大阪 国際 女子 マラソン 2020。 大阪国際Vの松田瑞生 五輪切符逃し補欠に「力の無さを痛感…また笑顔をお見せできるよう」― スポニチ Sponichi Annex スポーツ

大阪国際女子マラソン 2020 招待選手一覧・エントリーリスト

大阪 国際 女子 マラソン 2020

毎年、大阪ではこの大阪国際女子マラソンが盛り上がりを見せ、大阪市民の今春のやる気を引き出します。 春近し。 1月26日(日)ヤンマースタジアム長居を発着点とし、12時10分スタート。 ビジネス街、大阪城と普段でも賑やかなところを通ります。 総距離42.195km どの道も1部を除いて、道幅は広く、歩道幅も広いです。 ライブ配信と予定通過時刻が気になります。 ヤンマースタジアム長居は大阪を代表する競技場で、セレッソ大阪のホームスタジアムと言うだけではなく、大規模な音楽イベントや広い公園を散策したり、市民の憩いの場でもある緑の空間です。 2014年にはポール・マッカートニーの公演が長居公園で行われる予定でしたが、彼の体調不良で公演が中止となりましたが。 もし来られていたら、会場の外まで響き渡っていたでしょう。 前もって周辺のポストにポール・マッカートニー公演の音漏れに対するお詫びのちらしが入っていました。 大阪国際女子マラソンのライブ配信リンク 大阪国際女子マラソンのライブ配信リンクは以下となっています。 1月26日(日)12:00より カンテレ系でテレビ中継 ネットは 「TVer」無料LIVEが配信されます。 (TVerアプリ導入方法は以下のURL参照してください。 ) 今回の注目は何といっても、東京オリンピックの女子マラソン代表の第3の候補として誰が滑り込むかという点にあります。 MGCでは、1位:前田穂南(2:25:15)、2位:鈴木亜由子(2:29:02)の二人の代表が決定され、小原怜は2位に4秒届かず3位に終わりました。 第3の候補となるためには、大阪国際か3月の名古屋ウィメンズマラソン2020で、2時間22分22秒を切った選手の中で、一番速い選手が選ばれます。 これを切る選手がいないときはMGCの3位小原怜となります。 ただ女子の設定時間は男子が設定した日本記録に比べて、低くこれまで、福士加代子が2016年のこの大会で達成しており、松田瑞生も2時間22分23秒と1秒差まで迫ったことがあります。 したがって、3位小原怜は、結果を待つことは許されず、今大会にエントリーしたと思われます。 さらに、今大会にペースメーカーとして出場する 新谷仁美が、先日ハーフマラソンで 厚底シューズを履いて 日本新記録を打ち立てたことが各選手にプレッシャーとなります。 当然名古屋で勝負をかけてくると思われます。 大阪でぎりぎりで、設定記録を切ったとしても、新谷仁美や安藤友香が名古屋でそれを上回れば、候補から脱落します。 よって、 2時間22分22秒をできるだけ大きく切って、これを上回るのは無理だと思わせる日本記録にかぎりなく近くないととても安心できないことになります。 有力日本選手の自己ベストを挙げます。 福士加代子:2時間22分17秒 2016年大阪国際 1位 小原怜:2時間23分20秒 2016 名古屋ウィメンズ 3位 松田瑞生:2時間22分23秒 2018 ベルリン 5位 厳しい戦いだ! 大阪国際女子マラソンの予定通過時刻 東京オリンピックの3番目の代表候補となるためには、2時間22分22秒を切ることが条件とされています。 当然出場選手はこのタイムを切ることを目標としますので、イーブンペースで走った場合に、 1kmあたり、3分22秒のスピードで走る必要があります。 ヤンマースタジアム長居を12時10分スタートで、観戦しやすい場所を選定し、通過時刻を計算しました。 コースは、 長居公園を出た後、我孫子(あびこ)筋を北上し、桃山学院の前を通り、昭和町のL字カーブ(5. 8km)を曲がります。 このあたりにスーパー「ライフ」があります。 松虫通りを東に向かい、今川2丁目(7. 8km)を北上(今里筋)。 勝山筋に交差したところで西に向かう。 勝山4丁目(12. 1km)で北上。 大坂城(16km)で左にカーブし、西に向かう。 大江橋(18. 9km)でL字カーブを南下します。 折り返し(道頓堀南詰)後は一部を除き元のコースを戻ります。 各地点の通過予測時刻を一覧表にしました。 2時間22分22秒でゴールとなります。 通過予測時刻 所要時間 距離km 場所 12:10:00 0:0:0 0 スタート:ヤンマースタジアム長居 12:29:36 0:19:36 5. 81 昭和町駅前 12:36:20 0:26:20 7. 8 今川2 12:45:26 0:35:26 10. 5 大池橋南詰 12:50:50 0:40:50 12. 1 勝山4 13:00:37 0:50:37 15 森ノ宮駅前 13:03:59 0:53:59 16 大阪城公園 13:13:46 1:03:46 18. 9 大江橋南詰 13:18:05 1:08:05 20. 18 折り返し(道頓堀南詰) 13:34:21 1:24:21 25 淀屋橋 13:49:42 1:39:42 29. 55 森ノ宮駅前 13:58:39 1:48:39 32. 2 勝山4 14:04:03 1:54:03 33. 8 大池橋 14:13:09 2:03:09 36. 5 今川2 14:19:54 2:09:54 38. 5 昭和町駅前 14:32:22 2:22:22 42. 195 ゴール:ヤンマースタジアム長居 地図は以下の公式HPにあります。 osaka-marathon.

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大阪国際女子マラソン2020のコースマップ!交通規制の時間や場所は?|sugarcode

大阪 国際 女子 マラソン 2020

概要 [ ] 開催日は第1回大会から一貫して1月に行われ、第2回大会以降は1月の最終日曜日に設定されている。 第1回〜第3回は「大阪女子マラソン」の名称で実施され、1985年の第4回大会からの公認を受け、「大阪国際女子マラソン」の名称に変更した。 の部は、内にある(ヤンマースタジアム長居)をスタート・ゴール地点に設定。 「3つのクライマックス」とも言われる大阪市の中心街(、、)を抜けて長居陸上競技場に戻る総距離42. 195のコースで争われる。 ただし、コースのルートは数回にわたって変更されている()。 、、とともに、 による・・の女子マラソン日本代表選考会を兼ねているため、毎年激しいレースが繰り広げられている。 また、名古屋ウィメンズマラソンとの持ち回り方式 で、女子マラソンのを兼ねている。 2018年(2017年度)から2020年(2019年度)までの大会は、・女子マラソンの日本代表選考レースとして開催。 2019年(2018年度)の大会に限って「ラップチャレンジ」(8位までの入賞者で30 - 35km区間内のラップタイムが最も速かった選手に賞金 を贈呈する企画)を導入するなど、日本国内のフルマラソン大会としては初めての試みも多々為されている()。 (1984年の第3回大会から)• (1983年の第2回までは主催) 後援• (2014年までは主催)• :第37回(2018年)〜現在 協力• :第24回(2005年)〜現在• : 第1回大会(1982年)〜現在• :第37回(2018年)〜現在 過去の協賛・協力• :第1回(1982年)〜第20回(2001年)• :第21回(2002年)• :第22回(2003年)〜第23回(2004年) - 第1回〜第21回までは車両協力。 :第24回(2005年)〜第36回(2017年)• :第1回(1982年)〜第31回(2012年)• :第32回(2013年)• :第36回(2017年)• :第23回(2004年)〜第26回(2007年)、第36回(2017年)、第37回(2018年) 参加資格 [ ] 一般選手の場合• 日本陸上競技連盟の登記・登録者• 開催日現在で満19歳以上の女性• 下記いずれかの記録保持者、又はこれ相当の実力と日本陸上競技連盟が認めた者。 マラソン:3時間10分以内• 30km走:2時間11分以内• ハーフマラソン:1時間28分以内• 10,000m走:37分以内 ここに掲げた記録は開催日の2年前の1月1日以降のもので、日本陸上競技連盟の公認競技会の記録に限る。 なお、世界記録の動向により随時見直される。 招待選手の場合• 外国招待選手(約15名) - 日本陸上競技連盟が推薦する者• 国内招待選手(約20名) - 日本陸上競技連盟が推薦する者 2017年の第36回大会からは、20代中盤までの若手選手を育成する目的で、国内招待選手に「 ネクストヒロイン」と称する特別枠を設定。 駅伝や中・長距離走で顕著な実績を残しているフルマラソン未経験者(主に満19歳以上の現役大学生や実業団所属選手)若干名に出場権を与えている。 招待選手への推薦条件に該当しない女性選手でも、開催日の2年前の1月1日以降に出場したマラソンを2時間50分以内のタイムで完走していれば、「 準招待競技者」として扱われる。 なお、参加料は1選手につき10,000円である。 競技コース [ ] 2011年大会からは20年ぶりにコースが変更された。 これにより高低差が23mから9mと少なくなり、より高速なコース設定になった(、)。 内の長距離走路 - 旧コースでは往路が時計回り・復路が反時計回りだったが、新コースでは往路復路とも時計回りに変更。 長居公園の出入口 - 旧コースでは南駐車場付近だったが、新コースでは南西入口に変更。 幹線道路 - 旧コースから新コースへの変更によって、・・が除外され、・の区間を短縮、・・の区間を延長し、・・を新たに通るようになった(・・の区間は変更なし)。 折り返し地点 - 旧コースでは(埋立)の跡だったが、新コースではのに変更。 これによりを望むロケーションを獲得した。 これにより高低差約12mの雁木坂が除外され、の弁天橋・、の片町橋・寝屋川橋を渡るフラットなコースになった。 1994年の第13回大会から1996年の第15回大会までは、長居陸上競技場が改修工事のためにがスタート・フィニッシュとなった。 直近の成績 [ ] 日本陸上競技連盟が、前年(2019年9月15日)開催の「」(MGC:・男女マラソン競技日本代表選考レース)の一環として、(同年限りで終了)・名古屋ウィメンズマラソンと並んで「」の対象レースへ指定。 女子マラソン競技の日本代表枠(3枠)のうち2枠分まで内定したMGCと同様に、本大会と上記2レースでのゴールタイムが2時間22分22秒(日本陸上競技連盟が設定する派遣標準記録)を切った選手から最も速いタイムを出した選手に代表の残り1枠を充てる方針を打ち出していたため、この記録の突破を促すような環境の下で開催された()。 序盤は、MGCに参加しながら内定を見送られていた日本勢(松田・・)が中心になって先頭集団を形成すると、例年より多い5人のペースメーカー(日本記録保持者のなど)に率いられながら、例年より速いペースでレースを展開。 しかし、小原は17. 5km地点、福士は20. 5km地点で先頭集団から脱落した。 対する松田は、の大会記録(旧コース時代の2003年大会で達成)を上回るペースで31. 1km地点からトップを独走した末に、日本人の女子マラソン選手で歴代6位・大会歴代2位(2011年以降の現行コースではトップ)のゴールタイム(2時間21分47秒)で2年振り2度目の優勝。 7km地点からペースが落ちた影響で大会記録の更新までには至らなかったが、派遣標準記録を突破したことから、日本代表3枠目の選考対象に残った。 福士は25km付近で棄権を申し出た後に、(トラック競技を含めての)オリンピック5大会連続出場へのラストチャンスとして、名古屋ウィメンズマラソン(「MGCファイナルチャレンジ」最終レース)へ出場することを明言。 前年の本大会で2位(日本勢トップ)・MGCで3位に入っていた小原は完走したものの、2時間28分12秒というゴールタイムで総合13位(日本勢で3位)にとどまった。 その一方で、前年ので優勝した「市民ランナー」の山口遥(東京AC・KITAからの一般参加選手)が、2時間26分35秒というゴールタイムで総合7位に入賞。 ドイツから初めて出場した ()(本大会の最多優勝者の実娘)も、2時間28分48秒というタイム(総合14位)で完走した。 ちなみに、本大会が開かれた2019年度の陸上長距離界では、底の厚いランニングシューズ(の「ヴェイパーフライ」など)を履いた選手から好記録が続出。 本大会の開催直前には、が競技大会での使用を規制する可能性が報じられていた。 本大会には規制が適用されなかったものの、優勝者の松田が履いていたシューズはいわゆる「非厚底型」で、外反母趾に合わせてとが共同で開発していた。 前年(2018年)の第37回大会に続いてシリーズの対象レースに指定されたことから、「日本人選手内の1 - 3位で完走した場合にはゴールタイムが2時間28分0秒以内、4 - 6位で完走した場合には2時間27分0秒以内」という条件を満たした日本人選手に、MGCへの出場資格を与えることが定められていた。 先頭集団はスタート直後から、5Kmごとに17分で走るペースメーカーを追走。 過去の大会で2度優勝したも、以来2年5か月振りのフルマラソン出走ながら、先頭集団に加わっていた。 しかし、12. 7km地点付近で、「ネクストヒロイン」として出場していたと接触。 そのはずみで転倒したため、右目の上や両膝から出血する事態に陥った。 その後も走り続けたが、24. 8km付近で先頭集団から遅れ始めると、数回立ち止まった末に35. 5km地点で途中棄権。 優勝争いは、25Km地点からサド、小原、ジェプキルイの3人に絞られた末に、38. 3km過ぎからトップに立ったサドがそのまま制した。 なお、この年に限って導入された「ラップチャレンジ」(詳細前述)では、総合3位のジェプキルイが最速のタイム(17分32秒)で賞金50万円を獲得。 日本人の最高順位は、前年(2018年)の・との2大会で扱いでMGC出場資格を既に得た小原の総合2位だった。 また、2時間27分台で日本人2位(総合4位)に入った中野に、MGCへの出場権が新たに与えられた。 その一方で、日本人3着(総合5位)の阿部は、前述したMGC出場資格条件のゴールタイムに2秒及ばなかった。 シリーズ対象レースへの指定後初めて開催されたことから、「日本人選手内の1 - 3位で完走した場合にはゴールタイムが2時間28分0秒以内、4 - 6位で完走した場合には2時間27分0秒以内」という条件を満たした日本人選手に、MGCへの出場資格を与えることが定められていた。 レースでは、前年(2017年)にでの優勝を経ての女子マラソンへ出場した安藤友香、前年の優勝によって女子選手で最初にMGCへの出場権を得ていた前田穂南、ヤンマースタジアム長居に近いの出身でフルマラソン初挑戦の松田瑞生が、前半からペースメーカーを振り切る勢いで先頭争いを展開。 25km過ぎから前田がいち早く先頭集団を抜け出したものの、31kmの手前で松田がトップに浮上した。 松田はそのまま快走を続けると、日本歴代9位(女子フルマラソンへのデビュー戦としては日本歴代3位)の2時間22分44秒というゴールタイムで、初マラソン・初優勝という快挙を達成。 27km付近で先頭争いから後退した安藤も、2時間27分台のゴールタイムで3位に入り、優勝者の松田と共にMGCへの出場権を与えられた。 先頭集団は最初の5Km地点が17分21秒、10Km地点で34分26秒で通過。 14Km付近の下り坂で先頭グループのペースが上がり、先頭集団は6人に。 20Km付近では堀江、加藤岬、吉田香織の3人に絞られる中、25Km過ぎで堀江自らロングスパートで突き放して一人先頭に立つ。 だが、14Kmから第2グループに待機していた重友が25Km辺りから追走を開始、30Km以降からややペースが落ちた堀江を、重友が猛迫の態勢に入った。 5Km地点で、ついに重友は堀江を追い越して逆転に成功。 レース終盤の重友は完全独走と成り、結果2時間24分台の記録で同大会5年振り2回目の優勝を達成。 その後重友は、の女子マラソン日本代表へ正式に選出されたが、2位の堀江は惜しくも補欠に廻される。 尚、前2016年リオデジャネイロ五輪・女子マラソン46位のは、19Km辺りで当時重友らの居た第2グループからも脱落し、結局11位に終わった。 選考会を兼ねたレースとなり、4年前のロンドン五輪選考会と同様、重友梨佐と福士加代子らの一騎打ちが注目される。 10km地点ではペースメーカーが3分23秒のハイペースで突っ走ると、先頭争いは福士、重友、竹中理沙、チェピエゴの4人だけに。 15km過ぎで、前回ロンドン五輪女子マラソン代表だった重友が先頭集団から脱落、中間点の先頭集団は福士、竹中、チェピエゴが1時間10分27秒で通過。 24km過ぎ、依然高速のペースメーカーについたのは福士のみとなり、チェピエゴと竹中が徐々に遅れ始める。 30km地点でペースメーカーが外れてからは、福士の完全独走となる。 その後も福士は大きくペースダウンする事無く、日本陸連の五輪女子マラソン設定記録(2時間22分30秒)を13秒上回り、3年ぶり2回目の優勝を達成、福士はリオ五輪女子マラソン日本代表入りをほぼ確定的にした(その後同年3月17日に、福士はリオ五輪女子マラソン日本代表選手に正式選出された)。 女子マラソン・国内選考会を兼ねた当大会は、序盤の5Km付近でガメラ独りが先頭集団から飛び出したが、8Km過ぎには重友も集団を抜け出し、10Km手前で重友はガメラに追いついた。 その後は二人の一騎打ちとなり、中間点は1時間11分15秒で通過。 道頓堀橋南詰の折返し点を過ぎると、ガメラのロングスパートに重友はついていけず、以降はガメラの完全独走に。 ややペースが落ちた重友は、30Km過ぎの給水点で後方から追い上げた、エレナ・プロコプツカにもかわされる。 結果、ガメラが2時間22分台の記録で優勝(のち失格・取消)、約2分遅れでプロコプツカが2位(のち優勝者に繰上げ)、それから約2分半遅れて重友が日本人首位の3位(のち2位に繰上)に入り、3年前の同大会優勝以来久々の好走を見せた。 この重友の積極果敢なレース内容が評価され、世界陸上北京大会女子マラソン日本代表に選出される。 だが、2014年11月の(同年限りで開催終了)で唯一の日本人優勝者だった、が世界陸上から落選する事態となり、日本陸連に対し多くのマラソン関係者・ファン達から反論意見が相次いだ。 4年振りにペースメーカー抜きでレースを開催。 当初はも出場を予定していたが、大会直前に右大腿部の疲労骨折が判明したため、3年連続で大会を欠場した。 レースでは、この大会を最後に第一線から退くことを表明していた赤羽有紀子が、19km手前から37kmまでタチアナ・ガメラシュミルコと一進一退の先頭争いを展開。 37km過ぎでガメラシュミルコに振り切られたものの、日本人トップの2位(当初・のち優勝に繰り上げ)で引退レースを締めくくった。 また、4年生の前田彩里が、一般参加選手でトップの3位に入賞。 従来の日本学生記録を5分縮めるゴールタイムで、マラソンデビューを果たした。 さらに、前田の母・淳子も、一般参加ながら2時間55分24秒という好タイムで完走。 前田親子の合計タイムは5時間22分10秒で、に登録されている「親子による同一マラソンでの合計ゴールタイムの世界記録」(5時間30分21秒)を更新した。 国内招待選手の1人として出場した2012年大会優勝者のは、序盤こそ先頭集団の中で快走していたが、15km過ぎから急激に失速。 結局、自己ワースト記録の2時間58分45秒で63位に終わった。 前年同様に野口みずきがエントリーするも、急性胃腸炎により2年連続の欠場に。 30km地点でペースメーカー離脱後は福士加代子の独走態勢となり、35kmではタチアナ・ガメラシュミルコに30秒差をつけたが、福士は徐々にペースダウンし40km地点では19秒差に。 結果ガメラシュミルコの猛迫に逃げ切れず、ゴール迄残り1km過ぎで福士は逆転されてしまうが、日本人トップの2位(当初・のち優勝に繰り上げ)に入る。 女子マラソンで即内定条件の、日本陸連の派遣設定記録の2時間23分59秒以内に届かずも、4月25日に福士は世界陸上で初の女子マラソン日本代表に選出された。 当初は「女子マラソン金メダリスト」野口みずきと「長距離トラックの女王」との対決で注目されたが、本番4日前に野口が故障欠場すると大会事務局が発表した。 レース当日は過去数年間で比較的天候が良好で、好記録が期待された。 序盤から4人のペースメーカーの内3人もいなくなるほどのハイペースで進み、22km過ぎの折返し地点では重友梨佐と福士のとなった。 しかし27km手前で福士が脱落し、重友の独走状態になる。 結果重友が日本女子歴代9位の好タイムで優勝を果たし、代表最有力候補となり、3月12日の理事会で正式に五輪日本代表へ選出された。 福士は4年前の大阪国際と同様に、再び後半で失速してしまい9位(当初・のち8位)に終わる。 なお5位(当初・のち4位に繰り上げ)に入った嶋原清子は、この大阪国際を最後に第一線から引退となった。 マラソン転向が注目されたが、自身の初マラソンとして出場。 スタートの長居陸上競技場を飛び出してからは福士一人だけ抜け出て先頭に立ち、序盤から独走に。 大会記録が期待される程のハイペースで突っ走ったが、30kmを過ぎて急激に失速し、レース終盤に入ると次々後続選手に抜かれていった。 40km以降の福士はフラフラの状態で走り続けるも、ゴール直前で4度も転倒してしまう。 その度に福士は立ち上がり何とかゴール地点には辿り着いたが、結局19位と惨敗に終わる。 尚、優勝は35km手前で福士を捕らえて逆転したマーラ・ヤマウチ、2位に森本友が入った。 日本陸連強化本部長のは、他選手らが福士を警戒し過ぎてややスローペースな展開となった点を指摘、日本人トップの森本も優勝を逃した事で「代表選出は厳しい」との見解を示した。 その後3月9日のが事実上3枚目の五輪切符をかけたレースとなり、優勝したが北京五輪女子マラソンに代表選出され、森本は補欠に廻された。 29km過ぎまで原裕美子と渋井陽子の二人が先頭を激しく争っていたが、その後原が渋井を突き放してからは独走して優勝。 同一コースで行われるの、女子マラソン代表第1号に原が即内定となる。 なお2位に入った小﨑まりも、原と同じく世界陸上大阪大会代表に選出された。 3位の加納由理は、ゴールタイムでは選考基準をクリアし、前年11月の東京国際女子マラソン覇者・の優勝記録を上回ったが、惜しくも補欠に留まった。 渋井は30km以降完全にスローダウンとなり、数人の選手にかわされて10位に終わった。 2003年成績 順位 氏名 国名・所属 タイム 1 2時間21分18秒 2 2時間21分45秒 3 2時間21分51秒 4 ローラ・キプラガト 2時間22分22秒 5 2時間23分30秒 タチアナ・ガメラによるドーピング違反 [ ] 第32回大会(2013年)から第34回大会(2015年)までは、(、以下ガメラと表記)が、3大会続けてトップでゴール。 第31回(2012年)では2位に入っていた。 しかし、ガメラの検査で異常値を示したことをきっかけに、ガメラが防止規則違反を犯していたことが第34回大会後に判明。 2015年11月24日には、ウクライナ陸上競技連盟が本人に対して、2019年9月までに開催される全ての大会への出場を停止する処分を科した。 さらに、ガメラが2011年8月以降に出場した大会での記録を、すべて取り消すことを発表した。 では、上記の期間にガメラが出場した国内大会の主催者に対して、記録取り消しなどの措置を講じることを2015年12月22日付で通達。 当大会の事務局でも、同選手の競技成績を記録から削除した上で、同選手よりも下位で完走した選手の各順位を1つずつ繰り上げた。 その結果、第32回で当初2位の、第33回で当初2位の、第34回で当初2位のエレナ・プロコプツカを、優勝者として正式に認定した。 2020年東京オリンピックの日本代表選考レースとして開催(2018 - 2020年) [ ] 2018年・2019年(2017年度・2018年度)の大会は、の女子マラソン競技で日本に3人分の代表枠が割り当てられていることを踏まえて、日本代表候補を決める「」(MGC)シリーズの対象レースに指定。 2019年・2020年(2018年度・2019年度)の大会では、中学生時代に陸上競技の選手だったの描き下ろしによる女性ランナーのイラストをイメージキャラクターに採用した。 このような環境の下で、2018年の大会では(優勝)と(総合3位で日本勢の2位)、2019年の大会では(総合4位で日本勢の2位)がMGCの出場権を獲得した。 2019年9月15日に東京23区内で開催されたMGCでは、2018年の大会で松田と安藤の後塵を拝していたが優勝。 本大会への出場経験がないが2時間29分2秒というゴールタイムで2位、出場権を獲得後に臨んだ2019年の本大会で日本勢の最上位(2位)を記録していたが3位に入った。 この結果を受けて、日本陸上競技連盟では、「MGCの優勝者については無条件で、2位・3位については、ゴールタイムが派遣標準記録(2時間22分22秒)より速かった選手を日本代表に内定する」という規定を前田と鈴木に適用。 小原については、ゴールタイム(2時間22分26秒)が派遣標準記録に4秒届かなかったことから、内定の判断を持ち越した。 その一方で、日本陸上競技連盟では、2020年(2019年度)の大会を、さいたま国際マラソン・名古屋ウィメンズマラソンとともに「」の対象レースへ指定。 以上2大会と本大会でのゴールタイムが2時間22分2秒(派遣標準記録)以内で、最も速いタイムを出した選手を残り1枠(3枠目)の代表に内定する方針を打ち出した。 ちなみに、派遣標準記録もMGCでの小原のゴールタイムも上回る選手が出なかった場合には、3枠目を小原へ充てることになっていた。 松田と小原が改めて出場した2020年の大会では、上記の事情を背景に、レースの途中まで先頭集団を先導するを従来の3人から5人に増員。 で5位入賞を果たした後に、4年半のブランクを経て、前年(2019年)から競技生活を再開したばかりの(大会9日前の1月16日に参加したアラムコヒューストンハーフマラソンで1時間6分38秒の日本記録を樹立)も12km地点までのペースメーカーに起用した。 また、レースのテレビ中継を担当するも、大会史上初めての試みでサポート。 ペースメーカーが走るペースを一定に保つ目的で「ペースメーカー制御バイク」を走らせたうえで、バイクに乗車しているディレクターから、ペースメーカーに対して1kmごとに指示を出していた。 さらに、先頭集団(30km地点まではペースメーカー)の前方を走るテレビ中継車の後部ラックに製の正式時計を設置したうえで、5km単位でのラップタイムを随時表示させた。 その結果、MGCで4位だった松田が、派遣標準記録より速い大会歴代2位のタイム(日本人の女子フルマラソン選手で歴代6位に相当する2時間21分47秒)で2年振り2度目の優勝。 小原は2時間28分12秒というゴールタイム(総合13位)に終わったため、MGCの終了後から暫定的に保持していた3枠目の代表権が消滅(松田へ暫定的に移行)したことに伴って、日本陸上競技連盟における扱いが「日本代表候補選手」(補欠選手相当)に変更された。 なお、2020年の大会を途中で棄権した福士は、棄権からおよそ1か月半後(3月8日)に名古屋ウィメンズマラソンへ出場。 この大会でも途中棄権を余儀なくされたが、が松田を上回るゴールタイム(2時間20分29秒:日本人の女子フルマラソン選手で歴代4位・日本国内の女子マラソン大会における日本人選手の最速記録)で優勝したため、日本陸上競技連盟は一山を3人目の代表に内定。 松田と小原が補欠に回ることも決まった。 しかし、2020年の初頭から日本国内で影響で、同年中の東京オリンピックの開催は見送られている。 歴代優勝者一覧 [ ] 優勝者の氏名・国名・所属は当時、 優勝タイム は(当時の)大会記録、 -数字-は優勝回数。 開催日 氏名 優勝タイム 代表選手選考会 等 1 1月24日 () 2時間32分55秒 「大阪女子マラソン」としてスタート 2 1月30日 () 2時間29分23秒 日本国内のレースでは初の2時間20分台 3 1月29日 2時間31分41秒 4 1月27日 キャリー・メイ -2- 2時間28分07秒 「大阪国際女子マラソン」に改名 5 1月26日 2時間30分24秒 6 1月25日 ロレーン・モラー -2- 2時間30分40秒 御堂筋を取り入れたコースに一部変更 7 1月31日 2時間23分51秒 8 1月29日 ロレーン・モラー -3- 2時間30分21秒 9 1月28日 2時間27分47秒 10 1月27日 カトリン・ドーレ -2- 2時間27分43秒 御堂筋を新橋跡まで延長し折返すコースに変更 11 1月26日 2時間26分26秒 初マラソン世界最高記録(当時) 12 1月31日 ダイハツ 2時間26分26秒 13 1月30日 2時間26分09秒 第78回日本選手権を兼ねる 14 1月29日 のため大会中止 15 1月28日 カトリン・ドーレ -3- 2時間26分04秒 16 1月26日 カトリン・ドーレ -4- 2時間25分57秒 第81回日本選手権を兼ねる 17 1月25日 2時間28分31秒 18 1月31日 リディア・シモン -2- 2時間23分24秒 19 1月30日 リディア・シモン -3- 2時間22分54秒 第84回日本選手権を兼ねる 20 1月28日 2時間23分11秒 初マラソン世界最高記録(当時) 21 1月27日 () 2時間23分55秒 22 1月26日 2時間21分18秒 2017年3月まで、国内レースの最高記録 23 1月25日 2時間25分29秒 24 1月30日 () 2時間22分56秒 25 1月29日 2時間25分05秒 26 1月28日 2時間23分48秒 27 1月27日 2時間25分10秒 28 1月25日 渋井陽子 三井住友海上 -2- 2時間23分42秒 29 1月31日 () 2時間25分14秒 30 1月30日 2時間26分29秒 御堂筋を道頓堀橋まで延長し折返すコースに変更 31 1月29日 2時間23分23秒 を兼ねる 32 1月27日 2時間24分21秒 33 1月26日 赤羽有紀子 ホクレン -2- 2時間26分00秒 34 1月25日 エレナ・プロコプツカ -2- 2時間24分07秒 を兼ねる 35 1月31日 福士加代子 ワコール -2- 2時間22分17秒 36 1月29日 重友梨佐 天満屋 -2- 2時間24分22秒 37 1月28日 ダイハツ 2時間22分44秒 シリーズ対象レース 38 1月27日 () 2時間25分39秒 マラソングランドチャンピオンシップシリーズ対象レース 39 1月26日 松田瑞生 ダイハツ -2- 2時間21分47秒 (MGCファイナルチャレンジ)• 大会直前の1月17日にが発生したため、災害復旧の目的を最優先しなければならない事情により、実行するための各方面からの協力を得られる目途が立たなくなったことによる。 大会中止の告知は、当時メインスポンサーだったの各店頭にも貼り出された。 出場予定だった代表選手候補は3月のに振り替えで出場した。 2017年で更新する。 指定された記録を上回るゴールタイムで完走した優勝者の松田と、3位の安藤友香(スズキ浜松AC)が出場権を獲得。 指定されたタイム(2時間28分00秒)を上回った4位の中野円花(ノーリツ)(記録:2時間27分39秒)が出場権を獲得。 放送 [ ] テレビ [ ] テレビ中継はをキーステーションとして系列28局で放映される。 かつては、スポンサーからの要請でのでも2004年まで放送されたが、放送開始の12時の時点では関係などから同時ネットが不可能であるため、時期によってはレース途中飛び乗り、又は1時間遅れ時差ネットが繰り返された。 放映されなくなった2005年以降は隣県のFNS系列の放送局(・・)が受信可能な地域(での再送信も含む)を除き地上波では見られなくなった。 ちなみに、スタート直後に流れるネット局名が書かれたロールには青森テレビは含まれていなかった。 また、岩手県では岩手めんこいテレビが開局する以前、TBS系のでも1991年まで2時間遅れの時差ネットをしていたこともある。 同局はFNSに加盟こそしていなかったものの、FNS系列の番組を数多くネットしていた局であった。 山形県ではで1993年大会まで放送していたが、その年の4月にへしたため、現在のでのネットが開始された1998年大会まで同県での放送はなかった(ただし近隣系列局の直接受信又はケーブルテレビの再送信で視聴は可能であった)。 第25回大会(2006年)から第27回大会(2008年)までは地上波放送の他にBSデジタル放送の、関西テレビが運営するCS放送で放送日当日に録画放送されていた が、2009年の第28回大会についてはBSフジでの放送は行われず、京都チャンネルでの放送もこの年が最後となった(2009年4月30日に放送を終了したため )。 この競技大会の中継には、主に関西テレビのスポーツ担当が関わっている(詳細は後述)。 フジテレビ系列のスポーツ番組では、2001年頃から2016年3月まで「」という共通ロゴを冒頭に表示していたが、この大会の中継では第29回大会(2010年)まで使われていなかった。 提供クレジットは2001年からは協賛社および協力社がカラー表記、日東電工が協賛社になった2005年からは白絨毯の上にスポンサー表記、2010年からはそれまでの一部統一から二部制に分けている(提供表記は従来通りであるが、協賛社・協力社およびはカラー表記)。 放送事故 [ ]• 第17回大会(1998年)で、フジテレビのみ、この当時は二か国語放送で、CM時の音声も二か国語のままだったり、あまり無関係なテロップが出ていたが、数十分後にCM時の音声がステレオ音声に修正された。 第20回大会(2001年)の提供クレジットでは初めて協賛社部分がカラーテロップになったが、冒頭において「ダイエーグループ」部分のまま切り替えができなくなり、そのままCMへと入ってしまった。 それから数十分後に改めて全スポンサーを紹介した。 エピソード [ ] 第30回(2011年)の実況中継放送に使われた東海テレビと関西テレビのロードレース移動中継車• この中継を担当する関西テレビのアナウンサーは、後続番組の競馬中継(2020年の時点では『』)の出演者(同年開催の第39回大会では、、、)と、他の番組の担当者(第39回では、、、)が中継に当たっている。 かつてはが実況やリポート、が優勝者へのインタビュアーを担当していたが、第37回大会以降の中継ではいずれも副音声の進行役に回っている。 また、『KEIBA BEAT』などのスポーツ中継で実況を担当しているは、大会当日にも『KEIBA BEAT』へ専念するため、この中継には参加していない。 関西テレビのアナウンサーとして長年スポーツ実況を担当してきたは、第11回大会(1992年)から第29回大会(2010年)まで、毎年第1移動車から優勝争いを伝えていた。 第19回大会(2000年)では、優勝したリディア・シモン(ルーマニア)と2位のとの壮絶な争いを、ぎりぎりまで絶叫しながら実況した(この時の詳しいエピソードについては、を参照)。 同局のアナウンサー時代に全国的な知名度を得ていたも、スポーツアナウンサーでないにもかかわらず、第5回大会(1986年)から5回にわたって出演。 日本以外の国籍を有する選手が優勝した場合には、「海外での取材経験が豊富」という理由だけで、優勝者へのインタビュアーをで任されることがあった。 第33回大会(2014年)までの放送では、『』(フジテレビ制作)の司会で、当時FNSのマラソン中継コメンテーターを務めていたがMCを担当。 直前番組では注目選手、中継の本編では、レースを終えたばかりの優勝選手に話を聞いていた。 第29回大会(2010年)から第33回大会(2014年)までは、の も、「スペシャルサポーター」という肩書で中継や関連番組に出演。 第34回(2015年)・第35回(2016年)大会では、(選手出身のタレント)が「スペシャルサポーター」として小倉・国分の役割を継承しながら、レース中に日本人の有力選手を沿道で応援する関係者へのインタビューも随時担当した。 第37回大会(2018年)以降は、(フジテレビ出身の) を、中継や「ヒロインブース」(日本人最上位で完走したばかりの選手を迎えるスタジオパート)のMCに起用。 第38回大会(2019年)では、「芸能界きってのマラソンランナー」として知られるを、副音声のゲストに迎えていた。 移動中継車は毎年2台使われるが、第1移動車は第12回大会(1993年)と第13回大会(1994年)はの中継車が、第15回大会(1996年)から第23回大会(2004年)までの中継車が使われ、第2移動車は関西テレビの中継車が使われていた。 第24回大会(2005年)からは関西テレビの移動中継車が対応に更新されたのに伴い第1移動車として使用、第2移動車は東海テレビの中継車が使われた。 第25回大会(2006年)は全編ハイビジョンで放送するためにフジテレビの移動中継車が第2移動車として使われた。 第26回大会(2007年)以降は東海テレビも2006年秋にハイビジョン対応の移動中継車に更新したため、第2移動車として使用されている。 一時期は移動中継車が3台使われていた事があり、第19回大会(2000年)では、第1移動車は東海テレビ、第2移動車は関西テレビ、第3移動車はの中継車が使われたが、第28回大会(2009年)と第29回大会(2010年)では第3移動車も使われ、第29回大会では岡山放送の小型中継車が使われた。 第31回大会(2012年)では、第1移動車は関西テレビ、第2移動車はフジテレビ、第3移動車は東海テレビの中継車がそれぞれ使われた。 近年の中継では、上記の中継車に加えて、複数のバイクが走行。 前述の通り、第14回(1995年)はの影響で中止となったため、放送枠を設けていたところには1994年10月に放送された『』の再放送と報道特番「大震災の廃墟から立ち上げる人々」を放送した。 第24回(2005年)から第36回(2017年)までメインスポンサーに就いていた日東電工では、第29回(2010年)から第31回(2012年)まで大半のCM枠で「日東電工社員マラソン」を放送。 実際のスタート・ゴール地点である長居陸上競技場などで収録されたマラソン風のロケ映像に、役員や社員の一部が登場していた。 また、関西テレビを初めとするFNS系列局では、この大会を応援する日東電工のCMを大会の直前から放送。 の・車内のでも、ほぼ同じ内容のCM動画を流していた。 2020年東京オリンピックの開催を控えて「待ってろ、東京。 」というキャッチフレーズを掲げた第37回(2018年)・第38回(2019年)大会の放送では、が声を当てた「待ってろ、東京。 」というフレーズ音源を、中継の予告CMや中継のCM前に流していた。 同オリンピック女子マラソン日本代表の最終選考(MGCファイナルチャレンジ)を兼ねた第39回(2020年)大会では、VTRナレーターのが、「最後は、私。 」というキャッチフレーズで声を当てている。 イメージソング [ ] 第6回大会(1987年)から第37回大会(2018年)までのテレビ中継では、が大会ごとに異なるイメージソングを提供していた。 いずれの楽曲も、THE ALFEEのが、作曲と作詞を担当。 大半の大会では、先頭集団がに差し掛かったタイミングで、中継映像から一時的に音声・テロップを消すとともに、映像と重ねながらイメージソングを流していた。 THE ALFEEから提供された楽曲の総数は31曲で、提供を終了した2018年には、「 同一国際スポーツ大会のテレビ放送における同一アーティストによる最多テーマソング数」というカテゴリーでに認定。 同年12月19日には、全31曲を収録したアルバム「Last Run! 」が発売された。 高見沢・・の3名で構成されるTHE ALFEEが1987年からイメージソングを提供した背景には、当時のテレビ中継技術などの制約によって、走者がルートの複雑な大阪城公園に入ると中継の電波などが途切れやすかったことが挙げられる。 関西テレビでは、このような事情を背景に、同公園内からの中継でイメージソングを流すことを考案。 THE ALFEEが当時ライブで披露していた『夢よ急げ』を、最初のイメージソングに採用した。 以上の経緯で迎えた同年の第6回大会では、小雪が舞う大阪城公園の中継映像に合わせて『夢よ急げ』を流した。 1990年の『Flower Revolution』は、この年に大阪で開催されたのテーマソングでもある。 この年の第9回大会には、THE ALFEEのメンバーから初めて、高見沢がテレビ中継にゲストで出演。 1992年の第11回大会には、坂崎もテレビ中継のゲストに招かれた。 1995年には、大会の直前に阪神・淡路大震災が発生した影響で、大会自体を中止。 この年のイメージソングに決まっていた『LIBERTY BELL』は2年後の1997年大会に使われた。 なお、1997年大会ではCM前ので同曲のクラシックバージョンを使用していた。 1998年の第17回大会では、桜井と女声合唱団が、この年のイメージソングである『Beyond The Win』を長居スタジアムのスタンドからマラソンのスタート直前(テレビ中継のオープニング)にで披露するという演出が施された。 2006年の第25回大会テレビ中継のオープニングでは、長居スタジアムのフィールドに設営されたステージから、THE ALFEEがこの年のイメージソング『ONE』を熱唱した。 1996年1月19日には、この年までのイメージソングと過去の名場面を収録したビデオ「大阪国際女子マラソン 1982〜1994」を発売。 2004年3月10日には大阪国際女子マラソンの歴代イメージソングを集めたアルバム『』が発売された。 大会のテレビ中継を担当するカンテレ(関西テレビ)では、第37回大会の開催9日前(2018年1月19日)に、同大会限りでイメージソングの制作・放送を終了することを社長のが発表した。 制作畑出身の福井は、通算で31曲ものイメージソングを制作したTHE ALFEEに対して最大限の謝意を示す一方で、「マラソンも、に向けて(日本代表選手の)選考方法が変わるなど、次の世代をにらんだ段階に入ってきた。 (中継)番組の方も、少しずつ作りを替えて、新しい中継の仕方を模索していきたい。 次のステップに進むために、第37回大会で一つの区切りを付けさせていただいた。 翌(2019)年以降の大会で、別の歌手に中継のイメージソングを作っていただくことまでは考えていない」と説明している。 カンテレでは、THE ALFEEによるイメージソングの製作秘話に焦点を当てた特別番組『THE ALFEEが奏でた42. 195kmの旋律』を、2018年1月23日の1:28 - 1:58(22日の25:28 - 25:58)に関西ローカルで放送。 第37回大会の中継では、『勇気凜々』をエンディングで放送。 放送の直前には、ヤンマースタジアム長居でスタートとゴールの実況を担当した若田部が、「この楽曲が、ランナーに贈る最後の応援歌となりました。 優勝した松田選手には、THE ALFEEからのエールを胸に、オリンピックへ歩みを進めて欲しいと思います」というメッセージを添えた。 ラジオ [ ] 2014年まで(制作局、以下「OBC」と略記)が実況生中継を実施。 OBC所属のアナウンサーがほぼ全員出演したほか、スポーツアナウンサーの(同局出身の)や(出身のフリーアナウンサー)が実況やインタビューを担当していた。 通常は日曜日の10:00 - 16:30に関西ローカルで放送する『』については、当マラソンの中継をはさむ格好で、第1部(10:00 - 12:00)と第2部(15:00 - 16:30)に分割。 マラソン中継の時間帯に実施されたレースの結果を、第2部でまとめて伝えていた。 第1回大会から2009年大会までは、ニッポン放送でも同時ネット。 当マラソンがオリンピックの女子マラソン日本代表予選を兼ねていた2008年大会では、やも同時ネットで放送した。 しかし、ニッポン放送では、2009年から日曜午後枠のレギュラー番組の放送を優先。 このため、2009年以降の大会では、OBCが関西ローカル向けに中継を実施した。 2015年からは、『OBCドラマティック競馬』の通常編成に変更する一方で、大会の直前には従来どおり告知CMを放送している。 インターネット配信 [ ] 関西テレビでは2020年の第39回大会中に、インターネットライブ配信に関する実証実験を実施。 地上波テレビ放送向けに制作したレース中継の映像をでも動画で同時に配信したほか、内の動画連携機能「Replay Cast」を介して、LINEユーザーに対するレース状況のプッシュ配信をリアルタイムで実施した。 いずれも大会初の試み で、日本国内の地上波テレビ局のスポーツ中継における「Replay Cast」の活用は、(フジテレビ制作)と(制作、いずれも2019年に初めて実施)に次いで3例目である。 大阪ハーフマラソン [ ] 大阪ハーフマラソン 開催地 開催時期 1月最終日曜日 種類 距離 最高記録 男子: 丸山竜成 1時間01分58秒 2020 女子: カプッチ・セリー・チェピエゴ 1時間09分43秒 2015 スポンサー 公式サイト 大阪国際女子マラソンと同時開催されるハーフマラソン大会。 2009年から、大阪国際女子マラソンとほぼ同一の主催・後援・協賛・協力 で開催されている。 男子選手も参加可能である。 コースは、「スタート地点が大阪城公園東側(玉造筋)」「玉造筋で2回折り返し(舟橋町交差点南・玉造筋北端)」「長居公園内の長距離走路は反時計回り」である以外は、森ノ宮駅前交差点以南において大阪国際女子マラソンの復路と同じである。 勝山通の区間で大阪国際女子マラソンの選手とすれ違う。 制限時間はヤンマースタジアム長居 マラソンゲート前において2時間以内に通過しなければならない。 国内のハーフマラソン大会においては、最も制限時間の短い大会である。 なお、2020年大会においては気温上昇による影響で、2個所の給水ポイント用・紙コップが不足する事態が発生し、その地点で給水出来ないランナーが続出した為、後日事務局よりお詫びの文面が公式サイトに掲載された。 歴代優勝者 優勝者の氏名・所属は当時、 優勝タイム は(当時の)大会記録。 2009年以降、登録の部 男子・女子 のみ掲載。 開催日 JAAF登録の部 男子 優勝タイム JAAF登録の部 女子 優勝タイム 2009年1月25日 宮里康和 1時間09分44秒 1時間13分15秒 2010年1月31日 山岡雅義 1時間04分04秒 田中千洋 大通 1時間17分39秒 2011年1月30日 森本直人 1時間04分39秒 林田詩緒里 1時間15分18秒 2012年1月29日 幸田高明 1時間03分54秒 村山麻衣子 新潟 1時間12分46秒 2013年1月27日 旭化成 1時間04分54秒 田端沙紀 大塚製薬 1時間13分01秒 2014年1月26日 鍋谷紀之 1時間03分55秒 1時間12分44秒 2015年1月25日 幸田高明 旭化成 1時間04分02秒 カプッチ・セリー・チェピエゴ 1時間09分43秒 2016年1月31日 旭化成 1時間04分13秒 大塚製薬 1時間10分27秒 2017年1月29日 芝田俊作 大阪府警察 1時間03分05秒 1時間10分02秒 2018年1月28日 伊藤和麻 1時間02分10秒 芦麻生 九電工 1時間11分26秒 2019年1月27日 谷原先嘉 大阪府警察 1時間02分48秒 1時間09分46秒 2020年1月26日 丸山竜成 1時間01分58秒 吉川侑美 1時間10分29秒 脚注 [ ] [] 注釈• 2019年までは、当時開催されていたさいたま国際マラソンを加えた3年おきの持ち回り方式。 第1回〜第27回までの社名はシチズン時計。 でも変更前のコースで男子マラソンも行われた• 今回の代表は共に所属の・の2人が選出。 しかし渋井は世界陸上ベルリン大会本番前、右足甲骨の疲労骨折により欠場を表明。 青森テレビとは対照的にネット局名が書かれたロールにもなぜかクレジットされていた。 日東電工などのスポンサーCMは一切なく、BSフジではCM入り・CM明けの時に黒画面によるフェードイン・アウトが行われていた。 シンボルマーク部分はでマーク下の「Daiei」ロゴ、キャッチコピー及びダイエーグループ部分はだった。 2009年4月から2014年12月末まで、『』土曜版のメインキャスターを担当していた。 2016年4月から2018年3月末まで『』の日曜版、2019年4月から『』の平日版でメインキャスターを担当。 2009年からは、名古屋国際女子マラソン中継の同時ネット中継も打ち切っている。 大阪国際女子マラソンとの違いは、「大阪陸上競技協会が主催」「日本陸連が後援」であること。 大阪陸上競技協会 『大阪陸上競技協会・七十年史』、1992年、98頁。 関西テレビ放送(編) 『関西テレビ放送50年史』、2009年、69頁。 『日本陸上競技選手権 100回記念 MEMORIAL BOOK』 日本陸上競技連盟、2016年、110頁。 8位までの入賞者で最も速かった選手に、賞金50万円を贈呈。 導入時点(第38回大会)でのコースにおける30 - 35km区間内での最速記録(第37回大会で松田瑞生が記録した16分19秒)を上回った場合の賞金(50万円)も別立てで用意しているため、両方の条件を満たした選手は、総額で100万円の賞金を獲得できるようになっていた。 プレスリリース , 奥村組, 2017年7月12日 , 2017年8月23日閲覧。 2015年11月25日. 2015年11月26日閲覧。 2014年1月27日. 2014年3月13日閲覧。 2012年1月25日. 2012年2月20日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年2月11日閲覧。 2012年1月29日. 2012年2月20日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年2月11日閲覧。 2011年12月16日. 2014年8月4日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年2月11日閲覧。 スポニチアネックス. 2015年11月26日. 2016年2月25日閲覧。 2015年12月22日. 2015年12月23日閲覧。 (『』付記事)• (関西テレビ公式サイト「カンテレTIMES」付記事)• (『』付記事)• ,スポーツニッポン,2018年12月25日• ,サンケイスポーツ,2017年1月30日• ,デイリースポーツ,2018年1月19日• ,日刊スポーツ,2018年1月19日• (「カンテレTIMES」付記事)• (付ニュースリリース)• 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 2019年までさいたまを舞台に開催されていた。 - 2012年から名古屋を舞台に毎年3月・第2日曜日に開催される女性限定(エリート・市民の部)のマラソン大会。 - 2004年まで大阪を舞台に開催されていた(コースは大阪国際女子マラソンより少し短い)。 - 1961年まで大阪を舞台に開催されていた(大阪国際女子マラソンとはコースが異なる)。 - 大阪国際女子マラソンと同じコースでマラソン競技が行われた。 - 2011年から大阪を舞台に開催(大阪国際女子マラソンとはコースが異なる)。 当大会3度優勝のリディア・シモンが初代女王(翌年も連覇)。 - 第38回大会からポスターの書き下ろしを担当。 外部リンク [ ]• 2フジテレビジョン旧社。 フジテレビ・ニッポン放送・ポニーキャニオン・リビング新聞の各グループの持株会社。 3フジ・メディア・ホールディングス傘下の中核子会社21社。 4上場企業を除く。 また、過去に存在した法人も一部含む。 5クオラス子会社。 6フジ・メディア・ホールティングス傘下だが、実質的にはフジパシフィックミュージック傘下。 7フジ・ミュージックパートナーズ子会社。 8リビング新聞グループの中核企業、2018年3月に傘下に入りフジサンケイグループから離脱。 9系列局のうち、はフジ・メディア・ホールディングスの、、関西テレビ放送、の基幹局3局は同じくである。

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大阪 国際 女子 マラソン 2020

東京五輪代表残り1枠を争う「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)ファイナルチャレンジ」の女子第2弾、大阪国際女子マラソンが26日、大阪市東住吉区のヤンマースタジアム長居を発着点とする42・195キロで行われ、松田瑞生(24=ダイハツ)が2時間21分47秒で優勝した。 福士加代子(37=ワコール)は25キロ過ぎに棄権した。 レースは、序盤から1キロ3分20秒前後のハイペースで展開され、昨年9月のMGCで3位だった小原怜選手(29=天満屋)、同4位の松田、ベテランの福士が外国人勢とともに先頭集団を形成した。 17キロ過ぎに小原、20キロ手前に福士が集団から遅れ始めたが、松田は外国人選手に交じってレースを引っ張った。 30キロからはミミ・ベレテ(31=バーレーン)とマッチレースになり、31キロ過ぎに、ダイハツ・山中美和子監督の声援を受けてベレテを引き離し、そのままゴールに飛び込んだ。 松田はレース後「ウソみたいです。 本当にうれしいです。 (母に)よう頑張ったと言われました。 行くでーと思って走った」と笑顔を見せた。 東京五輪の女子マラソン代表にはMGC1位前田穂南(23=天満屋)と同2位鈴木亜由子(28=日本郵政グループ)の2人がすでに内定。 3月の名古屋ウィメンズマラソンで松田の記録を破る選手がいなければ、松田が代表となる。

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