沖田臥竜 コラム。 [B!] 沢尻エリカ逮捕は「薬物疑惑芸能人」への最後の警鐘か…自分だけは逮捕されないという幻想【沖田臥竜コラム】

コロナ禍でさらに拡大するYouTubeにアウトロー作家が参入するワケ【沖田臥竜コラム】 (2020年4月20日)

沖田臥竜 コラム

作家・沖田臥竜氏 山口組分裂騒動を中心に、裏社会や犯罪に関わる情報発信が話題となっている作家・沖田臥竜氏。 その守備範囲は芸能界にまで及び、昨年、世間を賑わせた吉本芸人の闇営業問題にも深く関与したことは業界内では広く知られている。 また、スポーツ紙の速報をも凌ぐTwitterにも、常に注目が集まっている。 故ジャニー喜多川・ジャニーズ事務所社長の緊急搬送や沢尻エリカの逮捕をどこよりも早く報じ、最近は木下優樹菜のタピオカ騒動に関しても、他のメディアが触れない新事実を公開し、波紋を呼んだ。 そんな沖田氏が、小説『忘れな草』(サイゾー刊)の刊行を記念して、シークレットイベントを開催する。 大手マスコミの記者たちも一目置く、自らの情報収集術やそこから得られたマル秘情報も口外厳禁で語られる予定だ。 沖田臥竜とは何者なのか? どうやって情報を集めているのか? イベントでは何が語られるのか? 沖田氏がコラムを寄稿してくれた。 例えば去年、世間を騒がせた吉本興業所属芸人の闇営業問題などは、そういった類いのものではなかった。 その背景は、一部メディアで語られたような、写真週刊誌が半グレから情報を買って記事にしたとか、情報提供者が吉本芸人に対して、怨みがあり、その意趣返しだったとか諸説流れたが、実際はそういうものではない。 むろん、ゆすりたかりといった類いのものでもない。 ある理由から、筆者が闇営業問題を先導したので、その真相を知っている。 もっといえば、あの問題の背後で生じていた、さまざまな人間が絡む事象を誰もが納得いく形で調整したのも筆者である。 著者は誰に感謝されることも、金銭授受に関わることもなく、収拾をつけるために走り回った。 そんな中で、闇営業問題は大スクープとなっていくのだが、初めからそうなるとは誰も予想していなかったのだ。 決して世には出ていない、いったん表に出てしまえば、調整だの、収拾だと言っていられないような爆発力をもった事実のことである。 例えば、の話にしておこう。 現職の政治家の妻が、人が一人死んでいる、ある迷宮入り事件に関わっているかもしれないとすればどうだろうか。 あるいは、常に薬物疑惑がつきまとう某有名シンガーが、それ以上に衝撃的な莫大な金銭トラブルを抱えていたらどうだろうか。 筆者が直面した、すぐに表に出せない話は山ほどある。 ちなみに著者は、街の情報屋などではない。 ニューヨークに本社がある某有名リサーチ会社から、ある2人の日本人の素性を洗ってほしいと、日本の某企業へ依頼があった。 その時点で判明していたのは、2人のフルネームだけ。 某企業から依頼を受けた筆者は、その日のうちに2人の素性を洗い出してみせた。 社会の表と裏に張り巡らせた情報網とリサーチ能力には自信がある。 筆者は、人を刺しに行くようなスクープが好きではない。 余程の事情がない限り、独自情報を入手すれば、その情報で不利益を被る対象者の周囲に伝えて、その情報が表に出ないように調整したくなってしまう。 そこで金銭的な見返りを求めることはない。 欲しいのは「結びつき」だ。 そうした積み重ねこそが、人脈や情報網を広げていくことに繋がる。 ある大手新聞社の記者は、筆者が大怪我をして入院していた際、心のこもったお見舞いをしてくれたことがあった。 著者はそれを忘れなかった。 後日、その記者の友人が悪い筋にひっかかり、窮地に立たされた時、それを救うことができたのは、筆者の情報網だった。 もちろん、この記者は時にこちらに有益な情報をもたらしてくれる。 そういえば、昨年、ジャニーズ喜多川さんが緊急搬送された際、筆者はいち早くTwitterでこのことを報じた。 この情報をもたらしてくれたのも、業界内部の重鎮だった。 筆者の人脈の全貌は、筆者にしかわからない。 手元に極秘資料もいくつかあるが、大事なことはすべて筆者の頭の中に詰め込まれている。 それらを全部というわけにはいかないが、筆者の頭の中にある、普段なら口にすることのないことを、3月17日に行われるイベントでは一部話したいと思っている。 少なくとも、吉本闇営業問題の発端。 なぜ、6年前に撮影されたあの動画が突如、炸裂し、あそこまで燃え上がっていったのか、著者の話を聞けば理解することができるのではないだろうか。 ニュースや世論はこうした中でつくられていくのだと……。 大切なのは、表出した情報の向こう側にあることを知ることだ。 たぶん、筆者はみなさん想像しているよりも、世の中ことを知っているだろう。 そのことを理解してもらえる場になるはずだ。 沖田氏が東京でイベントを行うのは初めて。 一般人とは異なる視点から社会や芸能界を見続けて、圧倒的な情報網から各メディアで情報発信してきた著者ならではの、過激かつ裏情報満載の濃密トークが展開される120分です。

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[B!] 沢尻エリカ逮捕は「薬物疑惑芸能人」への最後の警鐘か…自分だけは逮捕されないという幻想【沖田臥竜コラム】

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六代目山口組傘下組織に大平一門が集結(写真は、六代目山口組総本部) 筆者の親分であった二代目大平組・中村天地朗組長は、引退後も常々このように話していた。 「山口組というのは、やはりひとつしかない。 ヤクザとしての筋は、 六代目山口組にしかない」 そうした想いを受け、昨年秋、六代目山口組への復帰の決断をしたのが、群雄割拠といわれる大阪ミナミで一大勢力を誇っている、平野権太会長率いる権太会であった【参考記事】。 平野会長は二代目大平組の出身で、同組内で最高幹部を歴任していたが、平野会長が服役中に中村親分が引退、それに伴い二代目大平組も解散となった。 そのため出所後、平野会長が率いていた平野組は権太会と名を改め、神戸山口組系組織として復帰を果たしたのだった。 だがその後も陰日向で、引退された中村親分を大切にされていた。 そして、常日頃から中村親分が口にしていた「ヤクザとしての筋は、六代目山口組にしかない」という言葉を重く受けとめて、 神戸山口組に恩義を感じながらも、六代目山口組へと移籍したのである。 平野会長が移籍したのは、六代目山口組の中核組織・三代目弘道会にあって、分裂抗争の最前線に立ち爆発的な勢力拡大を見せていた野内正博組長(三代目弘道会若頭)率いる野内組であった。 この移籍は100人規模という大型のもので、業界内では大きな話題となったのだ。 さらに今回、その権太会に、二代目大平組の伝統を脈々と受け継ぐ組織が加入することになったのだ。 それが、二代目大平組本部があった兵庫県尼崎市をはじめ、長野県、鹿児島県、山梨県にまで勢力を伸ばしている、三代目大平組である。 三代目大平組は、二代目組長の中村親分が引退したあと、同組で若頭を務めていた中村彰宏会長が「大平を興す會」として結成した組織、大興會が前身となる。 その後、大興會は一時、独立組織として一本独鈷の歩みを経たのちに、 任侠山口組へと加入。 それに伴い大平組の名称を復活させて、三代目大平組として、任侠山口組の直系組織となっていたのだ。 だが、こうした最中から現在に至るまで、トップである中村会長は、服役中で社会不在を余儀なくされていた。 そんな中村会長の今夏の出所を目前に控え、組織が動き出したのである。 絶大な勢力を誇る権太会への移籍。 同時に名称を三代目大平組から、発足時と同じく大興會へと改めたのであった。 二代目大平組の組長であった中村天地朗という人は、政治的なことを好まず、とにかく寡黙で誰よりも自身に厳しい親分であった。 昔気質で、たった一度の弱音を吐くようなこともしなかった。 二代目大平組の組員は、その背中を見て育ってきた。 たとえ、山口組分裂という空前絶後の出来事を経て、所属する上部団体がそれぞれ異ることになったとしても、二代目大平組出身の組員たちの絆は、さまざまな垣根を超えて、変わることがなかったのである。 そして今回、権太会の名のもとに大平一門が集結し、初代から脈々と受け継がれてきた伝統を守っていくこととなった。 同じ大平一門である筆者としても、感慨深いものがある。 現在、山口組の分裂問題は、特定抗争指定暴力団に指定されたことによって膠着状態となっている。 そうしたなかの今回の移籍は、小さくない影響を及ぼす可能性があるのではないだろうか。 以降、テレビ、雑誌などで、山口組関連や反社会的勢力が関係したニュースなどのコメンテーターとして解説することも多い。 著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。 最新小説『忘れな草』が発売中.

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綾野剛、舘ひろし出演の映画『ヤクザと家族』監修で見た壮絶な撮影現場【沖田臥竜コラム】

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六代目山口組傘下組織に大平一門が集結(写真は、六代目山口組総本部) 筆者の親分であった二代目大平組・中村天地朗組長は、引退後も常々このように話していた。 「山口組というのは、やはりひとつしかない。 ヤクザとしての筋は、 六代目山口組にしかない」 そうした想いを受け、昨年秋、六代目山口組への復帰の決断をしたのが、群雄割拠といわれる大阪ミナミで一大勢力を誇っている、平野権太会長率いる権太会であった【参考記事】。 平野会長は二代目大平組の出身で、同組内で最高幹部を歴任していたが、平野会長が服役中に中村親分が引退、それに伴い二代目大平組も解散となった。 そのため出所後、平野会長が率いていた平野組は権太会と名を改め、神戸山口組系組織として復帰を果たしたのだった。 だがその後も陰日向で、引退された中村親分を大切にされていた。 そして、常日頃から中村親分が口にしていた「ヤクザとしての筋は、六代目山口組にしかない」という言葉を重く受けとめて、 神戸山口組に恩義を感じながらも、六代目山口組へと移籍したのである。 平野会長が移籍したのは、六代目山口組の中核組織・三代目弘道会にあって、分裂抗争の最前線に立ち爆発的な勢力拡大を見せていた野内正博組長(三代目弘道会若頭)率いる野内組であった。 この移籍は100人規模という大型のもので、業界内では大きな話題となったのだ。 さらに今回、その権太会に、二代目大平組の伝統を脈々と受け継ぐ組織が加入することになったのだ。 それが、二代目大平組本部があった兵庫県尼崎市をはじめ、長野県、鹿児島県、山梨県にまで勢力を伸ばしている、三代目大平組である。 三代目大平組は、二代目組長の中村親分が引退したあと、同組で若頭を務めていた中村彰宏会長が「大平を興す會」として結成した組織、大興會が前身となる。 その後、大興會は一時、独立組織として一本独鈷の歩みを経たのちに、 任侠山口組へと加入。 それに伴い大平組の名称を復活させて、三代目大平組として、任侠山口組の直系組織となっていたのだ。 だが、こうした最中から現在に至るまで、トップである中村会長は、服役中で社会不在を余儀なくされていた。 そんな中村会長の今夏の出所を目前に控え、組織が動き出したのである。 絶大な勢力を誇る権太会への移籍。 同時に名称を三代目大平組から、発足時と同じく大興會へと改めたのであった。 二代目大平組の組長であった中村天地朗という人は、政治的なことを好まず、とにかく寡黙で誰よりも自身に厳しい親分であった。 昔気質で、たった一度の弱音を吐くようなこともしなかった。 二代目大平組の組員は、その背中を見て育ってきた。 たとえ、山口組分裂という空前絶後の出来事を経て、所属する上部団体がそれぞれ異ることになったとしても、二代目大平組出身の組員たちの絆は、さまざまな垣根を超えて、変わることがなかったのである。 そして今回、権太会の名のもとに大平一門が集結し、初代から脈々と受け継がれてきた伝統を守っていくこととなった。 同じ大平一門である筆者としても、感慨深いものがある。 現在、山口組の分裂問題は、特定抗争指定暴力団に指定されたことによって膠着状態となっている。 そうしたなかの今回の移籍は、小さくない影響を及ぼす可能性があるのではないだろうか。 以降、テレビ、雑誌などで、山口組関連や反社会的勢力が関係したニュースなどのコメンテーターとして解説することも多い。 著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。 最新小説『忘れな草』が発売中.

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