ポケモン キバユウ。 キバユウ「メイドの日キバユウ 」

お元気!ユウちゃんねる

ポケモン キバユウ

「何が言いたいのかよく分からないんだよね、アサヒ君の作品って。 ありがちな展開をなぞっただけみたいだ」 刺さった。 それはもうグッサリと深く、胸の奥の奥まで。 心臓からリズミカルに血が噴き出る。 わたしの目から生気がスウッと消えて、あとはただ相手がペラペラと喋るのを黙って流した。 ポケウッドの監督志望。 有名な制作チームに弟子入りして三年、修行の日々を重ねてきた。 多忙な三年間だった。 毎日毎日パートナーのエースバーンと一緒に、制作チームのために雑務をこなして駆けずり回った。 特に超大作シリーズの映画は大変だった。 スケジュール調整に俳優のご機嫌取り、食事の支度、夜遊びの手配、言いつけられれば違法でないことなら何でもやった。 ようやくクランクアップ(撮影終了)を迎えて、わたしの業務も落ち着いた頃。 白ひげの老監督がわたしを呼び止めてこう言った。 「そろそろアサヒ君も自分の作品を作ってみるか?」 胸が躍り狂ったわたしは、それまで積み重なっていた三年分の疲労感など忘れて、その日の晩から早速作品づくりに没頭した。 舞台はイッシュ地方、中枢都市ヒウンシティ。 陰謀渦巻く摩天楼で繰り広げられる痛快なアクション映画…にしたかったが、なにぶん個人撮影ではたがが知れる。 アクションはここぞという時のために取っておいて、かわりに会話によるストーリーの展開に重点を置くことにした。 わたしとエースバーンは早速ヒウンシティに飛んだ。 友人にも協力を頼んだ。 皆喜んで快諾してくれた。 撮影は順調に進んだ。 最後にアクションシーンの撮影を残したが、これが本当に難しかった。 カメラのアングル、技のタイミング、スピード感の演出、何もかもが物足りない。 何度も何度も映像を見返しては、ユウと直に組み手をして、一番かっこよく見える瞬間を探した。 そして、ついにわたしの処女作が出来上がった。 「結局、この作品を通して君は何を伝えたかったんだ?」 そして現在に至る。 何を言えば監督を納得させられるのだろうか。 一、二、三秒。 無理だ、まったく思い浮かばない。 付け焼き刃の答えを用意できたとしても、三倍にして突き返されるのが目に見えていた。 悔しいことに思慮深さも、経験も、何もかもが違い過ぎた。 わたしはせめて情けない顔を見られまいと、視線を伏せることしかできなかった。 だが監督はわたしに残された逃げ場さえ見逃さず、容赦なく追い詰めた。 「このアクションシーンもさ、主役のエースバーンをかっこよく撮れているのは良いと思う。 しかしせっかくの見せ場なのに、全体の動きが見えないんだよね。 わたしなら主役と敵の対立軸をはっきりと構図に置いて描く。 観客に伝わりやすいし、わたしはその方が好きだ」 急にカアッと頬が熱くなってきた。 ハラワタの底では油釜がぐつぐつ煮えたぎっていた。 昨日一晩ぐっすり寝ていて良かった、でなければプッツン切れた衝動のままに殴りかかっていただろう。 わたしは今にも監督の首を締めてしまいそうな両手を後ろに隠して、「そうですね」と頷いた。 先輩や上司のアドバイスは大事だ。 でも今回はメモを書き留める気にさえならない。 聞き入れられなかったのは、わたしのプライドが高過ぎるせいだろうか。 「なんだよあのクソジジイ、ムカつく!」 アパートの部屋に戻るなり、わたしはベッドに沈み込んだ。 カバンにしまっていたモンスターボールがひとりでに炸裂して、ユウが飛び出した。 彼女はわたしを見下ろすなり、何かをせがむように高く鳴いた。 もう夜だ。 お腹を空かせているのだろうが、わたしにはとても立ち上がる気力さえなかった。 「ごめん、勝手に食べて」と覇気のない声で伝えると、ユウはガックリと肩を落として、台所に赴いた。 その後ろ姿を見ると、ちくりと胸が痛んだ。 遠くでごそごそ音が聞こえる。 冷蔵庫を漁るユウを想像すると、少しだけ気分が落ち着いてきた。 監督の言葉が何度も何度も頭に響く。 それをなんとか否定して、バカにしてやれるような矛盾がないか粗探しをした。 我ながら幼稚で姑息だと思うが、好き勝手に言いやがった監督を、せめて空想の中だけでもギャフンと言わせたかった。 監督がわたしの作品について何か言う度に、妄想のわたしは胸を張って堂々と言い返す。 妄想のわたしは、権力や上司にも屈しない強者だ。 ああ、この強さが現実でもあれば良いのに。 しかしこれだけでも爽快な気分になれる。 ざまあみろ、頭の中でお前の言葉を都合よく解釈して全部否定してやった。 たとえ妄想だとしても、胸がすく思いだった。 ベッドルームで怪しげな笑い声をあげるわたしに、ユウはナナの実を齧りながら、呆れた顔して見つめていた。 「ひばひばっ!」 「もう、動かないでよ。 ジッとして!」 「ひーば!」 昔からカメラが好きな男の子だった。 動画を撮れるカメラは高いので、子供の手にも収まるチャチな静画カメラでひたすら何かを撮っていた。 風景、木の枝、花びら、ポケモン、友人の変顔。 わたしの部屋はアルバムだらけであった。 地元のガラル地方で旅に出る前、三匹のポケモン…ヒバニー、メッソン、サルノリの中から初めてのパートナーを選んでいいよと言われた。 わたしがレンズ越しに彼らを眺めていると、興奮したヒバニーがカメラに飛びついてきた。 初めて撮ったパートナーの写真は、ゼロ距離で収めたヒバニーのお腹となった。 しかしとにかく落ち着きのない子だった。 旅先で山に描かれた地上絵を背景に撮ろうとしても、ヒバニーはしっちゃかめっちゃかに暴れ回った。 どうやらカメラの前だと興奮を抑え切れないらしい。 ついに動画撮影用のビデオカメラを買うことにした。 「これなら動いても平気だね」 「ひばぁ?」 「これからはユウが動くのを止めないよ。 それよりもっともっと動いてよ、かっこいいところ全部撮ってあげるから!」 「ひばー!」 ヒバニーは世界を駆け抜けた。 原っぱを爆走し、自動車を飛び越え、ジムリーダーを蹴散らした(本当に蹴ってしまったので怒られた)。 そして運命の場所に足を踏み入れた。 ワイルドエリア。 あまりに広大で豊かな自然の存在感に、弱冠十歳のわたしとヒバニーは圧倒された。 ここは世界で最も自由な場所だった。 枝から枝へ風のように軽々と飛び移り、キバ湖に点々と浮いているホエルコの背中を跳んで、空を滑るように飛んでいるアオガラスの足を掴んで、好奇心の赴くままにどこまでも走った。 強いポケモンが立ちはだかれば、片っ端から勝負を挑んだ。 勝ちもすれば負けもした。 しかしすべての戦いが熱く、見る者の心が燃えた。 飽くなきヒバニーの冒険を、ビデオカメラがすべて見ていた。 楽しい、とても楽しい日々を過ごした。 それでも終わりはやってくる。 そろそろ次の街に行かないと、ポケモンリーグに間に合わなくなってしまう。 ずっとここにいられたら良いのに、と後ろ髪を引かれる思いだった。 エンジンシティに続く階段の下で、わたしとヒバニーは西の空に沈んでいく真っ赤な夕陽を見上げた。 「今日もかっこよかったね、ユウ」 「ひばぁー」 「アーマーガァをぶっ飛ばすところなんて、もう最高だった!すごいよユウ、どんどんかっこよくなっていく!君って本当にヒーローみたい!」 「ひばひばぁ!」 「…」 「…ひ?」 「ぼく決めたよ」 「ひば?」 「将来の夢。 ぼくね、……………、…………!」 「…ひっばぁ!」 「…ウゲゲ」 悪夢から醒めた。 嫌な夢だ。 子供の頃のわたしが、ユウを連れてガラル地方を冒険する。 道中、ワイルドエリアでわたしとユウは自由を満喫するのだが、それがあまりに名残惜しくて、将来の夢を思いついてしまうのだ。 子供のわたしに今のわたしを見せてやりたい。 趣味の動画撮影とプロの監督はまるで違う。 趣味を仕事にするなと言うが、わたしの取り柄はこれだけだから逃げられない。 「はあ…」 ベッドに溜息がこぼれる。 監督に初めて自作動画を見せてから早五年、才能の無さを痛感する。 他の弟子達は続々と成功を収めていた。 わたしが「人に観てもらえる映像とは何か」を延々と悩んでいる傍ら、そのハードルを易々と超えていく。 わたしが最大限努力してもできないことを、彼らはわずかな力で達成する。 深い洞察と知識を映像に組み込んで、文化性の高いご立派な作品を世に送っていた。 もちろん大衆は喜んだ。 口々に「彼の世界観は痛烈に社会を風刺していて素晴らしい!」「伝統的な文化の真髄を盛り込んだ見事な作品だ!」「登場人物の心情が深く描かれていて思わず共感した!」と褒めちぎった。 同じ弟子として、彼らの成功を喜ばしく思った。 と同時に、どうしようもなく妬ましかった。 日を浴びることのないわたしの作品が、ただただ積み上がっていく。 無理もない。 できる人達のテクニックを形だけ真似たようなものだ。 もはや監督でさえ、わたしをただの雑用としか見なくなっていた。 そんなわたしには、あの夢は悪夢以外の何でもない。 子供のわたしでさえ、今のわたしを嘲笑っているように思えた。 今日、わたしは仕事をサボった。 何年も働いてきて、病気以外で休むのは初めてだ。 これ以上働いても、嫉妬でどうにかなりそうだった。 どうしてわたしだけが日の目を見ない。 どうしてわたしの映像作品を手に取ってもらえない。 どうして、どうして、どうして…。 「もうやだ、苦しい…」 腕で目を覆ったまま、わたしはついにその言葉を口にした。 「苦しいよ、もう嫌だ。 何も作りたくない。 頑張っているのに誰も見てくれない。 何も言ってくれない。 俺は皆が楽しめるような作品を作ろうとしているのに、俺は…」 聞くに耐えない幼稚な責任逃れだった。 ただ単純に、残酷なまでに単純なことなのに。 わたしは「自分に実力がない」ことを、どうしても認めたくなかった。 わたしは自分で作った檻に閉じこもってしまった。 そばで聞いていたのが人間なら、きっと愛想を尽かして離れていっただろう。 ユウはベッドに座って、わたしの情けなく丸まった背中をそっと撫でた。 パートナーの慰めも、わたしには届かない。 どうせ言葉が通じないから、わたしの悩みなど欠片も理解していないのだと思った。 本当に、このときのわたしはどうかしていた。 「お前に俺のなにが分かるんだ!ポケモンのくせに、知ったような顔をするな!」 つい勢いで、心にもない言葉を浴びせてしまった。 そうだと信じたい。 ユウは手を払われて、一瞬傷ついたような顔をした。 そしてヘラっと弱々しく微笑んで、ボールに戻っていった。 監督からの電話が、部屋中に響いていた。 こっぴどく怒られた。 無断欠勤はまずかった。 監督に平謝りして、俳優達、周りのスタッフ、あちこちに謝って回ると、それがひと段落着く頃にはお昼を過ぎていた。 その日は一番遅くまで働いてアパートに帰った。 「ただいま」 ボールを放っても、ユウは出てこなかった。 ころころと床を転がっていく。 どうしたのだろうかと疑問符が浮かんだところで、遅れてボールが炸裂した。 ユウはヒバニーのような幼気ある笑顔を見せた。 その取り繕うような仕草に、わたしは胸を締めつけられた。 なんてことをしてしまったんだ。 長年連れ添ってきたパートナーに、あんなことを言ってしまった。 ポケモンだから言葉も通じないし、どうせ何も感じないだろうと思ってしまった。 それがどうだ、ユウの目の下にクマができているではないか。 「…飯にしようか」 ユウはこくりと頷いた。 わたしは彼女をまっすぐ見ることができず、そそくさと台所に逃げた。 ユウがあくまで普段どおりに振る舞っているので、わたしも気づかない振りをした。 今さら面と向かって謝るのが申し訳なくて、言葉も見つからなくて…恥ずかしかった。 なんてことはない、とんだ臆病者だった。 それからユウの目が腫れることはなかったが、着実に、わたし達の間で交わされる言葉は減っていった。 まず、食事中の会話が消えた。 続いて「おはよう」と「おやすみ」が消えた。 「ただいま」も消えた。 気まずさに歯止めはかかることなく、ついには数日で何も喋らなくなった。 ボールに入れて連れ歩くこともなくなった。 こんなわたしと一緒にいるのは嫌だろうと思い、料理の作り置きと一緒に家に置くようになった。 休みの日は近くの公園に連れていったが、それ以外はずっと家に閉じ込めていた。 愛想を尽かしてくれることを望んでいた。 自分から突き放すこともできず、頭を下げる勇気もなかった。 ただ自然に、彼女が突然いなくなってくれることを祈った。 そうすれば、出ていった彼女を恨んで悲観に暮れ、自分を哀れみ慰めることができるから…打算的な考えが止まらない。 死にたくなるほど、わたしは惨めだった。 そんなある日のことだ。 いよいよ監督がわたしを見限った。 ガラル地方に向かう飛行機の中で、下に広がる真っ白な雲海を眺めていた。 クビを宣告された割には、わたしの頭は驚くほど平静を保っていた。 むしろ落ち着いて色んなことを考えられるようになっていた。 たとえば、なぜ監督が突然わたしをクビにしたのか。 結論から言うと、わたしとユウのことを見抜かれたのだ。 ずっと何年も一緒に働いてきたユウを家に置くようになってから、ふと監督に聞かれたことがあった。 「いつも一緒にいたエースバーンはどうした、風邪でも引いたかね?」 「はい、少々体調を崩してしまって…」 聞かれる度に、まだ調子が悪い、彼女が家を出たがらない等と、なにかと言い訳を繰り返した。 いくら鈍くても、一ヶ月以上も来なければ変に思うはずだ。 それにしても、クビの決断が早過ぎるのは気にかかる…。 ポケウッドを離れるのは名残惜しかったが、悲しい気分ではなかった。 長年住んだ地を離れる寂しさだけだ。 結局、他の弟子達は大成した。 今もエコノミークラスのスクリーンには、弟子のデズニーが生んだ笑いと感動の名作「百一匹パルスワンちゃん」が流れている。 不思議なことに、この作品を見ても妬みしか湧いてこなかったのに、今では平然と見ていられる。 あまり気分は良くないが、耐えられる。 こうして見ると、作品としての完成度の高さに驚かされる。 自分には逆立ちしたって作れそうにない。 わたしはおもむろにタブレットを立ち上げて、自分が作ってきた作品に目を通し始めた。 設定も世界観も、百一匹パルスワンちゃんに引けを取らず、他に類を見ない。 アクションには迫力だってある。 主役のエースバーンを起点にして、逆転劇にも文句の付けようがない。 戦略性もあり、作戦が決まった瞬間には我ながら熱く拳を握ってしまう。 しかし、どうしてだ。 総括すると、面白さに自信がない。 人間とポケモンに深みがない気がする。 メッセージ性も強引で押しつけがましい。 わたしがずっと迫力その一点を追い求めていたから…わたしがずっと目を背けてきたから。 映画の終わりを待たずに、わたしはタブレットを閉じた。 弱冠十歳にして打ち立てた夢が、悪夢にまで見た夢が、ずっとわたしを追い詰め続けていたのだ。 あの日、あの悪夢、最後にわたしが何を言ったか、はっきりと思い描いた。 「ぼく決めたよ」 「ひば?」 「将来の夢。 ぼくね、ユウが主役の映画を作って、皆にユウのかっこよさを伝えるんだ!」 「…ひっばぁ!」 目を背けるしかなかった。 伝えたいのは、ユウのかっこいいところ。 大衆が求めるような社会風刺、伝統文化、人間関係、ストーリーはいらない。 でも認められるためには、そういう要素も盛り込まなくてはならない。 そう思い込んでいた。 バカだった。 なんて愚かだったんだ。 大衆に認めさせるため、見様見真似で妥協していた。 違うのに。 わたしが作りたい映画は、本当に撮りたかったものは、ただ周りにチヤホヤされるためだけに撮るようなものではなかった!!!!!!!!!! 好きなものを仕事にするなと言うが、正確には「プロとエゴの棲み分けをしろ」と言った方がいい。 仕事としてする時はプロに徹し、趣味としてする時はエゴを全面に押すべきだ。 失業したわたしは、差し当たってまずエゴを清算することにした。 ここから長きに渡る遠回りが始まったのだから、いい加減自分の夢に決着をつけたかった。 何より、こんなわたしのエゴに傷つけられたユウを自由にするために。 だからわたしは空港を出るなり、ユウをボールから解き放った。 そして芝生の上でユウに土下座した。 額が地面にめり込もうが、周りの人やポケモンが変な目で見てもお構いなしだった。 「ごめん!!!!!ユウ!!!!!俺がすべて悪かった、いつの間にか苦労しているのは俺だけだと勘違いしてた!!!!!傷つくのが怖くて、ずっと謝れなかった!!!!見なかった振りしてた!!!!最低だ…クソ野郎だ…ユウのかっこいいところを世間に認めさせようとして、その実認めて欲しいのは俺だった。 なのに全然認められなくて、お前をだんだんいないものみたいに扱ってた…だからもしお前が離れたければ、誰かお前を愛してくれるトレーナーと巡り合えるようにする!この場で逃げたければ逃げていい、恨みを晴らすために焼き殺してもいい!だけどもし、ここに残ってくれるなら、俺のことは信じなくていい!!お前が一番かっこいい映画を、一生懸けて撮ることを!!ここに誓う!!!!」 恥も外聞も捨てた。 言葉は通じないかもしれないが、ユウの幸せのため、わたしができること、思うすべてを曝け出したつもりだった。 きっと相手が人間の女性なら、人前でこんなことをされても迷惑だと突き返されるだろう。 わたしはまだ、ユウの優しさに甘えていた。 彼女は腕を組んで、じっとわたしを見下ろしていた。 と、思う。 わたしに見えるのは、彼女の足元だけだ。 ひたすら彼女の審判を待った。 やがて、ユウの足が動いた…わたしから遠ざかっていった。 やっぱりか。 自業自得だな。 自分を嘲る一方で、ユウのこれからの幸せを精一杯祈った。 とにかく、彼女には幸せになる権利がある。 幸せになる場所を選ぶ権利も。 喜ぼうではないか、ユウはようやくわたしという枷を外して、自由を手に入れたのだから。 わたしは許されるべくもない。 そう思い、ゆっくりと立ち上がった…矢先の出来事。 「ぎゃあーーー!!!」 背骨が逝った。 背中を拷問車輪で削られるような痛み…いや熱さが襲った。 これは間違いない、ユウの必殺技「火炎ボール」だ。 死ぬほど痛くて転げまわるわたしの前に、ユウは険しい顔で立ちはだかった。 口をキューっと曲げて、プルプルと震えていた。 そして目に溜めたいっぱいの涙を弾けて、金切り声でキーキーと叫んだ。 とてもじゃないが、何を言っているのか分からない。 しかし何を言いたいかはしっかりと背中に伝わってきた。 ただし、その返事ができるのは当分先になりそうだ。 救急車のサイレンが近づいてきて、わたしの意識は地面に沈んでいった。 何かを作るとき、わたし達は創造物に己の魂を込める。 ゆえにわたし達は、創造物を誰かに認めてもらいたくてたまらない。 それを通じて、わたし自身の価値を確かめるために。 わたしには価値があり、誰かに求められているという客観的事実を知りたいのだ。 大事なパートナーと一緒に作った時には尚更のこと。 悲しいかな、社交的生物の宿命である。 そして現代に至り、それはより容易く、多様化した…難しい話は抜きにしよう。 わたしはユウが好きだ。 ユウのかっこいいところ、可愛いところ、やんちゃなところ、少しおっちょこちょいなところを皆に知ってもらいたい。 そのためには、少しでも良い演出を付けて盛り上げたい。 わたしとユウが理想とする完璧な映像作品が出来上がるまで、わたし達はカメラを回し続ける。 だがおそらく、わたし達が満足する日は永遠に来ないだろう。 そして、今日もまた。 「お元気!ユウちゃんねる、今週も始まるぞ!いえーい!」 カメラマンのわたしがピースをすると、ユウも釣られてピースする。 ここはワイルドエリア、最奥地の草原。 「わたしとユウちゃん、ついにやって来ました。 ワイルドエリアで最も危険な場所と噂される逆鱗の湖。 天候は雲ひとつない星空模様、ここには森を焼き払う恐ろしい炎の竜がいると言われていますが、ユウは怖くないのかな?」 ニ、と立派な歯を見せて笑った。 「出ました、ヒーロースマイル!これは今日も楽勝か…う、うお!?」 大地が地響きを立てて揺れる。 凄まじい轟音に空気が震え、野生のポケモンたちが恐れをなして逃げていく。 これはお早い登場だ。 わたしはしかとカメラを構えながら、抑えようのない興奮を露わにしていた。 ユウもまったく同じだった。 軽快にステップして、いつでも来いと言わんばかりだ。 次の瞬間、天空からの火柱が降り注いだ。 それは草原に孤立していた一本の木を焼き払い、どころかそれは草原を丸ごと焼き尽くす勢いで広がってきた。 火柱が迫ってきても、わたしは逃げなかった。 ユウを信じて、撮り続けた。 ユウは足元の小石を蹴り上げた。 コンコン、コンコーン。 リズミカルに繰り返す小石のリフティング。 華麗な足で蹴る度に、小石が炎に包まれて。 それはどんどん大きくなっていき…一閃!火柱にシュートを決めて、大きな風穴が開いた! 火柱は消えたのに、周辺はまだ真っ赤に染まっていた。 空から舞い降りた炎の竜が羽ばたく度に、凄まじい熱風が吹き荒れる。 「わたしなら主役と敵の対立軸をはっきりと構図に置いて描く。 観客に伝わりやすいし、わたしはその方が好きだ」 昔、監督に言われたことを思い出した。 わたしは熱風の中を負けじと突き進み、カメラの両端にそれぞれユウとリザードンを置いた。 確かに監督の言うとおりだった、この構図は…かっこいい!ハラハラするし、ユウを応援せずにはいられなくなる! 「頑張れ!!負けるな!!」 ユウも鼓舞するように力強く鳴いた。 キョダイマックスしたリザードンと小さなユウの一騎討ちが始まった。 見たか、世界!これがユウだ!体格が何十倍もあるキョダイマックスポケモンに臆することなく勇敢に立ち向かい、勝るとも劣らない戦いを繰り広げるエースバーンがユウだ! たとえわたし達の動画にケチをつけられても、無視されても、わたしはユウを撮り続ける。 彼女のすばらしさを、毎週末の休日に動画投稿サイトの片隅から届け続ける。 少しでもより良くユウをかっこよくできるテクニックがあれば、喜んで取り入れていこう。 それがわたしとユウが共に作る…エゴだ!! 「今日もお元気!ユウちゃんねる、登録よろしくお願いします!」.

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【ポケモン剣盾】ヨクバリスを許すな…!!【ランクマッチ】|ユウゴ|note

ポケモン キバユウ

「何が言いたいのかよく分からないんだよね、アサヒ君の作品って。 ありがちな展開をなぞっただけみたいだ」 刺さった。 それはもうグッサリと深く、胸の奥の奥まで。 心臓からリズミカルに血が噴き出る。 わたしの目から生気がスウッと消えて、あとはただ相手がペラペラと喋るのを黙って流した。 ポケウッドの監督志望。 有名な制作チームに弟子入りして三年、修行の日々を重ねてきた。 多忙な三年間だった。 毎日毎日パートナーのエースバーンと一緒に、制作チームのために雑務をこなして駆けずり回った。 特に超大作シリーズの映画は大変だった。 スケジュール調整に俳優のご機嫌取り、食事の支度、夜遊びの手配、言いつけられれば違法でないことなら何でもやった。 ようやくクランクアップ(撮影終了)を迎えて、わたしの業務も落ち着いた頃。 白ひげの老監督がわたしを呼び止めてこう言った。 「そろそろアサヒ君も自分の作品を作ってみるか?」 胸が躍り狂ったわたしは、それまで積み重なっていた三年分の疲労感など忘れて、その日の晩から早速作品づくりに没頭した。 舞台はイッシュ地方、中枢都市ヒウンシティ。 陰謀渦巻く摩天楼で繰り広げられる痛快なアクション映画…にしたかったが、なにぶん個人撮影ではたがが知れる。 アクションはここぞという時のために取っておいて、かわりに会話によるストーリーの展開に重点を置くことにした。 わたしとエースバーンは早速ヒウンシティに飛んだ。 友人にも協力を頼んだ。 皆喜んで快諾してくれた。 撮影は順調に進んだ。 最後にアクションシーンの撮影を残したが、これが本当に難しかった。 カメラのアングル、技のタイミング、スピード感の演出、何もかもが物足りない。 何度も何度も映像を見返しては、ユウと直に組み手をして、一番かっこよく見える瞬間を探した。 そして、ついにわたしの処女作が出来上がった。 「結局、この作品を通して君は何を伝えたかったんだ?」 そして現在に至る。 何を言えば監督を納得させられるのだろうか。 一、二、三秒。 無理だ、まったく思い浮かばない。 付け焼き刃の答えを用意できたとしても、三倍にして突き返されるのが目に見えていた。 悔しいことに思慮深さも、経験も、何もかもが違い過ぎた。 わたしはせめて情けない顔を見られまいと、視線を伏せることしかできなかった。 だが監督はわたしに残された逃げ場さえ見逃さず、容赦なく追い詰めた。 「このアクションシーンもさ、主役のエースバーンをかっこよく撮れているのは良いと思う。 しかしせっかくの見せ場なのに、全体の動きが見えないんだよね。 わたしなら主役と敵の対立軸をはっきりと構図に置いて描く。 観客に伝わりやすいし、わたしはその方が好きだ」 急にカアッと頬が熱くなってきた。 ハラワタの底では油釜がぐつぐつ煮えたぎっていた。 昨日一晩ぐっすり寝ていて良かった、でなければプッツン切れた衝動のままに殴りかかっていただろう。 わたしは今にも監督の首を締めてしまいそうな両手を後ろに隠して、「そうですね」と頷いた。 先輩や上司のアドバイスは大事だ。 でも今回はメモを書き留める気にさえならない。 聞き入れられなかったのは、わたしのプライドが高過ぎるせいだろうか。 「なんだよあのクソジジイ、ムカつく!」 アパートの部屋に戻るなり、わたしはベッドに沈み込んだ。 カバンにしまっていたモンスターボールがひとりでに炸裂して、ユウが飛び出した。 彼女はわたしを見下ろすなり、何かをせがむように高く鳴いた。 もう夜だ。 お腹を空かせているのだろうが、わたしにはとても立ち上がる気力さえなかった。 「ごめん、勝手に食べて」と覇気のない声で伝えると、ユウはガックリと肩を落として、台所に赴いた。 その後ろ姿を見ると、ちくりと胸が痛んだ。 遠くでごそごそ音が聞こえる。 冷蔵庫を漁るユウを想像すると、少しだけ気分が落ち着いてきた。 監督の言葉が何度も何度も頭に響く。 それをなんとか否定して、バカにしてやれるような矛盾がないか粗探しをした。 我ながら幼稚で姑息だと思うが、好き勝手に言いやがった監督を、せめて空想の中だけでもギャフンと言わせたかった。 監督がわたしの作品について何か言う度に、妄想のわたしは胸を張って堂々と言い返す。 妄想のわたしは、権力や上司にも屈しない強者だ。 ああ、この強さが現実でもあれば良いのに。 しかしこれだけでも爽快な気分になれる。 ざまあみろ、頭の中でお前の言葉を都合よく解釈して全部否定してやった。 たとえ妄想だとしても、胸がすく思いだった。 ベッドルームで怪しげな笑い声をあげるわたしに、ユウはナナの実を齧りながら、呆れた顔して見つめていた。 「ひばひばっ!」 「もう、動かないでよ。 ジッとして!」 「ひーば!」 昔からカメラが好きな男の子だった。 動画を撮れるカメラは高いので、子供の手にも収まるチャチな静画カメラでひたすら何かを撮っていた。 風景、木の枝、花びら、ポケモン、友人の変顔。 わたしの部屋はアルバムだらけであった。 地元のガラル地方で旅に出る前、三匹のポケモン…ヒバニー、メッソン、サルノリの中から初めてのパートナーを選んでいいよと言われた。 わたしがレンズ越しに彼らを眺めていると、興奮したヒバニーがカメラに飛びついてきた。 初めて撮ったパートナーの写真は、ゼロ距離で収めたヒバニーのお腹となった。 しかしとにかく落ち着きのない子だった。 旅先で山に描かれた地上絵を背景に撮ろうとしても、ヒバニーはしっちゃかめっちゃかに暴れ回った。 どうやらカメラの前だと興奮を抑え切れないらしい。 ついに動画撮影用のビデオカメラを買うことにした。 「これなら動いても平気だね」 「ひばぁ?」 「これからはユウが動くのを止めないよ。 それよりもっともっと動いてよ、かっこいいところ全部撮ってあげるから!」 「ひばー!」 ヒバニーは世界を駆け抜けた。 原っぱを爆走し、自動車を飛び越え、ジムリーダーを蹴散らした(本当に蹴ってしまったので怒られた)。 そして運命の場所に足を踏み入れた。 ワイルドエリア。 あまりに広大で豊かな自然の存在感に、弱冠十歳のわたしとヒバニーは圧倒された。 ここは世界で最も自由な場所だった。 枝から枝へ風のように軽々と飛び移り、キバ湖に点々と浮いているホエルコの背中を跳んで、空を滑るように飛んでいるアオガラスの足を掴んで、好奇心の赴くままにどこまでも走った。 強いポケモンが立ちはだかれば、片っ端から勝負を挑んだ。 勝ちもすれば負けもした。 しかしすべての戦いが熱く、見る者の心が燃えた。 飽くなきヒバニーの冒険を、ビデオカメラがすべて見ていた。 楽しい、とても楽しい日々を過ごした。 それでも終わりはやってくる。 そろそろ次の街に行かないと、ポケモンリーグに間に合わなくなってしまう。 ずっとここにいられたら良いのに、と後ろ髪を引かれる思いだった。 エンジンシティに続く階段の下で、わたしとヒバニーは西の空に沈んでいく真っ赤な夕陽を見上げた。 「今日もかっこよかったね、ユウ」 「ひばぁー」 「アーマーガァをぶっ飛ばすところなんて、もう最高だった!すごいよユウ、どんどんかっこよくなっていく!君って本当にヒーローみたい!」 「ひばひばぁ!」 「…」 「…ひ?」 「ぼく決めたよ」 「ひば?」 「将来の夢。 ぼくね、……………、…………!」 「…ひっばぁ!」 「…ウゲゲ」 悪夢から醒めた。 嫌な夢だ。 子供の頃のわたしが、ユウを連れてガラル地方を冒険する。 道中、ワイルドエリアでわたしとユウは自由を満喫するのだが、それがあまりに名残惜しくて、将来の夢を思いついてしまうのだ。 子供のわたしに今のわたしを見せてやりたい。 趣味の動画撮影とプロの監督はまるで違う。 趣味を仕事にするなと言うが、わたしの取り柄はこれだけだから逃げられない。 「はあ…」 ベッドに溜息がこぼれる。 監督に初めて自作動画を見せてから早五年、才能の無さを痛感する。 他の弟子達は続々と成功を収めていた。 わたしが「人に観てもらえる映像とは何か」を延々と悩んでいる傍ら、そのハードルを易々と超えていく。 わたしが最大限努力してもできないことを、彼らはわずかな力で達成する。 深い洞察と知識を映像に組み込んで、文化性の高いご立派な作品を世に送っていた。 もちろん大衆は喜んだ。 口々に「彼の世界観は痛烈に社会を風刺していて素晴らしい!」「伝統的な文化の真髄を盛り込んだ見事な作品だ!」「登場人物の心情が深く描かれていて思わず共感した!」と褒めちぎった。 同じ弟子として、彼らの成功を喜ばしく思った。 と同時に、どうしようもなく妬ましかった。 日を浴びることのないわたしの作品が、ただただ積み上がっていく。 無理もない。 できる人達のテクニックを形だけ真似たようなものだ。 もはや監督でさえ、わたしをただの雑用としか見なくなっていた。 そんなわたしには、あの夢は悪夢以外の何でもない。 子供のわたしでさえ、今のわたしを嘲笑っているように思えた。 今日、わたしは仕事をサボった。 何年も働いてきて、病気以外で休むのは初めてだ。 これ以上働いても、嫉妬でどうにかなりそうだった。 どうしてわたしだけが日の目を見ない。 どうしてわたしの映像作品を手に取ってもらえない。 どうして、どうして、どうして…。 「もうやだ、苦しい…」 腕で目を覆ったまま、わたしはついにその言葉を口にした。 「苦しいよ、もう嫌だ。 何も作りたくない。 頑張っているのに誰も見てくれない。 何も言ってくれない。 俺は皆が楽しめるような作品を作ろうとしているのに、俺は…」 聞くに耐えない幼稚な責任逃れだった。 ただ単純に、残酷なまでに単純なことなのに。 わたしは「自分に実力がない」ことを、どうしても認めたくなかった。 わたしは自分で作った檻に閉じこもってしまった。 そばで聞いていたのが人間なら、きっと愛想を尽かして離れていっただろう。 ユウはベッドに座って、わたしの情けなく丸まった背中をそっと撫でた。 パートナーの慰めも、わたしには届かない。 どうせ言葉が通じないから、わたしの悩みなど欠片も理解していないのだと思った。 本当に、このときのわたしはどうかしていた。 「お前に俺のなにが分かるんだ!ポケモンのくせに、知ったような顔をするな!」 つい勢いで、心にもない言葉を浴びせてしまった。 そうだと信じたい。 ユウは手を払われて、一瞬傷ついたような顔をした。 そしてヘラっと弱々しく微笑んで、ボールに戻っていった。 監督からの電話が、部屋中に響いていた。 こっぴどく怒られた。 無断欠勤はまずかった。 監督に平謝りして、俳優達、周りのスタッフ、あちこちに謝って回ると、それがひと段落着く頃にはお昼を過ぎていた。 その日は一番遅くまで働いてアパートに帰った。 「ただいま」 ボールを放っても、ユウは出てこなかった。 ころころと床を転がっていく。 どうしたのだろうかと疑問符が浮かんだところで、遅れてボールが炸裂した。 ユウはヒバニーのような幼気ある笑顔を見せた。 その取り繕うような仕草に、わたしは胸を締めつけられた。 なんてことをしてしまったんだ。 長年連れ添ってきたパートナーに、あんなことを言ってしまった。 ポケモンだから言葉も通じないし、どうせ何も感じないだろうと思ってしまった。 それがどうだ、ユウの目の下にクマができているではないか。 「…飯にしようか」 ユウはこくりと頷いた。 わたしは彼女をまっすぐ見ることができず、そそくさと台所に逃げた。 ユウがあくまで普段どおりに振る舞っているので、わたしも気づかない振りをした。 今さら面と向かって謝るのが申し訳なくて、言葉も見つからなくて…恥ずかしかった。 なんてことはない、とんだ臆病者だった。 それからユウの目が腫れることはなかったが、着実に、わたし達の間で交わされる言葉は減っていった。 まず、食事中の会話が消えた。 続いて「おはよう」と「おやすみ」が消えた。 「ただいま」も消えた。 気まずさに歯止めはかかることなく、ついには数日で何も喋らなくなった。 ボールに入れて連れ歩くこともなくなった。 こんなわたしと一緒にいるのは嫌だろうと思い、料理の作り置きと一緒に家に置くようになった。 休みの日は近くの公園に連れていったが、それ以外はずっと家に閉じ込めていた。 愛想を尽かしてくれることを望んでいた。 自分から突き放すこともできず、頭を下げる勇気もなかった。 ただ自然に、彼女が突然いなくなってくれることを祈った。 そうすれば、出ていった彼女を恨んで悲観に暮れ、自分を哀れみ慰めることができるから…打算的な考えが止まらない。 死にたくなるほど、わたしは惨めだった。 そんなある日のことだ。 いよいよ監督がわたしを見限った。 ガラル地方に向かう飛行機の中で、下に広がる真っ白な雲海を眺めていた。 クビを宣告された割には、わたしの頭は驚くほど平静を保っていた。 むしろ落ち着いて色んなことを考えられるようになっていた。 たとえば、なぜ監督が突然わたしをクビにしたのか。 結論から言うと、わたしとユウのことを見抜かれたのだ。 ずっと何年も一緒に働いてきたユウを家に置くようになってから、ふと監督に聞かれたことがあった。 「いつも一緒にいたエースバーンはどうした、風邪でも引いたかね?」 「はい、少々体調を崩してしまって…」 聞かれる度に、まだ調子が悪い、彼女が家を出たがらない等と、なにかと言い訳を繰り返した。 いくら鈍くても、一ヶ月以上も来なければ変に思うはずだ。 それにしても、クビの決断が早過ぎるのは気にかかる…。 ポケウッドを離れるのは名残惜しかったが、悲しい気分ではなかった。 長年住んだ地を離れる寂しさだけだ。 結局、他の弟子達は大成した。 今もエコノミークラスのスクリーンには、弟子のデズニーが生んだ笑いと感動の名作「百一匹パルスワンちゃん」が流れている。 不思議なことに、この作品を見ても妬みしか湧いてこなかったのに、今では平然と見ていられる。 あまり気分は良くないが、耐えられる。 こうして見ると、作品としての完成度の高さに驚かされる。 自分には逆立ちしたって作れそうにない。 わたしはおもむろにタブレットを立ち上げて、自分が作ってきた作品に目を通し始めた。 設定も世界観も、百一匹パルスワンちゃんに引けを取らず、他に類を見ない。 アクションには迫力だってある。 主役のエースバーンを起点にして、逆転劇にも文句の付けようがない。 戦略性もあり、作戦が決まった瞬間には我ながら熱く拳を握ってしまう。 しかし、どうしてだ。 総括すると、面白さに自信がない。 人間とポケモンに深みがない気がする。 メッセージ性も強引で押しつけがましい。 わたしがずっと迫力その一点を追い求めていたから…わたしがずっと目を背けてきたから。 映画の終わりを待たずに、わたしはタブレットを閉じた。 弱冠十歳にして打ち立てた夢が、悪夢にまで見た夢が、ずっとわたしを追い詰め続けていたのだ。 あの日、あの悪夢、最後にわたしが何を言ったか、はっきりと思い描いた。 「ぼく決めたよ」 「ひば?」 「将来の夢。 ぼくね、ユウが主役の映画を作って、皆にユウのかっこよさを伝えるんだ!」 「…ひっばぁ!」 目を背けるしかなかった。 伝えたいのは、ユウのかっこいいところ。 大衆が求めるような社会風刺、伝統文化、人間関係、ストーリーはいらない。 でも認められるためには、そういう要素も盛り込まなくてはならない。 そう思い込んでいた。 バカだった。 なんて愚かだったんだ。 大衆に認めさせるため、見様見真似で妥協していた。 違うのに。 わたしが作りたい映画は、本当に撮りたかったものは、ただ周りにチヤホヤされるためだけに撮るようなものではなかった!!!!!!!!!! 好きなものを仕事にするなと言うが、正確には「プロとエゴの棲み分けをしろ」と言った方がいい。 仕事としてする時はプロに徹し、趣味としてする時はエゴを全面に押すべきだ。 失業したわたしは、差し当たってまずエゴを清算することにした。 ここから長きに渡る遠回りが始まったのだから、いい加減自分の夢に決着をつけたかった。 何より、こんなわたしのエゴに傷つけられたユウを自由にするために。 だからわたしは空港を出るなり、ユウをボールから解き放った。 そして芝生の上でユウに土下座した。 額が地面にめり込もうが、周りの人やポケモンが変な目で見てもお構いなしだった。 「ごめん!!!!!ユウ!!!!!俺がすべて悪かった、いつの間にか苦労しているのは俺だけだと勘違いしてた!!!!!傷つくのが怖くて、ずっと謝れなかった!!!!見なかった振りしてた!!!!最低だ…クソ野郎だ…ユウのかっこいいところを世間に認めさせようとして、その実認めて欲しいのは俺だった。 なのに全然認められなくて、お前をだんだんいないものみたいに扱ってた…だからもしお前が離れたければ、誰かお前を愛してくれるトレーナーと巡り合えるようにする!この場で逃げたければ逃げていい、恨みを晴らすために焼き殺してもいい!だけどもし、ここに残ってくれるなら、俺のことは信じなくていい!!お前が一番かっこいい映画を、一生懸けて撮ることを!!ここに誓う!!!!」 恥も外聞も捨てた。 言葉は通じないかもしれないが、ユウの幸せのため、わたしができること、思うすべてを曝け出したつもりだった。 きっと相手が人間の女性なら、人前でこんなことをされても迷惑だと突き返されるだろう。 わたしはまだ、ユウの優しさに甘えていた。 彼女は腕を組んで、じっとわたしを見下ろしていた。 と、思う。 わたしに見えるのは、彼女の足元だけだ。 ひたすら彼女の審判を待った。 やがて、ユウの足が動いた…わたしから遠ざかっていった。 やっぱりか。 自業自得だな。 自分を嘲る一方で、ユウのこれからの幸せを精一杯祈った。 とにかく、彼女には幸せになる権利がある。 幸せになる場所を選ぶ権利も。 喜ぼうではないか、ユウはようやくわたしという枷を外して、自由を手に入れたのだから。 わたしは許されるべくもない。 そう思い、ゆっくりと立ち上がった…矢先の出来事。 「ぎゃあーーー!!!」 背骨が逝った。 背中を拷問車輪で削られるような痛み…いや熱さが襲った。 これは間違いない、ユウの必殺技「火炎ボール」だ。 死ぬほど痛くて転げまわるわたしの前に、ユウは険しい顔で立ちはだかった。 口をキューっと曲げて、プルプルと震えていた。 そして目に溜めたいっぱいの涙を弾けて、金切り声でキーキーと叫んだ。 とてもじゃないが、何を言っているのか分からない。 しかし何を言いたいかはしっかりと背中に伝わってきた。 ただし、その返事ができるのは当分先になりそうだ。 救急車のサイレンが近づいてきて、わたしの意識は地面に沈んでいった。 何かを作るとき、わたし達は創造物に己の魂を込める。 ゆえにわたし達は、創造物を誰かに認めてもらいたくてたまらない。 それを通じて、わたし自身の価値を確かめるために。 わたしには価値があり、誰かに求められているという客観的事実を知りたいのだ。 大事なパートナーと一緒に作った時には尚更のこと。 悲しいかな、社交的生物の宿命である。 そして現代に至り、それはより容易く、多様化した…難しい話は抜きにしよう。 わたしはユウが好きだ。 ユウのかっこいいところ、可愛いところ、やんちゃなところ、少しおっちょこちょいなところを皆に知ってもらいたい。 そのためには、少しでも良い演出を付けて盛り上げたい。 わたしとユウが理想とする完璧な映像作品が出来上がるまで、わたし達はカメラを回し続ける。 だがおそらく、わたし達が満足する日は永遠に来ないだろう。 そして、今日もまた。 「お元気!ユウちゃんねる、今週も始まるぞ!いえーい!」 カメラマンのわたしがピースをすると、ユウも釣られてピースする。 ここはワイルドエリア、最奥地の草原。 「わたしとユウちゃん、ついにやって来ました。 ワイルドエリアで最も危険な場所と噂される逆鱗の湖。 天候は雲ひとつない星空模様、ここには森を焼き払う恐ろしい炎の竜がいると言われていますが、ユウは怖くないのかな?」 ニ、と立派な歯を見せて笑った。 「出ました、ヒーロースマイル!これは今日も楽勝か…う、うお!?」 大地が地響きを立てて揺れる。 凄まじい轟音に空気が震え、野生のポケモンたちが恐れをなして逃げていく。 これはお早い登場だ。 わたしはしかとカメラを構えながら、抑えようのない興奮を露わにしていた。 ユウもまったく同じだった。 軽快にステップして、いつでも来いと言わんばかりだ。 次の瞬間、天空からの火柱が降り注いだ。 それは草原に孤立していた一本の木を焼き払い、どころかそれは草原を丸ごと焼き尽くす勢いで広がってきた。 火柱が迫ってきても、わたしは逃げなかった。 ユウを信じて、撮り続けた。 ユウは足元の小石を蹴り上げた。 コンコン、コンコーン。 リズミカルに繰り返す小石のリフティング。 華麗な足で蹴る度に、小石が炎に包まれて。 それはどんどん大きくなっていき…一閃!火柱にシュートを決めて、大きな風穴が開いた! 火柱は消えたのに、周辺はまだ真っ赤に染まっていた。 空から舞い降りた炎の竜が羽ばたく度に、凄まじい熱風が吹き荒れる。 「わたしなら主役と敵の対立軸をはっきりと構図に置いて描く。 観客に伝わりやすいし、わたしはその方が好きだ」 昔、監督に言われたことを思い出した。 わたしは熱風の中を負けじと突き進み、カメラの両端にそれぞれユウとリザードンを置いた。 確かに監督の言うとおりだった、この構図は…かっこいい!ハラハラするし、ユウを応援せずにはいられなくなる! 「頑張れ!!負けるな!!」 ユウも鼓舞するように力強く鳴いた。 キョダイマックスしたリザードンと小さなユウの一騎討ちが始まった。 見たか、世界!これがユウだ!体格が何十倍もあるキョダイマックスポケモンに臆することなく勇敢に立ち向かい、勝るとも劣らない戦いを繰り広げるエースバーンがユウだ! たとえわたし達の動画にケチをつけられても、無視されても、わたしはユウを撮り続ける。 彼女のすばらしさを、毎週末の休日に動画投稿サイトの片隅から届け続ける。 少しでもより良くユウをかっこよくできるテクニックがあれば、喜んで取り入れていこう。 それがわたしとユウが共に作る…エゴだ!! 「今日もお元気!ユウちゃんねる、登録よろしくお願いします!」.

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ポケモン剣盾、キャラのカップリング論争が混沌を極めているとTwitterで話題にwww

ポケモン キバユウ

「何が言いたいのかよく分からないんだよね、アサヒ君の作品って。 ありがちな展開をなぞっただけみたいだ」 刺さった。 それはもうグッサリと深く、胸の奥の奥まで。 心臓からリズミカルに血が噴き出る。 わたしの目から生気がスウッと消えて、あとはただ相手がペラペラと喋るのを黙って流した。 ポケウッドの監督志望。 有名な制作チームに弟子入りして三年、修行の日々を重ねてきた。 多忙な三年間だった。 毎日毎日パートナーのエースバーンと一緒に、制作チームのために雑務をこなして駆けずり回った。 特に超大作シリーズの映画は大変だった。 スケジュール調整に俳優のご機嫌取り、食事の支度、夜遊びの手配、言いつけられれば違法でないことなら何でもやった。 ようやくクランクアップ(撮影終了)を迎えて、わたしの業務も落ち着いた頃。 白ひげの老監督がわたしを呼び止めてこう言った。 「そろそろアサヒ君も自分の作品を作ってみるか?」 胸が躍り狂ったわたしは、それまで積み重なっていた三年分の疲労感など忘れて、その日の晩から早速作品づくりに没頭した。 舞台はイッシュ地方、中枢都市ヒウンシティ。 陰謀渦巻く摩天楼で繰り広げられる痛快なアクション映画…にしたかったが、なにぶん個人撮影ではたがが知れる。 アクションはここぞという時のために取っておいて、かわりに会話によるストーリーの展開に重点を置くことにした。 わたしとエースバーンは早速ヒウンシティに飛んだ。 友人にも協力を頼んだ。 皆喜んで快諾してくれた。 撮影は順調に進んだ。 最後にアクションシーンの撮影を残したが、これが本当に難しかった。 カメラのアングル、技のタイミング、スピード感の演出、何もかもが物足りない。 何度も何度も映像を見返しては、ユウと直に組み手をして、一番かっこよく見える瞬間を探した。 そして、ついにわたしの処女作が出来上がった。 「結局、この作品を通して君は何を伝えたかったんだ?」 そして現在に至る。 何を言えば監督を納得させられるのだろうか。 一、二、三秒。 無理だ、まったく思い浮かばない。 付け焼き刃の答えを用意できたとしても、三倍にして突き返されるのが目に見えていた。 悔しいことに思慮深さも、経験も、何もかもが違い過ぎた。 わたしはせめて情けない顔を見られまいと、視線を伏せることしかできなかった。 だが監督はわたしに残された逃げ場さえ見逃さず、容赦なく追い詰めた。 「このアクションシーンもさ、主役のエースバーンをかっこよく撮れているのは良いと思う。 しかしせっかくの見せ場なのに、全体の動きが見えないんだよね。 わたしなら主役と敵の対立軸をはっきりと構図に置いて描く。 観客に伝わりやすいし、わたしはその方が好きだ」 急にカアッと頬が熱くなってきた。 ハラワタの底では油釜がぐつぐつ煮えたぎっていた。 昨日一晩ぐっすり寝ていて良かった、でなければプッツン切れた衝動のままに殴りかかっていただろう。 わたしは今にも監督の首を締めてしまいそうな両手を後ろに隠して、「そうですね」と頷いた。 先輩や上司のアドバイスは大事だ。 でも今回はメモを書き留める気にさえならない。 聞き入れられなかったのは、わたしのプライドが高過ぎるせいだろうか。 「なんだよあのクソジジイ、ムカつく!」 アパートの部屋に戻るなり、わたしはベッドに沈み込んだ。 カバンにしまっていたモンスターボールがひとりでに炸裂して、ユウが飛び出した。 彼女はわたしを見下ろすなり、何かをせがむように高く鳴いた。 もう夜だ。 お腹を空かせているのだろうが、わたしにはとても立ち上がる気力さえなかった。 「ごめん、勝手に食べて」と覇気のない声で伝えると、ユウはガックリと肩を落として、台所に赴いた。 その後ろ姿を見ると、ちくりと胸が痛んだ。 遠くでごそごそ音が聞こえる。 冷蔵庫を漁るユウを想像すると、少しだけ気分が落ち着いてきた。 監督の言葉が何度も何度も頭に響く。 それをなんとか否定して、バカにしてやれるような矛盾がないか粗探しをした。 我ながら幼稚で姑息だと思うが、好き勝手に言いやがった監督を、せめて空想の中だけでもギャフンと言わせたかった。 監督がわたしの作品について何か言う度に、妄想のわたしは胸を張って堂々と言い返す。 妄想のわたしは、権力や上司にも屈しない強者だ。 ああ、この強さが現実でもあれば良いのに。 しかしこれだけでも爽快な気分になれる。 ざまあみろ、頭の中でお前の言葉を都合よく解釈して全部否定してやった。 たとえ妄想だとしても、胸がすく思いだった。 ベッドルームで怪しげな笑い声をあげるわたしに、ユウはナナの実を齧りながら、呆れた顔して見つめていた。 「ひばひばっ!」 「もう、動かないでよ。 ジッとして!」 「ひーば!」 昔からカメラが好きな男の子だった。 動画を撮れるカメラは高いので、子供の手にも収まるチャチな静画カメラでひたすら何かを撮っていた。 風景、木の枝、花びら、ポケモン、友人の変顔。 わたしの部屋はアルバムだらけであった。 地元のガラル地方で旅に出る前、三匹のポケモン…ヒバニー、メッソン、サルノリの中から初めてのパートナーを選んでいいよと言われた。 わたしがレンズ越しに彼らを眺めていると、興奮したヒバニーがカメラに飛びついてきた。 初めて撮ったパートナーの写真は、ゼロ距離で収めたヒバニーのお腹となった。 しかしとにかく落ち着きのない子だった。 旅先で山に描かれた地上絵を背景に撮ろうとしても、ヒバニーはしっちゃかめっちゃかに暴れ回った。 どうやらカメラの前だと興奮を抑え切れないらしい。 ついに動画撮影用のビデオカメラを買うことにした。 「これなら動いても平気だね」 「ひばぁ?」 「これからはユウが動くのを止めないよ。 それよりもっともっと動いてよ、かっこいいところ全部撮ってあげるから!」 「ひばー!」 ヒバニーは世界を駆け抜けた。 原っぱを爆走し、自動車を飛び越え、ジムリーダーを蹴散らした(本当に蹴ってしまったので怒られた)。 そして運命の場所に足を踏み入れた。 ワイルドエリア。 あまりに広大で豊かな自然の存在感に、弱冠十歳のわたしとヒバニーは圧倒された。 ここは世界で最も自由な場所だった。 枝から枝へ風のように軽々と飛び移り、キバ湖に点々と浮いているホエルコの背中を跳んで、空を滑るように飛んでいるアオガラスの足を掴んで、好奇心の赴くままにどこまでも走った。 強いポケモンが立ちはだかれば、片っ端から勝負を挑んだ。 勝ちもすれば負けもした。 しかしすべての戦いが熱く、見る者の心が燃えた。 飽くなきヒバニーの冒険を、ビデオカメラがすべて見ていた。 楽しい、とても楽しい日々を過ごした。 それでも終わりはやってくる。 そろそろ次の街に行かないと、ポケモンリーグに間に合わなくなってしまう。 ずっとここにいられたら良いのに、と後ろ髪を引かれる思いだった。 エンジンシティに続く階段の下で、わたしとヒバニーは西の空に沈んでいく真っ赤な夕陽を見上げた。 「今日もかっこよかったね、ユウ」 「ひばぁー」 「アーマーガァをぶっ飛ばすところなんて、もう最高だった!すごいよユウ、どんどんかっこよくなっていく!君って本当にヒーローみたい!」 「ひばひばぁ!」 「…」 「…ひ?」 「ぼく決めたよ」 「ひば?」 「将来の夢。 ぼくね、……………、…………!」 「…ひっばぁ!」 「…ウゲゲ」 悪夢から醒めた。 嫌な夢だ。 子供の頃のわたしが、ユウを連れてガラル地方を冒険する。 道中、ワイルドエリアでわたしとユウは自由を満喫するのだが、それがあまりに名残惜しくて、将来の夢を思いついてしまうのだ。 子供のわたしに今のわたしを見せてやりたい。 趣味の動画撮影とプロの監督はまるで違う。 趣味を仕事にするなと言うが、わたしの取り柄はこれだけだから逃げられない。 「はあ…」 ベッドに溜息がこぼれる。 監督に初めて自作動画を見せてから早五年、才能の無さを痛感する。 他の弟子達は続々と成功を収めていた。 わたしが「人に観てもらえる映像とは何か」を延々と悩んでいる傍ら、そのハードルを易々と超えていく。 わたしが最大限努力してもできないことを、彼らはわずかな力で達成する。 深い洞察と知識を映像に組み込んで、文化性の高いご立派な作品を世に送っていた。 もちろん大衆は喜んだ。 口々に「彼の世界観は痛烈に社会を風刺していて素晴らしい!」「伝統的な文化の真髄を盛り込んだ見事な作品だ!」「登場人物の心情が深く描かれていて思わず共感した!」と褒めちぎった。 同じ弟子として、彼らの成功を喜ばしく思った。 と同時に、どうしようもなく妬ましかった。 日を浴びることのないわたしの作品が、ただただ積み上がっていく。 無理もない。 できる人達のテクニックを形だけ真似たようなものだ。 もはや監督でさえ、わたしをただの雑用としか見なくなっていた。 そんなわたしには、あの夢は悪夢以外の何でもない。 子供のわたしでさえ、今のわたしを嘲笑っているように思えた。 今日、わたしは仕事をサボった。 何年も働いてきて、病気以外で休むのは初めてだ。 これ以上働いても、嫉妬でどうにかなりそうだった。 どうしてわたしだけが日の目を見ない。 どうしてわたしの映像作品を手に取ってもらえない。 どうして、どうして、どうして…。 「もうやだ、苦しい…」 腕で目を覆ったまま、わたしはついにその言葉を口にした。 「苦しいよ、もう嫌だ。 何も作りたくない。 頑張っているのに誰も見てくれない。 何も言ってくれない。 俺は皆が楽しめるような作品を作ろうとしているのに、俺は…」 聞くに耐えない幼稚な責任逃れだった。 ただ単純に、残酷なまでに単純なことなのに。 わたしは「自分に実力がない」ことを、どうしても認めたくなかった。 わたしは自分で作った檻に閉じこもってしまった。 そばで聞いていたのが人間なら、きっと愛想を尽かして離れていっただろう。 ユウはベッドに座って、わたしの情けなく丸まった背中をそっと撫でた。 パートナーの慰めも、わたしには届かない。 どうせ言葉が通じないから、わたしの悩みなど欠片も理解していないのだと思った。 本当に、このときのわたしはどうかしていた。 「お前に俺のなにが分かるんだ!ポケモンのくせに、知ったような顔をするな!」 つい勢いで、心にもない言葉を浴びせてしまった。 そうだと信じたい。 ユウは手を払われて、一瞬傷ついたような顔をした。 そしてヘラっと弱々しく微笑んで、ボールに戻っていった。 監督からの電話が、部屋中に響いていた。 こっぴどく怒られた。 無断欠勤はまずかった。 監督に平謝りして、俳優達、周りのスタッフ、あちこちに謝って回ると、それがひと段落着く頃にはお昼を過ぎていた。 その日は一番遅くまで働いてアパートに帰った。 「ただいま」 ボールを放っても、ユウは出てこなかった。 ころころと床を転がっていく。 どうしたのだろうかと疑問符が浮かんだところで、遅れてボールが炸裂した。 ユウはヒバニーのような幼気ある笑顔を見せた。 その取り繕うような仕草に、わたしは胸を締めつけられた。 なんてことをしてしまったんだ。 長年連れ添ってきたパートナーに、あんなことを言ってしまった。 ポケモンだから言葉も通じないし、どうせ何も感じないだろうと思ってしまった。 それがどうだ、ユウの目の下にクマができているではないか。 「…飯にしようか」 ユウはこくりと頷いた。 わたしは彼女をまっすぐ見ることができず、そそくさと台所に逃げた。 ユウがあくまで普段どおりに振る舞っているので、わたしも気づかない振りをした。 今さら面と向かって謝るのが申し訳なくて、言葉も見つからなくて…恥ずかしかった。 なんてことはない、とんだ臆病者だった。 それからユウの目が腫れることはなかったが、着実に、わたし達の間で交わされる言葉は減っていった。 まず、食事中の会話が消えた。 続いて「おはよう」と「おやすみ」が消えた。 「ただいま」も消えた。 気まずさに歯止めはかかることなく、ついには数日で何も喋らなくなった。 ボールに入れて連れ歩くこともなくなった。 こんなわたしと一緒にいるのは嫌だろうと思い、料理の作り置きと一緒に家に置くようになった。 休みの日は近くの公園に連れていったが、それ以外はずっと家に閉じ込めていた。 愛想を尽かしてくれることを望んでいた。 自分から突き放すこともできず、頭を下げる勇気もなかった。 ただ自然に、彼女が突然いなくなってくれることを祈った。 そうすれば、出ていった彼女を恨んで悲観に暮れ、自分を哀れみ慰めることができるから…打算的な考えが止まらない。 死にたくなるほど、わたしは惨めだった。 そんなある日のことだ。 いよいよ監督がわたしを見限った。 ガラル地方に向かう飛行機の中で、下に広がる真っ白な雲海を眺めていた。 クビを宣告された割には、わたしの頭は驚くほど平静を保っていた。 むしろ落ち着いて色んなことを考えられるようになっていた。 たとえば、なぜ監督が突然わたしをクビにしたのか。 結論から言うと、わたしとユウのことを見抜かれたのだ。 ずっと何年も一緒に働いてきたユウを家に置くようになってから、ふと監督に聞かれたことがあった。 「いつも一緒にいたエースバーンはどうした、風邪でも引いたかね?」 「はい、少々体調を崩してしまって…」 聞かれる度に、まだ調子が悪い、彼女が家を出たがらない等と、なにかと言い訳を繰り返した。 いくら鈍くても、一ヶ月以上も来なければ変に思うはずだ。 それにしても、クビの決断が早過ぎるのは気にかかる…。 ポケウッドを離れるのは名残惜しかったが、悲しい気分ではなかった。 長年住んだ地を離れる寂しさだけだ。 結局、他の弟子達は大成した。 今もエコノミークラスのスクリーンには、弟子のデズニーが生んだ笑いと感動の名作「百一匹パルスワンちゃん」が流れている。 不思議なことに、この作品を見ても妬みしか湧いてこなかったのに、今では平然と見ていられる。 あまり気分は良くないが、耐えられる。 こうして見ると、作品としての完成度の高さに驚かされる。 自分には逆立ちしたって作れそうにない。 わたしはおもむろにタブレットを立ち上げて、自分が作ってきた作品に目を通し始めた。 設定も世界観も、百一匹パルスワンちゃんに引けを取らず、他に類を見ない。 アクションには迫力だってある。 主役のエースバーンを起点にして、逆転劇にも文句の付けようがない。 戦略性もあり、作戦が決まった瞬間には我ながら熱く拳を握ってしまう。 しかし、どうしてだ。 総括すると、面白さに自信がない。 人間とポケモンに深みがない気がする。 メッセージ性も強引で押しつけがましい。 わたしがずっと迫力その一点を追い求めていたから…わたしがずっと目を背けてきたから。 映画の終わりを待たずに、わたしはタブレットを閉じた。 弱冠十歳にして打ち立てた夢が、悪夢にまで見た夢が、ずっとわたしを追い詰め続けていたのだ。 あの日、あの悪夢、最後にわたしが何を言ったか、はっきりと思い描いた。 「ぼく決めたよ」 「ひば?」 「将来の夢。 ぼくね、ユウが主役の映画を作って、皆にユウのかっこよさを伝えるんだ!」 「…ひっばぁ!」 目を背けるしかなかった。 伝えたいのは、ユウのかっこいいところ。 大衆が求めるような社会風刺、伝統文化、人間関係、ストーリーはいらない。 でも認められるためには、そういう要素も盛り込まなくてはならない。 そう思い込んでいた。 バカだった。 なんて愚かだったんだ。 大衆に認めさせるため、見様見真似で妥協していた。 違うのに。 わたしが作りたい映画は、本当に撮りたかったものは、ただ周りにチヤホヤされるためだけに撮るようなものではなかった!!!!!!!!!! 好きなものを仕事にするなと言うが、正確には「プロとエゴの棲み分けをしろ」と言った方がいい。 仕事としてする時はプロに徹し、趣味としてする時はエゴを全面に押すべきだ。 失業したわたしは、差し当たってまずエゴを清算することにした。 ここから長きに渡る遠回りが始まったのだから、いい加減自分の夢に決着をつけたかった。 何より、こんなわたしのエゴに傷つけられたユウを自由にするために。 だからわたしは空港を出るなり、ユウをボールから解き放った。 そして芝生の上でユウに土下座した。 額が地面にめり込もうが、周りの人やポケモンが変な目で見てもお構いなしだった。 「ごめん!!!!!ユウ!!!!!俺がすべて悪かった、いつの間にか苦労しているのは俺だけだと勘違いしてた!!!!!傷つくのが怖くて、ずっと謝れなかった!!!!見なかった振りしてた!!!!最低だ…クソ野郎だ…ユウのかっこいいところを世間に認めさせようとして、その実認めて欲しいのは俺だった。 なのに全然認められなくて、お前をだんだんいないものみたいに扱ってた…だからもしお前が離れたければ、誰かお前を愛してくれるトレーナーと巡り合えるようにする!この場で逃げたければ逃げていい、恨みを晴らすために焼き殺してもいい!だけどもし、ここに残ってくれるなら、俺のことは信じなくていい!!お前が一番かっこいい映画を、一生懸けて撮ることを!!ここに誓う!!!!」 恥も外聞も捨てた。 言葉は通じないかもしれないが、ユウの幸せのため、わたしができること、思うすべてを曝け出したつもりだった。 きっと相手が人間の女性なら、人前でこんなことをされても迷惑だと突き返されるだろう。 わたしはまだ、ユウの優しさに甘えていた。 彼女は腕を組んで、じっとわたしを見下ろしていた。 と、思う。 わたしに見えるのは、彼女の足元だけだ。 ひたすら彼女の審判を待った。 やがて、ユウの足が動いた…わたしから遠ざかっていった。 やっぱりか。 自業自得だな。 自分を嘲る一方で、ユウのこれからの幸せを精一杯祈った。 とにかく、彼女には幸せになる権利がある。 幸せになる場所を選ぶ権利も。 喜ぼうではないか、ユウはようやくわたしという枷を外して、自由を手に入れたのだから。 わたしは許されるべくもない。 そう思い、ゆっくりと立ち上がった…矢先の出来事。 「ぎゃあーーー!!!」 背骨が逝った。 背中を拷問車輪で削られるような痛み…いや熱さが襲った。 これは間違いない、ユウの必殺技「火炎ボール」だ。 死ぬほど痛くて転げまわるわたしの前に、ユウは険しい顔で立ちはだかった。 口をキューっと曲げて、プルプルと震えていた。 そして目に溜めたいっぱいの涙を弾けて、金切り声でキーキーと叫んだ。 とてもじゃないが、何を言っているのか分からない。 しかし何を言いたいかはしっかりと背中に伝わってきた。 ただし、その返事ができるのは当分先になりそうだ。 救急車のサイレンが近づいてきて、わたしの意識は地面に沈んでいった。 何かを作るとき、わたし達は創造物に己の魂を込める。 ゆえにわたし達は、創造物を誰かに認めてもらいたくてたまらない。 それを通じて、わたし自身の価値を確かめるために。 わたしには価値があり、誰かに求められているという客観的事実を知りたいのだ。 大事なパートナーと一緒に作った時には尚更のこと。 悲しいかな、社交的生物の宿命である。 そして現代に至り、それはより容易く、多様化した…難しい話は抜きにしよう。 わたしはユウが好きだ。 ユウのかっこいいところ、可愛いところ、やんちゃなところ、少しおっちょこちょいなところを皆に知ってもらいたい。 そのためには、少しでも良い演出を付けて盛り上げたい。 わたしとユウが理想とする完璧な映像作品が出来上がるまで、わたし達はカメラを回し続ける。 だがおそらく、わたし達が満足する日は永遠に来ないだろう。 そして、今日もまた。 「お元気!ユウちゃんねる、今週も始まるぞ!いえーい!」 カメラマンのわたしがピースをすると、ユウも釣られてピースする。 ここはワイルドエリア、最奥地の草原。 「わたしとユウちゃん、ついにやって来ました。 ワイルドエリアで最も危険な場所と噂される逆鱗の湖。 天候は雲ひとつない星空模様、ここには森を焼き払う恐ろしい炎の竜がいると言われていますが、ユウは怖くないのかな?」 ニ、と立派な歯を見せて笑った。 「出ました、ヒーロースマイル!これは今日も楽勝か…う、うお!?」 大地が地響きを立てて揺れる。 凄まじい轟音に空気が震え、野生のポケモンたちが恐れをなして逃げていく。 これはお早い登場だ。 わたしはしかとカメラを構えながら、抑えようのない興奮を露わにしていた。 ユウもまったく同じだった。 軽快にステップして、いつでも来いと言わんばかりだ。 次の瞬間、天空からの火柱が降り注いだ。 それは草原に孤立していた一本の木を焼き払い、どころかそれは草原を丸ごと焼き尽くす勢いで広がってきた。 火柱が迫ってきても、わたしは逃げなかった。 ユウを信じて、撮り続けた。 ユウは足元の小石を蹴り上げた。 コンコン、コンコーン。 リズミカルに繰り返す小石のリフティング。 華麗な足で蹴る度に、小石が炎に包まれて。 それはどんどん大きくなっていき…一閃!火柱にシュートを決めて、大きな風穴が開いた! 火柱は消えたのに、周辺はまだ真っ赤に染まっていた。 空から舞い降りた炎の竜が羽ばたく度に、凄まじい熱風が吹き荒れる。 「わたしなら主役と敵の対立軸をはっきりと構図に置いて描く。 観客に伝わりやすいし、わたしはその方が好きだ」 昔、監督に言われたことを思い出した。 わたしは熱風の中を負けじと突き進み、カメラの両端にそれぞれユウとリザードンを置いた。 確かに監督の言うとおりだった、この構図は…かっこいい!ハラハラするし、ユウを応援せずにはいられなくなる! 「頑張れ!!負けるな!!」 ユウも鼓舞するように力強く鳴いた。 キョダイマックスしたリザードンと小さなユウの一騎討ちが始まった。 見たか、世界!これがユウだ!体格が何十倍もあるキョダイマックスポケモンに臆することなく勇敢に立ち向かい、勝るとも劣らない戦いを繰り広げるエースバーンがユウだ! たとえわたし達の動画にケチをつけられても、無視されても、わたしはユウを撮り続ける。 彼女のすばらしさを、毎週末の休日に動画投稿サイトの片隅から届け続ける。 少しでもより良くユウをかっこよくできるテクニックがあれば、喜んで取り入れていこう。 それがわたしとユウが共に作る…エゴだ!! 「今日もお元気!ユウちゃんねる、登録よろしくお願いします!」.

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