90 年代 アニメ エモ い。 90年代邦楽バンドの名曲・ヒット曲紹介!ロック好き必見の激アツ集

90年代高校生だった私が考える90年代アニメがエモい理由

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この二十年間でオタクをめぐる状況はかなり違ってきたんじゃないかな、と思う。 少なくとも、アニメのファンにとってこれほどまでに恵まれた時代はちょっとなかった。 環境的にも、立場的にも、である。 宮崎勤の事件があった'89年、中学生だった頃に、アニメを観るのが趣味だというだけで周囲に冷ややかな視線を送られた身からすれば、今の若い世代がしばしば自分のことをオタクだと公言できてしまうあの屈託のなさは、とても眩しいし、羨ましい。 クールジャパンなどといえば、もはやアニメは馬鹿にしちゃいけないものとして成り立っているのだった。 90年代の前半ぐらいまで遡るなら、アニメはヒップでもポップでもなかった。 国内の評価においては、むしろそれらの対極にあっただろう。 だからこそ、オタクに一括りされるようなアニメのファンは白い目で見られなければならなかったたわけだ。 先に挙げた宮崎勤の事件もあって、オタクとはつまりネガティヴなイメージで語られる人間を指す場合が多かったのだ。 果たして、それが変わりはじめたのはどのあたりからか。 一般的には、やはり『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象と呼ばれるのに相応しいレベルでヒットした90年代の後半になる。 いやあ、本当にみんながみんな「エヴァ」「エヴァ」言って、すごかったもんね。 ただし、テレビ・シリーズの本放送が開始された当初('95年)はまだ、アニメのファンの間では十分に話題作であったものの、世間での注目は必ずしも高くなかったというのが個人的な実感である。 事実自分は、最初「なんで20歳過ぎてアニメなんか観なきゃいけないんだよ」と豪語していた知り合いが、ブーム最中に放送が録画されたビデオをオタクの知り合いから借りるのを目の当たりにしている。 内容には関しては決して子供向けと見なし難かった『新世紀エヴァンゲリオン』のヒットは、アニメのファンを幅広い層へと拡大するのに成功した。 と同時に、サブ・カルチャーもしくはユース・カルチャーの現代的な消費者をオタクと言い換え、そのイメージを回復するための正しく足がかりとなった。 勿論、『新世紀エヴァンゲリオン』以前にも『機動警察パトレイバー』('88年〜)であったり、大人の鑑賞に対応しながら実績を残した作品は存在している。 『機動戦士ガンダムF91』('91年)や『機動戦士Vガンダム』('93年〜'94年)にしても、アニメのファンの間ではシリアスでハードな作品として認知されているだろう。 しかし『新世紀エヴァンゲリオン』のブームは、もっと間口が広く、そして巨大なものであったのだ。 00年代以降にパチンコ化やスロット化されたり、新劇場版がまたもやヒットしているのは、息の長いコンテンツであることをも証明している。 今日ではセカイ系と称されるジャンルの嚆矢だったともされる『新世紀エヴァンゲリオン』である。 その内容について様々な評論や研究が発表されているけれど、ある意味ではインターネットにおける批評や考察の文化を用意したとさえいえる。 ストーリーや設定の謎解き、主人公の自意識に寄り添った分析は、現在もインターネットのシーンでアニメやマンガをピック・アップする際によく見かける手続きであって、ほとんど『新世紀エヴァンゲリオン』以降に定着、発展していったものだ。 まあ、『新世紀エヴァンゲリオン』がどんな作品であったか。 90年代より散々語られてきたトピックだから、改めてここで述べるつもりはないし、その必要もないよね。 一方、アニメの視聴スタイル、とりわけ深夜での放送がメインストリームを担うようになったことと『新世紀エヴァンゲリオン』の再放送が深夜であったこととが、全くの無関係ではない点は特筆しておきたい。 後に数々のヒット作を生み出すようになる深夜アニメだが、『新世紀エヴァンゲリオン』の再放送以前には、さほど強力な時間帯には思われていなかったのである。 それが『新世紀エヴァンゲリオン』の再放送を境に、『剣風伝奇ベルセルク』('97年)や『TRIGUN』('98年)などの成功を経、次第に現代のようなヴァラエティに富んだ枠となっていく。 ところで90年代の『新世紀エヴァンゲリオン』が、元来はオタク向けのマニアックな路線を一般的に知らしめた作品であるとすれば、80年代、90年代、00年代、そして現在と変わらずに、子供から大人の幅広い層に受け入れられてきたのが、スタジオジブリのアニメである。 '97年に上映された『もののけ姫』は、興行収入193億円を記録し、同じく宮崎駿が監督した『千と千尋の神隠し』('01年)と『ハウルの動く城』('04年)に抜かれるまで、日本の歴代興行成績でトップに立っていた。 という意味で、紛れもなく90年代を代表する一本であろう。 『新世紀エヴァンゲリオン』の監督である庵野秀明には、『風の谷のナウシカ』('84年)の制作に関わった過去があり、そこに師弟関係を見る向きも少なくはなかったのである。 たとえば「生きろ。 いずれにせよ、どちらも時代的な背景やムードと切り離せないところから大きな魅力を編み出していたのだと思う。 宮崎駿と並び、アニメの世界をリードしてきた押井守が監督の『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』('95年)が劇場公開されたのは、奇しくも『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビ・シリーズと同年であった。 ご存知のように『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』は、国内ばかりではなく、海外での評価が極めて高い作品である。 が、別段その由来を知る必要もないぐらい、今日の生活に溶け込んでいる。 トップストライカー』 『炎の闘球児 ドッジ弾平』『横山光輝 三国志』 [1992年] ・NHK 『お? スーパービーダマン』『小さな巨人 ミクロマン』 『宇宙海賊ミトの大冒険』『火魅子伝』 『ビーストウォーズネオ 超生命体トランスフォーマー』 『超発明BOYカニパン』『ベターマン』『ゴクドーくん漫遊記』 『神八剣伝』『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』 『イソップワールド』『十兵衛ちゃん ラブリー眼帯の秘密』 『ヱデンズボゥイ』『天使になるもんっ!』『A. POLICE』 『KAIKANフレーズ』『魔装機神サイバスター』『キョロちゃん』 『メダロット』『仙界伝・封神演義』『宇宙海賊ミトの大冒険2人の女王様』 『サイボーグクロちゃん』『ぐるぐるタウンはなまるくん』 『地球防衛企業ダイ・ガード』『ジバクくん』 『無限のリヴァイアス』『セラフィムコール』『エクセル・サーガ』 『ごぞんじ!月光仮面くん』『レレレの天才バカボン』 『ビックリマン2000』 (筆者作成).

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90年代プレイバック

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1966年初夏。 高校一年生の西見薫は、父親の仕事の都合で横須賀からひとり、親戚のいる九州へ引っ越してきた。 今どき珍しい正統派アニメ。 1966年代という事でノスタルジーがとても感じられる作品。 特にジャズのセッション場面は作画にも力が入っており音楽もとても素晴らしい。 あるようでなかったジャズ作品。 学祭のステージで数分間に渡る長いジャムセッションシーンは圧巻の一言。 ジャズの醍醐味はインプロヴァイズドだと思うので、それを余す所なく発揮した件のシーンはアニメ史に残る名シーンです。 刑務所の落語慰問会で見た大名人・八雲の「死神」が忘れられず、出所した与太郎が真っ先に向かった先は、寄席だった。 拝み倒して八雲の住み込みの弟子となった与太郎だが、八雲の元では小夏という女性が暮らしていた。 八雲と小夏には他人が容易に触れられない因縁があ... とにかく声優さんの努力と才能が凄まじいです。 落語って究極の一人芝居なんだ!と衝撃を受けました。 複雑な人間関係を描くストーリーはほろ苦くも感動的で、嫌な役柄のキャラクターにもなんだか愛着が湧いてきます。 作画も背景美術も美しい!空気感と情緒のある大人のアニメでした。 落語に興味はなかったけど落語のシーンは結構笑えて、おもしろい!!って思えました。 でも実際の落語の動画、てみたけどそんなでも無かったかなぁ。 ならば、やはり声優さんたちや、キャラの魅力が素晴らしいということなんでしょう。 羽鳥チセは15歳の少女。 彼女は帰れる場所も、生きる理由も、そのための術も、何も持ち合わせていない。 ただひとつ、生まれ持った特別な力を除いて。 そんなチセを弟子として、そして将来の花嫁として迎え入れたのは、異形の魔法使い・エリアス。 自然と寄り添い、悠久... でも、少女は実は短命で、魔法使いには何か裏の顔があり、と、王道を地で行くストーリーだ。 しかし王道らしく、しっかりしたテンポと作画、演出で魅せてくれる。 西洋ファンタジー版、「夏目友人帳」と形容するとしっくりくる気がします。 近年掃いて捨てるほど生み出されている、薄っぺらい世界観のラノベ作品などとは一線を画す作り込みで、故に物語に深みがあり、説得力があります。 ここでの蟲とは動物でも植物でもない、微生物や菌類とも違う、もっと命の原生体に近いモノ達。 それらを総じて「蟲」と呼ぶ。 それらは形や存在が曖昧で、ヒトと蟲とが重なる時、人智を超えた妖しき現象が生まれ、ヒトは初めてその存在を知る。 生命とは、他をおびやかす... キャストは俳優と声優の両方が起用されているが、これもうまくいっている。 2005年の作品ということを考慮すれば映像の質は平均以上。 また、映像の芸術性も高い。 画面に映っている植物や人物が息づいている感じがします。 独特な空気感は思わず見入ってしまいます。 原作は読んだことがありませんが、原作に忠実に作ったとのこと。 本気でboxが欲しいと思いました。 物語は、淡々と進んでいくのだが、いつもはクールなギンコが時に見せる喜怒哀楽やナレーションの声もいい。 アニメを見て興味がわいて、単行本を買ってしまいました。 平凡な高校生である泉新一は、ある日突然地球に飛来してきた「パラサイト」の襲撃を受ける。 間一髪で脳への寄生は免れるが、パラサイトは新一の右腕に寄生、同化してしまう。 やや残忍なシーンも出てきますが、これをそのまま描いたのは立派だと思います。 最後の数回については、もう圧巻という感じで、主人公の新一の成長を感じられます。 アニメ化した本作は、その原作のエッセンスを丁寧に抽出して2クールにまとめ上げた。 原作の月刊のタイムスケールから、週刊のタイムスケールに変わって、物語がとても早回しになった気もするけれど、正直なところストーリーのほとんどを忘れていて、実に楽しく鑑賞することが出来た。 原作が大好きなのでアニメ化は凄く不安でした。 しかし『セイの確率』として視聴してみると、新一くんのビジュアルにも違和感なく楽しめました。 アニメはちょっと…と思っている人も試しに見て欲しいです。 最後まで見た時にきっと好きになれる作品だと思います。 かつて「厄祭戦」と呼ばれる大きな戦争があった。 その戦争が終結してから、約300年。 地球圏はそれまでの統治機構を失い、新しい支配体系をもって新たな世界が構築されていた。 仮初めの平和が訪れる一方で、地球から離れた火星圏では、新たな戦いの火種が生まれつつ... 毎話毎話、しっかり引きがあって、それぞれのキャラクターの関係値と出来事の描写が視聴する者の心をしっかりつかんでいると思います。 ガンダムシリーズで毎週かかさず見たアニメはこれだけです!脚本が良い!キャラクターが良い!続編楽しみ過ぎるー! 満足度高かったです。 久々にガンダムシリーズを最後まで見ました。 内容は「死」が頻繁に出てきてかなりハードで泥臭かったですが、ストーリーがしっかりしていてキャラクターも魅力的で音楽もよかったので最後まで飽きることなく見ることができました。 ドイツ・アイスラー記念病院に勤務する日本人医師・天馬賢三は、瀕死の重傷を負った双子の一人・ヨハンという名の少年の命を救う。 しかしそれは、同時に入院した市長の執刀を優先しろという病院幹部達の意志に背くものだった。 その市長の死によりテンマは政治的窮地に... とにかくスケールが大きく、展開も素晴らしい傑作である。 全74話なんて、今じゃとても作れないよね。 気合い入ってます。 マッドハウス、いい仕事してますねえ。 かなり長いですが、見て損はありません。 むしろ見るべし! 小さい頃から妖怪を見ることができた少年・夏目貴志。 彼は、祖母レイコが妖怪を子分とする証にその名を書かせた「友人帳」を継いで以来、妖怪達に追われる日々。 自称用心棒の妖怪・ニャンコ先生と共に、妖怪達にその名を返すことを決めた夏目は、さまざまな妖怪と出会... また、話の始まりと終わりに流れる主人公の語りにも注目。 妙にぐっと心を引き寄せられる感じがまたいい。 妖怪達の純粋さ、主人公夏目のひたむきさに、毎回心洗われます。 子供の頃に感じた懐かしいような、それでいて純粋だった気持ちを、このアニメを見るたびに思い出す事が出来ました。 ほっこりするような楽しいエピソードもあれば、少し儚くて悲しいエピソードもあります。 一話一話の起承転結がしっかりと作られていて、まるで短いアニメ映画を見ているようでした。 ナノハザードにより廃墟と化した地球。 人類の多くは地上を捨て、データとなって電脳世界ディーヴァで暮らすようになっていた。 西暦2400年、そのディーヴァが異変に晒されていた。 地上世界からの謎のハッキング。 ハッキングの主は、フロンティア・セッターと名乗っ... 観てスッキリ、爽快になれる、良作だと思います。 根っこはかなりマニアックですが、そうでない方でもまったく違和感なく楽しめるはずです。 学校の存続を懸けた第63回戦車道全国高校生大会を優勝で終え、平穏な日常が戻ってきた大洗女子学園。 ある日、大洗町でエキシビジョンマッチが開催されることに。 大洗女子学園と知波単学園の混成チームと対戦するのは、聖グロリアーナ女学院とプラウダ高校の混成チー... 作画は戦車がとても勇ましく描かれておりたくさんのミリタリーファンを魅了する作品となっており、ミリタリーファン以外の方も楽しめる演出並びにストーリになっています。 テレビアニメを見ても思ったことなのですが、このアニメは精巧なCGの戦車を動かすだけではありませんね。 個性を強調するように演出しています。 これは劇場版にも引き継がれ、より磨きがかかっていました。 ゆえに戦車戦も大変見応えのある内容でした。 戦車のディーゼルエンジンが奏でる駆動音。 巡航戦車や軽戦車のエンジンが奏でる甲高い駆動音。 ミリタリー好きにも絶対満足いただけます。 ていうか、観ている途中、ずっとにやけっぱなしでした! もう、凄い凄いの連続でした。 絶対、あと何度か観たい。 そう思わせるほどの完成度の高さです。 可愛い女の子がキャピキャピしてるだけってのもなぁ……という人にもすすめる事が出来ます!!!!!!! アイドルの売れてない時代、ライブ、売れてからの苦悩など見所がしっかりあります。 キャラクター個別の話もあっていい作品でした。 声優さんもキャラと合っているのはもちろん、曲での歌声まで合っていて良かったです。 【フェアリィ・ダンス編】《ソードアート・オンライン》に閉じ込められたキリトこと、桐ヶ谷和人は、ヒースクリフこと、茅場晶彦との死闘のすえ、現実世界へ生還を果たす。 同時にデスゲームを生き残った者たちも生還するものの、アスナをはじめ300人のプレイヤーた... これは、ゲームを題材にしたアニメである。 似ているが違う。 しかも前半はゲームの中で話が進み、結婚までする。 新鮮だった。 ただ見せ場となる所を、見せてない感じがする。 俺の中では今のところ余裕で一番好きなアニメです。 主人公が強いアニメが好きな方にオススメです。 後はダンジョン系アニメが好きな方にも、剣での戦闘アニメが好きな方にもオススメします。 最高だー! おもしろかった。 妹と兄の関係性も見えてよかったかな。 戦闘も盛り上がりもあったし種族同士の争いとかも面白かった。 ネオ・ジオン軍と地球連邦軍が戦火を交えた『シャアの反乱』から3年。 工業コロニーに住む少年バナージ・リンクスは、オードリー・バーンと名乗る謎の少女と出会う。 戦争の火種となるビスト財団とネオ・ジオン残党軍『... これから始まっていくワクワク感がたまらなく味わえる作品だと思います。 映像がとても綺麗です。 新しいガンダムなので当然かと思われますが、ストーリーも映像も良く作りこまれていると思います。 MSが綺麗すぎて見とれてしまいます。 ファーストガンダムを見ていた世代やそれ以降の作品を見てきた人には、思わずニヤリとしてしまうような場面が散りばめられていて、ガンダム好きにはたまらない作品ですね。

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最新 90 年代 アニメ エモいイラスト

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今回は子どもの頃に読んで人格の形成に大きな影響を与えたのではなかろうかという漫画作品をいくつか挙げてぐだぐだ語る回であります。 1982年生まれの僕にとっては90年代前半の作品が世代的にはど真ん中なわけなのですが、家庭の事情的なものもあり、それほど同年代の子供と同じものを読んでいたわけでもありませんでした。 というのも、母親の教育方針としてはコロコロコミックや少年ジャンプ等の少年漫画誌の購入に対して否定的で、定期購読が許されてたのは小学館の学年学習誌(小学〇年生)に限っていたのでした。 父や祖父はそういった母親の方針をあまり気にしていなかった為に不定期でコロコロやボンボン、ジャンプを買って貰っていたし、友達の家に遊びに行けばジャンプもコロコロもあったから、そこまで文化的に断絶した生活を送っていたわけではないけどね。 まあ、そういう背景もあり、雑誌で連載を追うというよりは単行本を買って読むということが多かったと思います。 単行本についても初めのころは藤子不二雄作品以外は母の検閲に引っかかって手に入れることが出来なかったんだけど、いつの間にか規制緩和されて大体のものは読むことが許されるようになりました。 ついでに言うとファミコンもダメだったし、バラエティ番組も見られない(8時半には就寝していた)し、スナック菓子やインスタントフード、炭酸飲料なんかもダメでしたね。 今思えば結構縛りがきついようにも思える。 それでもそれなりに友達は居ていじめられたりしなかったのは環境がよかったのか努力のたまものなのか今となってはわからないけれど、当時は疎外感や劣等感を覚えることも少なくありませんでした。 まあ、中学入ったころぐらいに全部裏目に出てクソ人間になっちゃうんだけどね。 そんな歪な幼少年期を共に過ごした漫画についてあれこれ語っていきたいというわけでございます。 名作集でもマニアックな作品紹介記事でもないです。 説明は不要。 初めて触れた漫画。 大切なことはすべて漫画から教わったって言葉あるけど本当にその通りで、本作から様々なことを学んだように思う。 まさに自分にとってはバイブルなんだけれど、本作を神格化してしまうのは作者に対しても作品に対しても非常に失礼な気がしてしまう。 あくまで生活ギャグマンガであって、娯楽である。 教育的な観点からありがたがってちゃいけない。 漫画なんてゲラゲラ笑ってくっだらねえなーって思うぐらいでちょうどいい。 そうやって自分の血肉になるのだから。 初期15巻ぐらいまでのテンションの高いスラップスティックなノリも、後半の啓蒙性の高く落ち着きがありつつも突飛な発想から生まれる日常の中の非日常的な面白さもどっちも好きです。 古典SFのギミックをこども向けに翻訳して普及させた功績は大きいと思う。 初期のころに「ドラミちゃん」のタイトルで別誌にて連載された別作品が加筆修正されてドラえもんの一編として単行本に収録されてるんだけど、知的好奇心をくすぐられる面白さがあって子どもの頃好きだったエピソードの何本かがこっちだったって後から知った。 夏休みの自由研究としてネッシーについて調査したり、海底を歩いて探索したり、山奥の廃村に滞在したり、普段とはちょっと雰囲気が違うのも味があってよい。 ドラえもんというキャラクターについてはのび太の保護者的な立ち位置よりも、初期のころの一緒にバカやってる方が好きです。 あと、本作からは後に芽生える性的趣向において大きな影響を受けました。 無知シチュ、羞恥心への懐疑、CFNM…挙げればきりがない。 俺が女の子に泣きながら叱られたい願望があるのはきっと32巻のせい。 藤本弘はかなりガチだと思うのです。 アレがね。 前述のとおり、うちの母は僕が幼少期のころ教育ママぶろうとしていたのかわからないけれど、ある時期まで漫画に関しては藤子不二雄のもの以外は買い与えないという制約があったみたいです。 小学一年生の途中までかな。 下記のダッシュ四駆郎とか検閲で弾かれたものです。 その代わり当時書店に並んでいた藤子作品は大体買ってもらうことが出来た。 本作はその中でも思い出深い一作。 前半こそ藤子テンプレートな日常ドタバタものではあるけれど、後半は冒険物として非常に面白いのである。 一連の藤子作品の中でもかなりSF濃度が高い。 主人公のエモンは何度となく死にそうな目に遭い、日常の延長にあるドラえもんとは少し違う世界だぞと思ったものです。 91年放送のテレビアニメはあまり見てなかったな。 なんか今っぽくアレンジされてて鼻についた。 当時からなんでも原作原理主義者でした。 あ、モジャ公読んだことないです。 僕は80年代後半から90年代前半にかけての第一次ミニ四駆ブーム直撃世代(のちょっと下の方)なので本作は必修科目であります。 ただのコロコロ玩具タイアップ荒唐無稽漫画と侮るなかれ。 いや、確かに滅茶苦茶なことやってる漫画ではあるんだけれど、本編の合間合間に挟まれる泥臭い人情噺がね、たまらないんですよ。 例えば、主要キャラのひとりであるキザな金持ちの進駆郎は、過去父親に引き取られる形で母親と離別しており、結果として何不自由ない生活を手に入れたが本当に幸福だったのは母と姉と3人で暮らしたボロアパート住まいの生活だった、とか、本当は気弱でおとなしいがメイクをするとバリバリのヘビーメタル野郎になるパンクロー(メタルなのにパンクロー)が音楽の才能を認められてバンド活動に参加し熱狂的な人気を得るが、自分が本当にやりたいことは音楽なのかミニ四駆なのか苦悩する話とか(音楽やったほうがいいよ絶対)、子供心には結構ハードなドラマが展開されております。 今読むと、出てくる大人がひどいのばっかで笑ってしまう。 子供の目から見た大人ってことなのか。 この時代ぐらいまでのコロコロ作品は線がぶっとくて良いのである。 僕より3歳年下あたりになるとミニ四駆漫画はレツゴーになってしまうみたいです。 もうひとつミニ四駆漫画を。 これはちょっと知名度が低いのかな。 小学館の学年誌連載で、初期のドラえもん同様に学年別に描き分けられたため単行本未収録が多い模様。 そのせいなのか個別のエピソードを単行本化の際に加筆して無理矢理くっつけたみたいな滅茶苦茶な構成になってて少しがっかり。 第1話だと思われる主人公トップが愛機ライジングバードを入手するくだりが二回もあったり、おそらく最終回だと思われる話が最終巻の中ごろに載ってたり粗雑な構成である(作者に非はない)。 それはともかく、Gペンのぶっとい線で描かれた泥臭くも元気な子どもたちの真剣勝負と熱い友情は大人になった今読んでも十分面白いと思える。 なんというかすごく健全で溌剌としていて、根暗なおじさんとしては嫉妬すらしてしまうのであった。 この時代のジャリ漫の世界はマジで尊い。 大人がしゃしゃり出てこない(悪の組織だとか)のも良い。 当時のミニ四駆漫画としては比較的無理がなく理論的な改造をしているんじゃないかな。 まあミニ四駆から発生した重力でコースが崩壊するとかケレン味もたっぷりですけどね。 というかコースが壊れる展開が多い。 女の子があんまり出てこない作品なんだけど、主人公トップの姉がすんごい可愛いです。 あんまり出番無いけど。 なぜか両親が不在で姉との二人暮らしをしている上に、姉はラーメン屋を切り盛りしているという何ともハードでたまらない設定なのである。 作中では姉というより母親的な役割を担ってるけど姉は姉なのです。 怪物くんのヒロシも姉しか家族がいなかったけれど、何故かこういう設定に僕は憧れがあるようです。 kindle unlimitedで読めるので無料期間のうちにでも是非。 現在はプロ野球には全く興味がなく、中田翔が野手なのか投手なのかすらわからなかったり、球団名すらまともに答えられないひどい野球音痴な僕ですけど、平成初期の時代に限ればそこそこに選手の名前と顔が一致します。 それは紛れもなく本作とファミスタのおかげである。 過度にデフォルメされた選手たちのかけあいはバカバカしくてある意味正当な低年齢向けギャグマンガだけれども、似てる似てないはまあ置いておいてデフォルメの仕方になかなかセンスを感じるのですよ。 桑田がとにかく腹黒くて陰湿でダーティに描かれていることに対して、幼少期の僕は桑田投手は不愉快じゃないかななどと心を痛めましたが、今思うと桑田のダーティさはもう芸の域だなとさえ思うわけです。 笑えるからいいよね。 清原はもう笑えないからね。 こういうデフォルメの面白さって結構大人向けっぽいと思うんだけどね。 元々いしいひさいちとかの領分だしね。 まあ選手知らなくても子供が笑えるように出来てるからいいんだけど。 今描いたら桑田の息子ネタとか出るのだろうか。 桑田の息子は…笑えないなあ。 トラウマその1。 学校の図書室にあったのは角川のハードカバーのやつで表紙がまず怖い。 手塚の絵のタッチは丸っこくて可愛らしいはずなのに、どこか不気味で恐ろしく感じてしまうのは幼少期に本作を読んだからだろうか。 死ねない体の恐怖。 宇宙で永劫の孤独にさらされる恐怖。 順番に首を切られる列に並ばされる恐怖。 生きたまま顔の皮を剥がされて動物の皮をかぶせられる恐怖。 とにかく8歳や9歳程度のこどもには到底想像のつかないフリークスな描写に毎度毎度ショックを受けていたのです。 本来青年向けの作品なので露悪的な描写も多いんだけど、ちょうど手塚治虫が亡くなった直後ぐらいで再評価&神格化されてた時期でもあり、どこの学校にも本作やブラックジャックは置いてあったものです。 PTAの方々はちゃんと読んだことあるのかな。 もちろんどうしようもなく名作ですけどね。 二十歳すぎてから朝日ソノラマ版で全部そろえた。 表現がトガり過ぎてる。 トラウマその2。 これも学校の図書室で借りて読んだな。 とにかくピカがドンした直後の描写がキツい!キツすぎる。 直前が割と牧歌的なシーンだったこともあって緩急がエグすぎる。 焼け爛れた人たちが呻きながら川を目指すシーンは状況も絵のタッチも何もかもが強烈で、忘れることのできない心の傷になってる。 でも本作の本当の怖さはその後も延々と後遺症に苦しむ人たちが出てくることで、どんどん体が無くなっていく画家(名前失念)だとか目をそむけたくなるエピソードばかりだ。 当時二年生ぐらいだった自分は今突然自分の住む町に原爆が投下されたら、という想像を膨らませすぎて布団の中で泣いてたりしたものです。 改めて読みなおすと政治思想的に色々思うところはありつつもエンタメとしてすごく面白い作品だったりする。 ゲンて最初小学二年生なのかよ。 少々無理があるだろ。 トラウマその3。 とはいっても上記の二作品とは意味合いが違いますが。 小学3年生のときに友人の家で読んだんですよ。 しかも友人の姉の所有物であったことが余計に作用してしまった。 それまで、僕の中における創作物のキャラクターというものは、男の子は潜在的にスケベであり、女の子はスケベに不寛容であるという絶対の不文律があったのだけれど(藤子漫画的世界観)、本作では女子が男子を丸裸にして嘲笑し凌辱するといったシーンが数多くあり、当たり前だと信じて疑わなかった価値観がガラガラと崩れるのを感じたのでした。 しかもこんな不道徳なものを読んでいる女子(友人の姉)の存在が男兄弟しかいなく性的なものにクローズドな家庭で育った自分には全くの異文化に映ったのです。 ゼントラーディの気持ちがよくわかる。 ヤック・デカルチャー。 今読むとえらいくだらないです。 期待して読むと肩すかされるよ。 トラウマその4。 これに関しては…多くを語るまい…。 表紙デザインもけっこうアレなんで文庫版ね。 僕が永井豪作品で最初に触れたのはデビルマンでもマジンガーZでも魔王ダンテでもバイオレンスジャックでもなく本作である。 頭おかしいよ。 じゃあ本作と全然関係ない話をしますね。 インターネットというものが普及どころかその概念自体が軍事関係者や一部のSF愛好者の間でしか認知されていなかった時代においては、自分たちのごく身近に確実に存在はするであろうけれど、絶対に目にすることのできないものというものが確かにあったのだ。 「それ」はわずか厚さ数ミリの壁の向こう側に隠蔽された禁忌である。 「それ」の名前を口に出すことは憚られ、視覚媒体上の記録は塗り潰され、あたかもこの世界に存在しないもののように扱われた。 しかし「それ」は確実に存在するのだ。 僕らは知的好奇心を抑えることが出来なかったが、わずか数ミリの繊維で構成された壁を踏破することも到底不可能であった。 代案として決死の覚悟で入手した極秘資料の数々は既に国家機密さながらに厳重な隠蔽工作がなされたものばかりであった。 大戦中、化学兵器の製造を行っていた島々が地図上に存在しなかったように「初めからそんなものは無い」と塗り潰された箇所が雄弁に語るのだ。 落胆の中、絶念することだけが僕らに与えられた選択肢だった。 僕らは「それ」に少しでも近づく為に自分たちで出来ることを模索した。 導き出されたものはイメージすることだった。 この世の万物は想像力の賜物である。 想像力を働かせろ。 僕らは「それ」の形状や性質について可能な限り想像を巡らせた。 幼年期が終わりを迎え、時代が巡り、世界がワールド・ワイド・ウェブにプラグ・インするまでの間とうとう答え合わせは叶わなかったが、この体験は人生において非常に大きなものを僕らに与えてくれたのだ。 関係ない話をしたが、本作はそういう時代の産物である。 今ならググれば1秒で見られるぜ。 何の話かな。 新装版のデザインしっくりこねえなあ。 ドラゴンボールは物心ついた時にはすでにアニメが放送されていて、なんとなく観てはいたんだけれど、意識して原作漫画を読み始めたのはサイヤ人編からナメック星編のころだと思われる。 俺らの世代の共通言語的なものだね。 本作に関してはストーリーがどうのこうのってよりも、やっぱり超カッコいい絵に憧れたもんです。 特にサイヤ人編以降のカクカクしたシャープな線で描かれたキャラクターが、小学生のハートにビンビン刺さったんだよね。 直線的でシャープなもの=カッコいいみたいなのって普遍的に感じるものなのか世代的なものかはわからないけれど、自動車のデザインとか考えるとあながち間違ってないかも。 超サイヤ人の悟空を上手く描けるとそれだけで人気者になれた時代でしたね。 さて、漫画としてはいわゆるアニメで言うところのZ編(17巻以降)よりも無印時代(~16巻)の方が圧倒的に面白いです。 個人的にはレッドリボン編と呼ばれる二度目のボール集めがとても冒険活劇していて良いのです。 冒険のアクセントとして格闘があるのはいいんだけど、それがメインになっちゃうとなんだかなあって。 なんて当時も思ってはいたんだけれど、当時の子どもの世界ではサイヤ人編以降のバトル漫画としての本作に絶大な人気があったので口をつぐんでいましたね。 絵の面白さで言ったらドクタースランプ(中期まで)のころと比べるとやっぱり劣る。 動かすために線を減らすというアニメみたいなことやってるから仕方ないけれどね。 扉絵みたいな一点もので気合入ってる時はやっぱり圧倒されますけど。 セリフ覚えるぐらい繰り返し繰り返し読んだり、何度も模写したけれど、36巻から先はちゃんと読んでなかったりする。 人造人間編以降はなー。 緊張感が足りねーんだよなー。 突然変異の宇宙最強生物の次が機械人間って言われてもなー。 初期のブルマに性癖(誤用)を捻じ曲げられたお友達も大勢いることでしょう。 これもね、気付いたらアニメが放送されてて、そのあと原作を読んだパターンだね。 放送が終わってしばらくした頃に祖父が古本市だかフリーマーケットだかで20数冊まとまったものを買ってきた手に入れたような気がする。 祖父は母の教育方針とか無視してたな。 原作はアニメとクロスのデザインが違ってうろたえた。 原作初期のクロスすげーカッコ悪いし。 今見るとアニメのジェットヘルメットみたいなやつのほうが変だけど。 前作の男坂が打ち切りの憂き目にあった反動なのか、徹底してヒットする要素を詰め込んだ本作。 まんまと大ヒットして今現在も続編が連載されたりされてなかったりする。 少年たちが協力して世界の平和を脅かす巨悪と戦い勝利を手にするというテンプレートな少年漫画スタイルではあるんだけれど、少し毛色が違うように感じられたのは、星矢たちは結果として世界の平和を守ってはいるけれど、敵対勢力と戦う理由があくまで沙織お嬢様を救出するという一点にあるところではないでしょうか。 戦う理由が個人的なんだよね。 世界がどうとかよりも12時間でお嬢様が死ぬ!って方が大事なんだよ。 世界が巨悪に呑まれることとお嬢様が死ぬことが等価値になってるから別にいいんだけどさ。 星矢たちって正義の味方っぽくないキャラクターをしていると思うんだよね。 ちょっと不良っぽいというか。 車田不良漫画の延長だから仕方ないんだけれど、こういうファンタジー色が強い世界設定でキャラクターが泥臭い(加えて美少年)のって当時は結構ショッキングだったのではないだろうか。 知る由もないけれど。 その結果ロッテン・ガール(腐った女の子たち)に滅法愛されたわけだね。 漫画としてはバトルものに分類されるんだろうけど、全然アクションしない。 ぐだぐだ喋ってドーン!で決着がつくという、ある意味洗練された様式美であり、発明である。 お話の性質上、スピリチュアルな展開が多くてオカルトな雰囲気を纏っているため、7歳や8歳で読んだときは結構怖かったのである。 シャカ戦の六道輪廻で出てくる地獄とかね。 アテナの聖闘士で仏陀の生まれ変わりで最も神に近い男って宗教めちゃくちゃだよなシャカ。 やっぱり十二宮編が一番テンション高くて、ポセイドン編以降はなんだかなあって感じ。 沙織お嬢様の胸に黄金の矢が刺さって大変なことになったけれど、お嬢様はやったらおっぱいが大きいので心臓に届かないのでは?と思った少年は少なくないと思う。 13歳であんなおっぱいしてたらさあ、そりゃあ悪いやつにも狙われるよね。 水攻めとかフェチ度高め。 ドラクエを題材にした漫画と言えば、本作とダイの大冒険、あとアニメだけど勇者アベル伝説なんかがあるけれど、原作のイメージソースである鳥山明の世界観から一番遠い本作が一番ドラクエっぽい気がしてました。 単にお話のベースがドラクエ3だからかもしれないけど。 当時目にした漫画の中では圧倒的に繊細で美麗な画風に心奪われた。 大友克洋ももちろんメビウスなんかも知らない子どもにとってはこの黒ベタの効いたクールなタッチが妙に大人っぽく色気があって、他とはちょっと違うぞと思ったものです。 あと初っ端からメインっぽいキャラが死ぬ。 ルナフレアはともかく、サーバインとか今の漫画だったら死なずに後半で出てきそうなんだけれど、ちゃんと見せ場で死ぬんだよ。 しかも痛々しく焼け死ぬのが非情で良いのだ。 優しくない世界を見せつけられている感じがしてね。 バラモスゾンビの悲哀とか、村人に投石される勇者とか、単純な勧善懲悪では図れない場面が多くて印象に残ってる。 連載が長くて最後まで読んでないんだよなあ。 小5で実際にドラクエをプレイするまでの間、本作とダイ大、アベル、そしてドラクエ4コマ劇場が自分にとってのドラクエでありました。 本書を手に入れた時のことをよく覚えている。 やべーもん買っちまったな…って思ったはずだ。 生まれて初めて買った少女漫画レーベルの漫画で、何か衝動を抑えられなくなって購入に至ったような気がする。 今見ると別に何もやばくないんだけど、3年生ぐらいの男子にとって、女子の世界のものを部屋に置いておくということは背徳行為なのですよ。 同級生に見つかったら平穏無事な学校生活は遅れないことが確定してしまうから。 女の子の世界をのぞき味したような後ろめたさがあったりしたんだ。 これもアニメ先行で入ったクチですけど、原作はアニメよりも若干対象年齢が高くて(というかアニメが低いのだけれど)ちょっと印象が違った。 アニメ版ってペンギン村みたいだよね。 少女漫画の文法に慣れていなかったからなのか、読んでると引っかかる箇所がいくつかあったような。 あんまり覚えてないけどさ。 5巻か6巻の巻末に載ってたヒナコって短編が全然意味わからんくて混乱した思い出。 「ヒナコさんですよね? 図鑑に載ってる」みたいなやりとりがあって、短編なのに何か予備知識が必要とされてる感じに違和感覚えたような。 今読んだらわかるのかな。 わぴこ(すげー名前)が実はすごく頭良いみたいな描写(難解な数式を瞬時に理解するという場面がある)にゾクゾクしました。 こういうデザインのキャラ今でも好きだな。 三つ子の魂百だね。 クワトロ大尉みたいな恰好したやつの声カミーユじゃん。 なんだかよくわからないラインナップになってしまった。 ここで一旦区切る。 続きはまたいつか。

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