佐良 直美 ひとり 旅。 佐良直美が紅白歌合戦の「ひとり旅」で表現したトランスヴェスタイトによる男歌の世界

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佐良 直美 ひとり 旅

穂口雄右プロフィール 穂口雄右(ほぐちゆうすけ) 1948年 東京都出身、作編曲家、ミュージックプログラマー、一般社団法人日本音楽著作権協会正会員、元社団法人日本音楽著作権協会評議員、一般社団法人作曲家協議会正会員、BMI(米国著作権協会)会員、ASMC 米国作曲家協会 会員、日本作詞作曲家協会理事、株式会社ミュージックゲート代表取締役社長、株式会社アムバックス代表取締役社長、NPO法人ミュージックプランツ名誉会長。 そのころ1ケ月だけ近所の音楽教室に通ったが、その後はまったくの独学。 日大芸術学部も文芸学科で音楽学科ではなかった。 つまり音楽の基礎教育とはほぼ無縁。 アマチア時代 テディーボーイズ「メンバーに寺尾聡(後の、名優)、大野良治(後の)がいた実力アマチアバンド。 穂口はこのバンドでリードギターを担当」 ジャニーズ・ジュニア「ドラムの田中清司(当時15才)に誘われて参加。 このころはのバックバンドとして当時のなどでオルガンを演奏するが穂口もまだ15才でまったくのアマチア感覚」 プロのミュージシャンとして活動を開始。 1964年(16才)から1971年(23才)まで奏者として多くのセッションに参加。 主な参加バンド 「(ギター)に誘われて参加。 水谷さん(当時16才)の上手さに驚愕した」 オールスターズワゴン「江藤勲(ベース)に誘われて参加。 江藤さんは当時24才で日本一のスタジオベーシスト、布施明さんや美空ひばりさんなどのバックで初見演奏の毎日で鍛えられた」 猪俣猛とサウンドリミテッド「スタジオで一緒になった凄いドラマーに誘われてすぐに参加を承諾。 後から猪俣猛さんと聞いてびっくりするやら恐ろしいやら。 毎日のように先生のアレンジで演奏。 高度な楽譜で勉強になった」 稲垣次郎とソウル・メディア「スタジオで稲垣次郎さんに誘われて参加。 この頃は幾つものバンドを掛け持ち。 音楽は楽しむものと言うあたり前のことを改めて教わった」 1967年(19才)から1971年(23才)までバンド活動をしながらスタジオミュージシャンとしても10,000曲以上のレコーディングセッションに参加。 先生のレコーディングにオールスターズワゴンの一員として参加したことで認められ、翌日から私のスケジュール帳は森岡先生のスタジオ録音でびっしり埋まった。 それもそのはずで、森岡先生は多い日には1日に30曲以上編曲したとのこと。 到底信じられないとは思うが、事実として私も1日に20曲ほど先生の録音に参加した思い出がある。 森岡賢一郎は日本の音楽史でもっとも多忙な編曲家だった。 1972年(24才)にはスタジオミュージシャンおよび演奏活動を全面的に停止し作曲編曲家として活動するための準備期間に入る。 仕事は一切断って、毎日1曲は作曲(習作)をし、世界中のアレンジャーのオーケストラアレンジを毎日耳コピしてスコアーを書いて編曲を学んだ。 ジャズ理論も再学習。 当然この期間は無収入で貯金取り崩し生活。 この間練習用に200曲以上作曲したが全ては習作につき未熟なので非公開のまま破棄。 1973年(25才)から1978年まで作曲編曲家として5年間の著作活動に入り公表作品だけで約500曲を作曲と編曲をしてレコーディングを行う。 作品リスト(作曲、編曲、時々作詞) キャンディーズ :「春一番」「微笑がえし」「年下の男の子」「わな」「その気にさせないで」「なみだの季節」「内気なあいつ」「夏が来た! 1979年(31才)で作曲活動を休止、会社経営と後進育成の準備期間に入る。 作曲の依頼を一切お断りして社会勉強に集中。 民法、商法、会社法、などを独学で学びながら、同時に人生と音楽について熟考する。 この期間はお蔭様の印税生活でのんびりと考えることができた。 ところで、一部に「キャンディーズと共に燃え尽きた作曲家」との認識があるが、これは全くの誤認。 実は、作曲家を30才で止めることは人生設計として20才の頃から決めていた。 そして、たまたま自分の30才が、キャンディーズの解散と重なっただけである。 理由は、作曲家になる前に音楽史で調べたところ、作曲家が代表作を残せるのは統計的に20代までで、その後はよほどの天才でない限り名作を残すことは無理であることを知り、しかも自分から見て、自分が非才であることは火を見るよりも明らかであった。 「非才であっても学習と若さと徹夜仕事で頑張った20代は貴重な時間だったと思う」 1982年プロフェショナルミュージックスクールAMVOXを設立。 1980年代の中期から日本の音楽界を支えた作曲家、編曲家、作詞家、ミュージシャン、エンジニアを育成。 1998年 インターネット関連事業をスタートし後に株式会社ミュージックゲートを設立して音楽関係者向け無料情報サービスを開始。 2001年 米国法人を設立。 アメリカでの会社経営をスタート。 同時にニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトル、バンクーバー、ホノルルなどと東京を往復する生活に入る。 2009年 Hiromi Kanda の全米リリース第1弾としてホノルルシンフォニーオーケストラを起用した「Hiromi in Love」のレコーディングをプロデュース。 2010年 Hiromi Kanda の「Hiromi in Love」を全米リリース。 同年にLAハリウッドのでHiromi Kandaの2ndアルバムをレコーディング。 2011年 Hiromi Kanda の2ndアルバム「を全米リリース。 このアルバムには、、, 、,など、世界最高のミュージシャンとエンジニアが参加。 尊敬する作曲家 ジョージ・ガーシュイン、コール・ポーター、ビクター・ヤング、ジミー・ヴァン・ヒューゼン、その他多数 尊敬するミュージシャン セロニアス・モンク、ジョー・サンプル、ドナルド・フェイゲン、ウエス・モンゴメリー、ラリー・カールトン、デビットサンボーン、ピート・クリストリーブ、ウエイン・バージロン,ボブ・サマーズ、レイ・ブラウン、バディー・リッチ、ジェフ・ポカロ、その他多数。 尊敬するボーカリスト レイ・チャールズ、フランク・シナトラ、ナット・キングコール。 尊敬するアレンジャー ネルソン・ディドル、ビリー・メイ、ジョニー・メンデル。 尊敬するプロデューサー トミー・リピューマ、ゲイリー・カッツ、 尊敬するエンジニア アル・シュミット、バーニー・グランドマン、ロジャー・ニコルズ、アラン・パーソンズ、.

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佐良直美「ゴールデン☆ベスト・デラックス」感想(Disk3) : 函館のシト的徒然日記

佐良 直美 ひとり 旅

たまたま昔の映像を見かけ、一瞬で虜になったにもかかわらず 探してもなぜか見つからなかった佐良直美さんのヒット曲集。 「世界は二人のために」は秀逸。 ごく単純な歌詞と美しく簡素なメロディのみで展開するこの曲、 デビュー曲にして、他のどの唄よりも彼女の歌唱力の高さを感じられます。 彼女の魅力は、よく伸びる声、クセのない歌い方、そして歌心。 唄だけで人を魅きつける説得力を持っています。 彼女が一切の芸能活動から離れてすでに四半世紀。 一人の素晴らしい歌手が日本の歌謡界から失われたことを なんだか大きな損失だと感じずにはおれません。 現在手に入るCDでは、 '71年のカバー曲集「素晴らしいフォークの世界」というレコードも 60年代後半から70年代前半の名曲を彼女の唄で味わえる好盤。 佐良直美という素晴らしい歌手 作曲家でもあります の存在を 当時を知る人にも、当時を知らない人にも、ぜひ再発見してほしいです。 曲目 1. 世界は二人のために 2. 私の好きなもの 3. 星になりたい 4. すてきなファニー 5. 知らないで愛されて 6. いいじゃないの幸せならば 7. どこへ行こうかこれから二人 8. 生きてるって素晴らしい 9. 片道列車 10. のんびりやるさ 11. 別れ話は背中にしてね 12. 花のフェスティバル 13. 夜明けのうた 14. 君待てども 15. ありがとう 16. ひとり旅 17. 速達 18. 時計館 19. 愛の消しゴム 20. テネシー・ワルツ 21. リリー・マルレーン.

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