夢に描かれるの待ってた。 絵本に描かれる「眠り」のいろいろな意味| たまひよ

少年のアビス3話ネタバレ考察感想あらすじ!夢のような夜に待っていた現実

夢に描かれるの待ってた

1960年代の、デンマークでの児童養護施設の秩序主義、権威主義的養護の実態と施設内虐待の実態を描いた映画です。 映画としてもスリル満点。 一瞬脱力させてくれるところもご愛嬌。 あらすじは、他のレビュアーが書かれていますから、割愛。 気が付いた点をいくつか。 冒頭、万引きをしたエリックとエルマーが捕まって、呼び出された母が弁明するところ、「男と同じ仕事をしているのに女の賃金が低いから」抗議します。 なんだよ、今の女性の貧困の話かよ、と思いますが、これが当時に実情を参考に作られたセリフだとしたら、今の日本は60年前のデンマークか?と呆然とします。 それと、所長が最後まで子供のため、とこだわって、エルマーに分かったと言わせようとするところ。 自分が子供を矯正する責任を負っているという強烈な勘違い、これは虐待する親にも共通するところであり、本質を鋭くついた脚本であると唸らざるを得ません。 それは、エルマーが自分がなりたいものは「宇宙飛行士です」と言った途端にビンタが飛ぶという強烈な演出にも表れています。 子どもが主体的に夢を語ることは矯正に値することなのです。 盛んに食事中に私語を禁止しようとする光景が描かれます。 確かに授業中の私語は大体ロクでもない話ですから、授業を受けたい子供の邪魔になることもあり、まあ注意されてもやむをえんかとも思いますが、私語を禁止する光景が描かれるのは必ず食事場面です。 権威主義者にとって一番簡単に秩序維持感を満足させるからでしょうね。 深く研究された脚本だと思います。 しかし今時の日本でも、東京都の一時保護所が似たようなことをしていたと明るみに出ました。 子どもを指導・矯正の対象としか見られない人間は子ども相手の仕事をしてはいけないのですよ。 でも多いんだよなこれが。 ということで、このような映画をプライムで見れるようにしてくれたAMAZONの見識にも悔しいけど感謝せざるをえませんな。 デンマーク製のドラマ。 1967年、児童施設に送られた兄弟が体罰や理不尽な虐待に耐えながら希望を捨てずに生きてゆく姿を描いたドラマ。 人類が間もなく月に降り立つだろうという時代の一方で非人道的行為が罷り通る現実が描かれていた。 親から見捨てられた子供たちが大半の養護施設。 校長以下、教師らは施設の少年たちの特性を見極め生かすなどせず、ただ単純労働、肉体労働者かよくて職人に育て上げれば良し、としか考えていない。 エリックとエルマー兄弟の地獄のような施設での生活。 禁止されている筈の体罰が罷り通っている。 狂気としか思えない校長の言動。 性的虐待をする教師の存在。 夢を持つことも許されず、問答無用の暴力。 死んだ魚のような眼の少年たちに活力が感じられるのは仲間を苛める時くらいだ。 校長のサディスティックな性癖が乗り移ったようにしか見えなかった。 ただ一人の味方だと思っていた教師ハマーショイにも裏切られ、兄弟に味方する者はいなくなった。 15歳になっても施設から解放されないことを知ってエリックは強硬手段に出たがその結果意識不明の重体にされてしまう。 意を決したエルマーによって検査官に施設の実態が露見し、兄弟はそしてほかの少年たちも施設から解放された。 兄弟を演じた子役、他の少年たちも見事に演じていたと思う。 無邪気だったエルマーが兄のために校長らと戦う決心をするまでに成長するところは素晴らしかった。 出演者は「THE KILLING」のソフィー・グローベールが教師のハマーショイ役、校長にマッツ・ミケルセンの兄ラース・ミケルセン(頭のてっぺん以外はよく似ている)。 このようなドラマは演じていた大人の役者たちも精神的に大変だったのではないかと思う。 脚本、演出は丁寧で撮影は凝ったものであった。 ただ母が亡くなった知らせを受けたエリックの様子に他の少年たちが気付いたのに勘のいい筈のエルマーが気付かなかった場面は不自然に思えた。 時間経過が分かりにくかったが、「ツァラトゥストラはかく語りき」(「2001年宇宙の旅」のテーマ曲として使用)のレコードを掛けた事で1968年になっていることが分かった。 終盤近く、エルマーが一人で外出し、自由な「外の世界」に触れ感動する場面は良かったが、もう少し尺をとっても良かったのではないかと感じた。 児童虐待は今も耳にするが俺の子供時代には一般の学校で児童に暴力をふるう教師はざらにいて、親もそれが当たり前だと思っており問題になる事ほとんど無かった。 日本で子供の人権を守る意識が高まるようになったのはつい最近になってのことである。 最も親も学校も子供に手を出さなくなった代わりに戸塚ヨットスクールのような施設が現れてきた。 体罰と躾の境界線がどこにあるか、線引きすることは難しいものである。 レビューとただの感想が違うということを理解できない連中、どうにかならんのか? 一応、ゆるいハッピーエンドではあるものの、報復感情の伏線も多くが回収されないため、観た後にとてつもない不快感が残る映画です。 時代背景が1960年代ということで、たった半世紀ほど前の事実に基づいた内容ということにも驚かされます。 ヘック校長以下は、本来は特に悪人というわけでもなく、その場の空気にしたがっただけの「陳腐で凡庸な悪」なのでしょうが、彼らこそが最も罪深いと感じました。 思えば、わずか十数年前まで、欧州は大戦で血で血を洗う殺し合いをしていたわけで、子供の人権などというものが普遍的なものとして意識されはじめたのは、ごく最近のことと考えるべきなのでしょう。 映画の最後にもありましたが、長期にわたって強烈な恐怖体験をしたエルマー・エリックはじめ子供たちのその後の人生への影響ははかりしれず、彼らのモデルとなった実在の方々が、現在どのように過ごされているのか、案じずにはいられませんでした。 事実を基に作られた、ら・し・い・けど、実感としては「ふ~ん」と 言う感じで終わってしまった。 でも、こういったお涙頂戴物って昔から日本人は好きだよねぇ。 それが評価に反映されていると思います。 私も好物です。 最後はハッピーエンドで、娯楽映画として正しい終わり方だと思います。 これって兄弟のストーリーではあるけど、語りは同じ養護施設にいた 別の少年と言う、ちょっと俯瞰図的な見方をした作りになっている辺り は成功しているなと思った。 何故星5つでないか・・・それは、最後に二人とも助かってしまったから。 ここはストーリー的には、やっぱりどちらかが死んでしまって養護施設の 職員がその責任を問われて全員悪事が明るみに出て処分されるところまで 行ったら星5つでした。 まあ・・・事実を基にしているということで、実際二人とも助かったん だろうから、それはそれで良かった思うけど、ドラマ性にはやっぱり ちょっと弱いよね。 体罰による教育方法は間違ってるが正しい事もある。 生活苦や病気で亡くなった人達に本気で同情する。 しかし、 引きこもりや働く意欲の無い日本人を生み出す日本の教育方法や子育てもどうかと思う。 親の理由で離婚した、母子家庭・父子家庭にも問題あると思う。 親のエゴイズムで、生活苦になるのが嫌なら、離婚しなければいいし、 文句があるなら、補助金や手当ももらうな。 言い訳にしか聞こえない。 自分で稼げ。 「子は宝」一番に子供の事を考えるべきだと思う。 好きで結婚した者同士だが、結婚後に嫌いになる。 そんな未来も想像できずに恋愛や結婚する事自体が浅はかで、 対処が出来ないから我々の税金が引きこもりや生活保護に利用される。 時代背景もあるが、 今の日本では 病気になって死んでも財産は残せる。 日頃からその準備をしないから、 親が居なくなった時に苦労するのだと思う。 日頃から、 散財・贅沢せずに、 必死で子を守り、寄り添ってあげて、 一人前の大人に育てる義務と責務が親にはあると思う。 体罰は必要悪だったのか!? 反発精神、、、、 反骨精神、、、、 強くたくましい子供だった、、、、.

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eigaland がシェアした投稿 — 2020年 2月月17日午前3時35分PST 窮鼠はチーズの夢を見るのあらすじをご紹介します。 学生時代から「自分を好きになってくれる女性」ばかりと受け身の恋愛を繰り返してきた、大伴恭一。 ある日、大学の後輩・今ヶ瀬渉と7年ぶりに再会。 「昔からずっと好きだった」と突然想いを告げられる。 戸惑いを隠せない恭一だったが、今ヶ瀬のペースに乗せられ、ふたりは一緒に暮らすことに。 ただひたすらにまっすぐな想いに、恭一も少しづつ心を開いていき…。 しかし、恭一の昔の恋人・夏生が現れ、ふたりの関係が変わり始めていく。 引用: ゲイとノーマルな男性同士の恋愛模様が描かれ、切ないストーリーになりそうですね。 男同士の恋愛なんて考えられないと思いながらも、今ヶ瀬に惹かれていく恭一の心の変化が、丁寧に表現されると見ごたえがあるだろうなと思います。 主演のふたりが大倉忠義さんと成田凌さんなのもいいですよね。 演技が上手いふたりですし、は楽しみです。 がシェアした投稿 — 2020年 2月月17日午前4時54分PST 窮鼠はチーズの夢を見るの原作をネタバレしていきます。 恭一と今ヶ瀬の出会いはいつで関係性は? 恭一は常に受け身でとても流されやすい性格。 結婚しているにも関わらず、何人もの女性と不倫してきました。 2人は大学時代の先輩・後輩 その端正なルックスもあって来るもの拒まず、去る者追わずでやってきましたが、ある日1人の男性が訪ねてきます。 訪ねてきたのは今ヶ瀬、大学の後輩だった男でした。 7年ぶりに再会 7年ぶりの再会でしたが、彼は恭一の浮気調査結果を持っており、恭一の妻から依頼があったと明かします。 今ヶ瀬は調査結果を問題なしと報告するかわりに、恭一に関係を迫ってきました。 しかし、舌を入れられそうになって拒否。 その場を立ち去ります。 恭一の気持ちの変化とは? 取引はなくなったと思っていた恭一でしたが、再び不倫した日に今ヶ瀬が現れます。 キスだけでいいという今ヶ瀬に流されホテルに来た恭一。 快楽に溺れる 恭一は口にキスするだけだと思っていましたが、今ヶ瀬は「どこにとは言っていない」と色んな場所にキスし始めます。 最初は抵抗のあった恭一でしたが、次第に快楽に溺れていきます。 今ヶ瀬に嫉妬を感じるように 後日、今ヶ瀬が男と親密な様子なのを見た恭一は嫉妬に駆られ、自分から今ヶ瀬をホテルに呼び出します。 おれのことが好きだと言っていたのにと責める恭一。 今ヶ瀬は、ずっと恭一と関わる人に男女問わず嫉妬してきたこと、一日中ずっと恭一のことを考えて変になりそうだったことを打ち明けます。 会えなかった7年間、一人で孤独に生きていなくてはいけなかったのかという今ヶ瀬に、恭一はカッとなり部屋を出ていきます。 恭一が家に帰ると妻から離婚届を渡されます。 今ヶ瀬は妻の気持ちを知っていたんじゃないかと疑った恭一は、今ヶ瀬に電話します。 妻の気持ちが固まっていることを知っていて、取引を持ち掛けたのかと詰問する恭一。 今ヶ瀬に奥さんとの生活が大切だから取引に応じたのではないかと言われ、恭一は「俺を大事に思ってくれていたから応じた」と返します。 自分の言葉に驚く恭一、すでに今ヶ瀬に気持ちが動いていたのです。 そんな恭一に今ヶ瀬は、「離婚は俺のせいだと思えばいい」と言って受話器を置きます。 同棲をはじめる2人 離婚して引っ越ししてきた恭一のもとに、今ヶ瀬が訪ねてきました。 今ヶ瀬は恋人と別れたと言い、休みは一緒に過ごそうと提案してきます。 そのうちすっかり住み着いてしまった今ヶ瀬に、自分が流されていると恭一は思います。 本当の恋を知らない恭一がフラれる? そんなある日、恭一はまたしても誘ってきた女性と寝てしまいます。 しかし、思い浮かんでくるのは今ヶ瀬のことばかり。 家に帰り、今ヶ瀬には上司に飲まされたと嘘をつきますが、あっさり見破られてしまいます。 「お前も行きずりの関係を持ったことあるだろう」と言う恭一。 今ヶ瀬は叶わぬ想いに耐え切れず関係をもってしまった、恭一はただ流されただけ。 その違いがわからない恭一に「本当の恋を知らないんですね」と今ヶ瀬は部屋を後にします。 元カノの登場 それから1週間今ヶ瀬から連絡はなく、恭一はいつも今ヶ瀬のことを考える日々。 男とホテルの部屋から出てくる今ヶ瀬をたまたま見かけた恭一は、今ヶ瀬を激しくなじりますが相手はただの仕事相手でした。 「やらせてくれるなら部屋に戻る」という今ヶ瀬。 今ヶ瀬を引き留めたいのに、どうしても踏み切れない恭一は口で奉仕します。 自分からそんなことをしてしまったことに動揺する恭一に、今ヶ瀬は恭一が本当の恋を見つけるまで俺と遊んでほしいと望みます。 そんな2人でしたが恭一の元カノ夏生が現れ、恭一にアプローチしてきます。 焦った今ヶ瀬は体の関係を持ってほしいと懇願しますが、恭一は受け入れられません。 拒まれた今ヶ瀬はその夜に姿を消してしまうのでした。 別れと再会 そんなある日、恭一はタクシーのりばで今ヶ瀬を見つけ、思わず同じタクシーに乗り込みました。 しかし、今ヶ瀬は今までのことが何もなかったかのようにただの後輩として振る舞います。 ショックを受けた恭一は、今ヶ瀬が残していったタバコの吸い殻を捨てられなかったこと、帰ったらそれを捨てて終わりにすると告げます。 今まで誰も追わずに生きてきた恭一でしたが、今ヶ瀬のことは追ってしまう自分を自覚しますが、遅すぎたと自嘲し思わず「バカだな」とつぶやきます。 体を重ねる2人 そんな恭一に今ヶ瀬は「おれはずっと待っていた」と想いを打ち明けます。 くるはずのない連絡を待ってしまい何も手につかない状態だったこと、ふらふらと流される恭一を許せないのにどうしても想いを断ち切れなかったこと。 それを聞いた恭一はついに今ヶ瀬を受け入れ、二人は一線を越え愛し合うのでした。

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feed.partizan.com:カスタマーレビュー: きっと、いい日が待っている(字幕版)

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『雪渡り』 雪がすっかり凍って 大理石よりも堅くなり、 空も冷たい滑らかな青い石の板で出来ている らしいのです。 「堅雪(かたゆき)かんこ、 しみ雪しんこ。 」 お日様がまっ白に燃えて百合の匂を撒きちらし 又 雪をぎらぎら照らしました。 (宮沢賢治 『雪渡り』より) 昨晩の星空で 雪は堅く凍りま した。 パトさんも、、 温室までの道を 雪渡り。 、、と思ったら お陽さまに温められて 融け始めていて 深いトコロで 「ズボリ!」 、、っとね。 きょうは、 「ハンザワルナ」ちゃんの作品を ご紹介します。 『初夢から感じた』 初夢というものは、本当に起こるのか。 もしそうならば私が見た夢はいつ、どこでどうなるのか。 気になってしかたがない。 私は現実の中で2羽の鳥を飼っている。 でもね、聞いてよ。 本当は3羽いたんだ。 なのに、それなのにあの日からふわふわの鳥の背中をなでることはなかったんだ。 二千十四年、私は、大切なパートナーを失ったってわけだ。 現実のお話はここまで。 では私がみた夢の世界を一緒にみてくれないかな、、、 私がいつものように一日をスタートさせようと朝、起きた。 、、、あたりまえの毎日の始まりだった。 でも今日は、いつもの今日とはちがっていた。 あたり前の毎日。 あたり前の今日がまたやって来る。 私のペットだってそうだよね。 、、、友達みたいに、、、とにかく友達のペットと比べられるのはいつものこと。 やっぱり私が悪い。 もっとペットのためにやってやれることは何か。 なんてね、、、。 まずは水のこうかんとエサやりをやらない限り、私は私のペットの飼い主として生きていけない。 ペットは命。 かわいいからってかわいがるだけじゃ、だめなんだよね。 、、、そんなの分かってる。 分かってるのになんで。 これは現実で思ってたこと。 いや、夢の中でもそれしか考えられなくて、こわくて、こわくて、、、。 一番こわいって思ってるのは、私じゃない。 じゃあ何? 、、、 ペットだよ。 私みたいな飼い主に飼われて、、。 これ以上は言えない。 というより言わない。 なんて長いこと考えていると、夢の中でも、もちろん現実でも、ペットの所へ行きたくなった。 何もせずただ何もせず、ただただゲージの所までかけつけた。 「やっぱりいつもとちがう」 目線の先には私が誤ってにがしてしまった鳥といつもいっしょにいた、私のペット。 もういなくなってしまったのにさびしそうにしていた。 私がびっくりしたのはそれではない。 見知らぬオカメインコ。 なぜか2羽が2羽の間にすきまなくするようにしてとまり木から横目で見てきた。 でもその姿に幸せという感情が伝わって、ドキッとした。 幸せかどうかなんてペットだし分からないと思ってたのに、なぜかこの時だけは幸せだと通じた。 ペットはペットでも気持ち、心、感情がある。 でも私は今までそれらがないと思っていた。 『ごめんね。 大好きだよ。 』口に出しては言わなかった。 なぜなら人間もペットと同じ動物だから。 気持ちで思ったら心で感じてペットにも感情を伝えなければいけない。 態度でしめさなければいけない。 私は思った。 もしもこの夢が現実になればいいのに。 夢の世界をぬけ出した今も私はそう思う。 夢の中ではごめんねと言えなかったけど現実のペットには言いたい。 何とかして伝えたい。 『ごめんね。 大好きだよ。 』 私は信じてる。 にげていってしまった鳥は、きっと帰って来ると、、、。 だから初夢の夢が現実になったらいいけど見知らぬオカメインコより、前までずっと一緒にいたあの鳥といる方が私のペットは幸せであろう。 だから私は、あの鳥が帰って来るまで待っている。 すっと、ずっと、、、。 「、、なぜかこの時だけは幸せだと通じた。 」 この文章を打ち込んだ時、こらえていた涙が「わぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」って感じで吹き出してしまったヨシさんでした。 何故か何故だかルナちゃんに、、 申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった ヨシさんでした。 「ごめんね、、ルナちゃん」(何故謝っているのか? ヨシさんにも わからないんだけどね) f^^; きょうは ルナちゃんの お話しで、、 お仕舞い です。 お仕舞い (微笑).

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