駄菓子 屋 い ながき。 ブランチ横浜南部市場「駄菓子屋ケンちゃん」と菓子玩具問屋さん

「どろぼう」が名物?!京都に残る駄菓子屋さん『格子家』で昔懐かしい味わいをお土産に!

駄菓子 屋 い ながき

あなたの家の近所に「駄菓子屋さん」はありますか? あなたは駄菓子屋さんと聞いて、どんなイメージを持っていますか?僕はまあ安い美味しい楽しいですかね。 お店に入ると、あらゆる商品がぎゅうぎゅうに陳列してあって、「」「」「」、レジの所に「スーパーボール」とか「水風船」とか。 もうそこは楽園でしたよ!今は無くなって失楽園?…。 最近は大型ショッピングモールにあったり、スーパーのお菓子売り場に駄菓子コーナーなんてのありますよね。 街の駄菓子屋さんは少なくなりましたけど、小江戸と呼ばれる埼玉県のには「」があって、当時の懐かしさを存分に感じられました。 そんな中、同じ埼玉県のに昔懐かしいレトロな駄菓子屋さんがあるんです。 そのお店の店主はなんと全国の駄菓子屋さんを回って参考にしたとか…その数250軒以上すごいでしょ?その方が作った駄菓子屋さんどんなお店なんでしょうか? の店主、宮永篤史さんにお話を伺います。 晴の輔 全国250軒以上の「駄菓子屋」さんを回ったという噂なんですけど、どれくらいかけて回ったのですか? 宮永「半年間かけて回りました。 沖縄までは行けませんでしたけど、北海道から鹿児島まで全部一通り回って。 」 宮永「物流の関係だと思うんですけど、売っているものが若干違ったり、人の気質もやや違うのかなっていう印象でした。 自分は埼玉の人間なので、地方によって方言を感じました。 皆さん普段の話し言葉なので、相当強烈に、今何々県に来ているなっていうのは感じましたね。 」 晴の輔 僕は、落語家なので結構全国行くのですけど、訛りってだいぶ少なくなってきているように感じます。 地元の訛りを感じたいなって思うときは、和菓子屋に行きます。 お店のおじさんとかおばさんは、本当の地元の方ですからね。 印象に残っているところとかは? 宮永「売っている物そのものの違いは、もちろん印象に残るんですけども、やっぱりお店の方の人柄、特に子供たちに対して『大人と子供』ではなく『人間同士で付き合っている』感じの話し方をされているお店は、子ども達もたくさん集まっていましたし、雰囲気が良かったです。 」 宮永「大人と子どもではありますけど、同じ目線で話しをしているから、『やってはいけないこと』とか明るく注意はしているのだけど、ちゃんと子どもを、人間として尊重してあげている感じの話し方していましたね。 」 晴の輔 駄菓子屋さんは、商品の品揃えとかの部分もあるけど、おじさんおばさんの色が、「地域の色」になっている部分があるのですね。 宮永「とても強く感じました。 」 晴の輔 宮永さんはお店をオープンしました。 どんな感じですか? 宮永「色々なお店を訪ねて、商品の陳列の仕方など学ばせてもらい、元々美容室だった古い家を買い取らせていただき、改装し、レトロな部分を残して駄菓子屋にしました。 」 晴の輔 お菓子の種類は何種類ぐらい置いているのですか? 宮永「200種類ちょっとですね。 」 晴の輔 ゲームは? 宮永「10円で金券が出てくる『10円ゲーム』があります。 」 晴の輔 子どもたちが集まって。 宮永「スマホゲーム全盛の時代ですけど、そうしたゲームでも十分に楽しんでいます。 シンプルさが、いいのではと思っています。 」 晴の輔 宮永さんにとって駄菓子とは。 宮永「恥ずかしい言い方になりますが、『駄菓子は人を育ててくれる』。 駄菓子屋を中心にした、駄菓子屋が持っている文化が好きで、お金の計算とか、ちょっと年上の人との言葉のコミュニケーションとか、たくさんのことを教えていただいたと思います。 」 晴の輔 今、それをで形成し始めた。 本当に駄菓子屋さんが大好きなんですね。 宮永「はい、楽しくってしょうがないです。 」 「どっちだ!?晴の輔」 毎週スタッフから二者択一のお題が出ます。 私がそれを選ぶというコーナーです。 「晴の輔さんが、駄菓子屋さんを始めるなら・・・? 『高くて厳選された駄菓子を並べる』 それとも 『安くて数多くの駄菓子を並べる』 どっちだ!?晴の輔」 高い駄菓子って、それ「駄菓子」じゃないじゃんそれ「お菓子」でしょ。 決めました! 「安くて数多くの駄菓子を並べる」 そらそうですよ。 高くて厳選された「お菓子」ってデパ地下じゃないんだから… 今日は、「埼玉県加須市に、レトロで懐かしい昭和のスポット誕生?全国250軒を回って開業した駄菓子屋さん!」というトピックスでお届けしました。 お店の名前が宮永じゃなくて、どうしてなのか?訊きましたら、以前は美容室だったでしょ?その名前が「稲垣」だったのですって。 それを受け継いだ。 地域の文化を残したいという想いが名前にも現れていますね。 そんな「」に 営業時間など詳しいことはを確認してみてください。 それでは、次回もお会いしましょう!立川晴の輔でした。 -WEB版こぼれ話し1- 晴の輔 最終的な宮永さんの夢は? 宮永「『駄菓子屋』を、やっている方、皆さん70代、80代なのですね。 」 晴の輔 高齢化… 宮永「もちろん元気で素晴らしいことなのですが、10年後はどうなってしまうのだろう?と気になりました。 相当減ってしまうのではないか。 ですから自分の夢は、何とか減少をくい止めたい。 この文化を未来につないでいきたい。 そのためには自分の体を張って、駄菓子屋をやってみたところ、生活は何とか成り立つので、『宮永のマネをすれば駄菓子屋でやっていけるぞ!』と思って駄菓子屋を始める人が増える!というのが夢です。 」 晴の輔 駄菓子屋のモデルケース! 宮永「そうありたいと思っています。 」 晴の輔 子どもの話しをされている宮永さんは楽しそうです。 宮永「 笑 実際楽しいので。 」 -WEB版こぼれ話し2- 晴の輔 お勧めの商品とかありますか? 宮永「今、美味しいなと思うのは『あんこ玉』です。

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加須の駄菓子屋・10円ゲーム いながき|昭和レトロと地域密着のアットホームな雰囲気がいい感じ♪

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愛知県の駄菓子屋すーさんには本当に爬虫類がいるの!?なんでいるの〜!? のどかな田園を通り抜けた路地に「駄菓子屋すーさん」を発見!ドキドキ。 お店の前では、子供たちがワイワイしていたので「こんにちは〜」と挨拶すると、 「ここから入れるよ〜」と玄関を開けてくれました。 オープンして2年目。 看板がなければ、駄菓子屋とはわからない、普通の古民家。 玄関で靴をぬいで「おじゃましま〜す」と、お店へ入ります。 古民家の中には、きっちり並べられた駄菓子 値段もわかりやすい大きい文字 どんどん焼 キムチ味(20円) 中に入ると、自然の光に照らされ、キレイに駄菓子が並んでいました。 ほぉ〜「どんどん焼」にキムチ味なんかあったんだ〜辛いのかな〜これは食べたいなぁ〜と手にとりながら写真をパシャパシャ撮っていると・・・ 「こんにちは〜この子も写真撮る?」との声に振り向くと!!!! 店主すーさんと、、、何やら噂の爬虫類! そこには、オオトカゲを我が子のように抱っこした店主のすーさんが! ドキドキを隠しきれずの私ですが、挨拶もそこそこに…カメラ越しに近づいてみました・・・ 舌ペローーーーン!ペローーーーン! うおぉぉぉーーーー!!! ドキドキを隠しきれず、思わず声出しまくりの私でしたが、なんとか長い舌のぺろりん写真の撮影に成功!そう。 こ、こ、こ、これが噂の爬虫類ですね! 「そうこのお店は、爬虫類が普通にいるから、それが普通すぎてお客さんも特別と思ってないんだよね〜!」 なんてニコニコ笑顔で話す店主のすーさん。 「はじまりはね、行き場を無くした爬虫類の保護をしたところからなんですよ。 僕も前は爬虫類が大の苦手だったけど、保護する爬虫類がどんどん増えて、そうも言ってられなくなちゃって。 今じゃみんなかわいいんですよ。 」 すーさんはそう言うと、オオトカゲのとんとんをやさしく床に降ろしました。 (うわぁ!下に降ろした!) 走ってこないか?噛まないか?爪でひっかかれないか?大丈夫か〜〜〜!? 内心ドキドキの私をよそに・・・ オオトカゲのとんとん オオトカゲのとんとんは、ゆっくり、のっそり、自分で歩いてお部屋へ帰っていきます。 あれ、、、かわいい動きじゃないか。 なんか、かわいい? 私の爬虫類苦手意識が、だんだん急降下しているとすーさんが 奥の部屋にもまだまだ爬虫類がいるよ!ヘビもいるよ!」こっちおいで〜と。 ん!?ヘビ!!??ソレハムリカモシレナイ・・・ そう思いながら、奥の部屋へ。 ・水槽から器用に脱走をするカメちゃんの話。 ・餌の虫にカルシウム粉をまぶして餌やりする話。 ・ヘビの脱皮の仕方や抜け殻のコレクション。 などなど、すーさんの豆知識と一緒に、爬虫類たちを紹介してもらっていると… なんだか自然と、爬虫類たちに慣れ、むしろ可愛さが増してきました! それを伝えるとすーさんが… 「この店ね、爬虫類がいるのに、お客さんは女の子が多いんだよね〜!」 それにはびっくり!! でも確かにこの日も、常連客の女の子がトカゲちゃんとたわむれていました。 トカゲを愛でる女子たち 部屋に馴染みすぎているトカゲのカンキチくん、どこにいるかわかりますか!? 「お店にはね、不登校になったり、ひきこもりになった子どもも時々来るんだけど、そんな子と一緒に爬虫類を通じて会話してたら、子どもたちがどんどん元気になるんだよね。 人間より小さいこの爬虫類たちが、生きる力を与えてるのかな。 」 そうすーさんがお話してくれました。 なるほど、爬虫類にはそんな未知なる力があるのか。 駄菓子屋すーさんを巣立っていく子どもたちへ 常連さん女子たち オープンしてまだ2年だというのに、すっかり地域に馴染みまくりの駄菓子屋さん。 近所の子どもたちの集合場所・食事の場所・勉強場所・お悩み相談場所… そういう場所を作るのが夢だった、と話す店主すーさん。 すると、部屋の上に飾っている赤い看板が目にとまりました。 「これはね、小学校6年生の子達に書いてもらったんだよ。

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#102 埼玉県 「埼玉県加須市に、レトロで懐かしい昭和のスポット誕生?全国250軒を回って開業した駄菓子屋さん!」

駄菓子 屋 い ながき

・2019年6月に、埼玉県に駄菓子屋をオープンしました。 ・駄菓子屋の前は、施設を経営していました。 昔ながらの駄菓子屋は、向こう10年でかなり減少する見込みです。 旅で出会った昔ながらの駄菓子屋の店主の多くは、70代、80代の方々でした。 中にはものすごく元気な90代の方も。 出会った中での最高齢はの97歳のおばあちゃんでした。 人間は皆平等に歳をとりますので、10年経つとこの方々はもれなく80代~100歳代となります。 元々駄菓子屋は薄利の商売で後継者がおらず1代限りで閉業してしまうことの多い業種ですので、年齢や健康、社会情勢等、何かのきっかけで閉業する流れはこの10年でかなり加速するのではないか、というのが駄菓子屋探訪で得た実感です。 このような中で、駄菓子屋という存在やそれが持つ特有の文化を未来へ繋ぎたいと思い、駄菓子屋を経営して活動しているのが当方、駄菓子屋いながきです。 まずは定義づけから 減りゆく駄菓子屋の減少を食い止めることはできなくとも、今後新しく駄菓子屋を始める人が一定数いてくれれば駄菓子屋文化は未来につながっていきます。 そこでまず、未来へ残したい、繋いでいきたい「駄菓子屋文化」とは具体的になんなのかというのを定義づけておく必要があるので、以下で行っていきたいと思います。 なお、宮永は駄菓子屋に通いに通って育ちましたが「子供の頃から駄菓子屋になりたかった!」とかそういう強い思いを長い間描いて駄菓子屋になったわけではありません。 息子と駄菓子屋を訪ねる日本一周の旅をし、その中での出会いや気付きで「昔ながらの駄菓子屋は確実に無くなっていく、自分が育ってきた環境が消えていく、これを失うのはあまりに惜しいので、自分ができることをできるところまでやってみよう」と思った人間です。 店がオープンした今もなおもちろん駄菓子屋・駄菓子関連の勉強をし続けていますので、この定義は今後アップデートされていく可能性が高く「宮永の中の今の時点での定義」という形で見ていただけると幸いです。 これらが在る店舗ならびに子供の社会を未来に繋いでいくことを、駄菓子屋文化の保存活動と定義し、今後も引き続き活動してまいります。 駄菓子屋いながきの運営は、真面目に言ってしまうとこの活動のひとつなのですが、世の中、真面目になりすぎればなりすぎるほど理解や賛同が得にくくなることもあるかと思いますので、想いは秘めてますがこういう部分は推しすぎずに粛々と駄菓子屋業に邁進していきたいと思います(笑) もちろん一人で完遂できることでは到底ないとおもっておりますので(逆に一人で出来たら自分を褒めたいです笑)、この活動に協力してくださる個人、企業の方や、一緒に活動してくださる仲間、これから駄菓子屋を始めたいと思っている方、とにかく様々な、似た方向を向いている仲間をいつでも募っております。 駄菓子屋いながきまでいつでもお気軽にお声がけください! 駄菓子屋いながきは、共に活動してくださる方を歓迎いたします! kazoinagaki.

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