下は女性からも人気があるセーラー服の採用が決定した。 幹・曹クラスの制服は旧海軍の詰襟服を推す声が出ていたが、国民から軍国復活を連想されかねないとの理由で除外され、最終的には、冬は各国海軍共通で国際的にも通用する黒ダブルのネクタイスタイル 、夏は幹部は灰色の背広型、曹は白色詰襟型が採用された。 昭和29年(1954年)7月 [ ] 海上自衛隊発足に際し、常装冬服・夏服が警備隊から継承されたものが制定される :p316。 (夏服は幹部は灰色の背広型、海曹は白色詰襟型、海士は白色セーラー服が継承され、海士の第2種夏服として淡い灰色のセーラー服が支給された。 ) 初期の制服は旧海軍型の上衣で、セーラーカラーのラインは白線1本で、袖にはカフスは無く袖口はオープンであったが、海上自衛隊になりセーラーカラーは白線2本で袖にも白線2本のカラーが付いた物になった裾の大きく広がったパンタロンスタイルで、前は左右3つボタンの四角方で前に開くタイプで後ろはVカットされており、ウエスト調節用の細紐が付けられていた。 後に上衣はそのままでズボンが前ジッパーのスラックスタイプとなる。 自衛隊法施行規則では黒色とされているが、実際には濃紺である。 これは現在でも同様である。 制帽については、幹部及び警備士 現在の海曹 用、警査 現在の海士 用セーラー帽は現行の常時白天井とは違い、帽体は黒色の旧海軍と同様の物で夏服は白い帽子覆いを付けていた。 昭和33年(1958年)6月 [ ] 旧幹部夏服が幹部第1種夏服と、旧海曹・海士夏服が第2種夏服となる。 幹部第2種夏服(白色詰襟型)・略衣(白色半袖)が制定される :p316。 幹部、海曹、海士セーラー帽が通年白色となる。 帽体が白の覆いを付けるのではなく現行タイプの物となる。 また、幹部、海曹用の帽章別物となり、意匠はそのままではあるが大きさ等差別化された。 昭和39年(1964年)8月 [ ] 旧略衣が防暑衣となる :p316。 昭和45年(1970年)10月 [ ] 旧防暑衣が第3種夏服となる :p316。 隊員間では第3種夏服とは呼ばず、通称は略衣と呼ばれる。 また、海士に共通のセーラー服であった等に詰襟短丈で7つボタンの濃紺の制服 旧海軍の予科飛行練習生と同様の物 が制定される。 この制服は少年術科学校生徒、及び昭和50年度から開始の一般海曹候補生にも継承された。 海士制服は昭和40年代の終り頃にセーラーカラーの白線が1本で袖口にカラーの無い旧軍タイプの物が支給されたが一時的でありすぐに以前 現行型も同じ からの白線2本襟のカフスが付いた上衣に変わった。 後にズボンも変更され、前ジッパーのスラックスタイプとなる。 入隊時の夏1種・冬制服の貸与は2着であったが、昭和50年~54年位までは上衣については白線1本と白線2本の両タイプの制服が1着ずつ貸与される重複期間があった。 昭和55年には2着とも従来の2本線制服の貸与となっていたが、1本線の旧型制服はその後の被服交換で順次2本線の新制服に交換されていった。 実際の夏服の着用について、幹部及び、海曹については第1種は礼式や分隊点検等の行事以外ほとんど着用する事が無いが、海士は夏場の肌寒い日などでは第1種とするなど頻繁に着用されている。 幹部は灰色背広型の第1種が廃止されるまでは寒いときなど頻繁に着用していたが、廃止後は海曹とともに寒いのを我慢して第3種 略衣 を着用している。 常装で第1種を着用してはいけないという規則は無いが、着用していると目立つ上、微妙に違和感があったりする。 平成8年に幹部・海曹に第2種夏服が制定されるまで我慢しなければならない状態が続く。 幹部、海曹の正帽章の意匠が変わり、現行の制帽章になった。 服の手入れでは、セーラーとパンタロンは裏返してアイロンをかけ、スラックスは表からアイロンをかける事とされていた。 そのため折目が上衣とパンタロンは谷になり、スラックスは普通の服と同様の山になる。 セーラーカラーは均等に3つの山が出来るようにアイロンをかける。 現在では全て表からアイロンをかけるようになっている。 当時、海上自衛隊は夏服冬服共に海士が私物の制服をオーダーする事が多く、上衣は官品と同様セーラーカラーに2本線の物であるが、セーラーカラーは小さめにし、ズボンは前ボタンのパンタロンの物で裾は大きく開け、冬服は黒い生地で階級章と精勤章は光沢のある赤糸で刺繍した物を好んでオーダーしていた。 分隊点検等の行事には着用出来ないが舷門当番等の当直勤務、出入港時の着用等、通常は私物を着用していた。 また、一つの伝統のようなもので、海曹に昇任した場合に後輩に譲るという事が繰り返され長く着用されていた。 譲られた者はお返しと昇任祝いとして海曹用の正帽を送るという事もあった。 昭和49年(1974年) [ ] 婦人自衛官(現在の呼称は女性自衛官)の制服が制定された :p316。 平成8年(1996年)7月 [ ] 灰色4つボタン背広型の幹部第1種夏服とワンピース型の女子第2種夏服が廃止され、男子は旧第2種夏服(白色立襟型)が第1種夏服となり、陸上自衛隊・航空自衛隊と同様の第2種ワイシャツにネクタイの第2種夏服が男女共通で制定される :p316。 通常の白ワイシャツ 市販品同等 は第1種ワイシャツに、両胸にフラップ付ポケット、肩にエポレット 乙階級章装着 のある第2種夏服用白ワイシャツが第2種ワイシャツに制定された。 冬服はどちらのワイシャツ着用でもよいが、上着を脱いだ時に階級の判別が出来る第2種ワイシャツが好ましいとされる。 平成31年(2019年)4月 [ ] 幹部及び、海曹用にカーキ色のシャツとパンツの第2種制服が制定される。 この新第2種夏服制定に合わせて黒色ベレー帽型の第2種略帽が制定される。 幹部・海曹は正帽同様、帽章で差別化されている。 旧第2種夏服は廃止 種別がなくなる。 された。 種別指定が無くなっただけで、従来と同じく冬服で第2種ワイシャツを着用して上衣を脱いだ格好は変わらないが、乙種階級章は着用するが防衛記念章及び、各種徽章の着用はしない。 ただ、旧型も新型の支給が完了するまでの間は第2種夏服として着用される併用期間になる。 この第2種夏服は常装と元来の作業服の中間に位置し、ある程度のフォーマルを追求する一方で、汚れ等の恐れがある一部の作業にも従事することを意図されている。 一方で、現場の隊員からは、迷彩の配備が進まないなかで無駄に被服が増えたこと。 旧来の2種夏服の廃止など理解に苦しむ面が多く、アンケートにおいても9割近く不要との意見具申がなされたにも関わらず、さも賛成行けんが多数かのように報告されるなど採用経緯に不透明が高い。 またそうした現場の意見が大きいのか:、結局のところ東京や高官などの一部のみの支給となっている。 1996年に廃止された第1種夏服 海曹以上の男性自衛官の常装の変遷概略 概要 (昭和29年) (昭和33年) (昭和39年) (昭和45年) (平成8年) (平成31年) ダブルの黒背広 冬服 冬服 冬服 冬服 冬服 冬服 白詰襟 夏服(海曹) 第2種夏服 第2種夏服 第2種夏服 第1種夏服 第1種夏服 第2種ワイシャツに黒ズボン(黒ネクタイ) (なし) (なし) (なし) (なし) 第2種夏服 第2種制服 カーキ色長袖シャツにカーキ色ズボン (なし) (なし) (なし) (なし) (なし) 第2種夏服 半袖白開襟シャツに白ズボン (なし) 略衣 防暑衣 第3種夏服 第3種夏服 第3種夏服 シングルの灰色背広 夏服(幹部) 第1種夏服(幹部) 第1種夏服(幹部) 第1種夏服(幹部) (廃止) (なし) 帽章 [ ] 保安庁警備隊創隊から防衛庁海上自衛隊発足以後1970年(昭和45年)までの間は、現在の帽章とは異なるものが用いられていた。 この旧型帽章制定の際に参考にされたのは、当時の警備隊が属する保安庁の海上保安官の帽章である。 錨の周囲を輪金で囲み、その上位にをつけ、下部を桜葉及び桜蕾で囲んだものであった。 ちなみに、海上保安庁のそれはほぼ配置が同じであるが、錨(海上保安庁はコンパス)、輪金(救命浮環)、桜(梅)の違いがあった。 警備隊~1970年海曹用正帽 58式までは帽章は幹部用と同じ物で違いは顎紐のみ。 帽体も幹部同様冬は黒で夏用は白カバーを付ける旧海軍式であった。 1970年以降の帽章は上部中央にいぶし銀の桜花を配し中央部にアンカー、それを桜葉が囲むデザインで幹部用は金モール製、海曹用は金属製で一回り小振りに出来ている。 以上のの帽章は旧海軍の物に酷似している。 旧海軍との違いは中央の輪金のデザインが旧海軍は真円であるのに対し、海上自衛隊は楕円である事である。 また、の帽章と以上のの帽章との最も大きな違いは、中央のアンカーを囲む輪金の有無である点は、昭和17年以降の旧海軍の士官と下士官の違いと同様である。 海士用帽章は創設以来変わりなく、旧海軍と同様の所属艦艇名、部隊名を標した(黒色八丈織の鉢巻式で、前面に所属部隊を示す文字。 更に両端に錨各1個を金色の金版打としたもの。 旧海軍との違いは表示が右書きか左書きかの違いである。 ペンネントの文字は、「海士長以下の自衛官の帽章に表示する文字に関する訓令」(昭和43年海上自衛隊訓令第9号)及び「海士長以下の自衛官の帽章に表示する文字に関する達」(昭和43年海上自衛隊達第27号)により規定されている。 艦隊所属の自衛艦であっても全自衛艦が自艦の名前のペンネントを持っている。 これは、編成は変更となることが多く、また、何らかの理由で一時的に隊から離れる事もあり、その場合は個艦名のペンネントを使用するからである。 通常は国名は入らないがの場合のみ、「日本国練習艦隊」という文字となる。 に配属された場合は「海上自衛隊」となる。 制服着用の男性の海士は一目で所属が分かる事になる。 海上自衛隊の各服装。 左から、海曹(2人)、海士(2人)の通常礼装夏服、航空服装、立入検査服装、消防服装、艦艇戦闘服装、消防服装(火炎防護衣)、航空整備服装(航空誘導服) 常装 [ ] 全体的に、黒と白を基調とした服制で、各国海軍との共通性が見出される。 陸上自衛隊や航空自衛隊は創設から現在までの間に、複数回の大きな変更をしてきたが、海上自衛隊の男性用制服については殆ど変更をしておらず、1970年(昭和45年)に変更された幹部正帽章と1996年(平成8年)に廃止された第1種夏服以外は、冬服夏服共に1950~60年代制式の物が現在でも通用し見た目の違いは殆ど無い。 制帽 [ ] 制帽には、正帽(女性正帽)・冬略帽・夏略帽(女性自衛官は夏冬の区別なく女性略帽が定められている)・作業帽(以下 、以上のにつては主に冬略帽を着用する)などがある。 幹部候補生たるについては、例外が多く定められているので、ここでは幹部候補生学校での制式の正帽について記述。 正帽は、天井及びまちが白色で、その他の部分は黒色である(正帽は夏・冬の区別がない)。 陸上自衛官と異なり、海上自衛官は礼装においても常装と同様に正帽を着用する。 旧海軍では軍帽は紺色で、夏季のみその上に白布の日覆いをかけていたが、海上自衛隊の場合は始めから天井及びまちは白色である。 正帽 准海尉以上の幹部、及び幹部候補生たる海曹長) 以上のの正帽は、海曹の制帽の形状を基本に、顎紐の外側に縞織金線をつける。 帽章は、黒色羅紗の台地に金色金属製の錨の周囲を金色輪金で囲み、その上位に銀色金属製の桜花をつけ、下部を金モール製の桜葉及び銀モール製の桜蕾で囲んだもの。 なお、以上(陸上自衛官及び航空自衛官は以上)は、鍔表面の前縁に沿って金モール製の桜葉と実の模様(陸上自衛隊及び航空自衛隊は共通の模様で、海上自衛隊のそれとは別の模様が施されている。 陸上自衛隊は金モール、航空自衛隊は銀モールで鍔表面の前縁に沿った桜葉の連なりの中に左右1輪ずつの桜花がデザインされている。 )をつける。 海上自衛隊にあっては前身である海上警備隊発足当初から現在と同様に以上について鍔表面の前縁にモール製の桜葉模様の装飾が施されていたが、陸上自衛隊と航空自衛隊については58式・70式時代までは曹士~1佐まで同様の正帽で将官のみが顎紐が縞織金(銀)線で鍔表面の前縁に沿って、金(銀)モール製の桜葉に桜花の装飾が施されていた。 91式制定後に以上について顎紐と鍔のモール装飾を海上自衛隊と同様に施すこととされた。 これは陸上自衛隊と航空自衛隊だけの変更で、海上自衛隊は金モールの装飾は2等海佐以上である事を変更しなかった。 海上自衛隊は伝統と格式を重んじる傾向にあり、この制服の階級による装飾での差別化にも基本的指揮権の原則があるため陸上自衛隊や航空自衛隊と同様にする事はなかった。 独立した戦闘部隊である護衛艦や大型艦の艦長、陸上部隊の隊司令等は2等海佐以上であり、3等海佐までは艇長や部隊長・分隊長でしかなく金モールは烏滸がましい。 指揮権の重さが違うので以上に制帽の装飾を施しているのである。 また、桜葉は佐官と将官では枚数が違い、将官用は佐官用の桜葉の内縁側に大小の桜葉が左右7枚ずつ多くなっている 陸上自衛隊と航空自衛隊においては中心部で内縁に向かって左右3枚ずつの葉がY字型に足されている。 幹部候補生学校の学生である たるにあっては、以上のの正帽に用の帽章を着けた物になる。 左が「自衛艦しらね」の文字が入った帽章。 右は米海軍兵 男性の正帽は旧海軍同様の水兵帽型。 前庇がなく、顎紐は革製ではなく黒色のゴム入布製のものである。 海上警備隊から1960年代末頃までは旧海軍と同じ黒色の帽体で夏用に白色の覆いをかぶせるものであった。 1960年代末頃以降は幹部・海曹と同じく腰部分以外は白色で年間を通して着用する。 私物を購入する場合は、現在の官品型の販売はなく1960年代末頃までと同様の旧海軍型を購入し通年白布の覆いを被せ着用する。 また、私物は天張が番線によって張られているので曲げやすく、往々にして天井正面中心部を支点に両サイドを下げて三角形になるように形を変えて着用するのが定番である。 女性海士の正帽は女性海曹の正帽に準ずる。 各部隊名のペンネント 略帽 略帽は、旧海軍以来の戦闘帽型のもの。 舟型であって、の前庇及び顎紐をつける。 顎紐の両端は、帽の両側において、錨を浮き彫りにした金色の耳ボタン各一個で留める。 冬略帽は冬服(黒色毛織物等)、夏略帽は夏服(白色綿等)の生地にそれぞれ同じ。 帽章は、略帽の共布の台地に、金色金属製の桜花をつけた金色金属製の錨の周囲を金色輪金で囲んだもの。 旧海軍では帽体下縁に沿って下士官は1本、士官は2本の周章(冬用は白、夏用は黒の下縁部を1周するライン)がつけられていたが、海上自衛隊には周章などはなく、無地で全階級で同じものが用いられている。 略帽は常装(第1種夏服を除く)等で用いる。 陸上自衛隊や航空自衛隊では頻繁に着用されるが海上自衛隊ではあまり着用されない。 常装を着用する場合は甲板要員など特殊な部署以外では正帽が用いられることが多く、曹士にあっては装備品として貸与されているが着用の機会は少なく、被服点検の際に確認される程度のことが多い。 他方、冬略帽に関しては以上のが作業服装をする際などに夏であっても作業帽として着用するので比較的着用の機会はあるものの、近年では部隊識別帽の着用が多くなり、幹部自衛官の作業帽としての着用機会も減っている。 2019年4月に黒色ベレー帽が第2種略帽として追加装備された。 夏略帽 防暑帽 幹部用は、曹士用はスラウチハット型のものを使用する。 短靴 [ ] ズボンの色が黒色の場合(冬服ズボン及び第2種夏服ズボン)に着用する短靴は黒色に限られている。 ズボンの色が白色の場合(第1種夏服ズボン)は、幹部及び幹部候補者たる海曹長は白又は黒色のいずれでもよいが、以前は幹部夏服は白色に限定されていたため今でも殆ど白色の短靴を着用している。 礼装の場合は白色とされている。 その他の海曹及び海士は黒色に限られている。 幹部自衛官の短靴は、のストレートチップである。 冬服 [ ] 海曹、及び准海尉以上の幹部自衛官 海曹以上の冬服は、黒色のダブル6つボタンでノーベントの背広型が用いられている。 創設当時から基本形状は変わらず大きな変更はない。 剣襟で、胸部の左に隠しポケットをつけ、腰部の左右に各1個のふたつき隠しポケットをつける。 90年代に入り左胸部隠しポケットが追加装備され米海軍の冬服と同じになったが、現在でもポケットの無いものを着用している者は多い。 冬服上衣のほかに、冬服ズボン、正帽又は冬略帽、第1種Yシャツ又は第2種Yシャツ 第2種夏服上衣 に黒色のネクタイ、黒色の短靴、黒色の冬服バンド、海曹は左上腕部に准海尉以上の幹部自衛官は両袖口に甲階級章を着用する。 ボタンについては冬服夏服、制帽の耳章、及び男性用女性用共通で、金色金属製でアンカーとアンカーチェーンがデザインされている。 よく勘違いされるが、桜に錨のデザインは旧海軍制式の物である。 海士 男性海士の冬服はセーラー服型である。 旧海軍と異なり現在の海上自衛隊では、冬服の袖口にカフスがつき、襟に付されている白線が2条(旧海軍は1条)などの細部においては差異がある。 自衛隊法施行規則上は海士のセーラー服は黒色とされている。 しかし、官給品については濃紺である。 袖口にカフスをつけ、ホック各2個で留める。 襟の周囲及びカフスに白色布線各2条をつける。 前面V字形襟の裏側に白色の胸あてをつけ、上縁に黒色布線1条をつける(中のシャツが見えているのではなく、別の布を胸当てとして付けている)。 胸部の左に1個の隠しポケットをつける。 襟飾は黒色とし、地質はネクタイと同じ。 女性海士の冬服は女性海曹の冬服に準ずる。 なお、女性自衛官については基本スタイルは全ての階級で同じであり、准海尉以上の幹部自衛官と海曹士との違いは帽章、き章、階級章の装着位置、モール等の装飾である。 航空学生 海上自衛隊生徒の冬服。 胸の生徒識別章を除いて航空学生も同じ 航空学生並びにかつての及びの冬制服は、旧と同じ濃紺色の短ジャケットに7つボタンが付いた詰襟制服を着用する。 正帽は海士の階級にあっても海曹と同じものを着用する。 左腕に付される甲階級章のV字形線及び桜花の色は金色(一般の海士は赤色)。 航空学生はさらにワッペン型の航空学生徽章をつける。 航空学生には22期から男子制服に採用された。 女子は一般海曹と同等の制服に航空学生徽章をつけていたが、女性隊員の希望により2016年から詰襟制服採用を目指し試行が始まった。 正帽の変更はなく女性自衛官用のままである。 外套 [ ] 海士 濃紺色のPコートで、錨マークの入った8つボタン。 左腕上部に甲階級章を付ける。 海曹 黒色のトレンチコートで、幹部用と同じもの。 左腕上部に甲階級章をつける。 幹部 黒色のトレンチコートで、海曹用と同じもの。 陸・海・空自衛隊の中で唯一階級章を付けない。 民生ファッションとして有名なPコートは元々水兵の制服から派生したファッション。 トレンチコートも第1次世界大戦の塹壕 trench 戦でイギリス軍が用いた防雨外套から派生したファッションである。 第1種夏服 [ ] 第1種夏服を着用した 3等海曹以上の常装第1種夏服では、第1種夏服上衣(白色立襟型の5つボタン。 胸に外貼り式のポケット2つ。 腰には外ポケットなし)、第1種夏服ズボン、正帽(略帽は着用しない)、短靴(幹部及び幹部候補者たる海曹長は白又は黒色。 その他の海曹は黒色に限る)、丙階級章(幹部は、海曹は左腕)及び第1種夏服バンドを着用する。 旧海軍と海上自衛隊とでは、士官・下士官の夏服はともに白の立襟(詰襟)に5つ金ボタンと共通であるが、海上自衛隊では米海軍式で胸ポケットが外貼り式となっている。 ) また、冬服の左胸部隠しポケットが足された時期に、夏服ズボンの右ポケット上部に小さいコインポケットが追加された。 (海士夏服ズボンも同様に追加されている。 ) 男性海士の第1種夏服はセーラー服型である。 また、海曹、幹部の第1種夏服上衣はその殆どが下着のシャツの上に着用するため、陸上自衛隊、航空自衛隊のように第2種ワイシャツを着用し、その上に夏服上衣を着用する事は無い。 しかし、稀に第1種夏服用としてPXで販売されている旧軍のようなスタンドカラーのワイシャツを自費購入し着用することもある。 第1種夏服の着用は礼式や分隊点検が主であるが、下着の上に着用する前者は待機室内等以外では上衣を脱ぐ事が出来ないが後者は室外でのその場待機時に上衣を脱ぐ事ができる。 女性海士の第1種夏服は女性海曹の第1種夏服に準ずる。 航空学生及びかつての海上自衛隊生徒は、冬服と同型だが白色となる。 第2種夏服 [ ] (2008~2019) 第2種夏服を着用した(2015年5月)。 手前の3等海佐と他の男女隊員(海曹)の制服の形状は同じ 幹部のグレー背広型の第1種夏服が廃止され、幹部、海曹の白詰襟夏服が第2種制服から第1種制服に種別変更された事に伴い新たに別の第2種夏服が(平成8年)の服制改正時に陸上自衛隊 91式 ・航空自衛隊 84式 の第2種夏服に合わせて改制された :p315-316。 この制服はそれまでの海上自衛官の制服とは異なり、上下色違いで准尉以上・海曹・海士全ての階級で形状が同じという特徴を有している。 第2種夏服では、第2種夏服上衣(種別第2種Yシャツ、両肩にエポレットと左右にフラップ付き胸ポケットが付いた白色長袖ワイシャツ型)、第2種夏服ズボン(黒色。 生地・形状とも冬服ズボンと同じであるが、冬服ズボンとは別に第2種夏服ズボンという名称で規定されている)、黒色ネクタイ、正帽又は夏略帽(略帽は冬服のものと同じ形状。 但し、生地及び色が夏服の生地と同じになっている。 なお、帽章は黒色ではなく金色)、短靴及び、冬服バンドを着用する。 また、上衣には防衛記念章、ネームプレート、各種徽章等、乙階級章を着用する。 2019年4月以降夏服の種別を無くし、年間を通して着用できる「第2種制服」とされた。 (2019~) 2019年4月にカーキ色上下の新型が第2種夏服に制定された。 形状は幹部用作業服に酷似しており、濃紺をカーキ色にしただけのような感がある。 この第2種夏服制定と同時に黒色ベレー帽型の第2種略帽が制定された。 第3種夏服 [ ] 第3種夏服。 左3名は3等海尉、右1人は男性海士。 1985年 海曹以上の第3種夏服は半袖開襟シャツの白色の上下、男性海士の第3種夏服は半袖のへちま襟の簡易セーラー服型、女性海士の第3種夏服は女性海曹の第3種夏服に準ずる :p316。 3等海曹以上の常装第3種夏服では、第3種夏服上衣(白色半袖開襟シャツ)、第1種夏服ズボン、正帽又は夏略帽、短靴、丙階級章及び第1種夏服バンドを着用する。 女性海曹以上・女性海士と、男性海士の場合は上衣の裾はズボン・スカートの中に入れない。 海曹用は肩に陸上自衛隊・航空自衛隊と同様のエポレットが付いているが、陸上自衛隊・航空自衛隊のように乙種階級章は装着せず従来通り丙階級章を左袖につける。 幹部用は肩に丙階級章を装着するためエポレットではなく階級章固定用のループが付いている。 裾は海曹用は陸上自衛隊・航空自衛隊と同様のスクエアボトム、幹部用は第2種夏服と同じワイシャツ型のラウンドボトムである。 海曹以上の第3種夏服上衣は71式以降の陸上自衛隊・航空自衛隊と同じ形の4つボタンの半袖開襟シャツであるがそれぞれに生地が違う。 陸上自衛隊は91式で開襟型ではあるが首元最上部にボタンを付け5つボタンとし、航空自衛隊は平成20年の改定で開襟ではない折襟半袖ワイシャツ型5つボタンに変更したが、海上自衛隊は変更なく白色半袖開襟シャツのままである。 第1種礼装夏服を着用した 冬服又は第1種夏服に白手袋を着用する。 第2種礼装 [ ] 准海尉及び幹部自衛官は、礼服と呼ばれる冬は黒色、夏は白色の、剣襟のメスジャケット型の礼服が定められている。 この場合の階級章は冬用は袖章の甲階級章、夏用は肩章の丙階級章が用いられる :p316。 通常礼装 [ ] 第1種礼装に同じ。 通常礼装は冬服、及び旧第1種夏服又は旧第2種夏服 現第1種夏服 に白手袋を着用する。 しかし、幹部自衛官の制服であった第1種夏服は1996年に廃止となり、第2種夏服が第1種夏服に変更となった。 そのため、通常礼装は冬服又は第1種夏服に白手袋を着用することとなり、第1種礼装と全く同じである。 ファンシードリル用 [ ] 航空学生によるファンシードリル 航空学生がファンシードリルを披露する際に着用する制服。 階級章 [ ] 陸上自衛隊の91式制服制定に伴い、海上自衛隊においても新種別制定と種別変更が行われた。 また、細部の仕様変更も行われた、 海上自衛隊の夏服用階級章は冬用と色が異るため、冬を甲階級章、夏を乙階級章としていたが、昭和59年に航空自衛隊が第2種・第3種夏服用の乙階級章を制定し、冬服・第1種夏服用を甲階級章としたのに続き、91年に陸上自衛隊も同様に乙階級章の制定をしたのに合わせて従来からの海上自衛隊の夏服用階級章を丙階級章とし、陸上自衛隊・航空自衛隊と同様の筒形で肩のエポレットに通す形式の階級章を乙階級章、従来の冬服用を甲階級章と制定した。 現在丙階級章が存在するのは海上自衛隊だけである。 作業服装 [ ] 作業服装で着用する制帽は、准海尉以上は略帽、海曹長以下は作業帽を着用するか、または幹部・曹士共に部隊識別帽を着用する。 冬季は更に簡易服ジャンパーを羽織ることもある。 幹部候補生たる海曹長、及び准海尉以上の幹部自衛官の作業服装 幹部自衛官の作業服は濃紺のズボンに濃紺のYシャツ型エポレット付上衣に作業靴、夏服・冬服があり冬服は裏地の付いた長袖のもので、夏服は薄手で長袖と半袖がある。 上衣方のエポレットに乙種階級章を装着する。 作業帽は略帽。 1990年初期まではグレーのズボンにグレーのYシャツ型上衣に黒短靴、作業に応じて安全靴等着用。 作業帽は冬用略帽であった。 夏冬共用の1種類だけで階級章は左ポケット上に略章を装着する。 現行と違い陸上勤務の幹部はほぼ通年常装、艦艇勤務の幹部は停泊中は以外殆ど常装であった。 そのため幹部が作業服装を着用する事は少なかった。 これは旧海軍からの伝統で士官が汚れ仕事をする事は無いという風習からであり、唯一が作業服装を多用するのは兵に口うるさく規律や清掃について指導 率先実行 する立場にあるからである。 海曹士の作業服装 警備隊創隊から昭和50年初めまで旧海軍同様の上下白色で上衣はVネック無ボタンシャツ型で首元を紐で結ぶ作業服であり、昭和40年中頃より上下青色で上衣はジッパー式短丈のジャンパー型に変更された。 昭和53年頃までは重複着用可能期間であり白色作業服も若干の着用者がいた。 好んで白色作業服を着用する者がいた。 また、昭和54年頃に作業服変更のための着用試験が行われており、一部部隊の曹士に試験用作業着が支給され着用された期間があった。 当時の作業服は厚手のコットン主体の物であったが、試験用の物は化繊主体で薄手の前ボタンシャツ型であり色は濃紺で、エポレットは無いが現行の物に似ていた。 ただ、ほんの短期間で着用している者はいなくなり、その後10年以上短ジャケット型が現行であった。 (下・中央の写真右端の作業服)• 作業服装に簡易服ジャンパーを羽織った姿 作業帽 [ ] 作業帽は、野球帽型。 半球型であって、共布の前庇及び顎紐をつける。 顎紐の両端は、帽の両側において縫いつける。 天井に6個の鳩目をつけ、通風口とする。 後面にのバンドをつけ、帽子用調整具で留める。 前面に共切れの楕円型台地に金色の糸で桜花をつけた錨を刺繍し、台地の周囲を金色の糸で縁どりした帽章をつける。 この作業帽は、曹士のみが着用し、曹士の作業服類似の色となっている。 幹部自衛官の作業帽については冬略帽を着用する。 部隊識別帽 [ ] 部隊識別帽は、野球帽型。 生地の素材、色、帽章となる部隊識別用のマーク・インシグニア等は各艦艇、部隊、護衛隊、群等で制定し、将~士まで同一の物を着用する。 2佐以上の者は制帽同様鍔に金モール 俗語でカレーライスと呼ぶ。 が刺繍された物を着用する。 制服・作業服・体操服全てで着用出来る。 ただし、艦艇の舷門当番、陸上部隊の当直室勤務の当直員 マーク当直 、公用使は着用出来ない。 その他、出入港時の制服着用での答舷礼、分隊点検、式典礼装時等も着用出来ない。 幹部の新防暑作業服装 海上自衛隊ではにより特殊服装として以下のものを定めている。 海上自衛隊特殊服装 服装 着用基準 構成 航空服装 航空機に搭乗することを任務とする者が、航空機に搭乗する場合及び地上において航空機に搭乗するために必要な教育訓練に従事する場合で部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 航空帽、航空マフラ一、航空服、航空服上衣、航空手袋、航空靴、航空眼鏡、略章 航空保護服装 航空機に搭乗することを任務とする者が、航空機に搭乗し、身体の保護上必要がある場合に着用する。 航空帽、耐水服、耐寒服、航空マフラー、航空手袋、耐水手袋、耐水靴、航空眼鏡 防寒服装 寒冷時の場合に部隊等の長が定めるところにより着用する。 防寒帽、防寒服上衣、防寒服ズボン、潜水艦等服(潜水艦等及びミサイル艇の乗員に限り防寒服に代えて潜水艦等服を着用することができる。 )、防寒マフラー、防寒手袋、防寒眼鏡、防寒靴、防寒覆面、防寒耳覆い、防寒靴下。 防暑服装 別に定める場合のほか、赤道を中心とする南北緯度各29度以内の地域に所在し、又は行動する部隊等に勤務する者が、酷暑の場合に部隊等の長の定めるところにより着用することができる。 正帽、夏略帽、防暑帽、防暑服上衣、防暑ズボン、短靴(白色又は黒色、海曹長以下は黒色)、防暑長靴下(准海尉以上は白色、海曹長以下は黒色)、丙階級章、第1種夏服バンド。 防暑作業服装 酷暑時の軽作業等に従事する場合に、部隊等の長が定めるところにより着用することができる。 作業帽(准海尉以上は冬略帽)、防暑作業服上衣、作業服ズボン又は防暑作業服ズボン、短靴 黒色 、作業靴又は防暑靴、略章。 調理服装 調理作業に従事する者が、調理を行う場合に着用する。 調理帽、調理服上衣、調理服ズボン、調理用前掛け、調理用長靴。 航空整備服装 航空機の整備(航空電子、航空武器及び航空救命を含む。 以下同じ。 )を任務とする者が航空機の整備を行う場合に着用する。 整備帽、特殊作業服、作業外衣、誘導服、整備靴、略章。 艦船等整備服装 艦船の甲板作業又はこれに準ずる作業並びに陸上部隊において主として屋外作業に従事する者が、これらの作業を行う場合に着用する。 作業帽(准海尉以上は冬略帽)、作業外衣(航空整備服装の作業外衣に同じ。 ) 機関作業服装 艦船の機関部作業又はこれに準ずる作業に従事する者が、これらの作業を行う場合に着用する。 作業帽(准海尉以上は冬略帽)、特殊作業服、安全靴、略章。 潜水艦作業服装 潜水艦及び練習潜水艦(以下「潜水艦等」という。 )に乗り組む者が、潜水艦等の艦内において部隊等の長の定めるところにより着用する。 作業帽(准海尉以上は冬略帽)、潜水艦作業服、潜水艦作業靴、略章。 雨天作業服装 艦船の甲板作業及び陸上部隊の屋外作業に従事する場合並びに災害派遣又は地震防災派遣に従事する者が、雨天時にこれらの作業を行う場合に着 用する。 作業帽(准海尉以上は冬略帽)、特殊雨衣上衣、特殊雨衣ズボン、ゴム長靴。 衛生作業服装 衛生に関する業務を任務とする者が、その業務を行う場合に着用する。 手術帽・看護帽・手術衣、看護衣、外衣。 患者服装 海上幕僚長の監督を受ける自衛隊地区病院に入院し、又は医務室(艦船内のものを含む。 )に入室した場合に着用する。 患者衣、患者用外衣。 消防服装 消防業務の任務を命ぜられた者が、消防作業を行う場合及び消防訓練を行う場合で部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 防火ヘルメツト、防火衣上衣、防火衣ズボン、防火手袋、防火靴。 体操服装 主に体育としての体操を行う場合に着用する。 体操帽、体操服上衣、体操服ズボン、体操靴。 陸上戦闘服装 出動、教育訓練等において、部隊等の長が必要と認める場合に着用する。 鉄帽(鉄帽用中帽)又は陸上戦闘帽若しくは陸上戦闘用白色帽(陸上戦闘用白色面覆)、陸上戦闘鉄帽覆、陸上戦闘服上衣(陸上戦闘外衣)又は陸上戦闘用白色外被、陸上戦闘服ズボン又は陸上戦闘用白色ズボン、陸上戦闘用雨衣、陸上戦闘手袋又は陸上戦闘用白色手袋、半長靴又は陸上戦闘用白色防寒靴、略章。 艦艇戦闘服装 自衛艦(砕氷艦を除く。 )に乗り組む者が、戦闘部署につく場合及び監視業務を行う場合で部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 鉄帽又は作業帽(准海尉以上は冬略帽)、艦艇戦闘面覆、艦艇戦闘服上衣、艦艇戦闘服ズボン、艦艇戦闘服バンド、艦艇戦闘靴、艦艇戦闘手袋、略章。 立入検査服装 対象船舶(不審船を含む。 )の立入検査を任務とする者及び船舶検査活動において対象船舶に乗船しての検査、確認等を任務とする者が、その作業を行う場合及び当該作業を行うための教育訓練に従事する場合で部隊等の長が必要と認める場合に着用する。 立入検査帽、立入検査服、立入検査手袋、立入検査靴、略章。 特別警備服装 特別警備隊の隊員が、任務を遂行する場合及び当該任務を遂行するために必要な教育訓練に従事する場合並びに特別警備隊以外の隊員が、特別警備隊の隊員として必要な技能修得のための教育訓練に従事する場合で部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 顔面覆又は作業帽(准海尉以上は冬略帽)若しくは立入検査帽、特別警備服、特別警備服上衣、特別警備手袋、特別警備靴、特別警備き章、略章。 エアクッション艇服装 に乗り組むことを任務とする者が、エアクッション艇に乗り組む場合及び輸送艦上又は陸上においてエアクッション艇に乗り組むために必要な教育訓練に従事する場合で部隊等の長が必要と認めるときに着用する。 作業帽(准海尉以上は冬略帽 、エアクッション艇服、エアクッション艇服上衣、エアクッション艇手袋(航空手袋に同じ。 、安全靴、略章。 エアクッション艇誘導服装 エアクッション艇の発進、収容等の運用作業に従事する者が、これらの作業を行う場合に着用する。 作業帽(准海尉以上は冬略帽 、特殊作業服、作業外衣(航空整備服装の作業外衣に同じ。 、誘導服(航空整備服装の誘導服に同じ。 、安全靴、略章。 特殊勤務服装 警務、情報、募集及び援護の関係の職務に従事する場合において、部隊等の長が必要と認めるとき着用する。 一般用の背広服上下、防寒コート。 海上自衛官の職務又は技能を識別するために用いるき章等 [ ] 海上自衛官の、識別章としては次のものがある。 幹部候補生き章 たるが着用する。 曹長の階級章と併用する陸上自衛隊、航空自衛隊とは違い、海上自衛隊では海曹長の階級章は付けずに1本の金モール細線 6mm に錨をかぶせた袖章 冬制服 と肩章 夏制服、作業服 の幹部候補生き章を着ける。 幹部候補生き章ではあるが階級章に近いものである。 幹部候補生き章 夏制服用 水上艦艇き章 潜水艦き章 潜水員き章 特別警備き章 航空き章 航空管制き章 潜水医官き章 航空医官き章 体力き章 体育訓練の種目等に関する訓令(昭和33年防衛庁訓令第82号)第3条の規定により実施される体力測定において、陸上幕僚長、海上幕僚長又は航空幕僚長が定める基準以上の成績を修めた陸上自衛官、海上自衛官及び航空自衛官が着用する。 燻し銀色の金属製のもの又は緑色の布製台地に銀糸で縫取りをしたものとし、表面が6面の星を模したものを中心にして、その両側に月桂樹の葉を配したものとする。 体力測定の他、水泳能力検定1級も取得した者は中心の星が金色の物を着用する。 これは海上自衛官だけである。 昭和45年制常装第1種夏服の航空幕僚長 制服の変遷 [ ] 昭和29年(1954年) [ ] の発足に伴い制定された。 についてはの・、ののような前身機関は存在せず、また、戦前戦中を通じてわが国の航空兵力は陸海軍の航空隊によって運用されており、独立したは存在していなかった。 そのため航空兵力運用を専門とする全く新しい組織の発足でありアメリカ空軍を手本とされた。 の服制等はが参考にされたがについても1947年になってからが分離独立したもので基本はに準じたものであった。 も参考にされた同様、基本はと同じものであった。 正帽章は幹部用は現行とほぼ同じデザイン 下部光線内の意匠が違い雲形があった。 これはアメリカの陸空軍が士官と下士官・兵の差別化で同様の形式であった事から、帽章のデザインは違うがも同様の違いがあった。 昭和33年(1958年) [ ] 服のデザインが変更された。 陸上自衛隊と同型のもので、色も同じ濃紺であったため見分けがつきにくく、冬服、第1種夏服には左右の襟に鷲のき章 航空自衛隊章 を付け陸上自衛隊と区別された。 航空自衛隊章は幹部自衛官と曹士自衛官では装着位置の違いがあった。 幹部自衛官は襟の上部 空曹の階級章装着位置 に装着し曹士は下部に装着した。 これは階級章の装着位置の違いによるものであり、曹だけが違い士が幹部と同じといわけにはいかないため襟に階級章のない士も襟の下部装着となった。 皆が襟の下部に付けるという発想はなかったようで、あくまでも幹部と曹士は違うという階級制社会の差別化を制服で行っていたものである。 これと同様に現行では蛇腹のア-ムバンドを幹部の制服に装着し差別化している。 昭和35年(1960年) [ ] 1種及び2種夏服に変更が加えられた :p317。 昭和40年(1965年) [ ] 冬服及び正帽が変更された。 それまで陸上自衛隊と同色であった色調は冬服が濃紺であるが白糸の入った一綾織に変えられ、正帽も同色となった。 それにより容易に区別ができることとなり、襟の航空自衛隊章は廃止された。 正帽については更新支給途中で70式に改正され以後70式の支給が開始されたためまったく手にしたことのない隊員が多数いる。 昭和45年(1970年) [ ] 陸上自衛隊の大改正に伴い改正がされた。 しかし夏服は60年、冬服は65年に改正されておりその小変更であった。 この改正により基本デザインは同一であるが、陸上自衛隊とは色調やデザイン細部の変更 上衣をサイドベンツにする等 がされた他、常装の分類について陸上自衛隊・海上自衛隊と統一が図られた。 航空自衛隊章 制帽章 の意匠が小変更され、V字の光線の中の雲形が廃止された。 また曹士用正帽章は円形の台座が取り払われて航空自衛隊章は一回り大きくなった。 しかし、幹部と曹士の差別化のため幹部用より一回り小さい物であるがデザインは幹部用と全く同じである。 昭和46年(1971年) [ ] 陸上自衛隊と同様、夏服が改正された。 第1種夏服は冬服同様サイドベンツとし、第2種夏服、第3種夏服の色調は60式と同じ淡灰色のままであったが、陸上自衛隊が茶灰色に変えた事で夏冬共に色調の競合は無くなった。 昭和49年(1974年) [ ] 婦人自衛官(当時の呼称)の制服が制定された :p317。 昭和59年(1984年) [ ] 夏服が改正された :p317。 それまでの改正は陸上自衛隊に倣って行われていたが、この改正では陸上自衛隊・海上自衛隊よりも早く第2種夏服を改正、第3種夏服も陸上自衛隊に先立って改正された。 男性用は第1種夏服はそれまでと同様で、第2種上衣が淡い水色の折襟ワイシャツ型で白系4つ穴ボタンの6つボタン、第3種上衣が淡い水色の開襟シャツ型でボタンはそれまでの第3種の形式と同じだが色が変わり、水色液晶タイプの足つきボタンの4つボタンになった。 女性用も形状はそれまでと同様で、第1種は冬服と同じ紺青色、第2種は淡い水色、第3種は上衣が淡い水色、スカートは紺青色になった。 男性自衛官のものは 平成20年 改正まで(第2種はそれ以降も)使用される。 これ以降男性女性共に第2種夏服上衣は、第2種ワイシャツとして常装冬服、及び第1種夏服のワイシャツとして着用されることとなった。 この第2種夏服上衣の第2種ワイシャツとしての着用については、陸上自衛隊は平成3年、海上自衛隊は平成6年の改正時に航空自衛隊と同様になった。 また、新型の第2種・第3種夏服制定に伴い甲階級章の着用が夏服では第1種のみとなり第2種・第3種夏服用に乙階級章が制定され、部隊章も第2種と第3種は若干デザインが変わったベルクロで取り外しの可能なタイプが制定され、女性自衛官用は一回り小ぶりの専用の物が制定された。 同時に従来からの金属製共に中央部の部隊識別章のデザインが変わり方面隊はF1風航空機から三角形のデルタ翼機風のデザインとなった。 また、それまでの教育航空集団では部隊識別章台円の色で方面隊同様麾下部隊・学校等教育機関の区別をしていたが今改正で1種類となった。 また、航空教育集団と同じクロスで台円の色で区別された識別章であった補給本部は三角形、航空開発実験集団は衛星、航空支援集団は富士山に変更された。 平成6年(1994年) [ ] 陸上自衛隊のの平成3年改正に合わせ、女性自衛官の夏服が改正され、ワンピースが廃止された :p317。 平成20年(2008年) [ ] 現行の制服である。 70式以降、陸上自衛隊の改正から17年後の2008年(平成20年)3月に制服が大幅に変更された。 主な改正点は次の通りである。 冬服・第1種夏服• 表地を濃紺色に変更する。 幹部の袖に飾線を付する(陸上自衛官も幹部のみ付している)。 肩章留ボタンを、銀ボタンから隠しボタンに変更する。 女性冬服・女性第1種夏服• 男性用と同様の変更。 胸ポケットを貼り付け型に変更。 背ベルトを縫い付ける。 常装においてネクタイを従来のダービータイの他、礼装同様リボンのクロスタイも制定。 常装での制定は航空自衛隊のみ。 女性冬服スカート・女性夏服スカート• ファスナーを後部から左脇に変更。 女性冬服ズボン・女性夏服ズボン• 男性用と同様にする(ファスナーを左脇から前部に変更し、バンド通し5個を付する)。 第3種夏服上衣・女性第3種夏服上衣• 男性は襟を開襟式から第二種夏服と同形式の閉じられるものとし、女性は男性と同形式とする。 表地を濃紺色に変更する。 曹士用は側線を水色から黒色に変更する。 サイズ及び鷲の脚部付近の意匠等を小変更する。 礼服 [ ] 改正前は前合せがダブルで服飾帶を着用しないタイプで、冬服上下と夏服ズボンの色は同じだった。 現行の制服 [ ] 第3種夏服を着用した 第1種礼装 [ ] 冬服又は第1種夏服に礼服用階級章及び白手袋を着用する。 2008年(平成20年)10月1日施行の改正以前の礼服用階級章は、陸上自衛隊と同じ型でモールが銀色、桜星章が金色のものが使われていた。 この旧型階級章は、経過措置として、2008年(平成20年)12月31日までの間は改正後も着用が認められた。 もっとも、経過期間経過後も旧型礼服用階級章が用いられる例が多くある。 2008年(平成20年)10月1日施行の改正により、礼服用階級章は米陸空軍の将校用夜会服 のものと同様の型になった。 空将補以上は濃紺色の生地台地に銀色モールを張り、銀色金属製の桜星章をつけたもの、1等空佐から准空尉までは濃紺色の生地台地に銀色モールの側線を張り、階級章同様に銀色金属製の桜星章及び短ざく形をつけたものである。 第2種礼装 [ ] 准空尉及び幹部自衛官が着用する。 礼服の上着は剣襟のメスジャケット型で、色は冬が濃青色で夏が白色。 ズボンは夏・冬共濃青色。 礼服用階級章、蝶ネクタイ及び腹飾帯(濃紺色)と共に着用する。 通常礼装 [ ] 冬服又は第1種夏服に白手袋を着用する。 作業服装 [ ] 甲武装 [ ] 乙武装 [ ] 通常演奏服装 [ ] 女性自衛官の通常演奏服装には室内演奏用の第2種も定められている。 演奏略服装 [ ] 特殊服装 [ ] 航空自衛隊では制定の(昭和38年5月6日航空自衛隊達第30号)により、特殊服装として以下のものを定めている。 航空自衛隊特殊服装 服装 着用基準 構成 航空服装 航空機に搭乗することを任務とする自衛官が、航空機に搭乗する場合に着用する服装。 航空帽、夏航空服又は冬航空服、航空靴、航空手袋。 救難服装 救難降下業務を任務とする自衛官が、救難作業等を行う場合に着用する服装。 夏救難帽又は冬救難帽、夏救難降下服上衣又は冬救難降下服上衣、夏救難降下服ズボン又は冬救難降下服ズボン、救難降下服外衣、救難靴、救難手袋。 整備服装 航空機等の整備業務を任務とする自衛官が、整備作業等を行う場合に着用する服装。 作業帽、整備服又は作業服上衣及び作業服ズボン、編上靴又は整備靴。 迷彩服装 自衛官が、偽装を必要とする場合に着用する服装。 迷彩帽、迷彩服上衣、迷彩服ズボン、迷彩服外衣又は白色外衣、半長靴、編上靴又は防寒靴、迷彩手袋又は白色手袋、白色面覆い及び白色足首巻き、迷彩鉄棒覆い。 消防服装 消防業務を任務とする自衛官が、消防作業等を行う場合に着用する服装。 消防頭きん、消防服上衣、消防服ズボン、消防長靴、消防手袋。 体育服装 自衛官が、体育訓練を行う場合に着用することのできる服装。 運動帽、運動衣、運動ズボン又は運動パンツ、運動靴。 衛生服装 衛生業務を任務とする自衛官が、診療その他衛生業務を行う場合に着用する服装。 正帽又は略帽、必要に応じ看護帽又は手術帽、幹部自衛官及び准空尉は診察衣、空曹及び空士は看護衣、必要に応じ予防衣又は手術衣、短靴又は上靴。 患者服装 自衛官が、自衛隊の病院に入院した場合に着用する服装。 患者衣、短靴又は上靴。 炊事服装 自衛官が、炊事業務に従事する場合に着用する服装。 炊事帽、炊事服上衣、炊事服ズボン、炊事前掛け、炊事長靴又は炊事靴、炊事手袋。 防寒服装 自衛官が、防寒の必要がある場合に着用する服装。 防寒帽、防寒覆面又は防寒耳覆い、防寒外とう、防寒ズボン、防寒靴。 防暑略衣服装 自衛官が、防暑の必要がある場合に着用する服装。 略帽(作業帽又は防暑帽)、防暑略衣、夏服ズボン (防暑作業ズボン)、短靴(編上靴)、階級章の略章、バンド 防暑作業服装 自衛官が、防暑の必要がある場合に着用する服装。 略帽(作業帽又は防暑帽)、防暑略衣、夏服ズボン (防暑作業ズボン)、短靴(編上靴)、階級章の略章、バンド 特殊作業時の服装 航空機の誘導作業及び洗浄作業、写真現像作業その他の特殊作業に従事する場合には、必要に応じて部隊等の長の定めるところにより、着用することができる。 誘導帽、誘導衣、実験衣、作業用雨衣、防水作業ズボン、巻き脚はん、地下たび、安全靴等。 部隊等の長は、勤務上その他特に必要と認めた場合には、その定めるところにより、着用させることができる。 野球帽型の識別帽 特殊勤務服装 警務、情報、募集及び援護の関係の職務に従事する場合において、部隊等の長が必要と認めるとき着用する服。 一般用の背広服上下、防寒コート• 「」、「」、および「」を参照 脚注 [ ]• 2019年6月19日. 2020年1月5日閲覧。 2019年6月26日. 2020年1月5日閲覧。 防衛省情報検索サービス• 自衛隊の謎検証委員会編『知られざる自衛隊の謎』、彩図社、2011年10月、133p• カーネル嶋田「カーネル嶋田の装備開発実験団」『Molibito』 Vol. 4、 株 角川書店、2009年11月。 の2013年7月27日時点によるアーカイブ。。 2018年4月9日閲覧。 幹部用も支給され返納義務はあるものの、その立場上制服を着用する機会は曹士と比べ比較的多くなるため私物を購入する者が殆どである。 陸上・航空自衛隊については曹士の私物購入は少ないが、海上自衛隊については曹士においても私物購入着用者は多い。 「准・幹部用」と「曹士用」に大きく分類され、准・幹部用は肩章部分が取り外し可能で袖側はマジックテープで固定出来るように加工されており、また礼装用階級章を取り付けるための固定具を通せるよう肩から襟にかけて2カ所加工されている。 曹士用は袖付近にて縫い付けられている。 「」『』、2018年3月9日。 2018年4月13日閲覧。 の2018-4-13時点におけるアーカイブ。 日本語. の2018年4月13日時点におけるアーカイブ。 2018年4月13日閲覧。 陸上総隊ホームページにおいて確認可能• 防衛省. 2019年1月15日時点のよりアーカイブ。 2019年1月15日閲覧。 陸上自衛隊 水陸機動団. 2018年6月8日閲覧。 :2018年7月23日付投稿より• ツイート. より 2020年3月31日閲覧。 ツイート. より 2020年3月31日閲覧。 部隊編制上先任上級曹長・付准尉職を配置しない部隊や学校等においても、指導准尉等の役職にある者はこれを着用し営内班や部隊等を統率するよう規定されている。 このため学校内生徒隊の本部や教育隊・小隊編制の部隊や派遣隊といった小規模部隊でも当該き章を着用している者は存在する• 233-234• 吹浦忠正(ユーラシア21研究所理事長)の新・徒然草. 2018年5月30日閲覧。 - 海上自衛隊八戸航空基地• 第23条の3• 第26条• 平成20年防衛省令第6号附則第2項。 『MAMOR』(扶桑社)各号の「Air Mail」参照。 自衛隊の第2種礼装に相当する服装。 米陸空軍では第1種礼装相当の服装にこのタイプの肩章は使用しない。 また、陸軍では大佐以下の将校用となっており、将官の夜会服用肩章は陸上自衛隊のものと同様である。 平成20年9月1日公布の平成20年防衛省令第6号による改正。 関連項目 [ ] に関連の辞書項目があります。 (戦闘服)• (軍帽の帽章に用いられる)• 参考資料 [ ]• 内藤修 , 花井健朗『オールカラー陸海空自衛隊制服図鑑』並木書房、2006年。。 『自衛隊1982ユニフォーム・個人装備』池辺茂彦、KKワールドフォトプレス、1981年。 あかぎひろゆき『自衛隊ユニフォームと装備100! 』光人社、2005年。。 外部リンク [ ]• (制定:昭和29年6月30日総理府令第40号)• (制定:昭和32年2月6日防衛庁訓令第4号)• (制定:昭和43年2月28日陸上自衛隊達24-8)• (制定:昭和40年12月25日海上自衛隊達第90号)• (制定:昭和38年5月6日航空自衛隊達第30号)• (公式ページ)•

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陸上幕僚長

陸上 自衛隊

で用いられている旗 並びにおよびの監督を受ける部隊および機関からなる。 各部隊および各機関はのである。 の規定によれば、主として陸において行動し、の平和と独立を保つため、直接及び間接の侵略に対する防衛を行うことを主任務とし、また、必要に応じて公共の秩序の維持に当たるものとされる。 主にで構成され、その最上級者は機関である陸上幕僚監部を統括する陸上幕僚長である。 他国からは(Army)とみなされている。 平成28年度以降に関わるでは、常備150,875人と8,075人の合計158,950人、約400両、 約400門と定数が設定されている。 2019年(平成31年)3月末時点での陸上自衛隊の各装備の保有数は、戦車560両、990両、50両、発射機など60機、(各種)400門、1,100門、2,600門である。 の数は158(駐屯地131・分屯地27)である。 人員は、常備自衛官15万0856名、即応予備自衛官は8,075名で、年間平均人員は約13万5713名である。 令和2年度の陸上自衛隊の予算は約1兆8千1百7十億円である。 シンボルマークは「日本列島を守るように抱える緑色の両手」。 歴史 [ ] 詳細は「」および「」を参照 1945年(昭和20年)8月に日本はを受諾。 ポツダム宣言第9条に基き及びは解体され、代わって日本の防衛はを中心とする進駐軍が担っていた。 (昭和25年)6月にが勃発し、の大半がに出動したことで、日本防衛について空白が生まれたため、元帥の書簡により国内の治安維持を目的として、同年8月に「」が創設された。 (昭和27年)8月に「」が発足した。 警察予備隊は及び航路啓開隊とともに保安庁隷下に入り、それぞれ「」、「」に改組された。 その後、順次防衛力の整備が進み、1954年(昭和29年)7月1日に保安庁は「」に、保安隊及び警備隊は「陸上自衛隊」、「」にそれぞれ改組され、新たに「」が創設された。 陸上自衛隊を所管する防衛庁は、2007年(平成19年)1月9日に「防衛省」へと昇格した。 人事の歴史 [ ] 警察予備隊創設当時のには旧陸軍に対する反発があり、警察予備隊創設に当たって、で「警察予備隊創設の目的は、国内の治安維持のためである。 軍隊にあらず」と答弁している。 一方で、吉田茂と知己である元が、吉田の軍事顧問として影で警察予備隊幹部人選に関与している。 警察予備隊の総隊総監(のちの保安庁第1幕僚長、防衛庁に相当する)の人選にあたって、元を推す声がGHQからもあったが、吉田や辰巳の反対もありであったが充てられた。 林は総隊総監・第1幕僚長として4年、統合幕僚会議議長としてさらに10年の計14年の長きに渡り自衛隊の制服組トップに君臨した。 各自衛隊は発足の経緯から、いずれも初代幕僚長に旧内務省やといった官僚出身者を迎えたが、海自・空自が初代のみで終わったのに反し、陸自は戦中派出身の陸上幕僚長19名の内、内務官僚出身者が5名もおり、陸自が「内務軍閥」と言われる元となった。 しかし、下記のように続々と帝国陸軍の元たちが大量に復権し警察予備隊および保安隊の中核となっていき、現在の陸上自衛隊が作られていくことになる。 (昭和20年)、()に日本側代表団全権随員として出席した陸軍大佐時代の(最後列右端)。 として太平洋戦争の発端となったに従軍し、以後は各地の・や大本営の参謀として、また参謀本部において多くの作戦指導にあたった杉田はのちに陸上自衛隊第3代陸上幕僚長に就任する 1950年8月の警察予備隊創設当初は・出身()の元現役将校の入隊は認められず、幹部はを含む内務省等のや、等出身(等)の元将校からなった。 発足以後、矢継ぎ早にからさまざまな兵器の供与を受けたが、もとより軍事知識に乏しい文官出身者や短期間の下級将校教育しか受けていない元予備役陸軍将校では部隊の指揮統率や兵器に関する教育は不可能であった。 そのため指揮系統をより強固なものとすべく、翌(昭和26年)6月には陸士・陸航士の元現役陸軍将校であったうちの245名が第1期として入隊したが、58期生は任官が直前であったために実務経験が乏しく、期待されたほどの効果はなかった。 このことから、帝国陸軍において高度かつ長期間の軍事教育を受け実戦経験も豊富な以下の級元現役陸軍将校まで募集が拡大され、同年10月1日には元陸軍中佐(陸士第42期。 のち長、長)、元陸軍少佐(陸士第48期。 初代団長を経たのち第8代陸上幕僚長、第6代統合幕僚会議議長)や元陸軍少佐(陸士第50期。 のち第10代陸上幕僚長)などの405名の元佐官が、12月5日には407名の元が採用され警察予備隊に合流した。 当時は陸軍大佐の入隊は認められなかったが、(昭和27年)7月14日、保安庁保安隊への組織改編を前に、軍事的専門性をより高めるために陸士とまたはを卒業し、やの中枢において()や()の指導的立場にあった者を中心とする元陸軍大佐10名と元海軍大佐1名の入隊が認められた。 その11名の内訳は(陸士第36期。 のち第2代陸上幕僚長)・(陸士第37期。 のち第3代陸上幕僚長)・(陸士第34期。 のち)・(陸士第35期。 のち)・(陸士第37期。 のち幹部学校長)・(陸士第38期。 のち幹部学校長)・(陸士第39期。 のち)・(陸士第39期。 のち)・(陸士第39期。 のち幹部学校長)・(陸士第39期。 第4部長を経て1956年に空自に転官、のち第4代航空幕僚長)・(第52期。 のち北部方面副総監兼札幌駐屯地司令) となる。 同年同月には元陸軍中佐(陸士第43期。 のち第5代陸上幕僚長、第3代統合幕僚会議議長)・元陸軍中佐(陸士第43期。 のち第6代陸上幕僚長)が、さらに(昭和30年)10月にはに関係しやを担当していた元陸軍中佐(陸士第43期。 を経たのち)などが合流している。 元の警察予備隊(保安隊・陸上自衛隊)入隊に際して、その階級は旧軍時代の最終階級に相当するものが与えられている。 例として元大佐である杉山や杉田は入隊と同時に大佐相当の1等警察正となり、翌1953年(昭和28年)に相当の保安監補、さらに1954年(昭和29年)7月の陸上自衛隊発足時に陸将に昇任し、何れも数年後に陸上幕僚長に就任している。 1957年(昭和32年)に、初の(旧)出身の隊員が入隊して以降、順次防衛大学校出身のが増加していった。 1986年(昭和61年)3月に陸将(陸軍航空士官学校第61期)が退官したことにより、陸上自衛隊における旧陸軍出身者は皆無となった。 陸海空自衛隊最後の旧軍出身者は翌(昭和62年)12月に退官した、空自の(航士第60期)である。 なお、旧陸軍軍人は陸上自衛隊(警察予備隊・保安隊)だけでなく、出身者を中心に航空自衛隊にも多数入隊しており、就任者を旧軍の出身別に分けると陸軍11名・海軍5名と旧陸軍出身者が過半数を占め旧海軍出身者を上回っている。 近年は災害派遣、海外派遣など活動範囲を広げ、国内外で注目を集めている。 また、自衛隊そのものの活動ではないが、において、元陸自隊員の立ち上げたが不発弾処理を行い、成果を挙げている。 アメリカ陸軍の陸軍最先任上級曹長(Sergeant Major of the Army)制度や海上自衛隊の制度を参考に、2006年(平成18年)4月1日には、陸上幕僚監部に「陸上自衛隊最先任上級曹長」を置いて、准陸尉・陸曹階級の能力活用にも取り組んでいる()。 旧陸軍との関係性 [ ] 早期の海軍復活を目指す旧海軍軍人主導で創設され旧海軍の伝統を重んじる傾向にある海上自衛隊とは違い、陸上自衛隊は旧陸軍が旧海軍に比べ戦争責任が大きいと見られたことにより、陸上自衛隊は旧陸軍との関係に神経を使っていたが、実際には強い結びつきを持っていた。 陸上自衛隊の前身である警察予備隊は、当初は旧軍人を排除して旧内務官僚が中心となって固められていた。 一方で、旧軍幹部はさまざまな団体や機関を結成し、(GHQ)のG2()と連携して軍再建に向けて動いており、一部旧軍人の追放解除と警察予備隊への入隊へと結実していた。 1951年(昭和26年)には陸士40期以上の中佐組を先頭に大量の元佐官と元尉官が入隊したほか、1952年(昭和27年)7月には指揮・作戦・管理能力を評価され、高級幹部要員として特別に推薦された11名の元大佐(旧海軍と航空関係を除けば9人)が入隊するに至った。 これにより警察予備隊の幹部構成に重大な変化が生じたほか、元大佐組を筆頭として、大量の旧陸軍将校が入隊したことにより旧陸軍の『』『』『』などに代表される用兵思想が流入することになった。 警察予備隊に入隊した旧陸軍将校は有末機関や服部機関などの旧高級軍人の組織と密接な関係を持ち、旧陸軍将校団の結束も依然として固かった。 旧陸軍の将官クラスも陸上自衛隊に関係しており、の(CGS)における戦史授業として、旧陸軍のシンボル的存在であった元陸軍大将が「日露戦争の思い出」と題する講義を行っていたほか、陸上自衛隊幹部学校の機関紙である『幹部学校記事』1962年1月号に「昭和三十七年壬寅の年を迎えて」という記事を寄稿している。 旧陸軍の親睦組織であるは陸上自衛隊の行事を積極的に支援したほか、陸上自衛隊側も旧陸軍の将官クラスを駐屯地祭に招待したり、戦史研究として講演を依頼していた。 (平成13年)には偕行社への陸上自衛隊・航空自衛隊の元幹部自衛官の正会員資格が認められ、正式入会が進んでいる。 なお、偕行社に相当する旧海軍のが、戦後の再建時にと改称したまま現在に至るのに対し、偕行社は旧陸軍時代の名称を復活させている。 陸上自衛隊のの際には、()時に旧陸軍が主に中国大陸で行なっていたが参考にされている。 文化の面においても、陸上自衛隊のであるは旧陸軍の連隊旗であるの意匠たる十六条をモチーフに、八条旭日旗に変更制定(八条旭日旗の意匠自体は十六条旭日旗と同時代の頃から存在している、)、事実上の陸上自衛隊のシンボルとし、行進曲のひとつとして旧陸軍の行進曲「」を採用。 行進曲「扶桑歌」としていたが、近年では「陸軍分列行進曲」と呼称発表している。 また、太平洋戦争(大東亜戦争)ので活躍した旧陸軍の活躍を謳う「」は、がオリジナルの歌詞と共に受け継いでいるほか、や各地での演奏会行事にてにより旧陸軍の軍歌・軍楽が盛んに演奏されている。 なお、陸上自衛隊の第1空挺団およびは、戦後予備隊に入隊した旧陸軍将校(元・元)を筆頭とする旧陸軍軍人によって創設発展されたものである。 また、各の色()は旧陸軍のに準じているほか、駐屯地()が同都道府県である旧陸軍の部隊(等)と、陸上自衛隊の部隊(等)同士の(隊号)も極力一致させている。 例として、のは旧陸軍のの隊号および、歩兵第34連隊第1大隊の陸軍歩兵中佐に因む「 橘連隊」の名を継承するとともに、橘中佐の胸像や銅像を内に再建している。 ほか、のは旧陸軍のの隊号および、同連隊が事実上の部隊マークとして使用していたの「紋」と「 菊水連隊(菊水部隊)」の名を継承し 、のは、において活躍し北海道を護った旧陸軍の(愛称「 士魂部隊」、部隊マーク「 士」)を顕彰し、栄光の「士魂精神」の伝統を継承する意味で(昭和45年)より「 士魂戦車大隊」と自ら称し、公式の部隊マーク として装備のに「 士魂」の二文字を描いている。 防衛力の整備 [ ] 訓練中の陸上自衛隊と(宮城県仙台市) 陸上自衛隊は志願者のみで構成され、諸()を持ち、隊員の士気や技量、あるいは武器の性能は諸外国と比べても遜色がない。 ただし、人件費が割高であることに加え、その装備は輸出しないために少量生産であることが多く、世界屈指の調達費がかかっていると言われる。 発足当初 [ ] 発足当初の陸上自衛隊は、1個及び4個管区隊編成であった。 武器は米軍供与のものが中心であり、のやなどの国産装備の採用まで、この米軍供与の武器が主体である状態が続いた。 方面隊は、の脅威に対応するためを管轄するのみ置かれ、北部方面総監部はに所在した。 管区隊は、アメリカ陸軍のを参考に編成された部隊で、管区総監部及び3個大隊から成る3個、野戦砲6門の中隊3コで編成される大隊4個と対空大隊から成るを基幹とする所謂三単位編制の師団であり、発足当時15,200名の人員を擁していた。 第1から第4管区隊まで編成され、第1管区総監部(後の)は、第2管区総監部(後の司令部)は北海道、第3管区総監部(後の司令部)は、第4管区総監部(後の司令部)は春日町(現:)にそれぞれ置かれた。 第1次防衛力整備計画:1958年度(昭和33年度) - 1960年度(昭和35年度) [ ] 1962年次(昭和37年次)の師団等配置 管区隊および混成団は、1962年(昭和37年)に師団編成となり、6個管区隊4混成団が13個師団に改編された。 各師団の定員7000名 - 9000名という規模は、諸外国の旅団程度となる。 昭和37年度末の実績では、自衛官17万1500人、予備自衛官2万4千人、基幹部隊として5個方面隊・13個師団、地対空誘導弾部隊2隊の体制が確立された。 システムの導入も行われたが、これは1964年(昭和39年)から航空自衛隊へと移管された。 このの中で、1964年(昭和39年)にが採用された。 この小銃は1989年(平成元年)にが採用されるまで陸上自衛隊の主力小銃となっていた。 第3次防衛力整備計画:1967年度(昭和42年度) - 1971年度(昭和46年度) [ ] 昭和46年度末の実績では、自衛官17万9千人、予備自衛官3万6千人、基幹部隊として5個方面隊及び13個師団、部隊4隊の体制が確立された。 第4次防衛力整備計画:1972年度(昭和47年度) - 1976年度(昭和51年度) [ ] 1972年(昭和47年)5月15日のに伴い、平時地域配備する部隊として1個混成団()が新たに設けられ、沖縄県への駐屯を開始した。 長らく主力戦車の座にあった61式戦車(累計560輛生産)であったが、この第4次防衛力整備計画中の1975年(昭和50年)に生産終了となった。 防衛計画の大綱:1977年度(昭和52年度)以降 [ ] 1981年次(昭和56年次)の師団等配置 自衛隊創設以来、4次にわたる「防衛力の整備計画」を実施して、防衛力が一定の水準に達した。 そこで、1977年(昭和52年)以降は、「」を定めて、それに基づいて防衛力を規律することになった。 そして、1985年度(昭和60年度)以降は、大綱に基づいて5年毎の中期防衛力整備計画を実施してきた。 1980年(昭和55年)には、が編成された。 また、1981年(昭和56年)には四国地域警備のため、第13師団を改編し、が編成されている。 1990年(平成2年)8月6日に戦後第3世代戦車となる90式戦車が制式化された。 1992年(平成4年)にが制定され、陸上自衛隊による海外における活動の途が開かれた。 これを受けて、陸上自衛隊初の海外実任務となるが行われ、に部隊参加している。 防衛計画の大綱:1996年度(平成8年度)以降 [ ] 概要 [ ] 1995年(平成7年)11月28日に閣議決定された1996年度(平成8年度)以降に係る防衛計画の大綱についてに基づく。 冷戦終結に伴い、によるへの大規模な侵攻の可能性は減少し、従来の北方重視から、軍備増強を続けるや有事に備えての西方重視へと方針を変更することとなる。 また、師団の一部及び混成団を旅団に改編することとなった。 また、市街地戦闘訓練の充実、やと連携した防災訓練の推進なども行われた。 編成定数は、常備自衛官定員が14万5千人、即応予備自衛官が1万5千人の合計16万人とされる。 基幹部隊のうち、平時地域配備する部隊は8個師団及び6個旅団(平成16年度末までに完了したのはその一部のみ)、機動運用する部隊は1個、1個空挺団及び1個ヘリコプター団、地対空誘導弾部隊は8個高射特科群とされた。 これに基き、陸上自衛隊初となる「」編成(小型師団型)が1999年(平成11年)に発足した()ただし、元々旅団規模でしかなかったものをさらに縮小したため、実質的な規模や戦力は連隊ないし連隊戦闘団程度となっている。 中期防衛力整備計画:1996年(平成8年) - 2000年(平成12年) [ ] に基づく改革は比較的小規模であった。 この段階では、13個師団、2個混成団で、戦車約1200両、火砲約1000門が維持された。 中期防衛力整備計画:2001年(平成13年) - 2005年(平成17年) [ ] 当初、この2001年(平成13年)のは2005年度(平成17年度)末までを予定していたが、2005年度(平成17年度)から新しい防衛大綱が定められたことに伴い、2004年度(平成16年度)末で廃止された。 基幹部隊については、「陸上自衛隊については、装備の近代化にも配意しつつ、新たに4個の師団及び2個の混成団について改編を実施する。 その際、1個の師団及び1個の混成団は旅団に改編するとともに、改編した師団及び旅団のそれぞれについて、その一部の部隊を、即応性の高い予備自衛官を主体として編成する」とされた。 2004年度(平成16年度)末時点で、10個師団、3個旅団(第5・第12・第13旅団)、2個混成団(第1・第2混成団)の編成であった。 2005年(平成17年)3月31日現在で、陸上自衛隊の自衛官の定員は157,828人、現員は147,737人、充足率は93. これは、部隊の即応性・機動性が高くなっていることを示している。 ただ、基幹部隊はなお各師団・旅団・混成団に分散されていた。 この中期防衛力整備計画の下では、対戦重視から防衛庁長官直轄部隊として(2004年(平成16年)3月27日編成完結)直轄部隊として2002年(平成14年)に編成が完結したが新編された。 また、2002年(平成14年)4月には国民に対する総合的な広報施設として、にが開設された。 防衛計画の大綱:2005年度(平成17年度)以降 [ ] 概要 [ ] 2006年(平成18年)9月18日 会議を行う陸上自衛官 2004年(平成16年)12月10日に安全保障会議決定・閣議決定された、2005年度(平成17年度)以降に係る防衛計画の大綱についてに基づくもので、2005年(平成17年)4月以降が対象である。 編成定数は、常備自衛官定員が14万8千人、即応予備自衛官が7千人の合計15万5千人とされる。 基幹部隊のうち、平時地域配備する部隊は8個師団及び6個旅団、機動運用する部隊は1個機甲師団及び、地対空誘導弾部隊は8個高射特科群とする。 国際貢献や災害派遣など自衛隊の活動する場面が増えたことにより、常備自衛官が3千人増員されたものの、公務員の定員削減の一環として即応予備自衛官が半減されることとなった。 また、機動運用する部隊では、1個空挺団及び1個ヘリコプター団が記載されなくなり、代わって中央即応集団が認められた。 主要装備も、大規模な地上軍の侵攻の危険性が大幅に減少し、むしろ軽装備の工作員又はテロリストの危険性が高まったことにより、対機甲戦重視を改め、正面装備を大幅に減少させた一方、即応力・機動性の向上を目指している。 その一環として、コア部隊(即応予備自衛官を中心とする部隊)については、師団・旅団から方面隊直隷に移管(など)し、第一線部隊である師団・旅団の全てを常備自衛官により充実させ、即応性を向上させた。 演習で発砲する この大綱に伴ってや火砲といった着上陸侵攻対処向け装備の大幅削減、そしてなども同時に行われている。 例えば、戦車の保有数は2005年(平成17年)3月現在で980両であるが、防衛計画の大綱(平成17年以降)では、これを600両程度まで削減することになっている。 師団・旅団の体制 [ ] 2005年度(平成17年度)以降の防衛計画の大綱によると、師団及び旅団は大きく2つに分類された。 即応近代化師団・旅団 新たな脅威や多様な事態に迅速かつ効果的に対応し得るよう、戦車や火砲などの重装備を効率化し、即応性・機動性を重視して編成・配置する部隊。 総合近代化師団・旅団 新たな脅威や多様な事態への対応から、将来の本格的な侵略事態の対処まで、あらゆる事態に対応し得るよう、総合的な能力を重視して編成・配置する部隊。 更に、即応近代化師団には特に政経中枢型(・)及び離島型()が、総合近代化師団には機甲型()が設けられる。 中期防衛力整備計画:2005年(平成17年) - 2009年(平成21年) [ ] 2005年度(平成17年度)以降の防衛計画の大綱に基き、が定められた。 ここでは、陸上自衛隊の組織の見直しとして、「陸上自衛隊については、及び主要特科装備の縮減を図りつつ、即応性、機動性等を一層向上させるため、5個の、1個の及び2個のについて改編を実施し、このうち1個の師団及び2個の混成団は旅団に改編する。 また、機動運用部隊や専門部隊を一元的に管理・運用する中央即応集団を新編する」とされた。 また、同時に「計画期間末の編成定数については、おおむね16万1千人程度、常備自衛官定員についてはおおむね15万2千人程度、即応員数については、おおむね8千人程度をめどとする。 なお、陸上自衛隊の常備自衛官の充足については、計画期間末において、おおむね14万6千人程度をめどとする」とされた。 防衛省・陸上自衛隊 航空機群 この中期防衛力整備計画における装備品の主要な整備目標は次の通りである。 戦車は49両、火砲(を除く)は38両、は104両、()は7機、輸送ヘリコプター()は11機、中距離地対空誘導弾()は8個である。 今まで対戦車ヘリコプターとして配備されていたが退役する一方で、戦闘ヘリコプターとしてが新たに就役することになっていたが、防衛省は2007年(平成19年)にAH-64Dの導入打ち切りを発表し、それまでの調達数は10機となった。 現在、新たな後継攻撃ヘリコプターの採用計画が進展している(詳細は) なお、この計画に基づき以下の部隊・機関について新編・改編が実施された。 (平成18年)3月27日:をに改編• (平成19年)3月28日:及びを新編• (平成20年)3月26日:をに改編• (平成22年)3月26日:をに改編 防衛計画の大綱:2011年度(平成23年度)以降 [ ] 中期防衛力整備計画:2011年(平成23年) - 2015年(平成27年) [ ] 「」および「」も参照 当初の本計画の策定は2009年(平成21年)末に予定されていたが、同年8月30日に実施されたの結果、・による「」から()へと政権が交代する。 これに伴い、下で提出された2010年度(平成22年度)予算編成の見直しが図られることとなり、次年度分の予算編成は防衛大綱と中期防の裏づけの無い単年度予算で編成された。 また、当初の概算要求に盛り込まれていた組織改編は先送りとなり、防衛大臣下で設立された防衛省改革会議も廃止となった。 なお、この民主党政権下で制定された中期防は2012年(平成24年)12月に発足した自由民主党によって廃止され、2013年(平成25年)12月17日に新たな大綱及び中期防が示された。 本中期防においては司令部の新編、特科・戦車部隊の集約一元化及びの新編等、創隊以来の大規模改編が行われた。 中期防衛力整備計画:2019年(平成31年) [ ] で射撃をする 日本は四方を海に囲まれた島国であり、海上交通路()を封鎖されては国家の存立も危うくなる。 また、日本の防衛基本方針は専守防衛であるために、外国からの侵攻を受けた場合は、まず、が主体となって洋上での戦闘を行う事が想定されている。 そのため陸上自衛隊は、その後にある「最終防衛力」と位置づけられている。 標語である『Final Goalkeeper of Defense』はこれを表している。 そして、隊員を圧倒的に多く抱えるのが陸自(15. 5万人)であり、海自(4. 2万人)、空自(4. 6万人)を大きく引き離している。 他方、陸海空の予算比は概ね4:3:3でしかなく、このことから陸自は予算の大半が人件費であることが分かる。 装備の維持費等を差し引くと、ますます装備の調達予算がないのが現状である。 島国である日本にとっての現在の陸上自衛隊の存在は「潜在防衛力」であり、「確固たる陸上部隊が存在すること」による「上陸侵攻の抑止」を第一の任務としている。 また災害派遣など人海戦術が必要な任務では、大量動員が可能な陸自の普通科が主力となる。 防衛任務のため、正面装備として戦車・などの陸上装備、などの航空機を保有しており、これらの装備は毎年8月に実施・一般公開される富士総合火力演習や各地の祭などで公開されている。 航空機は柔軟な運用が可能なが中心であるが、連絡偵察機として固定翼機も少数配備している。 大型機を有していないため、長距離の移動や大量の物資輸送などは航空自衛隊の支援を必要とする。 陸上自衛隊は海空のような制度を持たず、入隊後に適正者を選抜するを実施している。 水上・水中装備として隠密性に優れたゴムボートや水中スクーターを配備しているが輸送艦や強襲揚陸艦はないため、長距離の海上輸送や大規模な上陸作戦では海上自衛隊の支援を必要とする。 最近では、南西諸島などの離島への侵攻に対する「上陸侵攻の抑止」任務が重要性を増しつつある。 また、国内に潜伏する工作員による・攻撃、あるいは等に対する抑止力として重視されつつある。 日本が大規模テロや特殊部隊による攻撃などを受けた場合、防衛出動または治安・警護出動の命により陸上自衛隊が最優先で防護する「が全国に135箇所指定されており、各方面隊に担当施設が割り振られている。 なお、「」により、2003年(平成15年)2月8日までに、訓練用など一部を除く全ての対人地雷の廃棄を完了した。 また、2008年(平成20年)12月にはに署名したことで、保有するを新型爆弾の調達中止も含め全廃する。 災害派遣・民生協力 [ ] 「」および「」も参照 陸上自衛隊は、主に大規模災害に際し、救援活動に派遣される。 において主たる任務目的とはされていないが、世界有数の災害発生国である日本で半世紀にわたる災害派遣を経験し、多くの有事対処を行ってきた。 地震、台風、水害、雪害、火山活動など多種多様な災害に出動している。 2004年のでは、孤立集落から多くの被災者をで救出したほか、前にを設置し、毎食多数の被災者に食事を提供した。 被災国から出動要請を受ける機会も増えており、やの際にも緊急出動している。 災害出動以外にも副次的な業務として、各種大会やなどの「民生協力」にも力を入れている。 また、害獣駆除になどと共に協力することもある。 海外派遣 [ ] 「」も参照 部隊とは、十分な兵器を装備し、戦闘に従事するかまたはそれを支援する能力を有する組織をさし、として、作戦単位として・、単位として・・・といった部隊編制を有する。 これらの部隊は、それぞれに警備担任区域を有しており、平時の防衛警備を担任する。 陸上自衛隊の有する戦略単位・作戦単位は下記のとおりである。 (地方)• 北部方面総監部(北海道:)• (北海道:)• (北海道:)• (北海道:)• (北海道札幌市中央区:)• (北海道千歳市:)• (北海道千歳市:東千歳駐屯地)• (北海道:)• (北海道千歳市:東千歳駐屯地)• (北海道恵庭市:)• その他の直轄部隊等• 東北方面総監部(:)• (:)• (:)• (宮城県:)• (宮城県仙台市宮城野区:仙台駐屯地)• (宮城県仙台市宮城野区:仙台駐屯地)• その他の直轄部隊等• (・・)• 東部方面総監部(:)• (東京都練馬区:)• (:)• (:)• (:)• (茨城県土浦市:霞ヶ浦駐屯地)• その他の直轄部隊等• (・静岡県を除く・・)• 中部方面総監部(:)• (兵庫県伊丹市:)• (:)• (:)• (:)• (:)• (:)• (京都府宇治市:)• その他の直轄部隊等• 西部方面総監部(:)• (:)• (熊本市:)• (:)• (福岡県:)• (福岡県:)• (福岡県:)• (:)• その他の直轄部隊等• 直轄部隊• (東京都新宿区:市ヶ谷駐屯地)• (東京都新宿区:市ヶ谷駐屯地)• (神奈川県:)• (東京都新宿区:市ヶ谷駐屯地)• (東京都新宿区:市ヶ谷駐屯地)• (東京都新宿区:市ヶ谷駐屯地)• (東京都練馬区:朝霞駐屯地) 部隊の単位 [ ] 小銃小隊の標準的な編制図。 陸上自衛隊における部隊の単位は、自衛隊法施行令及び陸上自衛隊の部隊の組織及び編成に関する訓令等によって、次のように規定されている。 :方面総監は(指定職5号)方面総監部、2 - 4個の師団または旅団、およびその他の直轄部隊からなる。 :師団長は陸将(指定職2号または1号)師団、普通科連隊3コ、戦車連隊(大隊)、特科連隊(特科隊)、後方支援連隊などからなる。 実質的な規模は旅団程度• :旅団長は(一)構成は師団に準じており、旅団司令部、普通科連隊(軽)3コ、特科隊、後方支援隊などからなる。 実質的な規模は連隊ないし連隊戦闘団程度。 :団長は陸将補(二)または(一)団本部及び数個の連隊、群、大隊又は隊等からなる。 方面、特科団、、、、及びがある。 :連隊長は1等陸佐(二)連隊本部および数個の大隊または中隊からなる。 :群長は1等陸佐(二若しくは三)群本部および数個の大隊または中隊からなる。 :大隊長は(を兼務する場合に限り1佐(三)が充てられる)大隊本部および数個の中隊からなる。 :中隊長はまたは。 中隊本部および数個の小隊からなる。 :小隊長はから。 小隊本部および数個の分隊または班からなる。 :班長はまたは3等陸曹。 数個の組からなる。 10名程度で構成される。 :分隊長は2等陸曹または3等陸曹。 数個の組または4 - 8名程度の分隊員からなる。 組:組長は3等陸曹、または1等陸士。 2 - 4名程度の組員からなる。 :規模は様々であり、連隊よりも大規模だが団とするには小規模なもの(や北部方面施設隊)や連隊が縮小されて成立したもの(など)から中隊相当のものなど、多岐に亙っている。 基本的には、師団・旅団内に置かれている隊(偵察隊、特科隊、航空隊、後方支援隊、化学防護隊及び。 但し司令部付隊及び後方支援連隊又は後方支援隊隷下の隊は冠称番号がない)は師団又は旅団の番号を冠称している。 他方、独立部隊の場合、部隊番号が1・2桁のものは連隊相当、100番台のものは大隊相当、300番台のものは中隊相当とされる。 自衛官服務規則及び陸上自衛官服務細則においては、指揮者のいる2名以上の集団を隊と定義している。 ():基幹要員は常備自衛官で構成され、主力は訓練や災害派遣または防衛出動等で招集されるからなる。 機関 [ ] 機関とは学校や病院等の部隊を維持運営するための業務を担う組織である。 陸上自衛隊では、別の学校や地域別の補給処等が置かれている。 - (:)• - (:)• - (:)• - (:)• - (静岡県駿東郡小山町:富士駐屯地)• - (:)• 霞ヶ浦校 - (:)• 宇都宮校 - (:)• - (茨城県:)• - (:)• - (茨城県:)• - (千葉県:)• - (東京都練馬区:朝霞駐屯地)• - (東京都:)• - (東京都:)• - (:)• - (神奈川県横須賀市:)• - (東京都北区:) 正しくは学校及び補給統制本部が 直轄機関、補給処は 方面隊直轄の機関である(補給処が補給統制本部の統制に従うのは業務上の統制である。 自衛隊法第26条第5項に明記)。 以下は三自衛隊共同の機関である。 - (東京都練馬区:朝霞駐屯地)• (自衛隊札幌病院・自衛隊仙台病院・自衛隊富士病院・自衛隊阪神病院・自衛隊福岡病院・自衛隊熊本病院・自衛隊別府病院は陸上幕僚長を通じて防衛大臣の指揮監督を受ける病院である)• その他、陸海空自衛隊それぞれの機関としてを臨時に設置できることを定めている(自衛隊法第24条第3項) 職種 [ ]• 平成23年度版 防衛白書 第II部 第2章 第3節. 防衛省. 2013年12月26日閲覧。 りゅう弾砲および多連装ロケットシステムを「火砲」と区分している。 令和元年度版 防衛白書 資料編. 防衛省. 2020年5月8日閲覧。 防衛省. 2020年5月8日閲覧。 桜義雄は旧海軍からの推薦により入隊• 坂本祐信 『近現代日本の軍事史〈第3巻〉再出発』 かや書房 p. 259• 他にも警備隊・海自ではなく、保安隊・陸自に入隊した旧海軍将校も少数おり、(海兵第54期)・(海兵第55期)・(海兵第56期)・(第47期)などがいる。 編さん 『高度成長の史的検証 年報・日本現代史 』 p. 『新「国軍」用兵論批判序説 』 p. 46-48• 赤澤史朗 編さん 『高度成長の史的検証 年報・日本現代史 』 p. 37-38• 2001年11月4日放送. 2007年10月28日、朝霞駐屯地における平成19年度自衛隊総行進直後における場内アナウンス。 第3師団 信太山駐屯地. 陸上自衛隊. 2013年8月22日閲覧。 第11旅団. 陸上自衛隊. 2009年8月15日時点の [ ]よりアーカイブ。 2009年9月7日閲覧。 第11旅団. 陸上自衛隊. 2009年4月26日時点の [ ]よりアーカイブ。 2009年9月7日閲覧。 田村尚也「大きく変わりつつある戦略任務 師団改編と旅団化」『』2004年9月号、、 144-122頁。 2012年2月12日• e-Gov法令検索. 総務省行政管理局. 2008年11月22日閲覧。 防衛省 訓令・達・通達等 情報公開サービス. 防衛省. 2008年11月22日閲覧。 師(旅)団の規模・特性により異なる。 参考文献 [ ]• 防衛産業協会(編)『自衛隊年鑑 1956年版』防衛産業協会、1956年。 防衛年鑑刊行会(編)『防衛年鑑 1956(昭和31年版)』防衛年鑑刊行会、1956年。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - チャンネル•

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さて、また一年に一度の大仕事の時期である。 陸海空自衛隊の、将・将補名簿一覧の更新時期だ。 1年前の今はといえば、統合幕僚長がであり、陸上幕僚長がであった。 そして次の陸上幕僚長にはが着任し、海上幕僚長にはが着任すると、誰もが思っていた頃合いである。 それから一年が経って、住田は間もなく陸自を去ろうとしており、山下は既に海自を去っていたことなど、誰も予想できなかったのではないだろうか。 そして管理人の予想も、ことごとく外れた・・・ そんな1年に1度の将官名簿の更新として、まずは陸将名簿一覧から、2019年7月版をリリースしたい。 果たして来年の今頃には、どんなサプライズが起きた後なのか。。 それにしても、1年が経つのは早すぎである。 年は取りたくないものである。。 なお、例によってアイキャッチ画像の美しい女性自衛官は、陸将名簿などとは全く関係ない。 オッサンばっかりの名簿の中で唯一、美しい女性自衛官で和んでもらおうと探し回った美人女性自衛官である。 出処は京都地方協力本部の公式フェイスブックだが、やはり自衛隊は美人の画像をばら撒いて未来ある若者を自衛隊に 拉致 勧誘しようとしているのではないだろうか。 これは本当に卑劣である。 やるならなぜ、管理人の時代にもやってくれなかったのか。 (画像提供:) 【27期】 (画像提供: 広報誌飛鳥101号) 【氏名】 【補職】統合幕僚長 【期別】27期 【生年月日】昭和36年1月 【出身地】山梨県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 眼力鋭い米国通で、施設科出身の自衛隊トップ。 【28期】 (画像提供:) 【氏名】 【補職】陸上幕僚長 【期別】28期 【生年月日】昭和34年12月 【出身地】徳島県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 統合幕僚長の山崎より年上の陸上幕僚長。 この人事は全く予想できませんでした・・・orz (画像提供: あずま1003号) 【氏名】 【補職】陸上総隊司令官 【期別】28期 【生年月日】昭和36年10月 【出身地】山口県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 3防(防衛班長、防衛課長、防衛部長)を歴任し、2代目となる陸上総隊司令官を務めるなど、誰もが陸幕長になると信じて疑わなかった最高幹部。 本当にお疲れ様でした。 ありがとうございました。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】北部方面総監 【期別】28期 【生年月日】昭和36年12月 【出身地】長崎県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 東日本大震災直後の福島原発に赴任し、その抑制を任された現地指揮官ポストなどを歴任。 どんなに厳しい現場にあっても笑顔と部下への配慮を忘れない、人情将官だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】中部方面総監 【期別】28期 【生年月日】昭和36年7月 【出身地】兵庫県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 米陸軍戦略大学への留学、国防の最前線である第8師団長などの要職を歴任し、我が国第2の政経中枢を護ることを任されたエリートだ。 間もなくとなる2019年8月に、退役を迎える。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】教育訓練研究本部長 【期別】28期 【生年月日】昭和36年3月 【出身地】青森県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 戦前の「陸軍三官」の一つであった教育総監に匹敵する、新編された教育訓練研究本部で初代となる本部長を務めた。 その功績は長く、我が国の歴史に残るはずだ。 【29期】 (画像提供:) 【氏名】 【補職】東北方面総監 【期別】29期 【生年月日】昭和38年2月 【出身地】大分県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 国防の最前線、沖縄那覇の第15旅団長を歴任し、方面総監まで昇った上尾である。 29期組の陸上幕僚長候補の一人だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】東部方面総監 【期別】29期 【生年月日】昭和38年3月 【出身地】広島県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 生粋の戦車屋で、第71戦車連隊長、富士学校機甲科部長、第2師団長など、戦車天国で指揮を取り続けた最高幹部だ。 なぜかこんなコワモテなのに、東京地方協力本部長も経験している。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】西部方面総監 【期別】29期 【生年月日】昭和37年7月 【出身地】宮崎県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 国防の最前線・西部方面隊のトップを任された本松である。 現職の陸上幕僚長、がそうであるように、西部方面総監から陸上幕僚長への昇任は射程距離だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】防衛大学校幹事 【期別】29期 【生年月日】昭和37年7月 【出身地】神奈川県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 ハーバード大に留学し、米国陸軍戦略大学に留学し、米国防衛駐在官を務めるなど、嘘のようなエリート街道を駆け上がってきた最高幹部だ。 現役の将官の中で、納冨ほど米国通である将官は他にいないであろう。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】防衛装備庁長官官房装備官 【期別】29期 【生年月日】昭和37年6月 【出身地】富山県 【昇任年月】2017年3月 【ひとこと】 機甲科出身であり、第1師団長などを歴任した技術系の最高幹部だ。 現職では、技術系の幹部としてポストを極めた、防衛装備庁長官官房装備官を務める。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】陸上自衛隊補給統制本部長兼ねて十条駐屯地司令 【期別】29期 【生年月日】昭和37年7月 【出身地】京都府 【昇任年月】2017年3月 【ひとこと】 防衛大学校在学中に、至上初めて全国学生相撲のチャンピオンに輝いた実績を持つ、すごい陸将である。 (画像提供: やまなみ30年5月号より) 【氏名】 【補職】第6師団長 【期別】29期 【生年月日】昭和37年8月 【出身地】北海道 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 航空科出身であり、航空機動力を活かした戦闘を得意とする第12旅団の旅団長を務め、全国の危機に速やかに駆けつけることが求められる第6師団の師団長も歴任する。 まさに、令和の時代に生きる陸自のニンジャとも言うべき将官だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第9師団長 【期別】29期 【生年月日】昭和37年4月 【出身地】鳥取県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 戦前には「国宝師団」とも称された8師団の伝統を引き継ぎ、我が国の存亡をかけた戦いにおいて常に命知らずの活躍を見せた第9師団を率いる岩村だ。 イラク復興支援隊長を務めるなど、その活躍は枚挙に暇がない最高幹部である。 野戦特科の出身でありながら後方支援にも通じる、29期を代表する最高幹部である。 【30期】 (画像提供: 岳友30年8月21日号外) 【氏名】 【補職】陸上自衛隊富士学校長兼ねて富士駐屯地司令 【期別】30期 【生年月日】昭和38年8月 【出身地】福岡県 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 管理人が予想する、第38代陸上幕僚長になるであろう髙田である。 その実績、補職から考えても、次の陸上幕僚長に着任する可能性が非常に高い。 敢えてマイナス要素をあげるとすれば、管理人の予想はほぼ外れるということである。 のライバルとして、最後まで陸上幕僚長候補として切磋琢磨することは間違いのない逸材である。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第2師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年1月 【出身地】埼玉県 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 北辺の防人である第2師団をまとめ上げ、対ロシア戦闘の正面に立つ野沢である。 我が国で最強の勢力と火力を誇る師団を率いる最高幹部として、次期陸上幕僚長の有資格者の一人だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第8師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年10月 【出身地】東京都 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 東大出身の英才であり、内閣官房国家安全保障局、すなわち日本版NSCとも呼ばれる国家の安全保障を守る組織で審議官も歴任した吉田である。 国防の最前線に立ち、中国人民解放軍から国民の生命と財産を守る。 (画像提供: 師団だより29年12月号外) 【氏名】 【補職】第3師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年12月 【出身地】千葉県 【昇任年月】2017年12月 【ひとこと】 航空科出身であり、ドイツ防衛駐在官などの要職を務めた田中である。 福島原発への放水で勇名を馳せた、第1ヘリコプター団長などの要職を歴任した。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第10師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年5月 【出身地】新潟県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 野戦特科出身の幹部であり、大火力を誇る第4特科群長や、機動力が求められる第13旅団長を歴任した鈴木だ。 軽武装・高機動力の戦力を活かす指揮官として、名古屋の地から全国を俯瞰する。 【31期】 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第1師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年4月 【出身地】島根県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 少年工科学校出身であり、前職では第11旅団長を務めるなど、即応戦力の指揮統率に長けた将官だ。 技術系の最高ポストである防衛装備庁に行くか、もしくは中部・東部の方面総監に昇ることが予想される最高幹部である。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第4師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年11月 【出身地】岐阜県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 国防の最前線・福岡駐屯地で、第4師団長を務める沖邑だ。 機甲師団の別名を持つ第7師団で副師団長を務めるなど、航空科出身と言うことも併せて機動戦闘を得意とする将官である。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第7師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年4月 【出身地】千葉県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 原隊では留萌駐屯地から第一空挺団に転じ、空挺の指揮官としてのキャリアが長いにもかかわらず、第7機甲師団の師団長に昇った前田だ。 そのため第1空挺団を応援する組織内では、 「え?!前田さんって戦車に乗れるの?」 と驚かれたことはナイショである。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】陸上総隊司令部幕僚長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年11月 【出身地】鹿児島県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 国防の最前線である沖縄・那覇の第15旅団を率いて、我が国が最も緊張状態を迎えた時期にその任務を完璧に果たした原田である。 その経験を活かし、我が国で最強にして最後の切り札である陸上総隊直轄の部隊をまとめ上げる。 (画像提供: 広報飛鳥93号) 【氏名】 【補職】第6師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年10月 【出身地】鹿児島県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 東北の強兵・第6師団を率いるにふさわしい活躍をしてきた蛭川である。 大阪地方協力本部長を務めるなど、人当たりの良さでも定評のある最高幹部だ。 以上、2019年7月6日現在で陸将の任にある、26名の最高幹部のご紹介であった。 いずれも、我が国と世界の平和を守る陸上自衛隊のキーパーソンである。 ぜひ、ひとりひとりの活躍に改めて注目し、そして応援してもらえれば嬉しく思う。

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