ふじ かわさ ね み。 ふじ森

水土里ネット紀の川連合の概要

ふじ かわさ ね み

名古屋港ガーデンふ頭に係留されているふじ 基本情報 建造所 運用者 艦種 級名 ふじ型砕氷艦 前級 - 次級 母港 艦歴 計画 宗谷代船計画 発注 起工 進水 竣工 退役 その後 として公開 要目 5,250 9. 120t 100 最大幅 22. 0m 深さ 11. 8m 8. 3m 機関 出力 12,000馬力 推進器 二軸 速力 17. 2 2. 180t 航続距離 15. 自衛艦としては初のヘリコプター搭載艦でもある。 艦番号AGB-5001。 (40年)3月18日に進水、7月15日に竣工。 同年からとしての役割を海上保安庁のより引継ぎ、(昭和58年)4月まで海上自衛隊により運用され輸送に従事した。 1984年4月11日退役。 退役の後は南極観測に関するとしてガーデンふ頭に係留され1985年8月から一般公開されている。 船内の食堂・居室・診療所・理髪店などをで再現し、それを通路から窓越しに見学できるようになっている。 後継艦は。 設計 [ ] 1962年(昭和37年)8月21日、防衛庁は文部省から非公式に要請をうけて「宗谷」の代船建造に関する研究調査を開始した。 日本では1921年に旧海軍が北方海域警備のため砕氷艦を川崎重工神戸造船所で竣工させたが、その後は建造経験がなく、極地用の本格的な砕氷艦の設計は研究開発からしなければならなかった。 設計方針を考える上で当時最新の砕氷艦「グレーシャー号」を参考とし調査を開始した。 1963年8月20日の閣議において南極観測の再開と輸送担当を防衛庁とすることが決定され文部省及び防衛庁において新船建造準備作業がすすめられることになった。 では「新船舶設計委員会」が設立され、新船舶要求および設計内容を審議することになった。 基本設計を担当する防衛庁の技術研究本部では、いまだかつて経験のない船だけに南極観測船としての特殊事項について、各界の学識経験者を設計技術顧問として招き「南極観測設計研究会」を設けて学識経験者に助言を求めた。 基本設計作業に先立って、各観測部門、宗谷の運航実績について研究会の各専門家から意見を聴取し、設計に必要な技術資料の収集を行った。 この研究会は総会のほか、航海、砕氷、航空、輸送、船体構造等の分科会を開いた。 研究会の成果を踏まえて本格的な設計が進められた。 その結果、ふじは宗谷と同じく砕氷艦、輸送艦、観測艦、ヘリコプター母艦という複数の任務を背負い込む多目的砕氷艦となった。 当時諸外国の観測隊は砕氷船、補給船、調査船などの数隻で編成されているのが一般的だった。 宗谷の経験から艦と基地の間の輸送は数十マイル離れた氷海からで空輸することを基本に、船型は船首楼を船尾まで延ばし、三層とも全通の甲板とし後部はヘリ3機の格納庫及びにした。 航空輸送能力は昭和基地から40マイル離れた所から、4日間で300t、6日間で400tの物資を運べることを目途にした。 基準排水量は5. 250t、満載時9. 120t。 主機関は4基、2軸、12. 000馬力とし、2基、2軸の場合でも15ノットの航海速力を得られるようにした。 推進方式はグレーシャー号及びオビ号に倣ってディーゼル機関で発電し電力でスクリューを回す電気推進方式が採用され、艦橋中央、両舷側、上部操舵所、機関操縦室の5ヵ所で操縦可能。 艦上観測用として、気象、高層気象、電離層、宇宙線、夜光、極光、海洋生物、地磁気、地震、重力等の11部門の設備を保有。 砕氷能力はチャージングによる最大破壊氷厚を重視し連続砕氷可能な氷の厚さは80~120cm、最大砕氷能力はチャージングで6mを目標とした。 船殻構造には日本海事協会規則を適用し砕氷船としての船殻補強にはノルウェー船級協会規則を一部適用した。 耐氷帯部分の外板には低温靱性に優れた、厚さ35~45mmの高張力鋼用い、400mm間隔に肋骨を配置して補強し、隔壁間にウェブフレームを配置して強力な格子構造を形成して氷厚に耐えることとした。 第3甲板以下は二重船殻構造としこの部分を燃料タンクに充当した。 ビルジキールの代わりに横揺れ削減のため日本鋼管と海上保安庁技術部が共同で開発した減揺タンクを装備。 搭載ヘリは偵察及び輸送用にシコルスキーS-61を2機、氷状調査用にベル47G2Aを1機搭載。 これらの搭載機はふじが南極観測の任を解かれた後、しらせに搭載された。 歴史 [ ] 日本の南極観測は、1962年の第6次観測隊以降、一時中断していたが、8月20日の閣議決定「南極地域観測の再開について」に基づき再開されることとなった。 同閣議決定では輸送手段について、防衛庁の担当とされこの決定にともなって、間をおいてを改正の上、新南極観測船は防衛庁が運用することとなった。 1964年8月文部省と日本鋼管の間に船体の調達に関する契約が締結され8月28日に日本鋼管鶴見造船所にて起工し、同年11月には船台搭載が開始され、船台期間4か月で1965年3月18日に進水という急ピッチで船殻工事が進められた。 また南極本部は新船の船名を一般公募のうえ選定、決定することにし1965年1月11日から2月20日まで一般公募を行い、総数44万余通にのぼった応募船名の中から選考した結果「ふじ」とすることに決定した。 1965年2月自衛隊法の改正にともない、予算が文部省から防衛庁に移り、船から艦になった。 進水作業に当たっては、前後部の船型が極めてやせていることと、進水重量が船の大きさの割に大きい事から、進水時の船尾浮場までの走行距離が長く、また喫水が大きく広範囲の浚渫を必要とする等多くの問題が生じた。 進水諸元を検討した結果、進水は通常の方式では不可能であり、進水固定台の延長と浮力タンクの取り付けという異例の進水計画が立てられた。 船台には約30mの仮設固定台が設置され、船体の前、中、後部に浮力タンクが取り付けられ、細心の注意を払って進水式の準備が進められた。 新南極観測船は、1965年3月18日午後4時45分、皇太子、同妃臨席のもと「ふじ」と命名され無事進水し、6月28日から公試運転に入り、7回の海上運転の後、7月15日予定通りに引き渡しが完了し砕氷艦ふじが誕生した。 1965年11月20日、東京を晴海ふ頭を出港、奄美大島の南東海上でのが投下したメッセージや新聞などを収めたコンテナを受け取る。 航行中は部署訓練を行いつつフィリピン沖で第2次大戦の戦没者に対する洋上慰霊祭を行う。 12月5日、フリーマントルに寄港した。 寄港中、整備、補給、休養および親善行事を実施し、11日出港した。 20日航空機の防錆を解除、27日、昭和基地沖の流氷縁着、流氷域に進入を開始した。 30日昭和基地から31度38海里の定着氷に到達、1966年1月3日から本格的な空輸を開始し、20日には昭和基地が再開された。 25日から空輸と並行して、リュツォホルム湾の内方に進入、27日、昭和基地に接岸、雪上車および大型物資の陸揚げし、全物資435tの輸送を完了した。 2月1日第7次越冬隊成立。 同日ふじは昭和基地を離岸、2日流氷縁を離れ、3日、ソ連のマラジョーナ基地を訪問、同日オビ号と会合、6日同基地発、西航を開始、10日ベルギーのロワボードワン基地を訪問、13日南極大陸を後にして、ケープタウンに向かった。 総行動日数140日、総航程22500海里に及ぶ行動であり、観測隊員40名、オブサーバー7名、観測隊員物資435tの輸送を完遂したほか、昭和基地接岸、外国基地訪問、リュツォホルム湾の野外観測および基地作業支援を行った。 観測再開となった1965年の第7次隊より用いられ、1983年の第24次隊まで使われている。 1978年7月3日ヘリコプター搭載型巡視船の進水式に参加。 同年12月31日第29回紅白歌合戦の際、春日八郎がさよなら宗谷を歌う前にふじ艦内に電話がつながった。 1982年11月25日、船の科学館前で宗谷の汽笛受けた後、東京湾にて11月12日に就役したしらせと第37護衛隊(あやせ、ちとせ)に歓送され最後の南極行へ出発した。 これがしらせの自衛艦として最初の任務となった。 1982年12月カナダ規則において規定された世界の砕氷船のランク付けでアークティッククラス2. 9で世界12位と評価された。 1983年4月20日晴海埠頭着の航海をもって、南極観測船の役目をしらせに譲り二代目南極観測船としての役目を終えた。 行動日数は2,869日、輸送人員は800名、輸送量は8,529. 5t、氷海でのチャージング回数は23,416回であった。 ふじは先代の宗谷 よりも大型で砕氷性能も上回っていたが、過酷な南極観測任務において多くの困難に見舞われた。 第7次から第11次までは連続で接岸に成功したが、第11次行動の帰路の際右推進翼4枚全折損事故の後は老朽化が見えはじめ、この後の昭和基地への接岸は第19次観測のみになり、18回中6回の接岸にとどまったが接岸できなくても計画通りに行動し、任務を完遂させた。 歴代艦長 [ ] 歴代艦長(特記ない限り) 代 氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考 1 本多敏治 1965. 15 - 1966. 30 64期 ふじ艤装員長 防衛部付 艦長 2 松浦光利 1966. 1 - 1967. 16 第7護衛隊司令 3 本多敏治 1967. 16 - 1968. 1 海上幕僚監部監察官 1968. 1昇任 4 松島茂雄 1968. 16 - 1969. 1 退職 艦長 5 磯辺秀雄 1969. 20 - 1970. 31 海兵68期 防衛部長 6 大森正人 1970. 1 - 1971. 16 第1海上訓練指導隊司令 7 前田冬樹 1971. 1 -1973. 31 海兵71期 横須賀防備隊司令 8 森田 衛 1973. 1 - 1975. 15 司令 9 蔵本恒造 1975. 1 - 1977. 1 艦長 元運用長 10 田辺元起 1977. 1 - 1979. 1 第1練習隊司令 11 根井 繁 1979. 1 -1981. 1 第2海上訓練指導隊司令 第16. 17次 副長 12 竹内秀一 1981. 15 - 1983. 1 13 倉田 篤 1983. 2 - 1984. 11 3期・ 8期幹候 海上幕僚監部防衛部南極観測支援室 横須賀地方総監部付 第2代艦長 その他 [ ] 記念切手「南極地域観測再開記念」(1965年11月20日発行)および、記念切手シール「南極地域観測事業開始50周年」(2007年1月23日発行)の切手に、宗谷、ふじ、しらせが描かれている。 また、記念切手「名古屋港 東海-40 愛知県 」(2007年11月5日発行)の中の、「名古屋港・愛知県」という切手で、ふじが描かれている。 第7次及び19次観測時に記念スタンプとしてふじが登場している。 ふじは総合訓練寄港地において一般公開を実施し昭和40~55年かけての見学者数は128万人を超えた。 2017年8月28日、船内の理髪室が全国理容生活衛生同業組合連合会より 理容遺産として認定され船内で認定証授与式が行われた。 出典 [ ]• 南極観測二十五年史(、1982年)• 南極観測五十年史(、2007年)• 小島敏男『南極観測船ものがたり』(、2005年)• 大野芳『特務艦「宗谷」の昭和史』文庫版(、2011年改題)ISBN 978410133222• 海人社『世界の艦船』1978年9月号• 海人社『世界の艦船』1983年2月号 脚注 [ ]• 尚、海上自衛隊には過去に同名の「ふじ」が在籍していたが、こちらは植物のを由来としており、名称としては全く別のものである。 『南極観測船ものがたり』113項。 南極観測二十五年史 33-34項• 南極観測二十五年史 8項• 南極観測二十五年史 34項• - 投下したパイロットの回想録• 南極観測二十五年史 302項• 世界の艦船1978年9月号• 世界の艦船1983年2月号 新と旧のコントラスト14項、反航するふじとしらせ 124項。 しらせは4. 1で当時世界5位、世界の艦船1983年2月号 82項。 宗谷は、砕氷能力に劣る小型・低性能の老朽船ながら多くの任務を成功させる幸運に恵まれ、「奇跡の船」と称された。 南極観測二十五年史 36項 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 (昭和57年11月25日~昭和58年4月20日) この項目は、に関連した です。

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ふじ森

ふじ かわさ ね み

交流分析理論を背景にした性格テストに「エゴグラム」というのがある。 人の肯定面をも扱い、基底性格でなく、行動レベルの特徴を探ろうとするなど、前向きで、自己啓発に非常になじむツールである。 クリスチャン向けの研修会などでも私はよくこのエゴグラムを使う。 先日の牧会塾の最終回でも、実施した。 もともと教会でエゴグラムを、という私のルーツは、もう15年以上も前、私の属する教会の牧師から、クリスチャンが自分の性格を振り返るなどして健全な自己洞察を行うことを助けるセミナーを教会で開いてほしいという要請を受け、5回か6回の連続したセミナーを用意したことにさかのぼる。 いろいろなことを体験方式で行ったが、「エゴグラム」だけは、もっと深くわかりやすく伝えるはずなのに、うまくいかなかった不満足感が残った。 (要請が10年早かった!) その頃に比べると、エゴグラムのセミナーもずいぶんと熟練?の域に…。 さて、エゴグラムからみると、クリスチャン・リーダーに見られる典型的なパターンはどのようなものだろうか。 経験則上(実は、たくさん溜まったので多変量解析をかけて)次の 3つのパターンをあげておきたい。 (1)逆N型(CP、Aが高位) 真面目で信念に生きるリーダー。 周囲にこびず、誠実にことを進める。 たえず、信仰の基準で自分を管理し、理性的で、冷静である。 冷静さや我が道を進める強さは、大指導者の素養にも通じる。 リーダーとしての課題は…、 自分の基準から外れる人に厳しく、人間関係では実は好き嫌いを抱きやすい。 いざとなれば、理屈で相手をやりこめることができる。 しかし、公平であるべきという信念があったり、自己コントロールの力にも優れていることから、それを外に見せることはないのだが。 自然体でだれをも(だらしない人をも)暖かく思いやり、関心を持つことは大きな課題となる。 (2)N型(CP、A低位、不明回答が多い) 笑顔の絶えない、優しい人柄勝負のリーダー。 損得抜きに、目の前の人を助け、頼まれ事は引き受けてくれる善意の人で、気配りや空気を読む力は抜群。 自分が困っていようと、疲れていようと、自己犠牲、隣人愛を自然体で実践する。 リーダーとしての課題は… 状況判断が甘く、計画性や目標志向性が欠け、「お人好し」で終わってしまう危険性もある。 社交的だが、内心ストレスを溜めていやすいタイプ。 意地悪な批判者がいると翻弄されやすい。 (メンバーが自由に動けるので、リーダーである自分を支えてくれる人材が結果的に育つ展開は十分にある。 ) 状況を冷静に分析し、長期戦を戦い抜くこと、また悪意の外圧にきちんと対処していくことが大きな課題となる。 (3)M型 生まれながらの社交家、愛想の良いリーダー。 楽観的で、いつも元気で、明るい雰囲気を作り出す。 人見知りせず、意思疎通をとるのが上手い。 自分に甘く、失敗も目立つが、憎めないところがあって、本人もストレスを溜めない。 リーダーとしての課題は… 自他共に甘く、状況に流されやすい傾向にあり、失敗も見せる。 新しいものにも飛びついて、大成功することもあるが、大失敗することもある。 こうした甘さを、目先の人付き合いのうまさや愛嬌でかわさずに、本質的な内省や仕切直しをしていくことが大きな課題となる。 (以上).

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駿河湾フェリー

ふじ かわさ ね み

この程道路交通法改正により、今まで普通免許が取得できなかった聴覚障害者(補聴器をつけても10メートルの距離で90デシベルの警笛音が聞こえない)も免許が取得できるようになりました。 ただし、「ワイドミラーをつけること」「聴覚障害者マークを貼ること」「専ら人を運搬する構造の普通自動車に限定」などの条件がつけられました。 この条件がついたことが今問題になっています。 特に大きな問題になっているの「専ら人を運搬する構造の普通自動車に限定」するという部分で、このことは国会審議にもなく、6月から施行という直前になって突然発表されたものです。 障害者自立支援法が施行され障害者の就労問題が大きく取り上げられている中で、小型貨物自動車を運転できないとなると就職先が限られ聴覚障害者が働く上で大きな障害となります。 全日本ろうあ連盟でもこの点について警察庁に要望書を提出するなどしていますが今のところ解決していません。 いずれにしても始まってしまった制度です。 聴覚障害者マークをつけた車に対して、幅寄せやムリな追い越しは道路交通法で禁止されています(反則金6000円)ので優しい運転をお願いします。 詳しい情報は下記全日本ろうあ連盟のホームページをご覧下さい。 7月26日午後5時から、厚生協会いこいの広場でふれあい盆踊りが開催されました。 今回で27回目となるこの盆踊りは、昭和56年やすらぎ荘の開所をきっかけに日頃お世話になっている地域への還元行事として始まりました。 当初は近隣の町民の皆さんの参加で始まりましたが、年々町民の参加も増え今では約1000人が集まる町内でも有数の大きなイベントになっています。 ここ数年ぐずついた天気に悩まされていましたが今年は天候にも恵まれ、多くのボランティアの皆様のご協力とたくさんの町民の皆様の参加を頂き無事開催することができました。 地域への還元事業ということもあり、1枚300円でタオルを購入頂くと厚生協会と町内の企業、団体、ボランティアが出店している食べ物がすべて無料で食べられる仕組みになっています。 踊りの方も町内の3つの団体が参加し盛り上げて頂いています。 わかふじ寮、やすらぎ荘、ひまわり荘の利用者も、いつもと違う屋外での食事と盆踊りの雰囲気を満喫してもらえたようです。 来年もよろしくお願い致します。 北海道で、障害者の就労支援の新たな取り組みとして、「アクション2008」を発表し、参加企業の募集を8月1日から開始します。 《「エコロジーだけで十分ですか?」今、企業等にとって環境対策は重要ですが、障がい者の就労の応援を通じた社会貢献についても考えてみませんか》をキャッツフレーズに、新しい社会貢献の形として「働く障がい者を応援する企業」を募集し、道が企業名とその取組みをPRしてくれます。 又、対象は企業だけでなく、市町村などの自治体も対象になっています。 企業が行う障害者就労に関する具体的な取り組みとしては以下のような取り組みがあげられます。 実績はなくても良いとのことです。 障がい者の就労支援に意欲のある企業の方、すでに授産施設と取引のある企業の方、これから授産施設と取引してみようと考えている企業の方、ぜひご応募ください。 7月19日、社会福祉法人厚生協会全職員の交流を目的に毎年年1回開催しているスポーツ大会がサホロリバーサイドパークゴルフ場で開催されました。 今年で7回目となる今回の大会の当番施設はわかふじ寮。 過去ソフトボール、ミニバレー、フロアカーリング、ボーリングなどを行ってきましたが、今回の競技種目は初めてとなるパークゴルフを行いました。 このスポーツ大会は、法人で運営している施設が授産施設3ヶ所、療護施設1ヶ所、老人施設3ヶ所、高齢者の在宅支援事業所2ヶ所に増え、又、職員数も200名を超え、お互いに顔も知らない職員も増えてきたことから、職員間の交流を目的に行っています。 今回のスポーツ大会の参加者は70名、朝から曇り空で屋外での大会が開催できるかどうか心配されましたが、どんよりとした曇り空の中天候も何とかもってくれて無事開催することができました。 優勝は、男子がわかふじ寮の笠井宏有さん、女子はやすらぎ荘の鈴木美恵子さんで理事長から豪華な賞品?が渡されました。 パークゴルフで良い汗を流した後は、町民体育館の焼肉ハウスに移動し、ジンギスカンで交流を深めました。 懇親会は蒸し暑かったこともあり、用意したビールが足りなくなるくらい大盛況に終わりました。 わかふじ寮のすぐ近くに、ナチュラルチーズで有名な「共働学舎新得農場」があります。 近くにありながら行ったことのない利用者が多かったことから、先日土曜の活動時間を利用して、ソフトクリームとチーズを食べに行ってきました。 共働学舎新得農場は、身体障害者や精神的に不安定な方などが農業を中心に集団生活をしながら豊かな暮らしを目指している場所で全国に3ヶ所あります。 この日は、土曜日でしたが開店間もない時間に行ったこともあり、すぐ売り切れてなかなか買うことのできない幻のチーズ「さくら」(期間限定のため現在はありません)を始めショーケースに中はフルラインナップで様々な種類のチーズがありました。 牛を育てることから自然流こだわった「共働学舎新得農場」、今では道内はもとより本州方面からもお客さんが訪れ、すっかりチーズ通の方には有名になりましたのでご存知の方も多いと思います。 ぜひ一度皆さんも行ってみませんか。 ちなみに「共働学舎新得農場」の少し手前、新得中学校の向かい側がわかふじ寮で、よく間違って来られるお客さんもいます。 又、先日は「共働学舎新得農場」より、わかふじ寮やひまわり荘など厚生協会の各施設に「さくら」をたくさん頂きありがとうございました。 この場を借りてお礼申し上げます。 おいしく頂きました。 詳しくは下記「共働学舎新得農場」のホームページをご覧下さい。

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